諸行無常なホームレス

 明るい太陽の光が注いでくるとトモヤは朝が来たことを知った。昨日もずっと外で過ごしているにも関わらず、まるで起きた瞬間には見慣れたベッドの上と天井とドア、そして朝起こしに来る母の掛け声が聞こえるような気がした。
 しかし、意識が明瞭になってきて見渡すとそこには埃にまみれた布団とすぐ傍らを通る国道15号線があった。早朝にも関わらずトラックが激しくエンジン音を鳴らしながら駆け抜けていく。50mほど先にあるゴミを捨てるために出て来たコンビニの店員と目が合った気がしたが、彼はすぐに目を逸らして店内に帰っていった。
 いたって順調な一日で何も変わったことはなかった。人間慣れてしまえばそれが当たり前になるのだ。たとえゴミを漁り空き缶を探すことが周囲にとって醜い行いにみえても、今の僕にとっては農夫が仕事のために畑に出かけるのと何ら変わりない。それこそサラリーマンが働くために会社に行くのと変わりないのだ。以前の僕がそうであったように、今の僕もなんら変わりはない。
「あなたはあなたのままよ。それは永遠に変わらないわ」
「僕が死んじゃっても?」
「それでも変わらないものなの」
小学生の時母はそう言ってくれた。この人生で唯一母から学んだ人生訓。僕のことをまだ手のひらにのるぐらいの小さな時からずっと育てていたんだからそう感じたんだろう。僕の中で細胞がむくむくと膨れて分裂をはじめ、それぞれの機能になっていく過程で母は僕の本質を見てくれたに違いない。僕が生まれた時の細胞はすべて垢として排水溝に流れさっているのに、確かに僕はまだここに存在しているのだ。
 記憶もある、嫌な経験や幼稚園の時に10針を縫う怪我の痕もこうして残っている。トモヤは左手の親指から手首にかけて入っている白い線を眺めて呟いた。身体に残る過去の遺産がこうして残っていることを不思議に思った。いつか100歳になることがあっても残っているのだろう。そして死んでからは亡骸には残り続けやがて灰と一緒に消えてしまうだろう。
 昨日空き缶拾いで得た500円玉をポケットから探りだすとコンビニに入り弁当を買う。風呂も洗濯も三ヶ月なかったが、店員の眉をひそめる表情を見るまでは体臭のことも忘れていた。今頃店内に消臭剤を振り撒いているかもしれない。僕だって今もまだ一般人だったらそうしているだろう。あるいは二度と来れないように締め出すかもしれない。
「いただきます。」
 割り箸を割り合掌をする。鳥の竜田揚げと白飯を頬張り口内に広がる味をかみ締める。お腹が空いていれば何でも美味く感じるものだ。美味いものはさらに美味い。ふと足元を見ると蟻たちが地面を這っている。彼らにとって秋も終わりに近づく時期は冬のための食料のかきいれ時なんだろう。そういえば今年は落ち葉を見るのが遅い気がする。イチョウの木にはまだ緑が残っていた。
「これから冬になるんだなぁ」
そう口にした瞬間僕は誰に話しているんだろうと思った。ただのため息のような独り言だった。外で生活するようになってからは季節の移り変わりがよくわかる。夏には苦しめられた蚊も今はもういない。布団の重量は増えていき移動は困難になって来ている。
「そろそろ定住するか」
夢にも適わないことを僕は呟いている。いったん踏み外してしまうと人生は戻れないものなのだ。宗教団体が行う炊き出しに参加しても、くれるものは食料だけで時間は戻してはくれない。そして「悔い改めなさい」と彼らは言う。本当にそうなのだ。タイムスリップなんてできないし、後悔することしか今の僕にはできない。僕の人生はいつの間にかするすると滑り落ちてしまったのだ。

『あなたはあなたのままよ。それは永遠に変わらないわ』

また母の言葉が浮かんでくる。僕は嘆息をして再び景色を眺める。アスファルトで舗装された道路と、片隅に立ち並ぶ街路樹。落ち葉がちらちらと一枚落ちていくのが見えた。空はいつの間にか澄んで青くなっているし、だんだんと空気は冷たくなってきた。息を吐くと若干白い影が見える気がする。
「諸行無常の響きありかぁ」
不思議と中学校の時に習った一節が思い浮かんできた。今ではもう使うことのなくなった学校の知識が今になって何の意味があるんだろう。本当に、本当にこの世界で大切なものは永遠に変わらないものなんだろうか? もし僕がいつの間にかこの路上でのたれ死んだとしても、いったい誰が気を止めるだろう? 名前も知らないこの汚いホームレスなんかに、誰が涙を流すだろう。
 立ち上がろうと足元に力を入れたとたん乾いた音が鳴った。見ればいつの間にか割り箸を踏んづけてしまったみたいだ。
「ごちそうさまでした。」
トモヤは再び呟いた。誰に呟くわけでもなく、ただ独り言のように言う。

後書き

ホームレスはわりと好き。

この小説について

タイトル 諸行無常なホームレス
初版 2012年12月15日
改訂 2012年12月15日
小説ID 4441
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作家名 ★堀田 実
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