夏の終わりに吹いた風

「……もう9月か……」
 俺は、リビングにかけていたカレンダーを見た。
 そのカレンダーには、彼女と出かけた『記憶』が書きこまれている。
『……なあ、由夏。お前はそれで満足だったか?』
 ――ひと夏の思い出といえば、綺麗に聞こえるかもしれない。
 少なくとも、この夏は俺にとって完全に忘れることはできないであろう夏になった。

 ◇

 きっかけは、一学期の終業式のことだった。
 終業式が終わって、皆が帰り支度でがやがやしている中、俺は当時付き合っていた女の子に屋上へ呼び出された。
 その理由は「別れて欲しい」ということだった。
 半年近く付き合っていた彼女。その喪失感は、悲しく辛かった。
 ……はじめて出来た恋人だったことも要因しているが。
 その彼女が去った後、俺はそのまま屋上にいて、フェンス越しにずっと外を見ていた。
『はぁ……。まあ、そんなものなのかなあ……』
 別れて欲しい以外の理由は、聞けずじまいだったが……。
 何が悪かったなんて分からない。……まあ、今となってはそれは過去のことだと割り切る。
「……なんだ、まだいたんだ」
 そう言ってきたのは、友達の浅葱由夏だった。
「いたんだって……。なんだよ。傷心の俺になんか用かよ」
「――茶化しにきた、といえば怒るでしょ? 話があって愛莉が出ていった後に来たわけだけど」
「……は?」
 ポカン、となった。男友達みたいに付き合っていた由夏が?
「――夏の間だけでもいい。私と恋人みたいなことでもする?」
「お、おい……。何言ってるんだよ。傷を埋めるような恋はしたくないっていうのに……」
「そういうわけじゃない。……どうせ退屈な夏になるぐらいなら、忘れにくいような夏にしたいだけよ」
 ……要するに暇なのか。
「悪いけど、それに付き合ってくれる? ……代価は私の身体」
「……お、おい……。安売りする気かよ……」
「………。あのねぇ……」と呆れたように由夏が言った。
「塞ぎこんでつまんない夏になるよりはマシでしょ、陸斗?
 ……私が犠牲になることで陸斗が昔のお前に戻ってくれるなら安いものじゃない。そうでしょう?」
 ……こいつ……。
「そうだな……。そう、するか」
 決まりだな、と言った由夏の顔はニカッ、と笑った。
 ――それから、楽しくもやかましい夏が始まった。

 ◇

『……8時半……か』
 翌日、ドアの開く音と声で目を覚ます。
「おはよう、陸斗」
「――のわぁっ!?」
 私服姿の由夏がそこにいた。……母者でなく。
「どうした? そこまで驚くことか?」
「この――バカが……! なんで朝から俺ン家に来てるんだよ!?」
「もしかして……まずかった?」
「当たり前だろ……」と俺はため息をついた。
「けど、来てしまったものはしょうがない。俺が朝飯食うまでまってろ」
「――それなら、一緒に食う」
 マジかよ、こいつ。
 まだ、夢でも見ているのかと少し疑って比較的皮の薄い足の皮膚をつねってみたら痛い。
「……やれやれ。で、どうするんだ?」
「陸斗が朝飯食い終わってから考える」
「ノープランかよ!」
「いいじゃん、別にさ。……あ、そうだ。先、宿題片付けようよ」
 そうだな、と俺はうなづいた。


 比較的涼しい午前中に宿題を進め、午後は出かけることにした。
 場所は、海遊館となった。……海に行くにしても用意が必要だし、図書館行くとかなっても退屈になるだろうという考えからだが。
「あつーい……」
「……だな、ちょっと暑い」
 最寄りの駅について、そこへ向かったが人が多かった。
 それにコンクリートの道路からの反射もあるのだろう、熱気がすごかった。
「……って人……」
「大方予想つくだろうに……」
 入り口を大幅にはみ出していて、列を生成していた。
 係員が拡声器持って、とりあえず並んでくれというようなことを言っている。
 少し値が張ったが、切符を別々に買うのも面倒だったので、フリーパス券みたいなものを買っておいてよかったとこの時に思った。
 入れるときになって、直ぐに通れるようになったのは幸運だったとしか言えなかった。


「……大分時間かかったね」
 由夏が出口近くの長椅子に座ってそう言った。
「そうだな……」
 スマートフォンを取り出して時間を見ると、入場した時間から二時間経っていた。
「でも良かったなあ……。魚とかペンギンとか」
「そうだな……」
 数年ぶりの水族館だった。……最後に行ったのは何時だったか、と思い出すほどに。
「さてと――、これからどうする?」
「帰ろうか、家にさ。疲れちゃった」
 そうだな、と立ち上がって帰ることにした。

 ◇

 ――海遊館デートから一週間。
 由夏の提案により、兵庫県の海水浴場へ行くことになった。
 彼女もそれなりの準備はしているとのこと。
 ……そりゃ、そうか……。さて、俺も準備しないとな……。
「お待たせ。それじゃ行こうか」
「ああ。……それでだけど、お金大丈夫か?」
「その心配には及ばないわよ。バイトしてるし」
 ……なるほど。
「そういう陸斗は……してないか」
「……あ、一応してますよ? でなきゃ、ホイホイ行けるわけじゃないだろう?」
「それもそうね。……行き先は、っと」
 ――ちなみに俺は、PiTaPaで行ける範囲なら電車賃への問題はない。

「着いたー!」
 一面に広がる砂浜と海。そして、人。
 俺たちは、色んな意味で有名な須磨浦公園近くの海水浴場ではない。
 前に須磨浦の海水浴場についてのニュースを見ていただけに避けようと思っていた。
「陸斗、早く水着に着替えようよ!」
「お、おい、由夏……!」
 俺は由夏に腕を引っ張られ、更衣室に向かった。
『……由夏の奴は、つまらない夏にしたくないからって傷心の俺を連れ回しているだけなのか……?』
 疑いたくはないと思ったのだが、そんな邪推すらも感じている。
 服を備え付けのロッカーに入れて、手首にしっかり鍵をつけて出てくると、由夏も出てきた。
「どう、かな……?」
 水着は普通のチョイスと思った。無駄に露出も少ないし。
 しかし、それを普通と思わせなかったのが、スタイルだった。
 出てるところは出ていて、クビレがある。
 ……なるほど、代価は私の身体ってそういうことか。
「いいと……思うよ」
「良かった。それじゃさ!」
 今度は手を握って海に向かって走りだしたと思ったら、その勢いで海に投げられた。
「――ッ、由夏め……!」
 俺は近くにいた由夏に両手ですくった海水をぶつける。
「きゃっ……! やったなあ……!」と由夏も海に入って、水をかけてやり返してきた。
 そうやって水を掛け合っていた時の彼女は、笑っていた。
 俺も笑っていたと思う。……確かに退屈はしない夏にはなるだろうなと思っていた。

 ――その帰り道。

「……付き合ってくれてありがとう」
「いやいや、こちらこそ」
 少しは信じてもいいかな、と思っていた。
「……ごめんね、いろいろさせちゃってさ」
「ああ、気にしなくていいよ。……少なくとも退屈はしなさそうだしさ」
 そう言うと、由夏が苦笑いした。あれ、俺おかしいこと言ったっけ?
「そう、だね……」

 ◇

 それ以降、由夏の誘いはしばらくなかった。
 そのおかげで宿題がはかどったからいいけど。
 連絡をとってみると、普通に電話に出てくれるようだが、声は何処か慌てているようなそんな感じだった。
『戯れているうちに好きになったとかそういうパターン?』
 そうか……。それならいいか……。
 そういう考えに至ったある日。
 玄関のチャイムが鳴って、インターホンで出ると「……浅葱由夏って言います。陸斗君いますか」と由夏の声だった。

「……どうした?」
 由夏をリビングに通して、麦茶を出した。
「あのね、陸斗……」
 ……戯れだったから、許して。というのか、それとも。
 好きになったから友達じゃなくて、恋人として接して欲しい。というのか。
 ――どうやら、結果は後者だった。
 由夏の口から「付き合って欲しい」と言われた。
「友達としてなら付き合ってるじゃないか。
 ……確かに塞ぎ込んでるよりは楽しい夏休みを過ごさせてもらってるよ」
「そうじゃなくて……さ!」
 乗り出してきた由夏。
「な、なんだよ……」
「……ねえ、私をさ……。意識したことないの?」
 確かに言われてみれば、由夏を意識してたのかもしれない。
 友達だし……。それに欲情覚えるって話もおかしいよな、と思い込んで気持ちをセーブしてきたけど。
 向こうは本気だったみたいだった。
「……そのかばん……。もしかして……」
「その、『もしかして……』だよ」
 おい、おかしいだろ。常識的に考えて。
 なんでだよ。俺と由夏はただの友達じゃなかったのか? そんなバカな……。
 ――だが、ここで俺は、終業式の後に言った「代価は私の身体」の本当の意味を知ることになった。

 ◇

 あとで聞いた話だが、由夏が俺の家に泊まることを決めていたのは、既に親が知っていることだった。
 彼女の両親には、女友達の家に泊まるとごまかしていたようだ。
 ――そんでもって、その夜。俺と由夏は、背を向けているが同じ布団に潜っていた。
 ……狭くて布団を二つ敷く場所がなく、別々にしようと提案したら断られたという。
 多分、貞操のあり方で俺と由夏には違いがあるのかな、と。
 そういうつもりは全くないんだけどなあ……。
 ただ、由夏と宿題を消化しつつ、遊べればそれでいいと思っていたのだけど、俺の考え方とは違うのか……。
「……そっちにいってもいいかな」
「好きにすればいいじゃないか」
 俺が言った後、由夏がこっちを向いた。……最も、身体だけみたいだが。
 背中に当たる柔らかい感触。両腕が俺を抱きしめている。
『……由夏のやつ、本気なのか……』
「……こっち、向いてくれる……?」
 抱きしめていた両腕が離れ、由夏の方を向いた。
 ――キスしそうなぐらいの距離。
 由夏にも思うところがあったのか。……意識したことないの、という発言や、代価は私の身体という発言。
 後者の方はほんの軽い冗談で言ったかもしれない。
 それがこういう事態になるとは……。
 と、考えているうちに、両頬に由夏の両手が添えられて、その距離がどんどん狭まっていた。
『由夏の目が閉じられた……?!』
 そう気がついたときには唇が重なっていた。
「……ゆ、由夏……!?」
「好き」
 驚いている俺を無視して、耳元でそう囁く。
 俺はどう答えたらいいか分からなかった。
「ごめん……。友達でいるのが、辛くなったの」
「由夏……?」
「――正直、付き合ってる女の子が羨ましかった。私の知らない陸斗の顔を知ってるんだろうな、って思ったら……」
 そこまでしてないけどな。
 セックス一歩前まで行ったけど、俺がへたれって断りづつけたからな。
 ――そりゃ、好きだったけど……。好きだったからってセックスしたいかっていうのは別の話だと思ってる。
 今でもそう思っている。……自分が後悔したくないだけだ。
 ……ここで俺がその道を選んだら後悔……するだろうか。
 正直、チャンスのように思えてくる。
「……じゃあ、由夏は……」
 その言葉に彼女はうなづいた。
「後悔、するなよ……」
「分かってる……。覚悟は決めてる……」
 ……そうか。男と違って女の子は……。
 ――その後は、由夏と何度もキスをかわして、汗だくになるまで抱き合っていた。

 ◇

 ――朝。
 差し込む光で目を覚ます。
『……ンッ……』
 起き上がると、由夏も目が覚めたようで起き上がってきた。
「……陸斗……」
「おはよ、由夏」
「うん、おはよう」
 由夏は微笑んでいる。
「――それにしても、陸斗さ、がっつき過ぎだよね」
「笑うなよ……。童貞だっただからよ……。そういう由夏だってさ……」
「そうだったね……。あはは、お互い様だったってことだね」
 ――実際はそうだった。
 俺のことをがっつき過ぎ、と言った由夏は人のことを笑えない。
 つながる前もつながっている時も、……つながり終えた後も、俺の唇を求めた。
 まさに貪るように俺の全身を求めてきた、そんな感じだった。
「……さてと、これからどうする?」
「普通に服を着て、朝ごはん食べよう」
 そうだな、と笑って俺と由夏は服を着た。

 ……その幸せはそう続かなかった。

「――え、それどういうことだよ」
 夏休み終盤戦となってきた日。俺は、由夏の放った一言に絶句した。
「……頻繁に会えなくなるかもしれない。高校は変わらないけど、遠くなっちゃうんだ……」
「大阪から出ていくってことなのか……!?」
「そう、なる……。でも、京阪神だから会おうと思えば会えるよ」
「……そうか……」
「……そんな顔しないで」
 寂しい顔をしていたのか、そう言われた。
「私だって……、寂しいよ……。こんなに好きな人に出会えたのに、会える回数が減っていくなんて……」
「由夏……」
「……でも、貴方のことは忘れない。この夏のことも」
 そう言って、由夏は俺の唇を重ねる。
「……じゃあね」
 由夏はそれだけを告げて、俺の元から去っていった。

 ◇

 ――会えなくなったわけじゃない。
 それはわかっていても、心に穴が開いたようで宿題をしていても、何をしていても上の空になっていた。
「……9月……か」
 リビングのカレンダーが、9月に切り替わり、明日は学校か……と自覚させられる。
『どんな顔をして、由夏に会えばいいんだろうか』
 そればかりを考えていた。


 翌日、教室につくと、おはよー、久しぶりーという声が聴こえる。
 ……朝早く来たせいか、由夏はまだ来ていなかった。
 このまま、会わなきゃいいのに。とまで考えてしまう自分がいたことに驚く。
 クラスメイトだから会ってしまうだろ……。バカだろ俺……。
「――陸斗」
 肩越しに聞こえる声に振り向くと。
「……久しぶり」
「由夏……」
「――ひと夏の物語じゃないんだよ?」
 そう言って、由夏が笑っている。
「ハハハ……。そっか……。ハハハ……」
「これからもよろしくね、陸斗」
「ああ……」
 なんだ、心配する必要なかったじゃないか。
 やれやれ。杞憂で済んでよかったよ。


 ――俺たちは背を向け合って別れることはしなかった。
 これからもずっと付き合っていこう。おたがいにそう思っている。
 ……もしかすると、一学期の終業式の時に断っていたらこういう事にはならなかったかもしれない。
『塞ぎ込んでるよりは楽しい』
 そう思えた夏休みだった。

後書き

何ヶ月か物語を書くということから離れていたので、書いてみた次第です。

この小説について

タイトル 夏の終わりに吹いた風
初版 2011年9月14日
改訂 2011年9月14日
小説ID 4320
閲覧数 640
合計★ 6
蒼井幹也の写真
ぬし
作家名 ★蒼井幹也
作家ID 12
投稿数 49
★の数 83
活動度 6308
初期からいる人

コメント (2)

敬語苦手くん 2011年9月16日 19時19分37秒
良いは良いんだけどさだって曲の歌詞?とかから話起こしてるわけだし。
結構な想像力とは思うけど

恋愛小説にしてはずいぶん淡白じゃない?セリフが生き生きしてるわりに、由香の実在を感じさせる仕草とかが書いてないし。
作者はヒロインにちゃんと恋してる?

でも久々に書いたにしては小説うまいね。頑張ってね。
★那由他 2011年9月22日 0時41分20秒
はじめまして。那由他と申します。

御作を拝読いたしました。上から目線のコメントになってしまいますが、読んでいて感じたことを書いておきます。なお、コメントはすべて私見であることをお断りしておきます。

読んでいて気になった箇所などを挙げておきます。

>俺たちは、色んな意味で有名な須磨浦公園近くの海水浴場ではない。
意味はわかるのですが、「俺たちは」「海水浴場ではない」と読めて、ちょっと違和感がある表現です。「海水浴場には行かなかった」とかいう表現の方が自然だと思います。

>俺がへたれって断りづつけたからな。
「つづけた」でしょうか。

>その言葉に彼女はうなづいた。
細かいことで恐縮ですが、「うなずく」と「ず」の表記の方が普通のようです。


ひと夏の青春の思い出、という雰囲気がよく出ている作品でした。文章も読みやすく、読後感も爽快です。元ネタの曲は聴いたことがないので比較はできないのですが、やはり青春の思い出を歌った曲なのでしょうか。ライトな恋愛、という表現もおかしいような気がするのですが、印象としてはそのような感じです。

由夏がどうして友達のレベルにとどまっていたのか、そのあたりの理由がほしかったようにも思います。ラノベではありがちな「幼馴染」という設定でもかまわないのですが、ふたりの仲が友達以上の関係に進展しなかった理由はなんなのでしょうか。ただのクラスメイトだったようにも読めませんでしたので。

海遊館のデートのエピソードもデートしただけで終わってしまいましたので少々物足りなさを感じました。ここでふたりの関係が接近するようなエピソードがぜひともほしいところです。

最後の方に由夏が引っ越しで遠い場所に行ってしまうことが語られていますが、学校はいままでと変わらず、主人公とは学校で毎日会うことができるのですから、「寂しくなる」というのもどうなのかな、と思わないでもありません。転校してしまうのでしたら「寂しい」と感じるようにも思います。

コメントは以上です。いろいろと書き連ねてしまい、申し訳ありません。あまり参考にならないかもしれませんが、少しでもお役に立てるようでしたら幸いです。最初にもお断りしましたが、あくまでも私見ですので的外れなことを書いているかもしれません。

次回の作品も期待しております。これからもがんばってください。
それでは失礼いたします。
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