RYOーリョウー中学編 - 【2】

「新入部員は大歓迎だよ。うちの部は三年がいないから大変だったんだ。いつから活動に参加する?」
「ちょっと待って下さい!」
放課後。
遼と吾郎は予定通り、テニス部顧問の篠崎の元へやってきた。
職員室の教員用の机のそばで、篠崎はちょうどカップにコーヒーを入れて帰ってきたところだった。高身長で、体型はいかにも体育の先生らしい。
遼は、篠崎が自分たちが入部すると勘違いしていることに、はっきりと反発した。
しかし、遼の隣にいた吾郎は、遼にいぶかしげな顔をする。
「なんだよ、遼」
「なんだよ、じゃないだろ。俺は仮入部っていう話だったからお前についてきてやったんだぞ」
「俺はそんなこと一言も言ってない」
当然のような顔をして、篠崎に同意を求めている。
イスへ腰を下ろした篠崎が、カップから一口だけコーヒーを飲み、低い位置から遼を見上げた。
「おまえ、眞鍋だな」
そう言って、彼は興味深そうに遼を見つめる。
「秀才な新入生が来たって、職員室でも評判だよ」
「べつにそんなじゃありませんけど」
「でもな、眞鍋。勉強したいから部活をしないなんて、そんな勿体無い学生生活があると思ってるのか?」
「そんなの俺の勝手です」
「今まで勉強を理由に部活をやめた奴らの中で、成績の上がった奴は見たことがない」
「そんなの、初めからやる気がなかったんですよ」
「………まったく」
なかなか思い通りにできない遼に、篠崎は再びコーヒーを口にする。
「篠崎先生、俺は入部しますから」
不意に吾郎が、篠崎にそう答えた。
「あ、ああ」
篠崎も、遼にばかりかまっていた自分を思い返し、机から入部届の紙を取り出す。
「活動は毎週火曜日から金曜日。土日は試合なんかが入るからな」
「はい!あ、俺、眞鍋と同じクラスで学級委員の中川吾郎です!」
よっぽど篠崎が遼のことを知っていたことが気にくわなかったのだろう。わざわざ学級委員という言葉まで使うところが、まるで子供だ。
「それで、眞鍋。おまえは?」
「………用紙だけいただきます」
篠崎から入部届を受け取り、二人は職員室を出た。
「あ、ラケットとユニフォームも買うんだ。俺は…Lサイズかな」
入部届を見ながら、吾郎が嬉しそうに話す。
「眞鍋、おまえ身長いくつだ?」
「一六三センチ。言っとくけど、俺は入部しないぞ」
「そんなこと言うなよ、親友だろ」
「親友でもけじめがあるだろ。一人で入れよ」
「だって、二年ばっかりで俺だけ後輩だなんて、なんか怖いし」
「じゃあやめろよ」
「だから、一緒に入部しようって言ってるだろ!」
「俺は忙しいんだよ!」
どら猫のように片腕にしがみついてきた吾郎を突き放し、遼はさっさと教室へ戻った。
塾の時間になってしまう。
「なんだよ、アイツ…」
不満足気な吾郎のつぶやきが、静寂な廊下にぽつりと響いた。



塾で授業を受けている間、遼は少しだけ自己嫌悪に落ちていた。
部活をする時間はさすがにない。確かに活動時間とは被っていないが、毎日部活と塾をやっていたら勉強をする暇がなくなる。
(でもやっぱり、言い過ぎたか…)
吾郎が悪い奴じゃないことは知っている。強引なのが彼の特徴だ。そうやってみんなを引っ張れる奴だから学級委員もしっかりこなしている。
(明日、謝ろう)
そう思い、遼は再び授業に気持ちを切り替えた。


翌朝。
遼はいつものように、部活の朝練にくる生徒たちと同じ時刻に教室へ行き、勉強をしていた。
「おはよう、遼」
「将吾……」
右隣の机に鞄をおいた将吾は、遼の知る限りでは普段よりかなり早い登校だ。
「どうしたの?」
遼が尋ねると、彼は若干にやけながら、鞄からビニール袋に入れられたユニフォームを出した。
「俺、陸上部に入部したんだ」
確かに彼が大事そうに持っているユニフォームには、『陸上部』と書かれている。
「いんじゃね。似合うよ」
「お前が人のこと褒めるなんて珍しいな」
「どういう意味だよ」
「なんでもない」
真新しいユニフォームに着替える将吾を余所に、遼は机に置いた大量の宿題を片づけ始める。
「うっす!」
次に教室へやってきたのは、吾郎だった。
「中川」
遼はさっそくと席を立つ。吾郎は遼を見て、何故か満足そうな笑みをこぼしている。昨日の遼の態度を怒っているに違いないと心配していたのが嘘のようだ。
「あのさ、中川……」
遼が、決めていた言葉を口にしようとしたとき、
「はい、これ、お前の」
カサッ、と遼の手にビニールの降りる音がした。
「あ………!」
それは、テニス部のユニフォームだった。
「母さんがまとめて買ったから。あとで七千円返して」
「頼んでない!」
「入るんだからいいだろ」
「なっ………!」
なんて奴。
ここまで自己中心的な人間がいたとは。
遼は絶句した。
「早くしないと遅れるぜ。さっさと着替えろよ」
そう言い、吾郎は制服を脱ぎ出した。
(信じられない…)
昨日の自己嫌悪は、一体何だったのだろう。
遼は手中に乗る七千円のユニフォームをきつく睨んだ。
その日の夜。
塾から帰宅した遼は、今日あったことをさつきに話した。直後、さつきの顔色が赤く染まり、
「どうして部活に入ったりなんかしたの!」
さっそく叱られ、遼はもう訳が分からなかった。
「父さんにバレたらきっと殴られるわよ。テニスをする暇があるなら勉強しろ、って。母さん、知らないから!」
「…………」
遼は何も言わなかった。
父がそう言うなら、原因は遼のミスだ。受験さえ成功していれば、部活くらい当たり前にやっていた。
「別にいいじゃない、部活くらい」
リビングとつながっている居間のソファーでは、希穂がテレビを見ながら菓子を食べていた。いつもは一つに結び上げている長い髪が、今は腰まで伸びていて、それがまた大人っぽさを引き出している。
「希穂、夕飯前なんだからもうやめなさい。もうすぐごはんできるから、それまでアンタも勉強してらっしゃい。今年はもう受験生なんだから!」
「はーい」
希穂は菓子の袋を置いたまま、遼の隣をすり抜けてリビングを出て行った。
「遼、アンタも。部活するなら尚更時間がないじゃない。早く、二階へ行きなさい」
さつきに言われると、遼はまた何一つ口にせず、リビングを後にした。
階段を上がると、希穂が遼の部屋の前で立っていた。遼を待っていたらしい。
「どいてよ」
「ねえ、遼」
「なに」
「あまり、過去のことを引きずらない方がいいわよ。それに、勉強にだって肺活量があるんだから、いきなり没頭し続けるのは無理よ。息継ぎもしながらするものじゃない?だから、部活くらいやらせてもらいなさいよ」
「それで高校受験も失敗したらどうするの?テニスなんかしなければよかった、お前は馬鹿だ、って。そう父さんたちに罵られるのはもう沢山だ!」
「遼…………」
弟の目に涙があふれそうになっているのを、希穂は見逃さなかった。
遼は彼女を押し退け、部屋へと閉じこもった。
希穂はただ、遼のことを心配せずにはいられなかった。



翌朝。
遼は、どうすることもできないまま、吾郎の思うままに入部届を提出した。
「似合ってるぜ」
朝練のためにユニフォーム姿でグランドの隅にあるテニスコートへやってきた遼を、吾郎は舐めるような目で見て、そう言う。
遼はもう何も言わない。
「それじゃあ、ウォーミングアップから」
部長の沢田孝が、部員十三名にそう呼び掛けた。途端に全員がグランドの隅を行くように周りを走り始める。
遼は最後尾へ付いていた。その後ろを、沢田が追うようにやってくる。
「おまえ、名前は?」
「眞鍋遼です」
「ああ、もしかして首席で入学してきたって奴?」
「どういう意味ですか?」
「入試のときに、合格上位者の点数を計算したら、今年はたしか一位と二位で差がものすごいついたって。どっから漏れた話か分からないけど、かなり噂になって。そしたら、この前の試験でお前が余裕の一位を取っていたから、もしかしたらそうかななんて」
「……違います。俺、諸見里の入試には補欠で受かったんです。俺、馬鹿ですから」
走りながらの会話はきつく、遼は深く呼吸をした。
その点、沢田は慣れた足取りで遼たちの後を追ってくる。
それから筋トレや素振りなんかをやり、人通りのウォーミングアップが終わると、今度は練習試合が始まった。
新入部員は、まだ見学や、コートから飛び出したテニスボールを拾うようなことしかさせてはもらえない。
「あ、眞鍋!」
聞き慣れない声に名前を呼ばれ、遼は振り向いた。
「俺、一年C組の石井竜太郎。よろしくな!」
そこには、遼より十センチほど小さい、まだ小学生の面影を残す同級生がいた。
「よろしく」
遼がそう言うと、彼は人の良さそうな笑みを見せ、試合の補助へ向かった。
「おい、眞鍋!おまえもだぞ!」
吾郎に遠くから叫ばれ、遼もコート脇へと走った。

【つづく】

この小説について

タイトル 【2】
初版 2012年3月7日
改訂 2012年3月7日
小説ID 4371
閲覧数 719
合計★ 3
齋岐ナユの写真
熟練
作家名 ★齋岐ナユ
作家ID 754
投稿数 7
★の数 27
活動度 1185
初めまして。最近、波瀾万丈に生きております。愛犬の死や愛する人との別れ…そんな経験を元に小説を書いてゆきたいと思います。

コメント (1)

★川原晴輝 2013年5月7日 21時58分28秒
う〜ん、面白いなぁ。どうしたらこんなに上手くかけるのかなぁ···。
あ、どうも、川原晴輝です。『春輝』ではありませんのでご注意を。
普通の日常を、面白くするなんて···。僕の中ではこれは神級の技術ですよ!
僕はファンタジックなもんしか書いてないんで。

特に中盤、
遼の「なっ·····!!!」から負の感情の連鎖が続くところが良いと思います。

「みんな日記」の方も更新したので、コメント頂けると嬉しいです。ではでは。
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