若葉の行方 - 届けられた手紙〜石渡編〜

  あれから一か月ほど過ぎたろうか。冬に近づき、肌寒さを覚える季節になった。あの夏の蝉の声を、遠い昔のように思い出す。
 僕は自室に籠り、白い封筒を見つめた。つい先ほど届いた、彼の父からの手紙。封を開けると、中から出てきたのは一枚の便箋と折りたたまれたもう一通の封筒。

「前略 石渡殿。

 先日はいろいろと有難う。息子は本当に良い友を持ったと、
 親として嬉しく思ふとともに、厚く御礼申し上げます。

 息子から「唯一無二の親友に」と、君に宛てて書かれた手
 紙があったので、同封致します。

 それでは君も、お元気で。
                         草々

十一月二日

                      小野崎敬蔵」

 

 
 唯一無二の親友に。

 

 胸が痛んだ。そう呼んでもらう資格が、僕にはない。少なくとも、自分自身ではそう思っている。彼の父に感謝されることさえ、罪悪感に苦しくなる。
 小野崎からの手紙には、何が書かれているのだろう。僕は静かに手紙を置くと、もう一通の手紙の封筒を開けた。そこには、原稿用紙に見慣れた小野崎の滑らかな、けれど何処か弱々しい文字が並んでいた。


「石渡。色々世話になった。有難う。
                            小野崎正臣」


たった一行だけ、そう書かれていた。僕は無性に叫びたい気分になった。



 僕は手紙を両手で握りしめて震えた。涙で文字が淡く滲んだ。様々な感情が嵐のように心の中を吹き荒れる。
哀しみ。
後悔。
罪悪感。
自責。
虚無感。
「・・・ぅうう・・・く・・・うう・・・あぁ・・・・・・・・・・・・・・・・
うわああああああああああああぁぁぁぁぁぁっ!!!ぁぁあああああああああああああああああっ!!!」
僕は半狂乱になって叫んだ。その声を聞きつけて、兄が部屋に飛び込んできた。
「浩司、どうしたんだっ。」
頭を壁に叩きつける僕を、渾身の力で抑えようとする。けれども僕はそれに抵抗し兄を振り払った。
「放してっ。僕はっ・・・僕は・・・・」
「いいから落ち着けっ。」
兄は僕の両肩を掴むと、力任せに床に投げつけた。尻もちをついた格好で僕は兄を見つめた。息を切らせながら、兄も僕を見つめていた。
「一体どうしたっていうんだ。」
「・・・ぼくは、所詮何をしたって偽善者でしかないんだ!」
部屋を飛び出し、靴も履かずに外へ飛び出す。どこか目的があったわけじゃない。ただ必死に走って走って、走り続けた。気がつくと、僕は高校時代によく小野崎と寄り道した河川敷に来ていた。息切れとともに気持ちが落ち着いてくると、今さらのように足が痛む。裸足で走った足は茶色く汚れ、所々に傷ができていた。部屋で壁に打ち付けていた頭もズキズキする。火照った体に冷たい空気が心地良い。。倒れこむように腰をおろし、ぼんやりと空を見つめた。薄い墨を滲ませたような雲が、穏やかに流れゆく川面が、夕日に照らされ赤く燃えていた。

 何故、こんなことになってしまったのだろう。

 高校時代の僕は、小野崎を心から信頼し、彼との友情を何よりも尊いものとして心に抱いてきた。あの頃に時を戻せるなら、僕は何を惜しむことがあろうか。

 小石をひとつ拾った。歪(いびつ)な楕円形の、薄鈍色(うすにびいろ)をした石。それを、川面に向かって投げた。石は緩やかな波紋を生み、川底へとその身を沈める。

『・・・いつも本を読んでいるな。そんなに面白いのか?』


また、ひとつ、小石を拾って川面に投げる。
『自分の進みたいように進めばいいじゃないか。』

『これか。・・・下宿してる家の人に貰ったんだ。』

『それはお前が持っているといい。』

 小石を川に投げ込むたびに、小野崎の言葉が胸に浮かんでは消えていく。

『見苦しい姿をさらすのはまっぴらごめんだ。だから、石渡、お前ともこれきりだ。』

『ああ。・・・好いていた。』

 次第に日は落ちてゆき、夕闇が背後から忍び寄ってくる。木々や電信柱、立ち並ぶ家々が、その夕闇よりも濃い闇で浮かび上がる。それでも僕は、いつまでも石を投げ続けた。何度も何度も、投げ続けた。僕を探しまわっていた母や兄はのちに、その様子を「まるで気が触れたようだった。」と云っていた。

後書き

 

この小説について

タイトル 届けられた手紙〜石渡編〜
初版 2013年7月3日
改訂 2013年8月4日
小説ID 4518
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作家名 ★佐伯 諒
作家ID 824
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