若葉の行方 - 初恋 〜沙代子編〜

小春日和の、暖かい日だった。縁側に座って話をしている沙代子の姉たち。
「え?そうなの?」
「うん。」
互いに何かを耳打ちしては、くすくすと楽しそうに笑っている。
「珠代ねえね、春江ねえね、何の話をしているの?」
沙代子は姉たちの会話に混ぜて貰おうと、近づいていった。
「紗代ちゃんにはまだ早いわ。」
唄うように珠代が云う。
「沙代ちゃんはまだ寝んねちゃんだもの。」
春江も。
「紗代は寝んねちゃんなんかじゃないもん。教えてよ。」
珠代と春江は顔を見合わせる。
「恋の話よ。」
珠代がそう云うと、二人は笑いながら何処かへ行ってしまった。四歳の沙代子は、十歳と十二歳の姉に時々こうして仲間外れにされていた。

 沙代子がまだ二歳だった頃、両親は沙代子を連れて出かけた道中で事故に遭い、父は即死。沙代子を庇った母も病院で息を引き取り、沙代子自身も左足に後遺症の残る怪我を負った。四姉妹には皆それぞれ親戚の家へ養子へ入る話もあったが、姉妹が離散するのは避けたいと、沙代子とは十五離れた長女が母親代わりとなって三人の妹たちを育てた。沙代子の両親と幼馴染だった正臣の父は、困った時はいつでも頼るように、と、この姉妹たちを常日頃気にかけていた。

 部屋に一人取り残された沙代子は、仕方なく折り紙で遊んだ。暫くすると、誰かの廊下を歩く足音が近づいてきた。顔を覗かせたのは正臣だった。
「なんだ、沙代、また仲間外れにされたのか。」
「あ、正(まさ)にいに。」
沙代子は嬉しそうに顔を輝かせた。沙代子は、時折遊びに来る正臣に、とても懐いていた。この時正臣は七歳だった。
「仕方ないから一緒に遊んでやるよ。」
正臣は沙代子の向かいに座り、くしゃくしゃっと彼女の頭を撫でた。
「折り紙か。何か作ってやろうか?」
「うん。鶴がいい。」
解ったと云うと、正臣は器用に折り紙を折り始めた。あっという間に鶴が出来上がる。喜んだ沙代子は紙風船や飛行機など、次々にせがんだ。折り紙を折る時の、正臣の手を見るのが好きだった。
「ねえ、正にいに。」
吹き独楽(こま)を作る正臣の手元を見ながら、沙代子は声を掛けた。
「なんだ?」
真剣な表情の正臣も、折り紙から視線を外さないまま尋ねる。
「恋って何?」
先ほどの、姉たちの会話を思い出したのだ。正臣は手を止め沙代子を見つめる。顔が少し赤く見えたのは、部屋に差し込む夕日のせいだけではなかった。
「し、知るかそんなもんっ。」
再び折り紙を折り始める。吹き独楽が出来上がった。その時、正臣の母が廊下を歩いてき。薄水色に桜の花の模様が描かれた着物を着ていた。静かに部屋の前に立つ。
「正臣さん、そろそろ帰りますよ。」
「はい。」
「正にいに、帰っちゃやだっ。」
沙代子は立ち上がろうとする正臣の腕を咄嗟に掴んだ。正臣の母は沙代子の隣にしゃがむ。
「沙代ちゃんは、正臣が好きなの?」
正臣は何か云いたげに口を開くが、言葉が出ない。
「うんっ。大好き。」
満面の笑みを浮かべる沙代子。
「そう。じゃあ、大きくなったら正臣のお嫁さんになってやって頂戴ね。」
「うんっ。」
呆気にとられる正臣を余所に、母は嬉しそうに微笑んだ。そしてそっと沙代子に耳打ちする。
「正臣ったらね、家では折り紙を教えてくれってせがんでうるさいのよ。きっと、沙代ちゃんを喜ばせたいのね。」

 幼い二人の恋を、正臣の母は微笑ましい気持ちで見守っていた。




 それから二年の年月が流れた。正臣の母が病に倒れ、そのおよそ一年後に亡くなった。医者である父の手にも負えぬほど、それは進行していた。結核であった。
 葬式で久方振りに見る正臣は、沙代子が記憶していた彼より少し大人びていた。その雰囲気に話し掛ける事が躊躇われたが、夕方、離れの母屋へ行く彼を見つけ、追いかけた。彼は入ってすぐの部屋に膝を抱えて座り、泣いていた。声を立てぬよう、唇を噛み締めながら。沙代子は正臣のほうを向いて隣に中腰で座り、正臣の頭をその腕にそっと包みこんだ。
「あのね、泣きたいときは泣いていいんだよ。」
優しく頭を撫でてやると、正臣は堰を切ったように嗚咽し始めた。

 控えめながら凛として、静かに微笑む正臣の母に、実の母親の記憶が殆ど残っていない沙代子は憧れを抱いていた。そしてそんな母を失くした正臣に対して支えになりたいと思いながらも、どうしたらいいかわからぬ自分にもどかしさを感じていた。





 それから暫く正臣が沙代子の家を訪ねる事はなく、再び会ったのは届けものがあって小野崎家を訪れた時であった。十八になった正臣は高校へ進学し、勉学に励んでいた。
 老舗のお茶問屋を営む親戚から贈られた新茶を、お裾分けにと届けに来た沙代子を出迎えたのは、八年の月日を経てすっかり青年らしくなった正臣だった。
「正・・・臣さん?」
子供の頃のように、「正にいに」と呼ぶ事は流石に躊躇われた。
「・・・沙代子さんか。随分見違えたな。」
それは正臣も同じだった。おかっぱ頭だった髪も長く伸び、あの頃より大人びた沙代子を呼び捨てるには抵抗があった。
 互いに、それぞれの日々を過ごしてきた。正臣は父との溝に葛藤し、沙代子の家では二番目の姉が先ず嫁ぎ、続いて三番目の姉も嫁いだ。一番上の姉も、沙代子を案じながらも沙代子の説得で嫁いでいった。

 幼い頃はまるで兄弟のようによく一緒に遊んでいた二人だったが、久しぶりに再会した正臣は背も伸び、声も沙代子の記憶に残っているそれより低くなっていた。そしてそれ以上に、正臣の表情の変化の乏しさを感じずにはいられなかった。正臣はこれほどまでに笑顔を見せぬ人物だったろうか。いや、そうではなかった。疎遠になって過ごした日々が、互いを遠い存在に感じさせていた。

この小説について

タイトル 初恋 〜沙代子編〜
初版 2013年6月23日
改訂 2013年8月4日
小説ID 4512
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作家名 ★佐伯 諒
作家ID 824
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