Dメール - No.29 to:集まりし一族【再捜査編】

 雪代家の『総会』の前に行われた、渚の当主就任祝いパーティー。山盛りにされた料理に手をつける者も、ましてや広い会場の中で歓談する者も居なかった。
 会場の中に残されたのは機関銃を突きつけられた雪代家の一族、渚、夜一、西園寺さん、相良、それに桜。そんな状況の中で言葉を迂闊に発する事など出来ない。必然的にその場を沈黙が占める。
 白いタキシードに、対照的な黒い仮面を被った彼等は躊躇する事無くロープを取り出し、手際よく後ろ手に縛っていく。しかし、奇妙な事にそれは全員に対してではなかった。渚、義弥さん、西園寺さん、それに海路さんのみを縛り上げ、リーダーと思われる紅い腕章をつけた男の下に彼等四人を連れて行く。
 夜一は、渚を目で追った。彼女は怯む様子は全く無く、ただ沈黙を守ったまま犯行グループの動向を見定めているように見える。すると、リーダーが残された夜一達に綺麗にまとめられた書類を手渡した。表紙に書かれた文字を見て、夜一は思わず目を見開く。
「『雪代波音(ゆきしろ なみね)殺害事件』……?」
「!」
 夜一がその名前を読み上げた途端、壇上にいた四人の表情が変わった。それに比べ、下に残ったメンバーには何の事だか分からず、対照的に困惑する様子が見られた。
 資料を配り終えたリーダーが両手を広げ、夜一達に向かって言った。
「今からゲームを執り行う。ルールは簡単だ。諸君に、資料の事件を解いてもらいたい」
 すると、海路さんが立ち上がって抗議する。
「何を言っている! あの事件は自殺で……!」
「おっと、『容疑者』は黙っていてもらおうか」
 リーダーは海路さんの頭に躊躇い無く銃を突きつけた。重厚な機械音に、彼は唾を飲んで座り込む。
 その脅しに、渚や他の二人も押し黙ったままだ。夜一はリーダーに問うた。
「『容疑者』って、どういう事だよ……」
「いい質問だ。君たち六人には、ここに居る五人の『容疑者』から、雪代波音を殺害した真犯人を突き止めてもらいたい」
「五人? 渚達は四人だぞ」
「居るさ、もう一人……最有力の容疑者が。性格なのか何なのか、闇に身を潜めてこの場には居ないがね」
「まさか……雪代海淵?」
 夜一が言うと、リーダーの男は小さく頷いた。確かにパーティー開始直後から彼の姿は見ていない。彼も含め、五人の中に殺人犯が居るという。
「もし、俺達が犯人を突き止めたらどうするんだ」
「決まっている。法が裁かなかった者を、我らの手で裁くのだ」
「見つけられなかったら?」
「答えて欲しいのか?」
 リーダーが不敵に言うと、周りの連中も銃を構えて応じる。犯人を見つけられれば犯人が、見つけられなければ夜一達全員が死ぬ、全て言わずとも無言で伝わってきた。
「細かいルールは資料の中に書いてある。まずは彼女が殺された現場、彼女の寝室へ向かってくれ」
 ゲームスタート、とそう言い、リーダーが笑った。
 背中に銃口を突きつけられながら、夜一達は強制的に推理へと狩りだされる事となった。




 夜一達は資料を読みながら現場へと向かっていた。資料によると、今回の真犯人を見つけるまでこの『ゲーム』は続行され、制限時間は無い。夜一達六人の探偵チームには仮面チームから三人が監視役としてつけられおり、常に動向を監視する。そして、犯人が分かった時は彼等を通じてリーダーに報告をする、という寸法だ。
 夜一達は仮面チームに攻撃を加えてはならない。仮面チームは一人につき一つ無線機を所持しており、随時連絡を取り合っているので、連絡が途絶えた場合は他のメンバーがすぐに交代要員として補充される。
 それ以外の捜索については規制せず、仮面チームに情報を求めても良い。
 ただし、仮面チームに危害が加わった場合、ペナルティとして探偵チームから一人メンバーが外れる。
犯人の指摘は一度のみ。指摘が失敗、或いは探偵チームがペナルティによりチーム全員が失格となった場合は、夜一達の負け。つまりは、死だ。
「俺達にこんな事をさせるって事は、お前達には『真犯人』が分かってるって言うのか?」
「分かってるよ。でも、裁くなら皆が真実を知った後の方が、面白いでしょ」
 夜一の質問に答えたのは、仮面チームの中でも一番小柄な人物だった。その声に驚いた夜一は彼女を見る。髪は短く切りそろえているが、確かにその声は女性特有の高さがある。
「あんた……女なのか?」
「そうだよー。『トリスタン』って呼んでくれれば良いよ」
 よろしく、と良いながら差し出された彼女の手に、夜一は戸惑う。
「大丈夫、大丈夫。取って食ったりしないからさ。ふふっ、まあ、命令次第だけどね」
 それは、狂気を感じさせるほど、軽く放たれた言葉。
 『トリスタン』。その名を聞いて動揺したのはおそらく夜一だけだろう。『聖杯(カリス)』を構成するメンバーの一人、円卓の騎士の一人だ。背格好を見ても、夜一と年の差があまりないように見える。
そうこうしている内に、夜一達は雪代波音の寝室へと到着した。中へ入ると、一瞬その光景を疑ってしまうほどに、その部屋の違和感が目に付いた。
 ベッドに横たわるマネキン。その胸に深々と突き刺さったナイフに、皆が絶句する。マネキンの周りには真っ赤な薔薇が散らばっており、一層異様さを色濃くしている。
「雪代波音、28歳。7年前の深夜、雪代海淵の書斎にて雪代家の執事二名と共に亡くなっているのを発見された。死因は心臓を一突きされたことによる失血死。……それにしても、随分とまあご丁寧な現場再現やなあ」
 資料を読み上げ、相良がため息を吐く。しかし、夜一は別の部分が気になっていた。
「でも、この薔薇は一体何なんだ?」
「資料によると、当時の最重要参考人……渚のお父さんが、波音さんに贈ったものらしいわね」
「贈った?」
「結婚記念日だったみたい、その日……」
 桜の言葉に、夜一達は沈黙する。結婚記念日に殺された女性、そして容疑者がその夫だった。考えるだけでも信じ難い。
 しかし資料を見ると、彼女はナイフの柄に指紋を残しており、その握り方から見ても雪代波音が自ら胸を突いたとしか考えられない。
「とりあえず、チーム分けしよか。二人一組につき仮面チーム一人なら、文句ないやろ?」
 相良がそう提案し、仮面チームにも了承された為、夜一達は二人一組に分かれて捜査を行う事にした。
 夜一と冴、相良と桜、直登さんと郁に分かれた所で、相良が言った。
「やっくんと冴ちゃんは容疑者の取調べ。俺と桜ちゃんはこの現場調べよか。そして、直登さんらは……雪代海淵を探してくれへん?」
「か、海淵さまを、ですか……」
 直登さんが恐る恐るといった感じでその名を口にする。当時の状況を知る者であり、今現在行方が分からない彼もまた、『容疑者』の一人、捜し出さなくてはならない事は明白だった。
「二人は雪代の人間やし、屋敷にも詳しいやろ。頼むわ」
 相良が皆を見回して言う。推理をしなければ、助からない。それに、『容疑者』の人達も、助けられない。
 夜一は冴を伴って真っ先に部屋を後にした。




『今はお前たちが頼りだ。私も私なりに調査をする』
 そう、渚からメールが届いていた。夜一は急いで返信をする。
『そういえば、今回の事件、何でお前が容疑者の一人なんだ?』
 雪代波音の自殺を調べろと言われた時から、夜一が最も引っかかっていた事だ。幾ら身内とはいえ、七年前と言えば渚はまだ八歳だ。殺人を行えないとまでは言えないが、余程の事が無いと、容疑者とまで言われる理由が見当たらない。
 思ったよりも早く返信が来た。
『それは、私があの事件の第一発見者だったからだ』
「!」
 夜一が息を飲むと、後ろに居た冴が目を顰める。
「何してるの、アンタ。こんな時にメール?」
「え……?」
 冴の言葉に、夜一は困惑する。彼女を含め、雪代の人間は夜一の事を渚の助手として初めから知っていた。だったら、渚が『D』だという事も、夜一とメールを交わしながら捜査する事も、知っているのではないのか。
 そう思っていた夜一とは裏腹に、冴の表情は不思議そうだ。
 本当に、『D』を知らないのか。
 そんな事を聞ける筈も無く、夜一は曖昧に返事をしながら、携帯メールを打つ。
『とにかく、今から冴とそっちに行く。……取調べって名目だけどな』
 やはり、この事件は雪代波音がただ自殺したというものでは無さそうだった。背後に、何か大きな存在を感じた夜一は、不吉な予感を消せないまま、足早に渚の下へと向かった。



 その頃、『容疑者』達はそのままパーティー会場に取り残されていた。周りを仮面チームに取り囲まれ、身動きが取れない壇上で、ぽつりと置かれたパソコンの画面に映る夜一達の姿を眺める事しか出来なかった。どうやら雪代家のセキュリティーシステムを掌握したらしく、監視カメラからの映像をパソコンに転送しているらしかった。
 後ろ手に縛り上げられている中で、渚は腰の部分を小突かれる感触に気がつく。しかしその人物の方に顔を向ける事無く言った。
「やはりこれは、湊兄さんの差し金なのでしょうか」
「可能性は高いね。何故波音さんの事件だけなのかは気になる所だけれど。……やれやれ、こうもきつく縛り上げなくても、どうせ逃げられなくしてるだろうに」
 そういって、義弥は首を捻る。息が詰まるからネクタイを緩めても構わないか、と仮面チームに堂々と聞く物怖じしない性格は、流石とも言える。
 しかし、このまま大人しくしている訳にもいかないのは事実だった。セキュリティーを奪われてしまったと言う事は、すなわちこの家の機能の殆どを奪われてしまったのとほぼ同義だからだ。
 雪代家の者ならば誰もが知っているが、正門の開閉や監視カメラの管理等は、セキュリティーシステムが行っている。脱出、つまり正門を開けることすらも、今の渚達には不可能なのだ。
「この事件の捜査もそうですが、『斑鳩』に連絡を取って、何とかセキュリティーシステムも奪回しなければ。この場に爆弾でも仕掛けられ、閉じ込めれたら……!」
「渚ちゃん、少し落ち着いて。奴らに気付かれる」
「ですが……!」
 義弥は渚を宥めようとするが、彼女は雪代家当主としての責任感からか、冷静に見せようとしているけれど、その言動はそれとは正反対に焦っていた。探偵チームが犯人を見つけ出すまで、時間はある。この事件だけでなく、その背後にいる存在の事なども探っておいて損は無い。
 しかし今の渚にはその余裕が無いようだった。
 そんな時、渚は何かに反応して自らの小脇に抱えていたバッグを開けた。仮面チームに気付かれないように、中にあった携帯を隠しながら、送られてきたメールを確認する。メールの差出人は、夜一だった。
『大丈夫か!? 無事なら返事くれ。捜査は俺達がするから、無茶するなよ』
 渚はふっと息を吐く。パソコン画面を見ると、銃を突きつけられながら移動する夜一の姿がそこにはあった。
 自分も同じような状況に置かれていると言うのに、人の心配ばかりする。最初は『自分の為』といって探偵を始めた彼が。
 そんな夜一のメールに少し気が緩んだ渚は、ゆっくりと返事を返す。
『とにかく、今から冴とそっちに行く。……取調べって名目だけどな』
 最後に来たのはそんなメールだった。
「……いつのまに、冴姉さんと仲良くなってたんだ?」
 ぽつり、と呟いた渚に、隣の義弥が笑う。
「ははっ」
「な、何ですか」
「いや、春日くんは、意外に凄い男なんだなと思って」
 その言葉の意味が分からない渚は不思議そうな顔をするが、それに構わずに義弥は笑いを堪えていた。


この小説について

タイトル No.29 to:集まりし一族【再捜査編】
初版 2012年2月20日
改訂 2012年5月12日
小説ID 4359
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作家名 ★ひとり雨
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