Dメール - No.31 to:集まりし一族【裏切り編】

 相良と桜が雪代波音の殺害現場で捜査をしている同時刻、雪代直登と雪代郁は屋敷の客間を一つ一つ調べていた。目的は勿論、この屋敷の中に居ると思われる前当主、雪代海淵を探し出す為だ。仮面を被った謎の集団に強要される形で始まった推理ゲーム。その『容疑者』の一人である彼を見つける事が二人に課せられた使命だった。
 必ず見つけなければいけないという訳では無いが、雪代海淵が何か事件の重要な真実を知っている可能性は高かった。何しろ、殺害されたのは彼の妻に他ならないからだ。
 それに、この推理ゲームでは犯人の指摘は一回のみ。つまり、一度の失敗すら許されないのだ。
 他の皆に迷惑をかけまいと二人も懸命に各部屋を探すが、今のところ見つかっていないのが現状だった。先程相良が来て、後で事件のまとめをするから事件現場に集合だと言っていた。それまでには、何とか海淵を探し出しておきたいというのが二人の思いだった。
 そんな二人を嘲るかの様に、不気味に佇む仮面の人物。その存在が不安を一層強く煽る。沈黙に耐えられなくなって、直登はおずおずと口を開く。
「み、見つかりませんね、海淵さまは」
「まだ、全部調べてない、です」
「あ、えっと。そうだよね。ごご、ごめんね、年上なのに弱気な事を言って……」
「直登さんは、悪くないです。……悪いのは、あの仮面の人たちですから」
 郁は淡々とそう言って部屋のクローゼットを調べ始める。普段は『スフィア』として人々に知られる小説家だが、素の彼女は寧ろ普通の女性だ。冴と二人で小説を書き始めていなければ、一介の女子大生として生きていたであろう、生身の女性。
 それは直登も同じだった。否、一族の殆どの人間がそうだ。『雪代』という家柄の元に生まれていなければ、今の立場の自分はありえなかっただろう。
 しかし、今はそんな事を考えている暇など無かった。
 沈みがちな考えを振り払うように、直登は本棚の本を手にとっていく。すると、一冊の本の表紙、その著者に目が留まる。
「こ、これは……」
 直登の声に、郁もその本を覗き込む。
 本の表紙には、何故かタイトルが印字されておらず、下の方に『雪代海淵』と文字があるだけだ。
「本、って言うより……日記……?」
 考え込みながら郁が言う。しかし、海淵が日記を付ける意味が分からない。幾ら考えても答えが出るわけも無いので、直登はとりあえず目の前の本を見てみることにした。
 どんな小さな手がかりも逃したくない、そんな思いで直登は一ページずつ慎重にページを捲っていく。
 何かが分かるかと期待していたが、結果は正反対だった。
 どのページを見ても、書かれているのは日付のみで、あとは真っ白。しかもその日付も、定期的にかかれているかと思えば結構間が開いていて日付はバラバラ、おまけに鉛筆で塗りつぶして筆圧の痕跡を探したが、日付以外に文章らしいものが書かれた様子は無かった。
「特に怪しいところは、なな、ないみたいだね」
「でも、この最後の日付って……」
「2005、08、21……じ、事件当日!?」
 直登は驚いて本を取り落としそうになった。自分たちが必死に解決しようと奔走している、雪代波音殺害事件。その日付が、最後のページに記されていたのだ。それはつまり、事件当日まで雪代海淵はこの日記を記していたことになる。
「と、とにかくこれを皆のところへ持って行こう」
「……はい」
 二人が本を持って部屋を出ようとしたその時。部屋の出口に、突如仮面の人物が立ちふさがった。
 推理ゲームのルールでは捜索については一切規制されず、仮面チームに手出しさえしなければ此方にも危害は加わらない、そういうルールだったはずだ。
「ど、退いて下さい。ルールでは、捜査には関与しないはずですよね」
 直登がそう言うが、仮面の人物は一歩も退かない。それどころか急に回し蹴りを食らわそうと足を振り上げてきた。間一髪のところで直登は避けるが、それ以上の反撃に出られなかった。ここで迂闊に手を出してしまえば此方がルール違反となり、自分達二人どころか、他のメンバーにも迷惑がかかってしまう。
 しかし、そんな事を構う素振りすら見せず、仮面の人物が今度は無防備な郁に向かっていく。
「……!?」
「い、郁ちゃん!」
 彼女が危ない、そう思って直登が叫んだ瞬間。彼の頭を、鈍い衝撃が襲った。
「ぐっ……う、ぁ……」
「直登、さん……!?」
 郁が名前を呼んでいたが、直登はそれに応える事が出来なかった。必死の思いで、自らの背後を取った人物を視線の内に捉える。だがそれは新たな謎を呼ぶ事になった。
 そこに居たのは、仮面を被ったもう一人の人物。しかもその腕には赤い腕章があった。
 一体何が起きているのかを把握する前に、直登は辛うじて保っていた意識を手放してしまった。





 その頃、夜一達四人は一度事件についてまとめる為に、相良の呼びかけで事件現場である雪代海淵の書斎に集まっていた。相良は夜一達からのアリバイについての話を聞いてから、皆を書斎の本棚の下、そこに敷かれている絨毯の所へ呼び寄せた。
 相良は本棚に入りきらず壁際に山積みにされている本を退けると、そこを指差した。目を凝らして見てみると、絨毯と接する床が僅かに黒ずんでいた。それに、不自然に途切れているようにも見える。
「何だ、これ?」
「おそらく、血痕や」
「血痕!?」
「ベッドに横たわってたからてっきりベッドで刺されたんや思てたけど……本当は彼女、書斎で殺されたんやないか?」
 相良の言葉に、皆は一様に黙り込んだ。反論する者は居ないかと思われたが、腕を組んで考えこんでいた夜一が徐に口を開いた。
「じゃあ、犯人は立ってる状態で波音さんの心臓を的確に刺したってのか? 本当にそんな事が可能なのかよ?」
「確かに、よっぽど上を狙わないと無理よね……偶然にしても、出来すぎだし」
「そもそも、抵抗されたら胸になんて刺さるわけ無いじゃない!」
 夜一の考えに桜と冴も同意見のようで、口を揃えて意見を述べる。
 確かに、抵抗されると厄介だ。逆に自分の体に刺さってしまうことが無くもない。もしかして、何かトリックを使って抵抗する暇さえ与えずに殺したのかもしれない。
 思いつく限り考えてみたが、何も浮かばない。渚にメールを送って考えを聞いたほうが良いかもしれない。夜一がそう思って部屋から出ようとすると、そこにある違和感に気がついた。
 夜一達の監視役の仮面チームの人間が、赤茶けた髪の『トリスタン』一人しか居なかったのだ。もう一人は何処に居るのか。夜一は急に襲ってきた嫌な予感を消し去ることが出来なかった。
「お、おい、『トリスタン』。もう一人はどうしたんだよ」
「んー? どこだろ。それよりさぁ……そっちの『もう一組』こそ、どうしたの?」
「!」
 『トリスタン』の言葉に、その場の全員が凍りついたように動けなくなった。
「相良。直登さん達に声は掛けたのか?」
「あ、あったり前やん。調べ終えたら行きますって言うて……」
「…………」
 全員がそれ以上何も言えなくなっていた。言い様のない不安が、渦巻いていく。
 夜一は、誰よりも先に書斎を飛び出していた。





 ただの偶然であってほしい。このタイミングで姿が見えない直登と郁を、飛び出した夜一、それを追ってきた相良達も捜していた。
 客室や応接間、それに従業員用の部屋まで調べたが、何処にもその姿は無かった。
 残るは、事件当時雪代一族の人間が実際に使っていた私室のみだった。
 片っ端から捜索していると、とある部屋の前で夜一は足を止めた。ドア前にかかっているネームプレートには『NAMINE』と刻まれている。
「波音さんの、部屋……」
 意を決してドアノブをゆっくりと回す。すると、開かれた景色の中で夜一は思わず叫んでいた。
「直登さん!!」
 真っ白なベッドの傍らで、真っ赤な血を頭から流した直登さんが倒れており、郁さんは泣きながらその横に寄り添っていたのだ。夜一が直登に駆け寄ると、彼は弱弱しく肩で息をしながら夜一を見る。
「や、夜一、くん?」
「何があったんですか!?」
「いきなり、仮面を付けた奴等に襲われたんだ。重要そうな証拠を、見つけたのに……赤い腕章の、奴に、奪われた……」
 直登の言葉に、皆が愕然とした。
 幾ら『ゲーム』とはいえ、実際にルールを指定してきたのは仮面チームのほうだ。何もしていない直登さんに危害を加えるのは明らかに可笑しい。
 しかし実際に手を出してきた事を考えると、最早『ゲーム』に構っている余裕など無いのではないか。そうなれば、人質となっている渚達も危険になる。夜一は思わず後ろに居た『トリスタン』に掴みかかっていた。
「どういうつもりだ! お前等は、危害を加えられない限り手を出さないんじゃなかったのかよ!!」
 夜一は低い声で凄んだが、『トリスタン』は怯むどころか、大きく溜息を吐いていた。まるで今起こっていることが、酷く退屈だとでも言うように。
「『ガレス』ったら、全くつまんないことしてくれるよね。やっぱり君達が謎を解くの、待つ気無いみたい。いや、それは『アイツ』も一緒かぁ」
「何訳分かんない事言ってんだよ!」
「ねえ、キミ」
「!?」
「ボクが協力してあげるから、真実を見つけてよ。それにはちょっと、賭けに出る必要があるけど」
 突如協力を申し出てきた『トリスタン』に対し、夜一が何も言葉を返せずにいると、両者の間に入るように相良が眉を顰めて声を上げた。
「ちょお待った。何で協力なん? アンタ、仮面チームやろ」
「そうだけど?」
「いや、そうだけどやあらへんって。これ、裏切りやで」
「アハハッ、心配してくれるんだ。でも別に良いよ、こんなにつまんないままよりはさ」
 そういって『トリスタン』は微笑む。仮面の下の素顔が見えないことで、その笑みはより一層不気味さを増して見えた。
 仮面チームの分裂、『トリスタン』の不可解な言動。そして、未だ見えぬ七年前の事件の真相。
 そして唐突に告げられた、協力の言葉。
 何を信じていいのか分からないまま、夜一は『トリスタン』を睨み返すことしか出来なかった。


この小説について

タイトル No.31 to:集まりし一族【裏切り編】
初版 2012年8月13日
改訂 2012年8月13日
小説ID 4414
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作家名 ★ひとり雨
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