いつまで待てば、俺たちは

 おもむろに手のひらを見ると大きな穴が空いていた。どこまでも底なしのように暗闇が彼方まで広がっていて、そこに石ころを落とせば何の音もせずに落ち続けるのではないかと思われた。いったいどうして手のひらに穴が開いてしまったんだろう?と思っても何も答えが出てくるはずはなかった。しばらくの間眺め、指先を恐る恐る指先を通過させてみるが、手の甲からは何も出てくることはなかった。手の甲には何の穴も空いておらず何の変哲も無く骨と血管が薄く浮かんでいるだけである。
 手のひらに空いた穴を観察することに慣れてしまうと次に何をすれば良いかをアキオは考え始めた。はたして穴が開いていることでどんな不便なことが起こるのか?箸を持つのもペンを持つのも指先であるので大して支障はない。他に手のひらでいったい自分が何をするのかを考えたが何も浮かんではこなかった。人の手のひらに穴が開いていようとなかろうと何も変わりないのだとわかるとほっとしてベッドに頭をもたげた。
「別に何も不便なことはない。少し形が風変わりなだけだ」そう言ってアキオは嘆息した。
 学校に行くと端から言われた。
「あなたも手に穴ができたの?」
そいつは今まで話すことさえなかったクラスメイトの女の子だった。名前は…何だっけ?
「これは一つの兆候なの」彼女は言った。「いつかUFOが迎えに来るから」そう言って彼女の空いた手のひらを見せた。
これは厄介なことになったな、と思った。変な事に関わることになったし、変な奴に関わらなくちゃいけなくなった。
 女の名前はユミコと言った。彼女が言うには体は本当はお寺なのだということだった。神聖に保っていれば神が宿るし、神に通じる穴なのだと言う。
「だから穴が開いたって?」とんでもない話だと思いながらアキオはそう言った。『2日前自慰したばっかなのに』これは口に出さなかった。
ユミコは頷くと「たぶん」と付け足した。
「それでいったい俺たちはどうすればいいの?」そう聞いたが彼女はわからない、と答えた。
 点で話にならない。わかったのはただ手のひらに穴が空いただけであとはいつ来るかもわからないUFOを待たなくてはならないことだけだ。何だそれ、UFOを待つとか。
『ある日宇宙人が地球にやってきて種を植えていった。その種はすくすくと成長してやがて人間になっていった。稲が実ったら回収するみたいに人間が成長したら回収しに来るらしい。』ある日アキオの部屋で彼女はそう語った。
「あのさぁ、宇宙人でもセックスするの?」
唐突に聞くと彼女は「知らない」とだけ言った。
「ふぅん、何で回収しに来るのかね?」
と聞くと「知らない」と言った。
「もしかして食べるためだったりして」
腕を振り上げ獣が襲う格好をして言うと彼女は首を横に振った。
「なんだかなぁ」
嘆息してベッドの隅に頭をもたげた。
別に何も不便なことはない、と手のひらを眺めながら彼は思った。手のひらに穴が空いてから女がいつくようになったし(変な女だけど)他にはこれと言って何も変わったことはない。
 それから長い間UFOを待ちに待っても何もやって来はしなかった。宇宙で流れている時間は地球の時間よりも悠長らしい、ということで片付けた。迎えに来てくれるまでの時間をどう過ごせばいいのか疑問に思っても何も現れて来たりすることはなかった。
「おぉ〜い」
アキオは手のひらの穴に向かって声をあげた。
「俺たちはいつまで待てばいいんですかぁ〜?そうこうしていると俺たち年喰って死んじゃうかもしれないですよ〜」
しかし穴の中からは何も聞こえてきはしなかった。
「お兄ちゃん、何やってるの?」
隣の部屋の妹が声を聞きつけてやって来た。
「別にぃ」アキオは呟いた。「ただ暇なだけ」
「ふぅん」そう言うと帰り際に妹は言った「最近お兄ちゃん変だよ?」
「そうかなぁ?」アキオはとぼけて答えた。
「絶対そう、変な女の人も来るようになったし」疑うような目で彼を眺める。
「まぁ、確かに変だけど」アキオは上体を起こすとおもむろに尋ねた。「ミサコは宇宙人っていると思う?」
「へぇ?」頭の上から声を出すように言った。
「宇宙人が言うには体はもともとお寺なんだってさ」
「やっぱり変」そう言うと妹は部屋から出て行った。
部屋に静けさが戻ると彼は再び手のひらを眺めた。そこには以前と変わらない虚空が広がっている。まるで宇宙みたいだな、とアキオは思った。この体が一つの宇宙なんだったらお寺の一つや二つあっても不思議じゃない、宇宙人だっているかもしれない。彼は嘆息しながら呟くとスマホを取り出しユミコにかけた。

後書き

身体の不思議、ということで。

この小説について

タイトル いつまで待てば、俺たちは
初版 2013年1月9日
改訂 2013年1月9日
小説ID 4449
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ぬし
作家名 ★堀田 実
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