華の内乱 - 主人様


 がらくた。そう、私はきっとがらくたなのね。
 こちりこちり歯車のまわる音。それが心音のかわり。ぜんまいはまだ回っていられた。
 でも私の表皮カバーはずたぼろで、取れかけた右腕が私はもう役立たずだと告げている。私は人形。私は壊れたぜんまい式マリオネット。もとは玩具だったもの。遊ばれるのも最初は嫌だったんだけど、それが私の運命だとすればそれでいいと思えたの。感情を麻痺させて、それでいいと思い込ませることができた。
 くだらない。そう、私はきっとくだらない玩具なのね。
 糸の切れてしまったマリオネットはどんなにきれいな服を着せても糸がないなら動かない屍。屍で遊ぶ人なんて、そんなクレイジーな人はごく少数でしょ? それにこんなくだらないことを考えている時点で私がどれだけくだらない存在なのか目に見ている。玩具なんてそもそもくだらないものじゃないか。
 きらびやかな真っ赤なドレスは、今や煤けている。どうしてこうなっているのだろう、どうして私はこうなっているのだろう。
 私の後ろには積み上げられた泥のついた電子機器。粗大ごみと呼ばれる可哀想な機械たち。一体のくたびれてほつれた泥だらけのテディベア。彼らもがらくた。私と一緒。だから私も寂しくない。だって、私と同じ、捨てられたがらくたなのだから。
 酸化した滴が降る。雨だ。誰の涙の雨だろう。こんなに、くすんだ涙を流すなんてその目はどんなに濁っているのだろうね。グラスアイの私はそんな色にはならないはずよ。……この目に泥が付いているなんて、思いたくないからそんなことを言っているわけじゃないわよ。
 風が少しだけ強く吹く。私がぽとりと泥の水たまりに崩れ落ちる。べちゃりとした汚水。私のドレスはいっそう醜いものになる。倒れた衝撃で私の右腕は完全に取れてしまった。あぁ、これで私はジャンク品。痛いのは、嫌いだわ。
 ぱらぱらからざらざら。そう、私に降り注ぐ雨はぱらぱらからざらざらと降り注ぐかのようだった。
 自分から死ぬことができない身。嫌気がさしそうで、でも死ぬのは怖くて、誰か私のことを糸で操って欲しいと心から願う。糸のない私は立つこともできずべったりと地面に横たわることしかできないの。そんな眠りから覚ましてくれる、私を支える糸が欲しい。一人で立ち上がることも指一本動かすこともできないこの体。不便じゃないというと嘘になる。私は糸で繋がっていたからこそ、私は自由へと憧れを抱けたし一緒にいた主人様のことも好きでいられた。
 雨が私の体の中に染み込んでいき、体内の歯車たちが浸水していくのを鮮明に感じた。

――怖い。
 私はここで意識もなくなり朽ち果ててしまうのだろう。時期に歯車も止まって何も考えることも見ることも感じることもできなくなってしまう。
 脳裏を過るのは主人様のこと。へたくそな糸捌きと綺麗な歌声。細い指で私の長い髪の毛をすいて、私の趣味とは全然合わない真っ赤なドレスや黒いバラを私にプレゼントしてくれた。
 恋、だったかもしれない。
 私は主人様に恋をしていたの? 私はこの思いを告げることなく壊れてしまうの?
 流れるはずがない涙が流れた気がした。あぁ、これは雨だ。私の雨。私の心が流した透明な血液。
 ハッピーバースディ、がらくたになった私。さよなら、主人様が好きだった綺麗なお人形。
 辛くない。そう、私は辛くなんてないのね。
 そう思い込むから。平気よ、今までそうしてきたじゃない。いまさら自由になったのを嫌がったところで私は人形という括りを逸脱してがらくたになっても思考だけがある存在になれたのだもの、いいじゃない。自由がお好きなのでしょう、私。……別に強がってなんていない。強がってなんか、いるわけじゃない。私が言うのだから、強がってなんかいないわ。そう、思うから。
 雨が強いせいで、私の心のピンと張った膜がぶよぶよとふやけていくのを感じた。強がっていないと思っている。思い込んでいる。思い込もうと懸命にあがいている。いまさら好きだったなん気が付いても、もう遅い。現在進行形の幸せを感じることもできず私の深部にあるゼンマイは刻々と終わりに向かって進んでいる。過去形の幸せを抱きしめながら私は流れない涙を雨がかわりに流してくれている。その冷たい透明の滴が私のグラスアイを清掃させていた。おかげでそろそろ止みそうな空が、鮮やかな青色が私の目に映る。
 がらくた。そう、私はがらくたなのね。
 でも、私が私であって私の過去は幸せなものだったと認識できたがらくたは私以外に居ないはずよ。
 雨が止んだ。目に突き刺さる青色と軽い白い雲。重い鉛の空なんて嘘みたい。嘘、みたい。嘘みたいな風景が私のグラスアイに空と傘をさした一人の男性を映す。
 あれ? 主人様? 似ている気がする。もしも主人なら私はあなたに言わなければならないことがある。言わなければ私は現在進行形の幸せを手に入れられない気がする。言わなければ私は心置きなく朽ち果ててしまうことはできないだろう。私は今、この胸に秘めた思いを伝えなくてはいけない。そうしなければいけない。もう私の心に覆う、思い込むという膜は雨で溶けきってしまった。だから、今、私は言わなくてはいけない。
 男性は傘を手放し私を両手で抱きかかえる。優しい笑顔。あぁ、愛しいと初めて感じた主人様。恋しかったよ、主人様。
 
 私は主人様のことが――

後書き



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この小説について

タイトル 主人様
初版 2013年4月1日
改訂 2013年4月1日
小説ID 4480
閲覧数 1276
合計★ 4
如月キルの写真
駆け出し
作家名 ★如月キル
作家ID 807
投稿数 1
★の数 4
活動度 106

コメント (1)

★丘 圭介 2013年4月4日 0時28分29秒
はじめまして、丘と申します。
すみません、少し時間がないので手短に。

思い付きで書かれたとのことですが、とてもよくまとまっているなぁと思いました。比喩表現の使い方がとてもうまくできていて、僕も見習いたいと思います。

もう少し丁寧に感想を述べたいところですが申し訳ありません。

後で暇があったら細かい部分の感想を書きたいと思います。
では。
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