9 - 天使天使

ズンドコペロンチョ
情報源はあの1年1組で一緒だった、谷村さんでした。彼女は大学までずっと転居もなく実家で暮らしていた、数少ない知り合いの一人です。私はすぐに小学校の知人(2学年に進級したころには、わずかながら友人ができておりました)に片っ端から連絡を取り、佐島先生が今どこに住んでいるのか、どのように暮らしているのか、わずかな情報でも訊き出そうと試みました。しかし、小学校低学年で1年も受け持っていただいていない先生のその後など、誰一人存じておりませんでしたし、ただ「へえ」と出所した事実を飲みこむばかりでした。谷村さんもそこまでは知らないと一点張りでした。
ではどうやって先生の出所を確認したのか、私は彼女に問い質しました。母の携帯電話に先生の肉声で留守電メッセージが入っていたからだ、と彼女はためらいがちに打ち明けてくれました。
彼女のお母様と先生はあの事件以前は大変仲が良かったようで、お互いケータイの番号を交換し合っていたそうです。どの程度の会話をしていたか定かではありませんが、プライベートで教師と親が連絡を取り合うというのはあまり褒められたものではないでしょう。ですが今回の場合、そのことが功を奏したのです。佐島先生の連絡先を知っていたのは、谷村さんのお母様が唯一だったようです。
メッセージはこのようなものだったそうです――「お久しぶりです。K小学校の一年一組で紗季さんのクラスを担当しておりました佐島ゆりかと申します。このたび、出所する運びとなりました。突然ですが一つ頼みがあります。もし連絡がつきましたら、私のケータイ番号を、紗季さんの同級生だった榊容子さん、またはそのお母様にお伝えしていただけないでしょうか。重要な連絡をしなければなりません。真紀恵さん以外に頼める人がいないのです。どうかよろしくお願いいたします」
 メッセージを聞き終えた谷村さんのお母様は、すぐ娘にもこの内容を聞かせ、どうすべきかを相談したそうです。谷村さんは熟慮した挙句、出所したという事実だけを私に伝えて、それ以上は隠し通そうという結論を下したのでした。ですが私が想像以上に執着を見せたので、いよいよ秘密にすることはできなくなったようです。私がこんなにも先生の話題にこだわるのは、もう少ししたら説明いたしますが、ごく当たり前なのだということを彼女は知るよしもありませんでした。
 先生のケータイ番号を教えられた私は、その日のうちに電話をかけました。
「もしもし」
「もしもし」
「…ようこさん?」
「はい」
 電話越しで多少くぐもってはおりましたが、声の主はまさしく、天使と呼ばれたあの佐島先生でした。
 申し訳ございません。佐島ゆりかの話は、あなた様にとってこの世で一番聞きたくない事柄かもしれませんね。ですが無礼、非情、傲慢を承知でつづらせてください。読み飛ばしていただいてもかまいません。
私は先生に「お久しぶりです」と軽い挨拶をしたあと、先生の現在の生活状態についてをいくつか聞くことができました。
無期懲役の判決を言い渡された佐島先生は、判決にしては最短の15年で刑務所を出ることになり、当然教職などには就けず、別の仕事――このことはあなた様の神経を逆なでするにすぎないかもしれませんが、先生は今、都内の介護施設の清掃員をなさっておられるそうです。出所の連絡は親族とごく少数の友人にしか伝えていないそうです。しかし、勇機くんをどうやって連れて来たのかなどといった、事件の詳細については訊きませんでした。これは真実です。他の話は嘘だと思ってくれても結構ですが、私がご遺族の方々の縄張りに土足で踏み込んだという事実はないということを、誓って申し上げます。
他にも二、三訊き知ったことがございますが、これ以上は控えておきます。このような身の上話が5分ほど続きました。そして会話が途切れると、先生の方から、私が最も訊きたかった話を切り出しました。
カメラは、どうしてるの、と。
もってます。
 私はハッキリと答えました。
そうです。私は先生がいじめの撮影に使用していたデジタルカメラを、15年経った今でも持っているのです。そして15年間、親にも警察にも見つからないよう、机の奥に封印したまま、今日まで平穏に生きてまいりました。



      ***********



 あれはちょうど、クラスのみんなが堪らず教室から飛び出してしまった後でした。教室から頭をはみ出して意識を失っている勇機くんを尻目に、先生は私のランドセルにカメラを入れたのです。驚いて駆け寄る私に、先生は何も言わないよう人差し指を口の前に立てて合図しました。
――これをおうちに持ち帰って、あなたにしかわからないところに隠しておきなさい。だれにも話してはだめよ。おかあさんに何を言われても、このカメラのことだけは、シーッ。オッケーね?
 先生は前かがみになった光の加減で少し翳りのある表情であったものの、唇がほんのりと開いた、いつもの微笑でそう指示されました。私はその訓戒を、悠に15年も守ってきたことになります。
 あの頃はまだ幼稚園を卒園して1年も経っていない子どもでしたから、カメラに収められたデータの閲覧法など、知らなくて当然でした。だから映像は観られなかったのです。ところが、小学校の高学年で簡単なパソコンの操作を学んだあとも、私は机の奥からカメラを取り出して、家のパソコンで再生してみようという試みを一切しませんでした。心のどこかで何か異物がつっかえて、その異物を取り除くために手を入れたら手もつっかえてしまっていた、そんな心情だったのだと思います。
やがて小学校を卒業し、中学生、高校生、大学生になっても、机の奥から取り出して映像を観ることなどできませんでした。
 最初に心につっかえていたことは一体何だったのか、それが分かったのは大学に入ってからのことです。アルコールとは飽きっぽいいたずら好きで、普段はご機嫌な合いの手を入れて人間を躍らせますが、急に心の隅を細い針で突き、眠っていた過去や燻った感情を垂れ流すこともあります。私は久しぶりにサークルの飲み会に参加した日の帰り、ふとあの事件の記憶が断片的によみがえりました。ほとんどを傍観者として過ごした俯瞰的な記憶から、一つの謎が浮かび上がってきました。
先生はなぜ、あのような手の込んだ撮影をしていたのでしょう。スクリーンに映すなら接写のためなのでしょうが、先生が私たちの近くに寄って来た覚えがありません。また、スクリーンなど誰も見てやいませんでした。それでも先生はみんなにスクリーンを見るように導くようなアクションを起こさず、ひたすら私たちの姿を撮り続けていたのです。どうして先生は、保存可能なデジタルカメラでの撮影に踏み切ったのでしょう。気にはなりましたが、結局映像を再生することもなく、謎に答えを見つけるわけでもなく、先生の出所日がやって来たのです。
観てみなさい。
それが先生の回答でした。今のあなたになら、分かるはずよ、と。

この小説について

タイトル 天使天使
初版 2012年4月8日
改訂 2012年4月8日
小説ID 4389
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