RYO-リョウ-中学編 - 【1】

諸見里学園中学校の入学式の日がやってきた。
遼は頬に絆創膏を貼ったまま、式に出席した。部屋で暴れた日に、ガラスで顔を切ってしまったのだ。
遼の入学式に同行したのは、母さつきと姉の希穂である。父である秀は、やはり来ない。よほど遼が自分の望んでいた中学に入れなかったことが気に食わなかったのだろう。
諸見里学園は言うまでもなく男子校だ。私立では珍しく付属高校がなく、再び三年後には受験である。
式では、三年生が校歌を斉唱した。声変わりをした低い声の輪唱に、今まで味わったことない興味深さを感じた。
「一年F組の皆さんは、こちらです」
式が終わると、やはり三年の先輩に誘導されて、遼を含めた二十四名が一列になって式場を後にした。
教室は二階の一番奥まった場所だった。廊下には、窓から差し込まれた日差しが反射していて、春の暖かさを予感させている。
「自分の名札の乗っている机に座ってください」
支持を受けて、それぞれが自分の名札を探して、席に着く。遼は一番後ろの窓際から二列目の席だ。
しばらくすると男性教師がスタスタと教壇の前に現れ、まだ緊張の取れない新入生を見て、ニッコリと笑った。
「ようこそ、諸見里学園へ!担任の石黒哲也です」
石黒と名乗った教師は、その後、一年間のスケジュールや勉強の仕方、学校内のルールや習慣なんかを簡単に説明し、やがて学級委員を任命することを発表した。
「次の方は前へ来てください」
瞬時、クラス内が硬直した。
「堀江将吾」
「―――はい」
石黒の呼んだ堀江将吾という生徒は、遼のすぐ右隣にいた。返事をした声は、規律の保たれた凛々さがあり、優等生の匂いを漂わしている。
「中川吾郎」
「はぁい」
中川吾郎と呼ばれた、最前列中心で立ち上がる少し小太りな生徒が、あまりよろしくない態度を見せながらも、教壇の将吾の隣へと立つ。
「眞鍋遼」
「―――あ…はい!」
突然名前を呼ばれ、遼は慌てた。急いで席を立ち、将吾と吾郎の元へと並ぶ。
「それじゃあ今年一年、学級委員よろしくお願いします」
石黒が学級委員用のバッチを三人に手渡すと、いつの間にか教室の後ろに並んで立っていた保護者たちが拍手を送った。
席へ戻り、石黒が再び話をし始める頃、背後に立っている誰かの母親二人が、小声で何かを話していた。
「この学園の学級委員は、成績だけで決まるらしいのよ」
「それじゃあさっきの三人が優等生なのね。うちの子大丈夫かしら」
「うちの子も心配だわ」
(優等生――――)
遼はその言葉が嫌いだった。
優等生というプレッシャーに押しつぶされそうになりながら、今までどれだけ縛られてきたことだろうか。―――



入学式からひと月が経った五月。周囲が解け合い、新たな友人を作る頃、遼は一人、自分の机で勉強していた。学校の予習と復習はもちろんのこと、塾の勉強も重なるため、かなり忙しかった。
そんな遼を、教室の隅にいるクラスメートたちは口々に、
「優等生ぶっている」
と、嫌みをいった。そんな中、遼に初めて声をかけたのは、同じ学級委員の堀江将吾だった。
遼は元々人見知りで、自分から知らない人に声をかけることができるような人間ではなかった。それでも、将吾のように笑顔で話しかけられると、思わず考えていなかったことを口から滑らせそうになる。
「すごいな。きっと今度の試験もお前がトップだよ」「そんなことないけど」
「嘘だ。おまえの勝ちだよ」
「…………」
あえて遼は返事をしなかった。こういうことは慣れていたが、どう反応していいのか未だに分からない。逆を言えば、将吾にけなされているようで、本当はあまりその話題には触れて欲しくなかった。
「遼、って呼んでいい?」「どうぞ」
「俺、堀江将吾。将吾でいい」
「ああ、うん」
「素っ気ないな、お前」
「そうかな」
「そうだよ。だから周りに馴染めないんだ」
「…………」
またしても遼が返事を返すことはなかった。しかし、将吾はその日から遼の一番身近な人物になった。
昼休みになれば席をくっつけて弁当を並べるし、授業中でさえ、時々遼にちょっかいを出してくる。
そうしているうちに、少しずつクラスメートたちが遼に興味を持つようになり、自ら遼に話しかける者が多くなった。
「俺、中川吾郎。学級委員、一緒に頑張ろうな」
吾郎は、遼の感じていた第一印象よりも少し好意の持てる雰囲気のある奴だった。活発な態度の中に少しだけトゲがあるが、基本的には相手の理解を得られる明るい奴だ。
「ま、眞鍋さん…!」
不意に背後から声をかけてきたのは、田村孝彦である。彼は臆病者という言葉がぴったりな少年だ。
「僕、君のことをよく知ってるんだ」
「どういうこと?」
「君、N塾に通ってたよね。僕もその塾だったんだけど、模試の全国優秀者で、いつも『眞鍋遼』が一位なのを知ってるんだ。ほら、これ……」
と、田村は遼の机に何冊もの全国優秀者一覧の冊子を出した。今更そんなものを見せるなんてと誰もが思ったが、遼以外のみんながすぐに表紙に視線を注ぐ。
全国上位者第三位までが表紙に記されているのだ。しかも、最優秀者の名前には、『眞鍋遼』の文字が、一回り大きなフォントで印刷されている。
「すげぇ。すごいな、お前」
「本当だ…どうして諸見里なんかにきたんだよ、お前………」
将吾や吾郎が次々と遼に驚嘆した声を投げ掛ける。
「知らない!」
遼は机から奪うようにしてそれらの冊子をつかみ上げ、田村に押し返す。
「トイレ行ってくる」
と、将吾たちの間を通り抜け、遼は教室を後にした。洗面台の鏡に映る自分に会ったとき、思わずそれを叩き割りたくなった。
(過去の話だ。俺はもう優等生なんかじゃないっ)
鏡の代わりに、そばにあるゴミ箱を蹴った。



六月になると、五月末に行われた定期試験の結果が公表された。
廊下の掲示板には否応なしに遼の名前の印刷される紙が張り出され、あっという間に遼の名前が知れ渡った。
「遼、すげぇじゃん」
早速というように将吾が遼の元へやってくる。
「お前だって学年二位で名前乗ってるじゃん」
「俺なんか大したことないよ」
そう言って肩を落とす将吾に、遼は早く話題を変えたかった。
そんな二人の間を割り込むようにやってきたのは、吾郎だ。
「眞鍋、おまえ部活何に入るか決めた?」
早速話題を変換され、遼は内心ほっとする。
「俺、部活はいいよ。塾で忙しいから」
遼がそう言うと、
「おまえ、本当にがり勉だな」
吾郎の返した言葉にムッとした。彼は人のことを考えずに言葉を放つことが多い。
「勉強しないよりマシだろ」
思わず普段は出さない本音を、吾郎に投げる。
「まあ、いいや。それより、なあ、頼みがあるんだ」遼の言葉を通り過ごして、また吾郎は唐突に話を戻す。
そのとき、そばで二人の会話を聞いていた将吾が、不意に、
「俺、予習しなきゃ」
と言って、立ち去った。
「どうしたんだろう」
遼が不安げに気にするのとは裏腹に、吾郎は呆れたように、
「あいつ、凄い負けず嫌いで、小学校でもヤバかったらしいぜ。親がしょっちゅう塾や学校なんかにも苦情しまくってたとか」
「なんの?」
「自分の息子を特待生にしろって」
将吾の印象からは想像が付かない。
「でさぁ、眞鍋」
「……え?」
吾郎が話題を引き戻そうとするのがその声音の変化で伝わる。
「部活決まってないなら、俺と一緒にテニス部見学しねえ?」
「おまえ、テニスなんかに興味あんの?」
「うん。小さいときからやってるんだ。趣味だけど。ラケットも持ってるんだぜ」
「公式用とは違うと思うぞ」
「どういうこと?」
「おまえの持ってるのは、練習用ってことだよ」
「ああ。まあ、いいよ。じゃあ、放課後、顧問の篠崎先生の所へ行こう」
「…………」
若干強引だが、そうでもしないと遼がすぐに逃げてしまう奴だということは吾郎にも分かっているのだ。

【つづく】

この小説について

タイトル 【1】
初版 2012年2月16日
改訂 2012年2月16日
小説ID 4357
閲覧数 754
合計★ 3
齋岐ナユの写真
熟練
作家名 ★齋岐ナユ
作家ID 754
投稿数 7
★の数 27
活動度 1185
初めまして。最近、波瀾万丈に生きております。愛犬の死や愛する人との別れ…そんな経験を元に小説を書いてゆきたいと思います。

コメント (2)

弓射り 2012年2月26日 23時31分36秒
どもども。

長篇の気配がします。が、しっかり展開を組み立てておかないと完結は難しい。短編と違い、評価も難しいですから、反応やコメントが少ないのも覚悟しておく必要があります。

会話から読み取るに、リアルな話になりそうですね。実際に教室で交わされる会話ってこうなんだろうな、という印象です。
そういう話は面白みに欠けることが多いですので、この話の場合、吾郎を魅力的なキャラとして描くことが重要だと思います。
反応の薄い遼から、たぶん色々人間的なものを引っ張り出して成長させる役割を担うことになるのでしょうから。(勘違いとか深読みしすぎだったらすみません^^:)

あと、タイトルでちょっと読み手を逃がしてるかな〜と思いました。
次話も期待しています。
★齋岐ナユ コメントのみ 2012年2月27日 0時01分56秒

>>弓射り様

コメントありがとうございます!
最近、ちょっと忙しくて執筆を取り敢えず中断してしまっているのですが、プロットは全て作ってあるので必ず完結まで運びたいと思っております!
ただ、話のテンポが上手く取れず、
「なかなか進まないじゃん」
みたいな感じになりそうで、怖いです。


フィクション(小説?)らしい吾郎たちの口調や言葉に比べ、遼だけは現実感を帯びているキャラ(リアルな反応?)にしたいというのは、プロット制作中からずっと考えてきたことなのですが……。

そうです。
吾郎は勿論、将吾も遼の成長に欠かせないキーパーソンの一人なので、
そこで魅力を加えるように頑張りますっ。


齋岐ナユ
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