スクール・オブ・ライフ

「善意なんてほどこすんじゃなかった!」
そう怒号とともに机をひっくり返した山口美恵子の頭の中ではある記憶が浮かんできていた。かつて生後まもなくに死んだ弟に必死にかけた虚しい応援の掛け声と、それが実らなかったことでたった5歳で神様を否定することにした経験があった。はじめから裏切られるなら優しい言葉をかけるんじゃなかったという幼い人生訓は、今の今まで忘れ去られていたのだった。しかし教室の床面とこすれ合う机の木枠の立てる激しい轟音のさなかでさえも教室は彼女の激しい感情を受け入れたりはしなかった。
「うっせーよ!」
なんて汚い言葉! 美恵子は思ったが心の中は悲しみでいっぱいだった。誰にも理解されはしない内面の複雑な感情を、苛立ちや怒りで示すのにも疲れはじめていたのだった。『優秀な生徒』『模範的な生徒』と教師たちが彼女を形容する言葉はわずか一年足らずで、フライパンでひっくり返すみたいに逆さまの意味になっていた。彼女の内面を理解するよりも毎日積み重なる書類作成やふざけた回答のテストを添削する作業と部活顧問で忙しい教師たちにとっては、『反抗期』という便利な言葉で片付けることが一番の解決策になっていた。しかし彼らも頭を悩ましはじめる。あるいはもっとそれが続くなら『問題児』とでも呼ぶべきかどうか。
 机の倒れる激しい音に周囲のクラスの生徒たちが野次馬のように集まってきたとしても、彼女はその節操を守ることより感情に身を任せた方が楽だと知っていたので続けてこう言った。
「今までどれだけ語りかけてもあんたらは何も聞かなかったじゃない!」
 クラスのみんなで育てることにした金魚2匹の世話でさえも最近は餌をやり忘れることもあったし、そんな風にクラスの風土があらゆる面で悪影響を及ぼし始めた時にはみんな簡単にカッとなってしまう。どこにも逃げ切れない精神的な危うさを必死に山口美恵子は補おうとしていたのだった。善意により、しかし何よりも内心がむかむかして居心地が悪かったから。
 例え休憩時間中にクラスの不良の男子たちが黒板に卑猥な落書きをしようとも、先生が来る前にすべてを消し去ることで、男たちの内面にはびこる性欲を消し去り、忘れ去ってあたかも平和なクラスであるように思い込むことができたならと思っていた。しかしそのような善意にでさえも、他人には理解できない善意ははた迷惑になってしまうみたいに、誰からも理解されることはなく、むしろ笑いを取り去られると男たちは言った。
「単なる嫌がらせだろーが。いちいち人の行為に口出すんじゃねーよ」
「はぁ?何言ってんの? お前らの方が迷惑なんだろーが!」
 おびえる周囲の女子生徒にまじって笑いをこらえて面白がっている生徒たちがスマートフォンをポケットから取り出し一部始終を文章にして友達に知らせたり、あるいは時間が経っていくとこのクラスの記念すべき瞬間を撮ろうとカメラをかざす生徒もいた。騒動を聞きつけて駆け寄ってくる担任松岡志信は、ポケットにある財布とその中にある3万円を気にしながら、この面倒ごとにため息をつき、対処するために一番適切な言葉を想像する。
「お前ら何やってるんだ。今は時間がないからあとで職員室に来い。まず山口とそれからお前らだ」
 間に立ち制するようにして触れる山口美恵子の肌に彼は内心情欲を覚えながらも、あたかも何事もないかのように面作りをし、頭の中に閉まってある理想の教師像をたくみに取り出しながら、マニュアルどおりに振舞うのだった。
 どちらにしても彼女にはどうでもよかった。彼女と教師の関係にとってはあきらかに松岡の方が露呈するなら社会的に不利だったし、学校を卒業してしまえば何事もなかったかのように他人に対して振舞えばいい。それですべては事足りる。中三の時彼氏にヤられてからすでに処女ではない。それよりもまず今あるよくわからない苛立ち、中学の高学年になってから余計につのった正体不明の苛立ちになんとか対処する術が欲しいと彼女は思っているのだった。

後書き

オースン・スコット・カードの文体のリズムを真似てみた感じですね

この小説について

タイトル スクール・オブ・ライフ
初版 2012年12月13日
改訂 2012年12月13日
小説ID 4440
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作家名 ★堀田 実
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