Dメール - No.27 to:集まりし一族【対面編】

『こんなに早く総会を開くとは、随分と分家は焦っているんじゃないか?』
 燈夜は電話口で、そう告げた。
 すると電話の向こうから彼よりもさらに低い声が発せられた。
『分家だけじゃない。本家にも少なからず、渚を疎ましく思っている者も居る。もう私も老いたし、必ず護ってやれるとは限らん。厄介な事が起こらんように、あの男に任せてはいるがな……』
『おいおい、前当主ともあろう奴が弱気だな。それに、渚には夜一も居る。二人揃えば力も増すだろ。かつての、俺達の様に』
 燈夜の明るい声に、電話口の人物もふっと息を吐いた。
『警察の方はお前に任せる。まあ、一筋縄ではいかんだろうが』
『はは、まあ頑張るさ。また連絡する。じゃあな……海淵(かいえん)』
 そう言って燈夜は電話を切った。携帯をズボンのポケットに仕舞って、空を見上げる。辺りは既に日が沈み、薄暗さが際立ってきている。
 大きく伸びをした後、燈夜は僅かに笑みを浮かべながら、ゆっくりと歩き出した。




 葦香市から南にある誠和市(せいわし)は、東京でも有名な高級住宅街だ。あちこちに嫌味な程真新しい家が立ち並ぶ中、夜一と渚は一際目立つ建物の前に居た。
 まるで白亜の宮殿を思わせるような庭付きの豪邸を見上げ、只管呆気にとられている夜一に、渚は門を潜り抜けようと歩きながら言った。
「何をしている。さっさと入るぞ」
「ちょ、ちょっと待て! こんなに普通に入っていいのか?」
「中に金属探知機があるし、きちんと警備員によるボディーチェックもある。それにこの門には監視カメラやセンサーがあるから、予め雪代の方に顔の割れている招待客以外は入れないようになっているんだ」
「…………」
 流石は世界を股にかけると言われる一族だ。防犯システムも並とは違う。渚、そして西園寺さんが次々と中へ入っていき、夜一は慌ててその後を追った。
 黒服の警備員による持ち物、及び服装の厳重なボディーチェックを抜け、金属探知機も通り抜けると、夜一達は応接間へと通された。
 既に中に居た数人の男女が、渚を見た途端に彼女の周りに集まってきた。
「これはこれは、渚お嬢様。お久しぶりです」
「おじさま、お久しぶりです」
 渚と挨拶を交わした男性に見覚えのあった夜一が、男性の名前を思い出そうと彼の顔を覗き込む。
「あ! まさか俳優の谷崎譲二!?」
 素っ頓狂な声を上げた夜一を、その場に居た全員が見やる。
「渚お嬢様、こちらの方は?」
「春日夜一。私の助手だ」
 皆の視線を気にする事無く、凛として言い放った渚。『春日』という言葉が出た瞬間、驚きや好奇心を含んだ視線が夜一に注がれた。すると、先ほどの男性が仰々しく頭を下げた。
「春日家の方とは知らず、失礼な真似を。私、谷崎譲二と申します。芸名ですので、本名は雪代海路(ゆきしろかいじ)ですが」
 海路がそう言うと、彼の後ろに居た瓜二つの双子の女子が同時に夜一に詰め寄る。
「本当に? 燈夜ちゃんのが格好良いし、頭も良さそうだよ」
「……似てない」
 さらりと流れる水のように透き通った淡い色の髪を三つ編みにして近付いてくる二人は、本当にそっくりで夜一は思わず後ずさる。
 まるで似せて作ったかのような一卵性だ。
「凡人っぽいし、『スフィア』の事も知らないかなー」
「『スフィア』って、あの『漆黒に舞う花嫁』の作者の? って、まさか!」
「あれ、知ってるんだ。うちらも意外と知られてるんだね、郁」
「……意外」
 少女達は口々にそう言う。だが、流石に『スフィア』の事は夜一も知っていた。
 巷で話題になっている小説、『漆黒に舞う花嫁』。ファンタジーと推理という異なったジャンルで織り成されるストーリーは多くの反響を呼び、今、最も売れている小説と言っても過言ではない。
 かくいう夜一も友達に勧められて読み、密かにファンになっていたのだ。
 作者である『スフィア』はテレビを始めとしたマスコミに一切顔を出さず、謎の多い人物として世間でも話題になっている。
 今の彼女たちの言葉が本当なら、夜一の目の前に居るの二人は『スフィア』であるという事になる。
 驚きを隠せずに居る夜一に、彼女達は言った。
「あははっ、何その顔、面白―い! あたし、雪代冴(ゆきしろ さえ)。こっちは郁姉(ねえ)。あたしたち二人で『スフィア』でーす、宜しくっ」
「……冴、雑すぎ」
 妹を嗜めてから、郁は夜一に頭を下げる。良く見ると、郁の方が垂れ目で身長も若干高い。
「ごめんなさい。……でも、書いてるのは、本当」
「読んだ事あるんだ。凄く、引き込まれた」
 そう言うと、冴も郁も一瞬虚をつかれた様にお互いの顔を見合わせた。
 そして、郁が僅かに微笑んで言った。
「……ありがとう」



 夜一が渚の方に目を向けると、渚は二人の男性と話をしていた。一人は、高級そうなスーツを着こなしている妙齢の男性で、茶色い髪が何とも大人っぽく見える。そして、もう一人の男性はスーツの男性の後ろで、しきりに眼鏡を気にしている。
 そんな夜一の視線に気がついたのか、渚は夜一を自分の方へ手招きした。
「夜一、紹介しよう。こっちは検事の雪代義弥(ゆきしろ よしや)兄さん、後ろは弟の直登(なおと)兄さんだ」
 義弥さんは夜一の手を握って笑った。胸には確かに、検事バッジが光っている。
「宜しくね。検事をやってるから、くれぐれも犯罪は犯さないように。容赦出来るか、分からないし」
「はは……」
 笑顔で釘を刺された夜一は、引きつった笑いで穏便に済まそうと必死だった。
 一方の直登さんは対照的に腰の低そうな見かけと同様、夜一の手を恐る恐ると言った様子で握った。
「あの、そのう。……雪代直登です。け、警察学校で訓練生をしてます。宜しくお願いします……」
「直登さんは、警察官を目指してるんですか?」
「え、ええ、まあ……」
 何だか、警察の人間になるには少々頼り無さそうな佇まいだ。
 その時、とある人物が応接間に入ってきた。途端に、応接間にいた夜一を除く殆どの人が反応して姿勢を正した。渚が入ってきた時もざわめいたが、それ以上の緊張感がある。
 渚と同じ褐色の髪、礼服を着こなした男性は辺りを見回し、渚を見つけてから彼女の方へとゆっくりと歩いてきた。
「渚、随分と大きくなったな」
「……はい。お父様もお元気そうで、何よりです」
 渚とそう言葉を交わした後、その男性は雪代の一族を見渡し、夜一に目を留める。
 ほんの数秒の間の筈なのに、まるで時が止まってしまったような錯覚に襲われた夜一は、思わず体を強張らせた。
「君が燈夜の息子かね。私は、雪代海淵と言う。渚の父親だ。彼から君の事は聞いているよ」
「よ、宜しくお願いします」
「眼が燈夜に良く似ている。どうか渚と、親しくしてやってくれ」
 そう言うと、海淵は夜一に深く頭を下げた。夜一は慌てて渚を見る。
 目の前に居て、威圧を感じないわけが無かった。日本の政財界や芸能界などにも影響力のある雪代家の前当主で、燈夜と組んで事件を解決していた先代の『D』。しかも渚の父親。
 その人に、こんなに真摯な挨拶をされるとは思っていなかった夜一は、どうすればいいのか分からなかった。
 海淵は頭を上げた後、雪代の一族達を見て言った。
「そう固まるな。今回の『総会』に私は関与しない。……私は、『部外者』だからな」
「お父様……」
「渚、お前が取り仕切るんだ。『総会』だけでなく、客をもてなす食事会もだ。西園寺君、くれぐれも宜しく頼む」
「はい」
 渚の後ろに控えていた西園寺がそう言って頷くと、海淵は身を翻して応接間を出て行った。
 その姿を見送った渚の顔が心なしか曇っている事に気がついたのは、夜一だけだった。




「お母さん!」
 渚がそう言ってベランダに居る女性に抱きつく。亜麻色の髪は夜にも関わらず美しく輝き、ふわりと漂ってくるシトラスの香りに包まれ、渚は思わず笑みを強める。
「どうしたの、渚?」
「ううん。ちょっと、眠れなくて……」
 渚がもじもじと下を向きながらそう言うと、女性は優しく笑いながら渚の頭を撫でる。
「そっか。じゃあ、今日は一緒に寝ましょうか」
「ほんと!?」
「ええ。今夜は涼しいし、きっと良い夢が見られるわ」
 そう言って、母と二人、渚はベッドに入った筈だった。
 真夜中、気がつくと隣に母は居なかった。母を捜し、辿り着いたのは父の書斎。そこに居たのは、血塗れでベッドに横たえている母だった。父の書斎からは他にも二人の遺体が見つかり、不自然な証拠もあり父はあっという間に当主の座を追われ、疑念の目に晒される事となった。
 その一週間後。息つく暇も無く、事は起こった。
 兄、雪代湊の、雪代家からの離反。炎に包まれる屋敷の中で、渚は鮮明に覚えていた。
「お兄ちゃん……どうして……」
 ほんの数メートル先に立って、此方を見ている兄が、酷く遠い存在に思えた。
 その兄が、渚に手を差し伸べる。戸惑う渚に、彼は告げた。
「渚。俺はお前が来るのを、待ってるよ」


 渚は、目を見開いて飛び起きた。
「!」
 しかしそこには誰も居らず、自分一人だという事を認識すると、渚はため息を吐いた。夢を見ていたのだと分かると、急に脱力感が襲ってくる。
 その後何度目を瞑っても眠れず、渚は自分の部屋を後にして応接間へと向かった。
「あれ、渚も眠れないのか?」
「夜一? 私も、という事は……」
「あんなホテルみたいな広い部屋、何か慣れなくてさ。それに、ここ以外に部屋知らないし」
 いつもと変わらない夜一の言葉に、渚は微笑む。
「な、何だよ」
「何でもない」
「……自分一人、とか思うなよ。俺も西園寺さんも、学校の皆だって居る。『総会』とか良く分かんねえけど、肩の力抜いてやれよ」
「そうだな。ありがとう、夜一」
 夢では、一人になってしまった気でいた渚は、夜一に向かって頷いた。
 この時、渚すら予測する事は出来なかった。夢で終わっていた筈の事柄が、自分達に再び襲ってくるという事を。


後書き

かなーり不定期連載で申し訳ないです。
就活やら学生生活やらでてんてこまいです。
書きたい病に侵されてる割には、時間がないというジレンマです……。

とりあえず、凄い沢山雪代家の人出しちゃったので、次はもうちょっとスピーディーに進めて行きたいと思います。

この小説について

タイトル No.27 to:集まりし一族【対面編】
初版 2011年9月21日
改訂 2012年5月12日
小説ID 4323
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作家名 ★ひとり雨
作家ID 223
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