SS < やばい ! >

そら てんご
眼が覚めて気を失っていたことは理解できたが、何なんだこれは! 身体ががんじがらめじゃないか。おまけに眼が見えないし、猿ぐつわまでされている。誘拐でもされたのか、俺は? 冗談じゃない! 
……金銭目当てならお門違いだ……それとも怨みか? まあ、怨みの方が可能性大だな。俺は随分と人から嫉まれる発言をしているからな、自覚をしている。
寝起きは悪い方ではない。しかし気絶してその意識が回復するなんて事は、生まれて初めての経験だ。そう思うと背筋といわず全身が粟立ち、汗がいく筋も流れ落ちるのが解る。
何も音が聞こえないし、空気も良くない。やっと鼻の隙間から吸い込む空気は、カビと埃の臭いがする。ここは多分どこかの地下室か若しくは倉庫かも知れない。
俺は、……一体どうなっているんだ? ……そうだ! 思い出したぞ。朝の5時過ぎに起きて、いつものように妻や子供達を起こさないようにして洗顔とトイレを済ました。そして台所だ、テレビをつけてトースターに食パンを2切れ放り込み2杯分のコーヒーをたてる。そこまではいつもの手順だ。何も考えなくても身体が動きを覚えている。
いきなりガツンときたのはこの後だ、俺はテレビの天気予報に目をやって椅子に腰を下ろした。ふいに後ろで気配を感じて振り向くと同時のタイミングで、後頭部を強打された。訳も解らずに意識がシャットダウン、激痛と理不尽な恐怖しか存在しなかった。それも、ほんの一瞬の感覚だったと思う。
それからどれだけ時間が経過したのか全く解らない。………落ち着け落合芳則、俺は百戦錬磨の名コメンテーターじゃないか。あのオームの時だって、俺が暗殺対象だったにも係わらず、こちらから乗り込んで決定的な大スクープを取ったじゃないか。
一躍、当時若干35歳の俺の名前が世の中に知れ渡った瞬間の、なんとも晴れがましい気分を今でも忘れられない(もう30年以上になるなぁ)。それからは何か大事件が起こる度に、各テレビ局からの引く手数多の生活だ。……おっといけない、そんな場合じゃないのだっけ。
それにしても大胆不適な奴らめ(おそらく複数だろう)、人の家に忍び込んで、堂々と俺を拉致するとはな。そうだセコムはどうしたのだ、家のセコム。俺の仕事は立場的に襲われる可能性が付き纏う。だから早くから警備を厳重にしておいたのじゃないか。それなのに……。
その時、禁則されて横倒しの俺の耳元に人の足音が伝わってきた。その距離感は10m程先からだろうか? コンクリートらしい反響を伴っている。……一人では無いようだ、複数のリズムだ。それもそのうちの一人は女に違いない。ハイヒール独特の引きずらない硬く乾いた音だ。
やがてドアの鍵を外して、奴らは俺のすぐ近くまで来て立ち止まった。俺は頭を持ち上げて抗議する。声は発することができないが呻き声とジェスチャーは届いている筈である。
しかし奴らは意に介さず何やら小声で話しをしている。(まったく頭に来る!)それで俺は体中を力の限り動かして抗議を続けるしかない。すると突然に激痛が起こった。奴らの一人が俺の胸元に力一杯の蹴りを入れたのだ。それはまったく手加減など考えない、息の止まる程の蹴りだった。俺はしばらくの間、悶絶して咳き込んだ。
「ぎゃあ、ぎゃあ騒ぐんじゃ無い!」
冷酷なる男の声は『素人』の声ではなかった。無頼のイントネーションで、俺に諭すように喋る。
(確かにじたばたしないほうが良いようだ)
それからの俺は、相手の素性が解るまでは騒がないようにしようと思った。
「お前の悪い癖は、程度を知らないででしゃばる事だ。喋ると際限がない、非常に迷惑だ」
(多分この男は、心底怒っている。何の話だ、最近の発言か? それとも積年の怨みか? そこのところを喋ってくれないと解らないじゃないか!)
そう思いながらも、俺はこの1週間の間にテレビや公共の場で話した内容を思い出していた。
その一つは一連の韓国と中国の反日運動についての事だ。いわゆる『竹島問題』『尖閣諸島問題』に付いてである。これは長年に渡って不定期に表面化する厄介な問題であった。これまでの与党は優柔不断と言えなくも無いが、その都度、靖国神社参拝を控えたりして、旨く矛先を交わして来た経緯がある。
ところが政権交代によって、前の与党の功罪が絡む問題を、今の与党は(まるで思い付きのように)易々と政治主導で行って来た。国民の審判も仰がずに、右傾化の流れを容認したのである。まるで国民の総意であるかのように、政府は尖閣諸島をいとも簡単に(買い占めて)しまった。
これに付いては、昔から右翼の急先鋒で知られる知事のお株を奪った形であるが、浅はかな強行策であった。中国に関係する企業や国民の生活を、どうカバーするのだ? そこまで思案して強行したとは、とても思えない?
今回の政治主導策に限らず、沖縄基地の問題、原発問題を含むその他すべの施行が、わずか3年間3代に渡って、首相を初めとする小数の輩による、堂々とした『思い付き発言』から、全て始まっているではないか!
この事を俺は憚らずに声を大にして、テレビでマスコミに糾弾してきた。このままでは、知らず知らずのうちに自衛隊や海上保安庁が、『軍隊化』せざるを得ない流れになるであろうと、俺は声を大にして説いてきたのだ。
他にも一部の輩に反発を招くような発言を多々してきたが、それは伸べるまでも無い話だ。……おそらく今日のこれは、右翼系の仕業に違いない!
で、どうすれば良いだろう。先程のためらいのない蹴りは、ただの脅しですむ程度にはとても思えない。
そこまで考えた時、俺は激しい尿意を催した。それを相手に伝えたい。猿ぐつわの状態でもボディサインで分かって欲しい! できる限り切迫感を現す為に、俺は腰の部分を大袈裟に振る(自分でも想像すると恥ずかしい)。
それに男が反応したようだ、どうしたのかと猿ぐつわを外してくれた。「ションベンがしたい!」恥ずかしさなんて感じるゆとりがない。
「なんだ小便か、そのまま済ましたら良い」
思った通りの返事を待つまでもなく、熱いものが俺の股間を濡らした。その生暖かい感触は、随分と昔に海で泳いでいた時を思い出させた。
「あなたたちが誰であろうと、私は知りたくないし、このまま解放して頂ければ事を荒立てる気持ちもない」
俺は65歳にふさわしい落ち着いた言葉で、相手の反応を待った。
「それにどれだけの時間が経ったのか私には解らないが、常の私を知る人は多くて、私の身辺を無言でガードする警察官もいるぐらいだ。私はスケジュール先を、無断に変更などしない」
すかさず、2発目の蹴りが今度は背中を襲った。重い衝撃に俺はうめき声をあげる。
「だから? どうだって言うんだい。お前を探して勝手に大捜索でも始まるとでも言いたいのかい。クックック」
男は可笑しくて仕方ないようで、小馬鹿にするような笑い方をした。
「お前の今日の予定先には、全て手を打ってある。クックック」
「そこまでして、あんたらは何を期待しているのだ。悪いことは言わない、乗れる相談なら乗っても良い」
「おい、先生よ。あんた、何か大きな勘違いをしているようだね。我々は金で動いているのではない」
その男はしゃがみ込んだ姿勢をとり、まるで犬でも相手をするかのように俺に言った。
「じゃ、一体何が目的なのだ、言ってくれ!」
蹴りを覚悟で俺は訊いた。すると男は、急に俺の髪を鷲づかみにして、床面に3,4回打ちつけた。これも容赦の無い力で、まるでスイカでも割るかのように非常にいい音がした。
俺はおそらく生まれて初めてと言う程の絶叫を上げて、その理不尽な暴力に抗議した。あきらかに右側の側頭部が熱くなり、耳から血が流れ出るのを感じ取ることができる。
(やばい! このままだと俺は確実に殺される)。その容赦の無い仕打ちで、俺はそう思った。
やっと本心からの恐怖が湧き上がって、意識が薄れていくようだ。
(人の死とは、こんなにたやすく訪れるものなのか)。そう思うと涙が勝手に出てくる。
「可哀想だわ、はやく『シヴァ大神』に逢わせて『ポア』してあげなくては」
「……?! お、お前は?」
(和子? まさか、そんな筈がない)
俺のその疑問に応えるかのように、頭の後ろに手が回り目隠しが取られた。
何時間かのあいだ光を失っていた眼(まなこ)に差し込む灯かりは、たとえ蛍光灯でも眩しい。
紛れもなく妻の和子が、俺が見たことも無いスーツ姿で目の前に立っていた。
(なんだ! ひょとしてドッキリか?)
一瞬そう思ったが、ここまでやる筈がない。一緒にいる男はサングラスをしていて年齢が解らないが、歌手の井上陽水風である。この男が遠慮知らずに蹴りを入れた男に違いない。
そして2人から2m程離れたソファには、ネクタイを締めて渋色帽子をかぶった老紳士が身を沈めて、ゆっくりと葉巻をくゆらせてこちらを見ている。(あいつが『シヴァ大神』か?)
「和子、一体これは? どうしたって言うのだ」
俺がそう言っても、妻の和子はこれまでの夫婦間では見せたことのない表情で俺を見る。
「落合芳則……永かったわね、あなたとは」
他人行儀に話す和子には、芳則の知っている妻の表情がすでに無かった。(どないしたんだ!)
「せっかく(私たちの)目指す環境が整いつつある時に、まさか、選りによってあなたが出しゃばるなんて」
「それは韓国と中国の問題か?」
「そう、でもそれだけでは無いわ。世間の風潮、つまりネットでデモ抗議運動を呼び掛けたり、原子力発電やオスプレイに対する抵抗感を助長したのもあなた。そう、あなたのコメントがきっかけになったわけ」
妻の和子は、ここまで他人行儀に話すことを一体どこで学んで来たのだろう。そしてサングラスの男と老紳士との関係はどのようにして築かれていったのであろう。謎ばかりが俺の頭の中で走り回っている。
和子と巡り合ったのはいつの事であろう。たしか30代の初めだった。山梨県上九一色村周辺に作られたサティアンの一つに、俺が取材で寄った時に巡り合った。そして俺のほぼ、一目惚れであった。和子はいわゆる洗脳を受けてはいなかった。天涯孤独な身だと言った。俺は脱走を手伝ってそのまま結婚をした。それから1男2女に恵まれて約30年間、世間ではおしどり夫婦で通っていた。
「あなたについては、しばらくの間、行方不明になって頂くわ。子供達にもそう言っておく」
「ちょっと待った。どういういきさつか解らないが、子供達を巻き込まないでくれ」
「何を言っているの、貴方は? あの子達は大事な人材よ。生まれた時から使命を持って生まれてきたわ」
「お前は一体どうしたのだ、何故そんなことを言う。3人の子供は俺の子供でもあるのだぞ」
 俺はむきになって和子に言った。ここでまともに話せる相手は、妻しかいないでは無いか。
「本当に、……あなたはまるで何も知らないのね?」
「お前は一体なにを言っているのだ? この男達は一体、お前とどういう関係だ?」
すると、また男から蹴りが今度は後頭部に入った。俺は喚き(わめき)泣いた。鼻水を垂らして、さぞかし情けない顔だろう。俺はまともに男を相手にしたく無い。だから妻の顔を捜したが、彼女は醒めた目で俺を見ている。それどころかハンドバックから煙草を取り出して、金色で細いライターで火を着けた。
(俺の妻では無い! 俺の妻は俺に禁煙を勧めることがあっても、決して自分は吸わない)
妻は赤いルージュの付いた細長いメントールのタバコを、何も言わずに俺の唇に差し込んだ。そして意味深に笑って自分にも火を着け美味そうに吸った。それは随分と慣れた動作である。
それを見た後で、妻が初めから『他人』であった事実を、やっと俺は受け止めることができた。
「……フッ。解ったよ、やっと現実のからくりの一端を見せてもらったよ」
不思議なほどに、冷静な俺が目を覚ましたようだ。これが世間で言う、プロ・ジャーナリストの精神だ。
(俺の妻は、あのサティアンの生まれだったのだ。オウムに対する不審が世の中に知られるようになり、そのタイミングに俺に会った。この女にとって俺は、渡りに船だったのだろう)。
俺は先程から気になり始めたことを、ある確信を抱いて(この女)に訊くことにした。
「君がどれほどに俺を愛してくれたのか知りたいのだけれど、駄目だろうか?」
女は応えないで、タバコの煙が目に沁みたのであろう素振りをして俺から視線をはずした。その上で、顔だけを後ろに廻して老紳士の方を見た。なにやら伺いをたてたのだろうか、正面の俺に向き直りしばらく思案しているようでもあった。
「あなたに逢ってからもう随分になるわね。……やっとと言うべきかも知れないわね。やっと事件は終息した」
妻は最後の逃走犯と呼ばれていた男、高橋克也が逮捕された事を言っているのであろう。
だが、世間は終息したかも知れないが、自分の中では終わっていないと落合は思っている。落合の頭の中には未解決な凶悪犯罪のデータが、世間の風潮とは違う次元で鮮明に残っているのだった。
オームに絡む事件では、2010年に時効を向かえた国松警察庁長官銃撃事件、オーム幹部の村井秀夫刺殺事件等々がそれである。
「あなたは私が見込んだ通りの男だった。あなたからの新鮮な情報は大変に役に立ったわ、本当に」
(俺は選ばれたのか! こいつは俺を欺き通したわけだ! 見事に)
すると俺を蹴った男がイラついた台詞で言った。
「もういいだろう、別れのセレモニーは」
「そうね。……ありがとう」あっさりと和子は答えた。
俺は再び恐怖のどん底に落とされた。
サングラスの男は、あらかじめ用意していたのであろう湿った座布団を俺にかぶせた。それが何を意味しているのか子供でも解る話である。座布団越しに存在感のある鉄の塊りが、俺の頭に強く押し付けられた。
「待ってくれ! あと一つだけ、最後の一つだけ教えてくれ!」俺は必死だ。
一呼吸あって、男は銃の重みから俺を解放してくれた。
「和子! 子供達は、子供は、俺の子供だろうか?」俺は泣きながら返事を待った。
「そんなこと、知らないほうが良いじゃない?」その言葉を聞いて俺は悟った。
「子供達は、そこに座っている男の……」
俺の意識が無くなる前に、どこか遠くの銃声の音を聴いたように想う。

後書き

どう言うものか、最近の事件(あの他人に止まらず肉親までも操った事件)を知るにつれ、思わずオームのことを連想しました。

この小説について

タイトル SS < やばい ! >
初版 2012年11月11日
改訂 2012年11月19日
小説ID 4430
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コメント (5)

hikaruko 2012年11月13日 5時09分14秒
私もおっかけです(笑)

とっても怖いお話ですね。

本当にこの頃の事件のほうが恐ろしい。

長くもない、短くもないほどよいストリーだと思いました。
そら てんご コメントのみ 2012年11月13日 9時46分50秒
hikarukoさん

もしかしたら「おんなの悪魔」さんの知り合いでしょうか?
もし違ってたらごめんなさい(笑汗)。

当方の成長のために酷評もよろしくお願い致します(笑)。
あなたも最近のニュースに感じるところがあるようですね。
人が人を殺すことを確か「人非人」と呼びます。もはや人間ではないのです。野生のハイエナよりも劣る存在なんです。
yumiili 2012年11月23日 6時51分53秒
安っぽいの一言に尽きる。
★堀田 実 2012年11月26日 2時09分02秒
こんにちは。
猿轡とかショウベンとか主人公の緊迫感のなさとかどことなくギャグ系なのかなぁと思いながら読んでました(そうじゃなかった??)。
率直に言うと奥さんたちはオーム信者というより、ハードボイルド系の悪役って感じがしましたね。なんとなくDEATH NOTEに出てくるみたいな(笑)宗教じゃなくてマフィアになってるなーみたいな。
全体的にギャグなのかシリアスなのか判断できませんでした。
そら てんご コメントのみ 2012年12月12日 8時07分26秒
又も、私生活の鬱的許容量MAXの状態がしばらく続きました(? 笑)
久しぶりに『ぱらしょ』を覗くゆとりができ開きますとメッセージの書き込みがあり、嬉しく思います。返事が遅くなってすみません。

yumiiliさん
お初です! 性別は男性でしょうか。
早速の酷評、ありがとうございます。できれば具体的な内容のご指摘を戴ければ幸いです。それでもメッセージを戴き、☆星印までもお付け戴き恐縮しています。

堀田 実さん
たびたびのメッセージありがとうございます。
ご指摘の通りギャグでもシリアスでもありません。本人的には世の中に確かに存在する「問答無用の恐怖」を描きたかった訳です。
小説的な恐怖よりも現実は、ある種の滑稽さとショウベンに塗れているのです(笑)
いづれにしても堀田さんの感想は参考になりました。アリガトウ!
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