Dメール - No.30 to:集まりし一族【疑惑編】

 夜一と冴は取り調べという名目で再びパーティー会場へと戻ってきていた。無論、監視役として仮面チームの『トリスタン』も一緒だった。誰から話を聞くべきか正直迷ったが、先ずは一番話しがし易い渚に聞いてみることにした。
 夜一達が渚の前へ立つと、彼女は小さくため息を吐いて自嘲気味の笑みを零した。
「まさか、お前に取り調べられる日が来るとはな」
「七年前の事件のこと、詳しく教えてくれ」
 夜一がそう言うと渚は少し間を置いた後、話し始めた。
「……あの日は、お父様とお母様の結婚記念日だった。雪代家皆から祝福され、祝いの宴が終わった夜の11時頃……私は眠れずにお母様の寝室へ行き、共に眠った。しかし、ふと目が覚めたとき、その姿が見えない事に気がついて捜したら、お父様の書斎で死んでいたんだ」
 淡々と、だが何処か憂いを感じさせる口調で渚は言った。無理もない話だ。夜中に突然居なくなった母親を見つけたと思ったら、既にその命は失われていた。それも自らの全く知らない内に。渚にとって今語っている事は忌むべき過去なのだ。
 しかし、その過去の真相を暴かなければ全員の命が危うい。
 夜一は躊躇いを振り払うように真っ直ぐ渚の目を見て質問した。
「書斎の鍵は開いていたのか?」
「ああ」
「じゃあ、その時海淵さんは何処に居たんだ?」
「10時ごろまでは書斎に居たと言っていたが、その後の事は家の者に聞かれても、警察に聞かれても話さなかったそうだ」
「事件当時のアリバイは無し、か……」
「そうなるな。ちなみに私も、眠っていたのは確固たるアリバイとは言えないから、引き続き怪しんでくれて構わない」
 雪代海淵、そして渚。被害者にとっては夫と娘である二人が未だ疑われるこの状況が、夜一には不思議でならなかった。特に、海淵の言動は不可思議そのものだ。妻が自らの書斎で亡くなったのに、自らの潔白を証明せず、今現在も姿を現していない。
 まるで事件の事を語ることを拒否しているかのように。
 しかし、そんな事を頭で考えていても答えが出るはずもない。夜一は気を取り直して、今度は義弥さんと西園寺さん、そして雪代海路さんに順番に話を聞くことにした。
「事件当日は、海淵様と波音様の結婚記念パーティーの後片付けをしておりました。私は当時ここ、本邸でも一番下の使用人だったものですから。他の使用人達も覚えていると思います」
「義弥さんはどうですか?」
「俺か……そうだなあ、ご両人にお祝いを言った後は両親と一緒に部屋に戻ったよ。一応まだ学生だったし」
「海路さんは?」
「自室で仕事の台本を読んでましたね。その頃は仕事が立て込んでいたもので……」
 三人が三人とも渚と同じ、現在となっては立証しようの無い曖昧なアリバイだった。何しろ七年も前の事件だ。警察も捜査済みの事件を洗いなおそうと言うのだから、余程盲点を突かない限り新しい発見は期待できない。
 そんな時、横でメモを取っていた冴が鼻を鳴らして言った。
「こんなアリバイ聞いたって無駄よ。あの日は人がごったがえしてたんだから、幾らでも動き放題」
「…………」
 冴の言葉に、渚の顔が僅かに曇る。
 だが、唇を尖らせて考えていた夜一の言葉が皆の表情を変えた。
「やっぱり、鍵は海淵さんなのかもな」
「どういう意味よ」
「いや、俺がもし海淵さんだったら、黙ったりなんてしないかなって。だってさ、自分の奥さんが自分の部屋で殺されて、その上家族はおろか警察にまで黙ってたら確実に自分が疑われるだけだろ。でも、海淵さんは実際に、沈黙を守ってる。寧ろ、そうする事が狙いみたいに」
「だ、だから何だって言うのよ!」
 冴は何を言っているのか分からないようで声を荒げる。
「自分の為じゃ、ないとしたら……。他の誰かの為に、あの日の自分の行動を黙秘しているとしたら……?」
「そ、それって、犯人を庇ってるって事じゃない! じゃあ海淵様は、犯人を知っているって事!?」
 夜一の言葉に冴だけではなく、渚達もはっとしたように目を見開く。
 この仮説が正しいとすれば、もう一つ新たな事が分かる。雪代海淵がそこまでして護りたい犯人は、確実に彼に近しい者。妻を殺された怒りや憎しみもあったはずなのに、それすらも捨て置かせるほど親しき存在だということだ。
「とにかく、俺達は捜査を続けるよ」
「ああ。ヘマはするなよ」
 渚からの嫌味に俺は溜息を吐きながら笑いを返し、広間を出た。



 廊下を歩きながら夜一はずっと考え込んでいた。仮面チームはこの事を知っていたのだろうか。雪代海淵が犯人ではなく、寧ろその犯人を庇っているのだと。だとしたら、仮面チームの奴等はどうして海淵さんを容疑者の一人にリストアップしたのだろう。もし真実を知っていて、夜一達を負けさせる為の餌として用意していたとしたら、いくらなんでも安易すぎる。彼の事は確かに怪しいが、考えてみれば普通は自分自身の潔白を証明しようと言い訳したり、偽の証拠を用意したりするくらいはしてもいいはずだった。
 だが海淵さんは、そうしていない。姿をくらまし、あの日のことを話そうとしない。
 冴がトイレに行った為、夜一は彼女が戻ってくるのを待つ間、自らの後ろに立つ『トリスタン』を見つめていた。仮面を被っているので、その下の顔は窺い知れない。
「なあ、『トリスタン』」
「んん、なにー?」
「お前達の本当の目的は何なんだ?」
 夜一の言葉に『トリスタン』は一瞬黙ったが、すぐにふっと息を吐いておどけるように言った。
「あははっ。どうしたのいきなり」
「お前たちの行動には矛盾がある」
「矛盾?」
「海淵さんだよ。他の四人に対しては監視まで付けて厳重に警戒してるっていうのに、海淵さんは違う。彼を容疑者扱いする割には、監視は俺達だけだし、強引に捕らえようともしてない。雪代の家のセキュリティだって、あの人なら自分で解除して逃げられるかもしれないのに……」
「逃げないよ」
「は?」
 突如落ち着いた声に変わった『トリスタン』に、夜一は困惑する。
 不意に彼女の顔が近付いてきた。短い赤茶けた色の髪が揺れて夜一の耳元に触れるほど、その距離は近い。
「『Knight of rounds』」
「!?」
「答えは教えてあげられないけど。ヒントならあるかもしれないね?」
 小首を傾げて笑う『トリスタン』とは裏腹に、夜一はまるで湯気が出そうなほどに顔が真っ赤になっていた。




 一方、相良からの提案によって、桜は彼と仮面チームの一人と共に事件現場である雪代海淵の書斎を調べていた。当時の雪代家当主の書斎だっただけはあり、蔵書数は目を見張るものがあった。寝室と一体になっているらしく、二部屋ある内の一つは壁全体が本棚と化しており、そこにアルファベット順に様々な本が収納されている。
 そして奥の寝室は先程見たとおり事件の様子を細かく再現してあり、横たわるマネキンの精巧さに桜は思わず目を伏せる。そんな彼女に、相良は普段と変わらぬ明るい声で言った。
「そないに落ち込んでても何にもならんで、桜ちゃん?」
「べ、別に落ち込んでないわよ。それより、気安く名前で呼ばないで!」
「京極ちゃん、なんてカタイやん。俺の事も翔さんでええよ」
「ふざけないで! 私たちもそうだけど、渚や春日夜一の命もかかってるの。真面目にやってよ!」
「おお、こわ。これでも超真面目にやってるんやけどなぁ」
「どこがよ」
 睨んでくる桜に、相良は手に持っていた資料を捲って被害者の情報が載っているページを示した。
 被害者は雪代波音、死因はナイフの刺し傷による失血死。到って普通であり、おかしなところは何もない。
「これがどうかしたって言うの?」
「そこやない。問題は、ナイフの指紋と薔薇や」
「ナイフの指紋は確か、波音さん本人のものだったのよね」
「そや。これ、何でついたんやろな」
「何でって……犯人がナイフを持ち出して、驚いて抵抗したんじゃないの?」
 桜がそう言うと、相良はおもむろに歩き出し、横たわっていたマネキンを退かしてベッドの上に寝転がった。ベッドの周りには窓が一つだけあるが、夜は窓が閉められていたと資料には書かれているし、咄嗟に逃げるとしたら手間がかかる。
「犯人がナイフを持ち出したとして、その時波音さんは逃げへんかったんかな」
「え?」
「抵抗もそうやけど、まずは逃げなどうしようもない気がするんや。その時逃げられない状況にあったか、逃げる隙もなく殺されたか……」
「…………」
「それに、この薔薇や。一体何のためにここまで花を散らさなあかんかったのか。それが分からんとどうにもならへん」
 考え込む相良についていけず、桜は一人で書斎のほうを見て回る事にした。資料によると10時頃まで波音さんは書斎に居たことがコーヒーを持っていった使用人の証言で確認されている。
 もし、波音さんが襲われて出口へ逃げようとしたのなら、この書斎を通るはずだ。
 しかし実際には彼女の遺体はベッドの上にある。この違和感を埋める何かがあるのではないか。桜はそう思いながら書斎の本棚の隅から隅まで見て回った。
 すると彼女は床の絨毯を見て思わず息を飲んだ。
「これって、血……!?」
 入り口からあと数メートルというところの、床。本棚の陰になってすっかり黒ずんでいる小さなそれは、棚に入りきらず山積みにされた本の隙間にあり、四つん這いになって目を凝らさないと見えない。
「やっぱこの部屋には、まだ何かありそうやな」
「! い、いつからそこに居たのよっ!」
「まあまあ。気張って探そうや、桜ちゃん」
 飄々と笑う相良に不服そうな顔をしながら、桜も彼と共に部屋の捜索を再開した。

この小説について

タイトル No.30 to:集まりし一族【疑惑編】
初版 2012年5月20日
改訂 2012年5月20日
小説ID 4396
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