もしも世界がピエロだったら。

 白塗りの化粧をするのも大分慣れてきた。高校に入学してから一ヶ月の間は化粧をするというはじめての経験に戸惑いがあったが、毎日の習慣になってしまえばあまり気にならなくなるものだ。中学生を卒業し高校生になるという人生の段階の大きな一つを無事に渡ることができた気がする。やっと世間の中に溶け込むことができるのだ。物心ついた頃から白塗りの化粧をした大人たちを見るたびに、素顔のままでいる自分を恥ずかしく思い、早く大人になりたいと思ったものだ。

「第三次大戦後、国際法ピエロ法が施行されたことにより、私たち人間は真に平和になることができた。君たちも知っている通り、この法律は満16歳以上の人民にピエロの白塗りを義務付けるものだ。今日化粧をしてこなかった生徒は…いないようだね」
先生がおどけると教室に笑いが起こる。
「しかしだね。かつては白塗りは人間の義務とはなっていなかったんだ。第三次大戦以前のことだね」
歴史の授業を聞きながら自然と当時のことが思い浮かぶ。過去に生きた人たちに思いを馳せるというのは人間が何であるかを理解できるし楽しいものだ。
「先生、それまではみんな素顔でいたって本当ですか?」
僕の前の席に座っているケイトがたずねる。
「本当のことだ。曾祖母から聞いた話だが、化粧をするのは女性に限ったことだったらしい。よく彼女は当時のことを振り返り話ながら、素顔を懐かしむような表情を見せていたよ」
「へ〜。それが当たり前だったら恥ずかしくなかったんですかね?聞いた話なんですけど、ホンネとタテマエっていうのがあったらしいじゃないですか」
「良く知ってるね。」先生が答える。「それは日本特有の精神の文化だったようだよ。二種類の態度を使い分けていたそうだ。どういう精神状態だったのかは先生にも想像しかねるがね。」
「二種類って…難しいですね。その時代に生きてなくて良かった」
ケイトがそういうとクラスに笑いが起こった。僕もみんなと同じようにケイトに共感したし、殺し合ったり憎しみあったりしていた時代に生まれなかったことを心の中で感謝した。
 学校が終わると僕は一人で家に帰る。考え事をしながらたまに空を見上げて宙を舞う鳥を見送る。十字路の角では猫と猫が声を荒げて喧嘩をしていた。信号が赤に変わると立ち止まって彼らを眺める。すぐさま一匹が走ってどこかへ逃げてしまった。なんであんなことするんだろう?と僕は思う。その点人間っていうのは素晴らしいものだ。動物みたいにいがみ合ったりしないし、ただ平穏に生活するだけでいいんだから。人間だけが笑う。どんなことでも笑いに変えてしまえば争いなんて起こらないんだ。動物はそのことに気づかない。
「でも…」僕は思う。「過去に生きた人たちは今の世界を想像できなかったんだろうか?どうして彼らは戦争っていう人殺しをしてきたんだ?有史以来ずーっと」
信号が青に変わり歩きはじめる。白線の上だけを歩くようにしながら、ゆっくりと歩みを進める。プーっと遠くの方でクラクションの鳴る音が聞こえたが、僕に向かってじゃないらしい。空を見上げるとさっきの鳥はもうどこにもいなかった。雲がゆっくりと流れている。
「きっと当時は人間も動物に過ぎなかったんだろう」僕は結論付ける。「どんな感情でもやり取りしていたから…だから争いなんて起こったんだ。さっきの猫みたいに。いがみ合って、噛み付いて。でもなんで感情を隠さなかったんだろう?逆に感情的であることが良いって思ってたとか?まさか。」
やっぱり考えすぎると疲れるものだ。ため息をつくと大きく背伸びをする。「やっぱり昔のことはよくわからないや」
 急にエンジン音が聞こえた。次の瞬間にはトラックがクラクションを鳴らしながら猛スピードで僕の前を通過していった。両目でしっかりと車体を見据えながら、危ない!と叫ぶ思う前にトラックは目の前にいた家族の間に飛び込んでいった。車体がポンと浮き上がり、後から体がくにゃりと曲がった子供が出てきた。もう死んでいるに違いなかった。居眠り運転だったのだろうか、車は電柱に衝突し激しい音を立てて止まった。
 子供の母親が駆け寄る。もう姿形の変わってしまった子供を腕に抱えながら、ただ呆然としていた。笑みをこぼしながら、彼女は一人電話をかける。救急車?もう死んでしまったのに、滑稽だ。人間は、人間の魂はおもちゃみたいには元に戻らないし、修理できやしないのに。思わず笑いが込み上げる。死んでしまったのなら、もう仕方がない。あとは火葬してお墓にでも葬るだけだ。ただ悲しむようなモノマネをしながら。だって世界は滑稽なんだから。そういう風に出来ていて、まるでサーカスみたいに、思いもよらないハプニングで僕らを楽しませてくれる。そして僕らは、ただそれだけに微笑んでいればいい。

後書き

ただの妄想

この小説について

タイトル もしも世界がピエロだったら。
初版 2013年2月27日
改訂 2013年2月27日
小説ID 4467
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ぬし
作家名 ★堀田 実
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