Dメール - No.28 to:集まりし一族【開幕編】

 所変わって、とある廃校の教室にて。
 月すら見えぬ宵闇の中、灯りのついた教室には数人の男女が集まっていた。その中心で褐色の髪の男が言った。
「本家の方はどうなっている、『マーリン』?」
「心配ないよ。『トリスタン』と『ガレス』が既に潜入してるし、特に問題の報告はされてないよ、『アーサー』」
 ノートパソコンの液晶画面のメールを見ながら答える青年の答えに、『アーサー』は笑みを浮かべる。すると、黒髪をオールバックにした男が不意に立ち上がった。無精髭にスーツ姿の格好は渋さを感じさせる。
「何も総会を狙わなくても良いんじゃねェのか。……二人が逮捕される危険性が高まる」
「心配性だよね、『ガウェイン』は。てゆうか、そういう大掛かりな所に潜り込まないと、『あの人』は出てこないじゃん」
 パソコンのキーボードを素早く叩きながら『マーリン』は言う。
 機械的な音が少し続いた後、急にその手を止めて彼は液晶画面に目を凝らした。マウスのカーソルが、メールに添付されていた画像をクリックする。
 そこに表示された少女の画像を見て、彼は口角を上げる。
「可愛い妹さん、元気みたいだね」
 画面に映っていたのは、『アーサー』と同じ褐色の髪の少女、雪代渚の写真だった。どうやら隠し撮りされたもののようで、彼女の視線は全く違う方向を向いている。
 それを見た『アーサー』は一瞬で真顔になった。まるで時が止まったように、暫く画面を見つめ続ける。そしてもう一度笑った。
「お前も俺の用意した舞台で踊るか? それとも、運命に抗うか……見物だな」




 雪代の総会の為に、雪代家の屋敷に来て二日目。朝食を皆でとった後、急に屋敷中がバタバタとし始めた。それもその筈、総会の前に行われる、渚の雪代家当主就任祝いのパーティーに出席するゲストが今日になって次々と屋敷に到着し始めたのだ。
 渚は勿論当主としてその出迎えに行かねばならず、パーティーの準備が終わるまで夜一は自室で待機という事になった。
「やっくん、そない不機嫌な顔せんでもええやろ?」
「やっくんて言うな。つーか相良、何でお前がここに居るんだよ」
 夜一はパーティーに出席するためのスーツを着ながら、自らの前で携帯を弄っている金髪の男、相良を睨んだ。渚のエージェントだという相良とは、先日の創立祭で知り合った。『聖杯(カリス)』の事を知った上で渚に協力している以上、味方だという事は分かっているが、夜一は自分を『やっくん』という愛称で呼ぶ彼に好意的になれないでいた。
 相良は飄々とした様子でネクタイに苦戦する夜一を見て笑う。
「何でって、パーティーに出席するために決まってるやん。他にもたっくさん来てるで、大物が」
 そう言うと相良は数枚の紙を夜一に見せた。そこには『就任祝いパーティー招待客リスト』と書かれている。
「こんなもん、何でお前が持ってるんだよ」
「あー、それは……」
 そこで口ごもると、相良はいきなり夜一のネクタイを引っ張った。聞こえるか聞こえないかの小さな声で相良は囁く。
「『ある人』から、雪代の情報を流してるネズミを炙り出せ、って言われてるんや」
「は!?」
「声大きいて、やっくん」
「だ、誰にそんな事……。まさか、渚の親父さん?」
 夜一は昨日会った雪代海淵の事を思い出す。雪代家の前当主、しかも渚の父親だけあって周りを一瞬で従える覇気の様なものを秘めている気がした。実際、夜一が彼に目の前に立たれた時には真っ直ぐに目を見ることが出来ずに、しどろもどろで言葉を返すのがやっとだった。そのくらい、威圧感があるといっても過言ではない。
 しかし、相良は軽い調子で首を振り、両腕で大きく罰印を作る。
「ぶっぶー、ハズレや。こればかりはやっくんにも教えられん。俺はナギちゃんのエージェントやけど、雪代に仕えるモンでもあるからなあ」
「それって……」
 夜一が続きを聞こうとしたその時、唐突にドアがノックされる。ドアを開けるとそこには、黒い礼装姿の西園寺さんが居た。
「夜一様、相良様。パーティーの準備が整いました」
「りょーかい。ほれ、やっくんも行くで」
「おっ、おい、話はまだ終わってないぞ!」
 ベッドから勢い良く降りた相良はそれ以上夜一の質問に答える事無く、さっさと部屋を出て行ってしまう。夜一もそれを追いかけようとしたその時、西園寺さんに呼び止められた。
「夜一様」
「はい? 何すか?」
 すると、西園寺さんの顔が徐々に近付いてくる。とうとう目の前に立たれた。おそらくそんなに歳の差がないとはいえ、化粧や髪の艶など大人の女性の雰囲気に、夜一はどうしていいのか分からなくなる。
「あ、あのー、西園寺、さん?」
「……タイ」
「えっ」
「ネクタイが曲がっておりますよ、夜一様」
 西園寺さんはそう言って微かに笑い、すっと手を伸ばして夜一のネクタイを直してくれる。
 そんな彼女の様子を、夜一は見つめながら考えていた。思えば、渚の事は大分分かってきたけれど、西園寺さんの事はあまり知らない。否、名前と渚に仕えている事位しか、知らない。『雪代のネズミを炙り出す』。相良の言葉を思い出した。雪代の情報を流すのは、家の者だけとは限らない。
「甲斐甲斐しいよねー、西園寺さんは。雪代を恨んでてもおかしくないのに」
「冴。……言い過ぎ」
「どういう事ですか、それ?」
 通りすがりに声をかけてきた冴と郁にそう聞くと、冴が鼻を鳴らした。
「アンタ、本当に何にも知らないんだねー。西園寺さんの家族が経営する会社潰して、家族を自殺させちゃったの、海淵おじさまなんだよ。雪代家も、渚様も、憎んで当然でしょ?」
「……冴」
 珍しく強く咎められ、冴は目を伏せる。しかし、彼女は去り際にもう一言残していった。
「海淵おじさまが作った闇を、そう簡単に消せるわけ無いわよ」
 冴と郁が居なくなると、西園寺さんはネクタイを結び終えて小さく息を吐いた。
「夜一様は私の事を、疑っておりますか」
「えっ、いや、あの……」
 唐突に問われ、夜一は何と言って返事をするべきか分からず、どもってしまう。
「気に病む事はございません。違う事なき事実ですし、それに……夜一様は疑っていて下さい」
「へ?」
「渚様の境遇を考えれば、あの方が雪代家を継ぐ事は、自ら批判を浴びに行くようなものなのです。それでも渚様は、お父上の跡をお継ぎになられました」
「…………」
「『総会』、そして相良様がいらしたという事は、やはり雪代には未だに渚様を裏切らんとする勢力が潜んでいるという事……一番信じたい身内を疑わなければならない今、私の事などで渚様を煩わせたくないのです」
 西園寺さんがこんなに喋っているのを見るのは初めてだった。でも内容は殆ど渚の事で。その表情も自然と心配そうな顔つきに変わってきている。
 時に自分を押し殺してでも、渚を支えたいと願っている。
「俺も、同じですよ。不器用で何にも出来ないくせに、アイツの力になりたいって思ってます。渚は、そう思わせてくれる強さをもってる奴ですから」
「夜一様……」
「ま、西園寺さんがそう言うなら疑っときます。あ、ネクタイ、ありがとうございました」
 夜一はそう言ってパーティー会場へと走って行く。
 その後姿に西園寺さんが深々と一礼していることには、勿論気がついていなかった。



 夜一はパーティー会場である大広間に入った瞬間、物凄く後悔した。
 煌びやかなドレスやタキシードを身に纏った人達、芸術品のような料理の数々、酌み交わされるワインやシャンパン。雪代家の人々や、テレビで見たことのある政界の大物議員や芸能人などの顔ぶれが、どれも異世界の出来事のようで、改めて場違いな事を感じて夜一が会場の隅でそれを眺めていると、後ろから声をかけられた。
「春日夜一、あんたこんな所で何してるの?」
「き、京極? 何で……?」
 ハキハキとした声に夜一が恐る恐る振り向くと、そこには北蝶学園高等部二年B組の委員長、京極桜が居た。しかし、黒いショートボブに緩いカールをかけて、水色のドレス姿の彼女があまりにも普段とかけ離れていたため、語尾が疑問形になってしまった。そんな夜一の言動に肩を竦めてから、桜は言った。
「お父さんの代わりよ。アンタこそ何でここに居るのよ」
「あー、ちょっと、知り合いに呼ばれて……」
 まさか雪代家当主である渚に招かれた、などと言えるわけも無い夜一は言葉を濁しながら目を逸らす。すると目線の先に広い舞台が映った。
そして徐に、その壇上に一人の少女が上がってくる。
 褐色の長い髪を後ろで一纏めにし、淡いピンクの薔薇の髪飾りがとても目立っていた。それに純白の生地に紫の細かな宝石で装飾されたドレスは見る者の目を引き、会場にはどよめきが広がった。
 それが渚なのだと分かっていも、数多の観衆の中で凜と際立つ彼女の眩しさに、夜一は改めて呆然としてしまう。
「凄いわね、渚。流石は『雪代』の当主よね」
「えっ!? は、何言って……」
 ぽつりと呟いた桜の言葉に、夜一は慌てて否定する。
「馬鹿、知ってるわよ。創立祭の後、お父さんに教えてもらったの。誰にも言ってないから安心して」
「そ、そっか……」
 ざわめきが静まった後、渚は小さく口を開けた。
「皆様、本日はお忙しい中、お集まり頂きありがとうございます。雪代家十三代目当主、雪代渚です。私の就任祝いという事で、ささやかながらお料理をご用意させていただきました。今宵はどうぞ、お楽しみください」
 渚の堂々とした挨拶に、会場からは自然と拍手が沸き起こる。
 その凛とした横顔に夜一は思わず見惚れてしまう。
 しかし、まるでドラマのような目の前の光景は、一瞬にして更に非現実的になった。拍手がおさまりかけていた瞬間、突然会場内が停電を起こしたのだ。
「な、何だ!?」
 夜一は、隣にいる筈の桜の位置さえも分からなくなり、困惑する。戸惑っているのは夜一だけではなかった。会場にいる殆どの人達が先程以上にざわめき始め、何ともいえぬ不安が、恐怖が、張り詰めた糸となったかのように広がっていく。
 そんな中、消えたときと同じように唐突に電気がついた。
 夜一は、一変してしまった会場内の異変に目を見開いた。
 白いタキシードに、黒い仮面。明らかにこの場に居なかった者が多数会場に入り込んでいた。しかも彼らは、映画の撮影でもするかのように奇抜な格好の上に、それぞれが機関銃まで所持していた。
 リーダーと思われる男は紅い腕章を付けており、機関銃を持ちながらゆっくりと壇上へと歩いていく。その先には、渚がいる。男は、徐に機関銃を渚へと向け、彼女の傍にあった花を生けた花瓶へと発砲した。花瓶が粉々に割れたその瞬間、座り込んでいた夜一は弾かれた様に立ち上がり、彼女の元へ走っていこうとする。が、それを勢い良く引き止めたのは相良だった。
「なっに、すんだよ!」
「しっ! 今暴れたらナギちゃんが危険になるん、分からん訳やないやろ……!」
 相良に諭され、夜一はやり場の無い怒りに震えながら乱暴に彼の手を振りほどく。
 幸いにも仮面の男達には誰一人気付かれておらず、皆の目は、腕章の男と渚に注がれている。
「……何が目的だ」
 渚の言葉を無視し、腕章の男は会場の客たちに呼びかけた。
「ごきげんよう、紳士淑女の諸君。我等は雪代渚嬢の当主就任を祝して、余興を担当させていただく。『推理ショー』という名の、余興をね」
「!」
 渚の頭の上に銃口をつき付け、男は仲間達に目配せをした。指示を受けた仲間達は移動し、雪代家の人々を初め、西園寺さん、それに夜一や相良、桜にそれぞれ機関銃が向けられる。
「さて、役者は揃った。残った諸君らには危害は加えない。逃げるもよし、警察に通報するもよし。……我々は敢えて制限はしない。さあ、行きたまえ」
 男のかけ声と共に、会場の後ろにある出口が勢い良く開く。
 それと同時に叫び声や悲鳴を上げながら、大多数の人たちは急いで会場を走り去っていった。
 皆が呆然としていた。
 華やかなパーティーがこんなにも凍りついた空間になろうなどと、誰が予想しただろうか。
 夜一も渚も、会場の中で機関銃を突きつけられ、立ち尽くすしかなかった。


この小説について

タイトル No.28 to:集まりし一族【開幕編】
初版 2011年12月5日
改訂 2011年12月5日
小説ID 4335
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ひとり雨の写真
作家名 ★ひとり雨
作家ID 223
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