真っ白に告げて

早房 翡翠
視界の中に彼の姿を認めると、揺れた。
心も想いも、決意も覚悟も、そして視界も。
……ごめん。
その言葉が、唇からこぼれそうになる。
思わず開いたそれを、強く噛む。紅の雫が滴る程強く。
あたしが、それを言うことは、許されない。
静かな、公園。
風に揺れるブランコ、子供達の作ったであろう砂山や忘れていったボールにスコップ。気まぐれに掃除されて山になっている落ち葉。錆びた鉄棒に、ペンキの剥がれたベンチ。
いつも変わらなかった、待ちあわせ。
でも、いつも待っている場所は違った。
失われた時間が、愛しくて哀しくて。でも、それを想うことは許されない。自分自身が、許したくない。
無意識に、想い出がよみがえる。想い出にしたくなかった日々の記憶。過去としての日々にしたくなかった。
彼は、どこに行くにしても、必ずここに待ちあわせた。
必ず先に来ていて、必ず毎回違う場所で待っていた。
遠くを見て。何かを考えているような眼差しで。
ケータイをいじったり、ゲームをしながら待っているだなんてことは一度もなかった。
そして、今日も彼はいた。
彼女より先に。
メールで呼び出した。声を聞くのは怖かった。その声から、想像してしまうから。
彼は怒らない。どんな身勝手なことをいっても、決して。
でも、その遠い眼差しで自分ではなく、その先を見つめられるのが怖かった。
あなたは、優しすぎるから。
相手に流されるような人じゃない。あくまで、自分があって、でも、誰よりも相手を大切にする人だった。
彼が傷つくことではなく、傷つけた自分が優しくされるのが怖かった。
罪悪感や良心や、彼ではなく誰より自分自身が、自らを傷つける。
優しすぎて、むしろ、残酷だった。
彼は、街灯にもたれかかって待っていた。
最初の、待ちあわせと同じ場所。
あの時と、寸分変わらない。優男風の顔立ちも、彼の持つ空気も、遠い眼差しさえも。
呼び出しに、公園を指定したのは彼だった。
別れを告げようとしてたことは、分かっているはずだ。
その上で、ここを指定した。
なかった事に、するつもりなのだろうか。リセットという言葉が思い浮かぶ。
揺らぐ。
決意が。
歪んだ決意だ。決意と呼ぶにも、驕っている。
無理矢理、コンクリートで押し固めたように歪んだ決意。
想いも全部隠して、押し固めた。
それなのに、彼の姿を見ただけで、うつむいていて表情も見えないのに、彼がいるだけで、ヒビがはいった。
やめて。
やめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてーーー。
頭の中を巡る記憶が、彼女を苛む。

「……ごめん…ね…。」

やっと言えたのは、小さな声で、それだけだった。
消え入るような呟きは、彼に届かない。
こんな言葉、自己満足に過ぎない。
言うことで、彼はきっと許してくれる。
優しいから、微笑んでくれる。
許されちゃいけないのに。
謝ることで、なかったことにしたくなかった。
告白は卑怯だったけれど、彼への想いは本物だった。
それを、偽りに満ちた言葉を免罪符にして、ごまかしたくない。
例え、届いても言ってはいけない言葉なのに。

「……君は、悪くない。」

彼の言葉が、風に運ばれる。
聞こえて、たんだ。
一筋。
溢れるように、涙が伝う。

あたしは、ばかだ。

許されないのに。
自分が悪いのだ。泣くことは許されない。
自分自身が許さない。
ぽつぽつと、雨が降り始めた。
幾筋も、頬を流れる。
雨水が、口に入るとそれは塩辛かった。
目を伏せる。
あの日、一番忌むべきあの日、喫茶店で、友人たちとふざけていた。

ーー負けた負けた!
ーー罰ゲームね!!
ーー何にする?

甲高い声が響く。
罰告白。
いいだしたのは誰だっただろう。
何人かの友人の顔が脳裏に浮かぶ。
……忘れた。
皆が騒ぎ立てていた。全員が言い出したのだ。
メールで、告白をさせられた。文章も勝手に作られて、送信された。友人たちは、きゃあきゃあ騒いで文面を考えていた。
彼のことは、好きではなかった。
悪いヤツじゃないとは思っていた。
でも、恋愛対象に考えたことなんてなかった。
多分ダメだろう、フられる。もしかしたら、罰告白だと見破られるかもしれない。
そう思っていたのに、それは思わぬ方向に外れた。
それから、付き合い始めて、いつも見ない優しさに触れて、惹かれた。
恋人としてのぎこちなさも消えた頃、二人で出かけた先で、罰告白を言い出した友人の一人にあった。
嫉妬したのだろう。
少なくとも、そう思いたかった。
幸せで、端から見てもそうだったのだと。
その時までは幸せだったのだと信じたかった。

ーーーやだぁ、罰告白だったのに、こんな続いてたんだぁ。

繋いでいた手が、少し、冷たくなったような気がした。
友人は、芝居がかった仕草と声音で、それだけを言い、去った。ぶりっ子の気があって、本心を皮肉たっぷりに隠すのが得意な友人だった。

やだぁ、まだ騙してたんだ。

友人の言葉がそんな意味に聞こえて、何度もリフレインした。
耳にこびりついて、離れなかった。呪詛のように彼女を苦しめた。
そして、彼にメールをした。別れを告げるために。
これも、救いを求めてたのだと気づく。
結局、自分のしたことから逃げるために、今こうして、彼の前にいる。
彼を傷つける。
なんだかんだ言って、自分本位なんだ。
自分の浅ましさに気づく。

じゃあ、自分にできる償いは、何?

そう思った途端、コンクリートの決意のヒビが、ぴきぴきと音を立てて閉じる。
別れることだけに対しての決意が、形を、質を変える。
「ごめん、別れよ。あたしがばかだった。」
無感情の言葉が乾いた声音で口を告ぐ。
「あなたのこと、好きじゃなかったのに、こんなこと。
傷つけたし、振り回したし、これで終わろ。」
本当は違う。
他に言いたいことがある。
もっと感情的な言葉をぶつけたい。
まだ、恋人として付き合っていたい。
罰告白だったけど好きなのだと、恋人でいたいと、なりふり構わず、泣いてすがりたかった。
彼は許してくれる。
付き合ってくれる。
他の男のように、罰告白ならこっちから願い下げだなんてことは言わない。
感情的になっても受け入れてくれる。
喧嘩腰の口論にもならない。
けれど、感情的になるのを止めたのは、皮肉にも、その彼への想いだった。
受け止めた分だけ、彼は傷つくのだという、未来が見える。
結局、罰告白だったという事実は変わらないのだ。
付き合っていても、忘れられずにそれはつきまとって、じわじわと痛み続ける。
苦しみ続けるのは、彼だ。
彼が彼女のことを好きじゃなくても、きっと苦しむ。彼女が無理に付き合っているのではないかと。

所詮、偽りの言葉だったのだから。

自分は、好きだという想いだけで傷つかない。
乾いた別れを突きつければ、これ以上は傷つかない。少なくとも彼は。
彼はそのうち忘れる。
そうなった時に、傷つくのは自分。
罰告白じゃなくて、ちゃんと告白してたら、幸せに付き合い続けられた。
そうでなくても、恋は幸せに始まって幸せに終われた。
そう後悔し続ける。
でも、告白の形がどうであれ、自分は彼が好きだから。
彼を傷つけることだけは、もうしたくない。
だから、別れる。
傷を全部自分が背負う。

あなたが、あたしのことを忘れるのが一番幸せだから。

どうせ、罰告白だったという事で、幻滅しているだろう。
別れを突きつけた今、彼は、未練なんてないはずだ。きっと、最低なヤツと軽蔑されている。
別れても、彼は、傷つかない。
だからーーー。

「……さよなら。」

震えそうになる声を、必死で抑えて、硬く、冷たく聞こえるように、精一杯に言った。
さよなら。
心の中で、本物の別れを告げる。
後悔をし続ける覚悟はできている。
罰告白なんてして。
ちゃんと告白しなかったのだ。
でも、別れを告げたことは後悔しない。
彼が、幸せであれると信じられるから。
ああ。
今、やっと、気づいた。

告白は、真っ白なまま、想いを告げるから“告白”なのだ。
あんな穢い、罰告白は告白ですらない。
やっぱり、罰ゲームなのだ。何よりも残酷な。

なんて、幼かったんだろう。
ホントに馬鹿だ。
自分を嘲る。
けれど、変な清々しさがあった。
彼を、少し幸せにできたかもしれないと。
いや、
首を横に振る。
違う。振り出しに戻しただけ。
自分でやったことの、落とし前をつけただけだ。
もう、罰告白とか、そういうのに引っかからないでね。
あなたは優しいから、騙されそうだもの。
想い、うつむいた。
びっしょりと濡れた髪が、顔にはりつく。
ぽつぽつと降っていたはずの雨は、いつのまにか、激しくなっていた。
全部、流して。
何もかも。
彼の傷を洗い流して。
まだ、彼に傷が残っているなんて、そんな訳ないと、気づく。
傷を洗い流して、だなんて傲慢だったね。
もういない彼に、言う。
流して欲しいのは、あたしの傷だけれど、流したくない。
流せば痛みは消えるけれど、同時に彼の記憶も消え、彼を忘れでしまう。
彼を、忘れたくない。
彼が振り向くことはないけれど、想い続けていたい。
しゃがんで、どろどろの地面に膝をつく。
灰色の空を見上げると、雨粒がまともに顔に当たった。
瞳を閉じる。
大好きな小説で読んだフレーズ。
恋人との別れの、祈りの言葉。
恋人というのもおこがましいけれど、これだけ、あたしの想いが本物だった証に、祈らせて。

君に、幸あれ

もう、躊躇しなかった。
次々に、眼窩から零れる。
目尻の脇をつたう。
雨と混じり合って、顔を濡らす。
声をあげて泣きたかった。
どうせ大雨で人目はない。人目があっても声をあげて泣いただろう。
けれど、何かが喉の奥に詰まって、声は出なかった。
声が出ないせいか、その分激しい嗚咽。
泣き声どころか、普通の声もでなさそうだった。
でも、これだけ言いたい。
今、この瞬間に。

「………ありがとう……。」

おそらく、自分自身も聞こえないくらいに、小さくかすれた声だった。
祈る。
彼のために。自分のために。

どうか、真っ白に想い続けることを許して。

後書き

お久しぶりです。
早房です。
お恥ずかしながら、パスワードを忘れてしまいましたので、こちらで投稿させて頂きました。

この「真っ白に告げて」。
切ナイ系を意識して頑張ってみました。
凝ったのは、心理描写。
最初は一人称一元視点にしようかなと思っていたのですが、あえてこちらに挑戦しました。
これは結局、三人称一元視点なのですが、そちらの方が味が出るかなと思いまして。
こっちのほうが難しいですしね。
その分、情景描写がおろそかになりましたが、心理描写を強調するためだと目を瞑ってください。
描写があちこちいってしまうと、混乱しやすいですし。

とりあえず、ご読了ありがとうございました。
気軽にコメントなども書いていただけると幸いです。

また、Amebaのブログに違う終わり方のも掲載しております。
瀬生の名前で、「螺旋の行く先に」というBlog名です。
そちらもみていただければ、幸いです。
それでは。

この小説について

タイトル 真っ白に告げて
初版 2011年10月29日
改訂 2011年10月29日
小説ID 4329
閲覧数 594
合計★ 5
パスワード
編集/削除

コメント (2)

★那由他 2011年10月29日 17時54分31秒
はじめまして。那由他と申します。

御作を拝読いたしました。
一箇所だけ誤字がありましたので、とりあえずお知らせしておきます。

>同時に彼の記憶も消え、彼を忘れでしまう。
「忘れてしまう。」です。

コメントが難しい作品ですね。しかも、私が苦手とするジャンルだったりします。読者側の感受性に負う部分が大きい作品だと思いました。心理描写に力点を置いた内容は、小説というよりも詩に近いような印象を受けます(それが悪いということではありません)。切ない系というものを意識されていたようですが、その雰囲気はよく出ていたと思います。彼女の想いに彼がもっと応えてあげればいいのに、と思っていたら、作者様のブログを拝見させていただいたところ、そちらにあるバージョンの方はそのようなエンディングでしたね。私個人の好みからしますとブログにあったエンディングの方が好印象でした。

簡単になってしまいましたが、コメントは以上です。

次回の作品も期待しております。これからもがんばってください。
それでは失礼いたします。
弓射り 2011年10月31日 1時10分01秒
お久しぶりです。自分もコメント自体久々なもので、本調子はでないかもしれません。

こちらで投稿されているバッドエンド篇では、酷いことしてるヒロインが自分に酔ってるだけの話、とばっさり斬れると思います。別に酷いことしてるだけならそういう話も面白いですが・・・やや、落としどころを間違っているように思います。

ブログに載っているほうが読後感がまだ少し良いのは、きっと短いながらも起承転「結」しているからでしょう。やや厳しいことを言うならば、バッドエンド篇は中途半端な独白で終わっており、「別れよう」と切り出された彼との対話がなく、すなわち「展開」しておらず、小説としてぎりぎり成立していないのです。

ハッピーエンド版では彼との対話があり、物語がよくも悪くも展開しているので、小説としては成立してます。けど、肝心のテーマが薄れちゃいますね。罰ゲームで告白してずるずるウソついて甘えて付き合ってるヒロインの自分を責める気持ちなどが。彼が許してることでチャラになってしまって、ご都合主義な話になってしまう。
決してハッピーエンドだから読後感が良い、というわけではないという話でした。

「何を描きたいか」がブレずに、かつ小説として成立させるのは大変ですね。テーマによって描き方は色々ありますが、細かな表現、人称、視点等はさておいて、構成というもっと大きい観点で作品を作りこみ、伝えたいことを演出するのも小説を書くことの醍醐味だと思います。このテーマはどちらかというと、中篇向きなのではないでしょうか。

小説として成立、ってところを最低限と考えているので星を2つにしておきます。文章力だけならもっと☆付けたいのですが、次回に期待ということで奮起していただきたいです。受験勉強と平行はキツいかとおもいますが、頑張ってください夢に向かって。
名前 全角10文字以内
コメント 全角3000文字以内 書式タグは利用できません
[必須]

※このボタンを押すと確認画面へ進みます。