君の夕日


考えるたびに色が白く黒くなる。優しい形を求めて誰かにすがり付いていた。

恋に恋する年頃があるらしい。でも俺は何度恋をしてみても、いつまでたってもそこから抜け出せない。付き合っていた女の子から「私のこと、本当は好きじゃない

でしょ」とみんな同じ言葉を吐いた。俺は混乱する。キミから好きと言ったから、好きになろうと努力している俺がいるのにどうしてそんな辛いことを言うんだ?と女々しく考え込む。
俺には嫌いな人がいない。悪口言われたって、仲間はずれにされたって、それでも俺は嫌いにならなかった。いや、もしかしたら、嫌いという意味がいまだによく分からないだけかもしれない。嫌いな食べ物も嫌いな教科もない。親がこうしなさいと言うから今の高校を選んだし、俺はなんでもする。
クラスメイトに部員が足りないから入ってくれといわれた軽音部に入部届けをだした。すると特に嫌いでもない音楽だったのである程度周りから期待された。それが気に入らなかったのかどうなのか、入部してくれと頼んだクラスメイトにお前なんか誘わなきゃ良かったと言われ、そのままそいつは軽音部をやめた。俺はあまり一日一日を刻んで生きているわけではないので今じゃもう顔も名前も思い出せない。

「河村くんって何考えてるか分かんない人だねぇ。」

高校2年の6月頃に転校してきた女が軽音部に入部して一週間経ったころぐらいだったと思う。あっけらかんとした口調で俺の顔を見ながらそう言い放った。

「でも河村くんのギターは素直な音が聴こえるから、きっと河村くんは……──ねぇ、おんなじ名字だから違和感あるし、下の名前で呼んでもいい?」
「え…、は?」
「悠太だから〜、悠くんで!!」

目の前の女は俺の返事も待たずに決定〜!とバカっぽい感じで喜んでいる。人と関わりすぎるとろくな事が無いと思っていた俺はこんな風に呼ばれたことが初めてで戸惑うことしかできなかった。
同じ名字だということでなんとなく覚えたが、お互い下の名前までは知らないとそう思っていたのだ。

「お、おいっ! 川村っ!」
「えっ私のことは…ゆうこでいいよ!」
「ちが、そんな話じゃ…は?え? お前、下の名前、え?」

完全に人の話を聞く気が無い女が発した言葉にぎょっとした。なんとなく。
下の名前も似てるね私たち。となんだか嬉しそうに笑うので、思わずはぁとため息をついた。

「ゴリラに似てるな、お前」
「うぇっ!? ゆうこって言ってるのにどう変換したらそんな変化を遂げるの!?」

ちげーよばか、顔が。と俺が頬を緩めて笑うと、「ひどーーい!」と叫んで膝をついた。無駄にオーバーリアクションで声も顔もでかいもんだからどんどん笑いが込み上げてくる。俺が笑っていると川村も微笑んだ。さっきまでショックを受けていた顔をしていたのに、どうして笑っているのか分からなかった。けれどずっと俺と川村は笑った。
2年生の10月。文化祭の日。2年生は俺と川村しかいなかったので二人で組んだ。練習中もずっと言い合い笑いあい、音楽をなんとなくでやり続けていたのが明らかに変わったのを感じた。俺はそのとき初めて「音楽を続けたい」と思った。自分の意思を知ったその頃、先輩が言った。きみらは二人は相性がいいねと。きっと売れるよと。

「ごりら、卒業したら、どこいくん」
「ゴリラちゃう! そやなぁ、うちまだ悩んでるねん。悠くんはおうちの病院を継ぐんやっけ?」

高校3年の夏休み。部活帰りの夕方の電車で俺は川村に想いを告げるために深呼吸した。さあ言うぞ、と心の中で何度も決心したが、何度ごくりとつばを飲んでも言葉がでなかった。
黙ったままの俺を訝しそうに川村が見つめてくる。「え?聞いといて無視!?」とかでかい声で騒いできた。電車ん中やぞ黙れごりらと返すと「だからゴリラちゃうわー!」と背中を殴られた。どうでもいい言葉は出てくるのに、肝心のセリフは一文字も言い出せない。川村の目を見れず、ただただ降りる駅は近づいてくる。

『次はー八戸ノ里ー八戸ノ里ー』

川村の降りる駅になった。俺らが似てるのは名前だけじゃなく駅までもだった。俺が降りる駅はその隣の河内小阪駅だ。たまたま帰りが一緒になったとき、ああー!と嬉しそうに指さしてきたことに酷く驚いたし思わず口から「最悪や!ゴリラとおんなじ方向かい!これ動物園前駅行きとちゃうぞ!」といったのを覚えている。川村は肩から下ろしていた俺のギターケースで俺をぶん殴った。痛いしギターは無事かと心配するしで散々な日だったから、それはもう、鮮明に。
八戸ノ里駅に電車が止まる。川村がじゃあ、と降りる。俺も一緒に。川村があれっと驚きの声をあげた。

「悠くん電車行っちゃうで!?」

扉ー閉まります。車掌のアナウンス。心臓がばくんばくんと今まで聞いたことのないぐらいでかい音で鳴る。

「…俺と運命、共にせぇへんか」
「え、え?あーえーっと、うん、いいよ?」

あっさりと、川村は返事をした。電車が過ぎ去ると共に風が川村の髪の毛をばっさばさにして、慌てて川村は手ぐしで直そうとする。

「おま…おまえええええふざけんなやああああああああああああああああ」
「ちょちょちょっとおおおおなにすんの乙女の命の髪の毛をおおおおおおおおお」

慌てて手ぐしで直したその瞬間川村の髪の毛をぐっしゃぐしゃに引っ掻き回して叫んだ。ふざけんな。俺は、ずっとずっと悩んだんだぞ。なんで、一発OKなんだよ。断るやろこんな意味わからん誘い!
声が濁る。まるで目の前のぶさいくなゴリラのダミ声みたいに。
すると川村がヨレヨレのハンカチを差し出した。お前これ絶対アイロンあててへんやろ、と突っ込みたかったが、声が濁りすぎて伝えれなかった。

「ねぇ悠くん、うちさぁ、小学校から中学2年生まで、悠くんとおんなじ学校やったんやで。知らんかったやろ、覚えてへんかったやろ?だって高2んとき、初めましてって挨拶してきたんやもんな。クラスは一回もかぶらへんかったけど、うちは覚えてたよ。悠くんうちのことアホとかバカとか言うてるけど、うち、物覚えはいいんやで!うちら、幼馴染みたいなもんやで。だってほとんどずっと一緒やったもん! んでな、中2のときな、両親がリコンしてん。そのとき、オカンにうちはついていったんやけど、結局、オカンは女の人に戻ってしもて、家に帰ってこやんなったんやわ。ほんでな、オトンがまだ前の家に住んでたから、オトンとこに戻ってさ。実は、最初の高校はうまいこといってなかってん。なんかなぁ、なんでやろな?仲良くできる子がうまくつくられへんかってさ。 人ってさ、異物見つけたら排除しようとするイキモノやんか。うちはそこでちょっとした排除に合ってしもて。それで、オトンからは、名字も元に戻っていい区切りやんって、転校をすすめてくれた。逃げたくなかったけど、正直助かったって思った。 いろんな高校の転入試験とかの説明用紙いっぱいもろて、家に帰る途中の電車でめっちゃ夕日が綺麗な瞬間があって、うわーっ最高やん!って窓の辺り見たら、真ん前の座席にな、すんごいつまんなそうな顔した男の子がおってん。耳にイヤフォンつけててな、ギターケース両足で挟んでてな、ただただ、ギターが憎いんか?ってぐらいじーっとギターケース睨んでて、でも、ギターケース睨んでるっていうよりは、なんか考え事してて、視線はそこじゃないんかな?って気づいたけど。 んでなぁ、うち、めっちゃ勿体無いなぁって思ってん。この男の子はすんごい今の世界がつまらへんように思えてるんかもしれへんなぁって。真後ろには、綺麗な夕日あるのに、まったく気づいてへん。すぐ近くに、めっちゃくちゃ良いことがあるのに。 うち、教えてあげよーと思ってな、指さしたってん。ただただまっすぐ、夕日がある方に。そしたら男の子がなんやねんって顔してこっち見て、そのまま視線を後ろに逸らしてな、夕日見て、そのまま一時停止した。そんとき、ちょっとだけつまんなそうやった顔がほぐれて、うちは、勝った!って思った。 そんで、うち、この子とおんなじ高校行こうって、んで、この男の子にすぐそばにある幸せをどんどんうちが指差して教えてあげていこうって。その子の制服覚えて、すぐにパソコンでちょちょいのちょいっと調べて、転入試験に見事合格!っとゆーわけですよ。 ……なぁ悠くん、うちな、なんとなくやけどな、あそこで悠くんを見つけたのは運命で、悠くんとおんなじ道をずっとずっと歩むんやろうなって、おもってん。ただ、それだけやで。私が断る理由、ないやろ?」

ゴリラが、なに語ってんねん、と振り絞った声で言うと、これからよろしくね!と俺の肩を思い切り叩く。答えなってへんし、っちゅーか痛いし、女の力ちゃうやろ

、やっぱり絶対ゴリラや。喉の奥ではいつもどおりに突っ込めているのに、声に出たのはしょうもない弱々しい俺の「おう、よろしくな、ごりら」だけ。
数年後、お前の言葉から生まれたものを、作詞した歌のタイトルにつけてしまう俺は、かなり、未練がましいやつだ。
川村の話で思い出す。たしかに幸せはすぐそばにあった。俺の目の前で、オレンジ色に染まりながら指をさす姿。力強い瞳。夕日を眺めて、ハッと前に向き直ると、一本だけだった指が二本になり、勝ち誇った顔で俺を見るむかつくブサイクな女。射るような指先が俺の心臓を跳ね上がらせ、脳みその中に夕日が鮮明に映る。お前が俺を壊した。俺のつまらない殻をぶっ壊した。

「だからぁ!ゴリラちゃうってゆうてるやろ!!」

次の電車がきたので乗り込む、ハンカチはまた明日返すわ、じゃあなと手を振った。明日は始業式。

「ほななぁ!ごりら、次はちゃんと動物園前駅で降りなあかんでー!」
「ちょっとおおお!!聞いてましたぁ!?ゴリラちゃうからぁ!!」

扉が閉まる。なんか叫んでるけど、全然聞こえへん。ふはっと笑いがでた。
ああ、めっちゃぶさいくやなぁ。けれど、どうしてこんなに。
なあ川村、どうしてこんなに。

遠ざかる駅、次の駅のアナウンス。俺が降りる駅。背中に浴びる夕日のオレンジ色。
なあ川村、どうしてこんなに。
お前のいる世界が、まるで、初めて見た色のように感じるのは。
お前が指さした世界は、綺麗すぎて、相変わらずまだ俺は、背中で浴びるぐらいしかできないよ。
お前のように、真っ直ぐに、いつか俺も見つめられるようになるんだろうか。
お前と一緒に、目の前から射す光を、となりで、見つめる日が、いつか。





考えるたびに色が白く黒くなる。優しい形を求めて誰かにすがり付いていた。
俺はきっと、誰かに必要とされたかったのかもしれない。必要とされないのが怖くて、言われるままに動いていたのかもしれない。
でもその時の俺がどうだったか、ほとんどあやふやだ。その時のしょうもない殻は、壊されてしまったから。
ガラス戸にかすかにうつりこんだ、泣き顔みたいな情けない顔。ほっとして、緩んだ小心者の顔。それでもどこかスッキリした自分の顔を見ながら、もうひとつ笑いが出た。



後書き

幸せになりたいです(突然の申告)

久々なので、お手柔らかに、それでもある程度びしばしと…いや別にドMなわけじゃなく、よければ、ぞ、雑巾のように扱ってくだされば…!いや決してドMなわけじゃなく!!

この小説について

タイトル 君の夕日
初版 2012年10月16日
改訂 2012年10月16日
小説ID 4420
閲覧数 864
合計★ 9
佐藤みつるの写真
ぬし
作家名 ★佐藤みつる
作家ID 510
投稿数 36
★の数 195
活動度 4935
だらだら社会人やってます。
本(漫画・小説)の量が半端なさすぎて本棚がぎちぎちになってます。

コメント (3)

有梨亜 2012年10月16日 22時54分23秒
こんばんは、佐藤みつるさん。
久し振りに飛び付く作品に出会えて嬉しいです♪

間が空いていた為、すっかり抜けていた悠くんと川村さんの関係も“ゴリラ”の一言で思い出してしまうインパクト(爆笑)
今回も、笑わせて頂きました。私、関西圏在住ですので“動物園前駅”ネタは、もう笑いのツボにクリーンヒット!! ああ、苦しい。

手厳しい事を言うならば、前回同様、川村さんの語りがかったるいというか。視覚的な問題もあるんですが、それまでテンポ良く進んで来た分、あの部分だけ字詰めになっている為、スルーしてしまいたくなるんです。後で読み返しても、あまりパンチなかったですし。
一度に語らせるより、物語の中でバランス良くエピソードを盛り込むという手法を取ってみた方が良かったのでは?

とはいえ、このシリーズ、毎回楽しく読んでおりました。
佐藤さんの作品はダークなお話でも一癖あって面白いので。これからも投稿を楽しみにしています。では。
★せんべい 2012年10月26日 10時05分07秒
お久しぶりです。

久々に佐藤さんの作品を読ませていただきましたが、改めてクォリティの高さに感動しました。
内容に関してはもう言うことがないというか、評価というか、単純に一読者として楽しむことができました。
文章で人に何かを与えられるのはとてもすごいと思います。素直に、「明日から頑張ろう」と思いました、たぶん。明日から本気だします。

こういうクッソ甘酸っぱい青春ものを読むと、頬が緩むのはもちろんですが、心のどこかがズキッと痛むのはなぜなんでしょうかね?
あれですね、青春時代に忘れ物をしてるからでしょうかね。
よし、ちょっと忘れ物を取りに夕日に向かって走ってきます!


あと、八戸ノ里とか河内小阪でなんとなく住んでる場所特定しました((
★そら てんご 2012年10月29日 9時19分47秒
佐藤みつるさん
悠太とゆうこの心象風景で描かれているクレパス絵本は、優しさと洞察力にあふれている。と感じました。
それに、巧みなストーリ運びにも驚かされました。

(さあ言うぞ、と心の中で何度も決心したが、何度ごくりとつばを飲んでも言葉がでなかった)
(射るような指先が俺の心臓を跳ね上がらせ、脳みその中に夕日が鮮明に映る。お前が俺を壊した。俺のつまらない殻をぶっ壊した。)これらのフレーズには参りました。思わず若かりし頃に味わった切なさと、純だった自分の居た風景を思い出してしまいました。

若さゆえの癖のある表現ですが、大人心をもホロッとさせる魅力に溢れる作品だと思います。
ひとつアドバイスを挙げるとしたら、もう少しだけタメグチ言葉を少なくしても作者の思いは読者に伝わるってことかな。がんばって下さい。
名前 全角10文字以内
コメント 全角3000文字以内 書式タグは利用できません
[必須]

※このボタンを押すと確認画面へ進みます。