歴史・恋愛 - 囚われ遊女と気ままな客2

次の日


朝早く起きた白妙は、前の晩に朝部屋に来るように言われていた太夫夜桜の元に言った


「失礼します」


「白妙かい?入りなよ」

障子の向こうから夜桜ののんびりした声が、なかに入ると、半襦袢のまま紅を引く夜桜がいた


「夜桜姐様、どうなさいました?」


白妙が聞くと、夜桜は紅筆を静かに置いて、白妙をちらりと見た


「昨日、あんたにいい客がついた、と下の奴等が五月蝿くてさあ、そんなにいい男なんかと、あんたに直接聞きたかったのさ」


夜桜はだるそうに白妙を見据え、せっかく紅を引いた唇を噛み締めた


「……私はまだ娼技ですから、良し悪しは分かりませんが、姉様方が騒ぐのだから、そうではないでしょうか?」


そうかい、と夜桜は頷くと、棚から白い半紙に包まれた何かを、白妙に握らせた


「…これは?」

「落雁だよ。これをあげるから、あんたについた客、あちきに譲ってくれないか?」



どうしよう……。白妙は夜桜を見た。鼻が高く、目元も涼しげで、紅を引いた唇は椿のように美しい。白妙なぞ、足元にもおよばない存在だ


白妙が暫く黙りこんでいると、突然夜桜はコロコロと笑い始めた



「嘘だよ!嘘。あちきがまだ若い娼技の客を盗る訳がないじゃないか!あちきは雪花と違うんだよ」



夜桜は白妙に無視して暫く笑い続けると、白妙に握らせた落雁をキセルで指差し、もらいもんだよ、あんたにあげる、と言った


「いえ、姐様がいただいた物を、私が頂く訳には……」


「いいんだよ。あんたはこの店であちきが唯一心を許せる遊女だよ。そうだ、この帯飾りも持っていきな」


夜桜は一息で言うと、今度はちりめんの帯飾りを開いたままの引き出しから引っ張り出し、白妙に手渡した




「ありがとうございます。このご恩は必ず返します」


ん、と夜桜は短い返事をすると、もうすぐ篠が呼びに来るだろうよ、と白妙に出ていくように促した。白妙は会釈をして部屋を出る



「……姐様。必ず、必ずご恩は返しますゆえ」


一人で呟き、部屋に戻った



自室の障子を開け、閉めるかどうかのタイミングで、私を呼ぶ声がした


「白妙様!濃桃様が呼んでおります!」

振り返ると、息を切らした下女、篠が後ろに立っていた



「女将さんが私に?何の用?」



「それが分かりません。とにかく呼んでこい、と濃桃様が」


余りいい予感がしないのは白妙だけか?いや、篠も不安そうに白妙を見ている


「分かった」


白妙は部屋を出て、重い足取りで濃桃の元に向かった


二階の角部屋の前につくと、白妙は深呼吸をして、障子の向こうの濃桃に挨拶をした


「濃桃様。白妙です」

「入りなさい」


いつもより厳しい声に思わず冷や汗が流れる。震える手で、障子を開けた


「そこに座りなさい」


座布団に正座をした濃桃が、向かいの座布団を顎で示す。白妙はゆっくり座布団に座った


「なんでしょうか?濃桃様」


「お前に昨日客が来ましたね?」


昨日の客を思いだし、顔が熱くなるのを堪えながら、はい、と答えた



「その客が昨日帰りしな、明日お前を外に連れて行きたいと見世に頼んだようです」

「はあ……」


「けれど、太夫以外の遊女を外に出してはならないことを、お前はしっていますね?」

「はい」


濃桃は心底困ったような表情を見せた。



白妙はまるで他人事のように実感がない。それを見かねてか、濃桃は白妙にゆっくり話しかけた


「決めるのは白妙。貴方次第ですよ」


この遊郭では、遊女が外へ逃げないように、太夫以外の遊女は外には出られない。つまり、この件は掟を破るのだ


「別にお前に客をあきらめろとは言いません。ただ」


「掟は掟。それを、承知していますね?」


その言葉を聞いて暫く黙っていた白妙だが、顔をあげると、濃桃に話した


「その話、引き受けさせていただきます」


濃桃はびっくりしたように、キセルから唇を離した

「…白妙、お前………」


「お客はお客。お客を満足させるのが、遊女の仕事です。私は、引き受けたいと思っています」


その口調に迷いは一切なかった。それを見て、はじめは驚いていた濃桃も微笑み、キセルを静かに置いた


「分かりました。お前がそう決めたなら、私達はなにも言いません。お客に失礼のないように」


「はい」


「行ってよろしい」


白妙はしっかりとした足取りで廊下を歩くと、青空を凛々しい瞳で見上げた

後書き





この小説について

タイトル 囚われ遊女と気ままな客2
初版 2012年8月6日
改訂 2012年8月6日
小説ID 4412
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向坂真理亜の写真
駆け出し
作家名 ★向坂真理亜
作家ID 769
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活動度 282

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