10 - 天使天使

ズンドコペロンチョ
そして同時に、あなた様の住所も教えていただき、今この手紙を書いているというわけでございます。



 今日、私は先生が残した映像を観ました。
 さすがに内容を詳らかに語るようなことは致しませんが、なんとも残虐極まりない、小学1年生が行ったとは思えないような映像が、30分近くも収められていました。私が最後に勇機くんを殴り飛ばしたシーンを観た時、私の両腕が痺れているのを感じました。
 ですが、どういうことでしょう。不思議なことに私の口元には、あの佐島先生のような微笑みが形成されていました。口元は徐々に広がっていき、フ、フ、フ、と押し殺した笑いまでもが湧いてくるではありませんか。
 私は理解しました、いえ、思い出しました。
勇機くんの顔面にこぶしを突きおろした瞬間、とても爽快だったということを。
スカッとしたということを。
スッキリしたということを。
チョー気持ちいい!と、叫びまわりたくて、教室中をのたうち回りながらいつまでも笑っていたくて仕方がなかったということを。
この気持ちこそ、私のどこかでつっかえていたものだったのです。
そして悟りました。先生はただ私にこの映像を見せるため、あの瞬間をフラッシュバックさせるために、わざわざあんな撮影をしておられたのだと。きっと先生は、私が毎日教科書を隠されたり、ランドセルに落書きされたりしていたのをご存知だったのでしょう。ですから、こうしたやり方で私に人間の本質のようなものを教えようとしていたのではないか、そう思わざるを得ません。
そして、先生の意図を理解した上だからこそ、なおさらあなた様に言わなくてはならないことがあります。たった一言です。
ごめんなさい。
罪を感じられなくて、本当にごめんなさい。 
この言葉をあなた様に吐き出さない限り、私はこれから教師としての人生を歩めないと、ずっと思っておりました。いえ、吐き出したとて自分の心の霧が晴れるはずもなく、むしろもっと大きな苦しみに押し潰され、今以上正常に生きていくことがかなわない状態になるかもしれません。ですが、私はあなたに罪を告白しなければ、到底子どもを相手に生計を立てることなど不可能です。私は私が生きるために、あなた様に許しを乞いているのでしょう。卑しい人間だと思ってくれても構わない、という建前の名を借りた嘘を述べることもできません。できれば貶めないでいただきたいです。こんな気持ちを抱えるのがこの手紙の送り主、榊容子の真実の姿です。
ああ、ここまで長々と拙い文章を書いている間も、私の中で怪物が、あの時、勇機くんを動かなくさせた時に現れた怪物が、心臓の辺りで疼き始めているのを感じます。私は感動しているのかもしれません。だって、小学生の時分に起こした殺人未遂が、15年の時を経て新たな展開を迎え、今このようにお母様に手紙を延々と3時間も書き続けているなど、傍目から見たらなんともドラマチックではないですか。私は第三の目をもってはならない人間です。だからこそ、なお高揚しているのでしょう。人間なんて大した生き物ではありません。
関東大震災から100年以上。阪神・淡路大震災から32年。3.11から16年。そして11.11から15年。今のこの国をご覧ください。首都直下型地震に遭えば首都機能は停止し、国が滅びるとまで言われておりました。ですが実際に生活不能となった世帯は全体の1%にもまったく及ばず、依然として私たち平民は普通に生活しております。自分も被災者であり、大叔父が犠牲になっているというのに、まるで現実感がなく、正直に申しまして今2年ぶりに大叔父を思い出しました。これが人間です。いじめの当事者になろうと、取り返しのつかないことになってしまおうと、頭の中に収められるのは現実を柔らかく着色した記憶、ポップな記憶でしかないのです。
地震の予測、被害の予測、戦争の予測、犠牲者の予測など、日頃私たちを取り囲む不安ですらも、所詮は「ないものねだり」から生まれたポップではないでしょうか。「ないものねだり」が、私たちを扇動し、私たちを殺し、最後はポップに調理していく、全ての元凶です。あの日出席していた1年1組の10人の子どもたちは、自分たちにない何かを勇機くんを利用して得ようと試みました。そんな「ないものねだり」の集合体、6,7才の子どもたちの血で固められた、みずみずしいポップの結晶が、あの映像、ならびに私という人間であったのではないでしょうか。7才だった私の興奮も、今の私の高揚も、全てはポップなのだと、そう思うのです。残虐な出来事をポップに変換せずして、私たちはどう生き抜いてゆけば良いのでしょうか。
 ここまでの私の考えも、きっと佐島先生が伝えたかったことなのでしょう。なるほど、先生は大衆から見ればただの残虐極まりない犯罪者です。何も考えず、単に我欲を満たすためだけにあなた様からご子息をさらい、あのような狂気のショーを展開したのかもしれません。しかし、先生の撮られた映像を観た私は、あなた様がどう思われているかに関わらず、先生がただの狂人ではないということを確信しております。私には、先生のような美しさもなければ、一貫した冷徹さを表に出し続けられるほど強くもありません。ですが、だからこそ一層、私は先生のお考えになっていたことが分かる気がするのです。これから、私は教師の道に進みます。その中で、残酷な天使から頂いたこの結論を忘れずに、10年、20年と教鞭を取ってゆく所存です。
 私があなた様に伝えたかったことは、これでほぼすべてです。独り語りを押しつけてしまい、本当にすみませんでした。こんなことを申し上げても、今まで隠し通してきた罪を許してはいただけないと思いますが、もし事件当時の映像を観たい、というのであれば、すぐにでもコピーしてお送りするつもりです。
最後に、あの凶行に加担した、もしくはその場にいた残りの9人、弱冠6,7才だった当事者たちの名前をここに記しておきます。彼らは今もどこかで、天使と呼ばれた佐島ゆりか先生のように笑って暮らしているでしょう。

鮎川匡 鍵山すばる 桜庭野々花 谷村美紅 梨本王二 信原雅路 浜崎茜 藤井卓人 松永秀輝

最後までお読みいただきましたこと、誠に感謝しております。私は平凡に生きてゆきます。
それと、佐島先生からも一言だけ伝言を預かっておりますので、併せて述べさせていただきます。
ありがとうございました。
                                榊容子
敬具

この小説について

タイトル 天使天使
初版 2012年4月9日
改訂 2012年4月9日
小説ID 4390
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