使い捨てライター


最近僕たちの業界は慌ただしい。こないだ新人が入ってきたと思ったら、書きたい記事が書けないと文句を言って辞めていった。それが5人目なのだ。
ライターという仕事は実はみんな好きな記事を書きまくってそれをポンポンと載せているわけではない。編集長や委託してきた人にOKをもらうまで、何枚も書き直す。僕のように何十年とライターをしていると、ボツになった記事なんて何十枚、いや何百枚あるか分からない。
自分の好きなジャンルの記事だったら一発OKもらえるんだけどなぁと同僚たちと笑っていたら、一人がポツリと呟いた。

「フリーライターってどうなんだろう」

みんなの雰囲気がほんの少し緊張したような空気になる。フリーライターになるのは一か八かの賭けなのだ。一般需要の少ないカテゴリやジャンルを扱うやつがフリーになったとしても、食べていけずに消えていく。
需要の多いカテゴリやジャンルでも、会社に所属するライターとフリーライターなら会社に所属するライターの方が安心感がある(締め切りだとか)。
だからフリーライターはただ仕事を待つだけではやっていけない。自分から動き回らねばならないのだ。

だが、ライターを志した僕らにとってはフリーとはなんとなく憧れであった。馬鹿な新人達は今ごろどうしているだろうか。経験もなにもかも浅いやつに記事を書いてくれと頼む人はいないだろうに。
ところがその話題があった三日後、僕になついていた元・新人の林部くんが僕に電話をよこしてきた。

『倉谷さん!僕やりましたよ、仕事をもらえたんです。あの黒い噂のある新興宗教の潜入記事を書くんです!』

一瞬言葉を失ったが、僕は彼に気づかれないように冷静におめでとうと言ってあげた。帰ってきたら飯を奢ってやるよ、と付け加え、電話を切った。

「倉谷、電話」

誰だったんだ?田崎が通りがかりに僕の椅子の背もたれに両手をついて問いかけてきた。大体検討がついているだろうに。

「林部くん、使い捨てライターになっちゃったみたい。」
「ありゃりゃ、ははー、そうかい。いやぁ怖いねぇ、世の中は。」

ニヤニヤして田崎は席に戻っていく。フリーライターが怖いのは、こうした潜入取材や、自分に危険が及ぶかもしれない場所での依頼である。
なかなか記事の依頼がこなくて焦燥感などを感じ始めた頃にやってくる依頼は僕らにとってまるで救いのような気さえする。断る理由などはないからとすぐに食いついてしまうのだ。
しかし、そういう仕事は8割ぐらいの確率で自分に危害はあり、下手をすればこの業界から去ることも考えるほどの恐怖を味わうこともある。
こういう仕事を依頼してくる人は、会社のライターだと断られてしまうので、いなくなっても次の新しいライターを探せばいい、フリーを狙うのだ。僕らはそれを使い捨てライターと呼んでいた。

「林部くん、まだ22歳だっけ。親御さんに先に連絡しとく?」

笑えないジョークだったので僕は黙りこんだ。林部くんはどこか、志したときの若い頃の僕にそっくりだったから、情がうつってしまっていた。けれど彼は僕とは違い、志した想いを突き通すかのようにここから抜け出していってしまった。

「ぬるま湯の俺らとは大違いだね。…若さゆえの過ち?ってやつかねぇ」

田崎が僕の気持ちを察したかのように慰めるように背中を優しくぽすん、と叩いた。


それから一ヶ月後、大きな記事を僕は書いていた。『新興宗教N、記者を撲殺か!?』が見出しである。

「撲殺、ってのは刺激的すぎるんじゃない〜?」

田崎がマルボロの煙草をくわえて火をつける。紫煙がゆらりゆらりと僕の涙腺を刺激して、僕は記事を打つ手を止めぬまま涙をこぼした。

「すまん、倉谷はメンソールの煙草の煙に弱かったっけ。でももったいねぇから最後まで吸わしてくれな。」

髭面のオッサンには似合わない気遣いだなと言ってやると、うるせぇなと煙を吹き掛けられた。
ゲホゲホと咳き込み、涙が余計に溢れる。喉がイガイガするので置いてあったカフェオレを飲み込んで落ち着けた。

「林部くん全治8ヶ月だっけ?可哀想にねぇ」
「命あっての物種だよ。」

林部くんは潜入取材先の新興宗教に素性がばれて監禁、暴行を受けたらしい。病院に運ばれたときは意識がなく僕は林部くんの両親をなだめるのに必死だった。林部くんが目を覚ましたとき、両親と僕の顔を見て、わぁと子供のように泣いた。いや、まだ子供なのだ。恐ろしかっただろう。何度も助けを呼んだことだろう。

「いやーまさか連絡がつかないからって警察引き連れて倉谷が宗教施設に突っ込んでいくとは思わなかったなぁ。俺なら『新興宗教Nに警察を連れ突撃取材!』って書くのによ。」

茶化してくる田崎の吸っている途中の煙草を取り上げて、自分の口にくわえる。抵抗してきた宗教幹部に殴られたときに切った口の端がぴり、と痛む。

「…43にもなって、“若さゆえの過ち”かい?」
「“年寄りゆえの過ち”かな」

にひ、と笑ってみせると田崎は豪快に口を開けて「ははは!」と笑った。今日は安眠できるな、と背中をバシン!と強く叩く。再び咳き込み、痛いんだよ!このヒゲグマ!と言ってやる。
意識のない倉谷くんを宗教施設から連れ出した時に痛めた腰を左手でさすりながら、右手でひらひらと後ろ手で手を振り席へと戻っていく田崎の後ろ姿に、僕はありがとうと小さく呟いた。

その事件以来、フリーライターに対して政府が少しだけ対策を取った。危ない取材を依頼する場合は前もって家族に知らせるというものだった。もちろん全てを言う必要はなく、ただ単にどこら辺に行かせますという説明だけでいいそうだが、それを怠った場合は罰金を課せられるそうである。
田崎が「どうして政府が金をとるんだよ。あーあ、だから世の中って怖いんだよねぇ」とぼやいていたが、僕はそんなことよりも林部くんの週3のリハビリに付き合うために、半年ほど病院に通ったせいかおかげか、煙草を吸わなくなっていた。
必要のなくなった使い捨てライターを仕事机にしまい、僕は今日もいつものように記事を書く。仕事場もいつも通り変わらずみんな仕事をしている。前と違うのは、隣に林部くんの席が用意されていることぐらいだろうか。

後書き

ニュース記事で「使い捨てライター規制 罰金も」という見出しを見て、一気に書き上げた作品です。
SSらしいSSを目指したのですが。いつものやつよりかなり短めにしたのでなんだかガツンとくるようなものが無いような気がしてなかなか投稿に踏み切れませんでした。
ですがここで見てもらい、誰かから「ここはこうした方が良いよ」などの意見を聞きたいという欲求もあり、少しだけ手直ししてぶっこみました。

この小説について

タイトル 使い捨てライター
初版 2012年11月23日
改訂 2012年11月23日
小説ID 4431
閲覧数 978
合計★ 6
佐藤みつるの写真
ぬし
作家名 ★佐藤みつる
作家ID 510
投稿数 36
★の数 195
活動度 4935
だらだら社会人やってます。
本(漫画・小説)の量が半端なさすぎて本棚がぎちぎちになってます。

コメント (2)

yumiili 2012年11月23日 6時48分40秒
お題にこだわりすぎてて面白くない。
アイディアは奇抜に見える。上手く絡めたなと、謎掛けとしては一見面白いが、どうにも物足りない。例えると骨はしっかりしてるのに肉付きが薄い。「小説」ではなく「お題小説」として読んでしまう。

使い捨てライターという言葉が「キー」だからこそ、気付かれないように書くこと。それが大事ではないかなと。着想はあくまで着想で、着想から飛躍する、もはや着想の「ち」の字も見えなくなったころに、あざやかに着想に「オチ」るのが、欲を言えばお題小説の理想の形ではないか。そういう意味で、跳躍幅が小さい。小ジャンプ。

SSっぽさでいえば、オチは後味悪くても、良くても、ハンマーで脳天かちわるくらいガツンと衝撃的なのが欲しかった。
★堀田 実 2012年11月24日 15時58分40秒
こんにちは、読ませて頂きました。
雰囲気はタバコの煙たさを全体に感じました。実際こんな感じなんですかね?
一つ疑問に思ったのは新興宗教が部外者を拉致暴行するのは無理じゃないかなということでした。すぐに気づかれて警察入ってきちゃいますからね。
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