4 - 天使天使

ズンドコペロンチョ
 信原くんが「フイイイイッ」と奇声を発し、顔全体を押さえて大げさに身をよじると、クラスの半分ぐらいが笑った。ようこちゃんは全く表情を変えずに、黙ったまま小便と大便の入り混じるおしめの中と、ピクリとも動かないユウキくんの表情を見比べていた。
 先生は鼻が捻れ取れそうな悪臭に顔をしかめることもなく、軽やかな動作でストリッパーのように両足を広げさせた。
「ねえねえ、みんな見て」先生がユウキくんの身体を半回転させる。
「この子、おちんちんもこーんなにグチュグチュ」
 ユウキくんのペニスは真ん中あたりで、チョウの幼虫の死骸のようにグニャッと捻じ曲がっていた。通常ならばやや黒ずんでいるはずの包皮は皮を剥がれたかのように真っ赤で、先端には深緑の糸ゴミのようなものが溜まっていた。「でけえ」と鍵山くんがみんなに聞こえるようにつぶやいたが、誰一人反応はなかった。
「よし、じゃあちょっとカメラセットするね。みんな、すこし待っててね」
 天使先生が一旦ユウキくんから離れた。ビニール手袋を新しくはめ直すと、鞄から取り出したビデオカメラのセットに取りかかる。子どもたちとこの障害児との間にあるのは、臭気に満ちた透明な空気だけになった。
 子どもたちは何人かはじっと黙ってキョロキョロと落ち着きなく顔を動かしてみていた。何人かは顔を見合わせて、何やらひそひそと耳打ちしている。鼻を押さえている子どもはもう一人もいなかった。
 映写機の電源がついたところで、どっと子どもたちの笑いが巻き起こった。先生が振り向くと、ユウキくんがうつ伏せに向かせられていて、糞尿で濁った尻の穴に、一本のマリーゴールドが突き刺さっていた。花瓶から一本取り出したようだ。オレンジ色の花全体が「どうだ」と自慢げな表情をしている。アハハ松永くんでしょ、そう言葉を残して先生は作業を再開した。
 天使先生が画面を調節し、映写機の位置を調整し、両手ほどの大きさであるデジカメとの接続を確認している間、子どもたちは少しずついたずらを始めていた。最初は口の中にそろりと花瓶の水を流し込んでみた。ユウキくんは首をぐらりぐらりと危なげに振るばかりだった。実行した鍵山くんは、あまりみんなのウケが良くなかったので気まずそうに顔をこわばらせた。次に信原くんが鼻を押さえながら眉毛を上下させ、おそるおそると誇らしげにそびえ立つマリーゴールドを引き抜き、おしめの中の柔らかいうんちをブラシのようにしてすくい取った。「うええうええ、うぶえええ」わざと裏返った声を出したらほとんどの同級生が笑ったのを見て得意げな信原くんは、自分と年の変わらない足のない肉体の口をこじ開け、そのままうんちを「とぉっ」と花ごと口の中へ放り込んだ。さすがにこれは効いたようで、ユウキくんは拷問中の兵士のように首を激しく縦に振った。短い髪の毛にこびり付いていた無数の廃油の塊が信原くんを襲った。声を上げる間もなく、せき込んだ口から飛び出したうんちが少し吹き出た。幸いこのいたずらっ子には当たらなかったものの、小心な小学生を退散させるには十分な威嚇になった。信原くんは急いで下がったものの、後ろの藤井くんと鮎川くんが明らかに後ろに下がってるのを見て戸惑ってしまった。教室に出てはいけない。天使先生の声が首筋で踊る。
「あらら」
 天使先生は頭をグシャグシャに掻きむしった信原くんを見て手を叩いた。
「信原くんやっちゃったね。えへへへ」そうコメントすると、先生はスッと子どもたち全体に視線を移した。
「ちょっと時間かかっちゃったけどごめんね、カメラの準備が終わりました。じゃあ、これからこのスクリーンにいろいろ映しちゃいます。さっきまであまり見えなかった人もいたと思うんだけど、これで全員、ちゃんと見えるね。だれかカーテン閉めてもらえるかな」
 藤井くんが急いでカーテンを閉めると、天使先生はデジカメを両手で持ち、クラス全体を一様に映した。立ち止まったままで何人もの子どもがピースサインを作る。すぐに先生はカメラを下ろし、再びユウキくんの前に戻ってきた。
「あー」先生は白い歯を隠さずに目を細めた。
「どうしよう、ちょっとよごれすぎちゃったかな、もうちょっとで1時間目が終わっちゃうから、外には出たくないのよね、ほかのみんながビックリしちゃうからね、たぶん先生方もビックリしちゃうよ、フフ。うーん」
「先生」
声の主は松永くんだった。
「うん、どうしたの?」
「アレ」さなぎがチョウに変わったのを見つけたかのような顔で彼が指差したのは、金魚がいないまま機械だけが動いている、教室の隅の水槽だった。
「おー」
先生は満足げに手を腰にあてた。「水槽もきたないけど、うんちはもっときたないもんね。じゃ、かして」

この小説について

タイトル 天使天使
初版 2012年4月3日
改訂 2012年4月3日
小説ID 4383
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