悪人

 生まれてすぐ人は息をはじめるし、その瞬間からこの世で生きる何かを探しはじめる。目の前にあるすべての事が新鮮で、キラキラとした輝いた目で物事を眺めては、笑い、驚き、ひとつひとつの事に感動する。そんな風に生きて、年を重ね、いつの間にか目の前に起こるすべての事は当たり前になり、だんだんと世界の流れが見えてくるようになると人に悪意があることや、無関心さや、どうしようもない苛立ちがあることさえ見えてくるようになる。次第に輝いていた目は陰鬱になり、反抗的な疑いの目線で周囲を見渡すようになってしまう。ここに登場する三人の主人公でさえ、幼少期は仲良く暮らしていたのだった。
 彼らは部活帰りだった。
「あいつウザいよな」暗い夜道で圭介がつぶやく。
「あいつって誰よ」来人はスマホをポケットから取り出しながら面倒臭そうに返した。
「祐一のこと」
「あぁ〜」おもむろに夜空を眺めると夜8時過ぎにもかかわらず星は数えるほどしかなかった。
「あいつクソだよ。使えねぇし空気読めねぇし、あいつパス下手だろ?この前練習につきあって教えてやろうとしたら「いいよ、自分でやる」とか言ってさ聞かねぇんだよ。」
「わかるわ。あいつ下手な癖に自尊心高いよ」
「だろ? お前のせいでこの前の試合負けたっていうのに、上手くなりもしねぇで足引っ張ってるのわかってねぇんだよアイツ。いっそ部活辞めろっての」
「最近あいつハブられ気味だしな。クラスでも一人飯してるらしいよ」
「マジかよ」
横断歩道の信号が目の前で赤に変わる。ため息をつきながら圭介は続ける。
「オレ前から思ってたんだけどイジメはダメっていうけどさぁ、あれイジメられる方が悪いと思うんだよね。どんなに優しく諭そうとしたってイジメられる奴っていうのはやっぱりそんだけのクソな性格してんだよ。あいつはもう無理だわ。前は親友って思ってたけどもう付き合ってらんねぇ」
来人は友人からのメールを見ながら彼の不満を流すように聞く。心当たりがあることは多かったが、それでもイジメを肯定する気にはなれなかった。しかし同時に圭介の苛立ちはよくわかっていたし、祐一に改心して欲しいとも思っていた。
 性格が変わってしまうのだとしたら何か原因があって、それを解決しさえすれば元通りになるのだと来人は信じていた。だから数ヶ月前、祐一の人付き合いが悪くなりはじめた頃に何度も相談に乗ろうとしたことがあったし、自分のできることは最大限やろうと思っていた。しかし圭介は何も語ってくれなかったし、彼の妹に聞いても「わからない」としか返事はもらえなかった。親が離婚したり、喧嘩したり、不和があったりするわけでもなく、祐一は突然そうなっていたという事だった。
 原因がわからないことに来人はもどかしかった。ありったけの善意を注いでもそれが実らずに終わってしまうことが苦で仕方なかった。以前は三人で中学でも仲良く学校に通っていたのに、2年に上がってからすぐ祐一は別人のようになってしまったのだった。
「もうあいつのために気ぃ使いたくねぇよ」
圭介は悲嘆に暮れた声でつぶやいた。彼も彼で祐一のことを気使っていたのだとはじめて知った。
「あぁ、無理する必要はないと思うよ。俺にだって今のあいつのことはわからない」
駅の改札口は人で混雑していた。こんなに人がいるのにも関わらず自分には誰一人その心を理解できる人はいないのだと、今はじめて知った気がした。

 次の日から些細ないじめははじまった。最初ふたりはそれをいじめだとは思っていなかったが、振り返ってみればそれがいじめの始まりだということに気がついた程度だった。昨夜の会話を思い出すと祐一と接するのが嫌だと思っていたし、もう気を使うことさえ嫌になっていた。無視のつもりではなかったが、LINEもメールも返信するのが億劫だったし開くことにさえ嫌悪感を覚えた。二人はなるべく祐一と顔を合わせないようにした。それは彼と話すことになるのが面倒なのと、良心の呵責と向き合うのが嫌だからだった。いじめをはじめたという事実は無意識に作られ、それからはだんだんとエスカレートしていった。次第に人前で罵倒することも多くなり、それを少しも悪いことだとは思わなかった。それはただ単に直すべき欠点の指摘でしかなかった。彼がその性格上の欠点を直そうとしないのなら、それは明らかに祐一の怠慢にしか思えなかった。もう消えてしまえばいいとさえ思った。

 数年後、彼の葬式に出席した二人は後悔することになる。彼の頭に発見された大きな腫瘍は遡れば高校時代から肥大しはじめたものという診断だった。葬儀中ふたりは無意識に涙を流した。結局、圭介も来人も、祐一でさえ誰も悪い人間はいなかったのにも関わらず、悲しいことに皆が皆悪人になってしまったのだった。

この小説について

タイトル 悪人
初版 2013年7月18日
改訂 2013年7月18日
小説ID 4534
閲覧数 568
合計★ 0
堀田 実の写真
ぬし
作家名 ★堀田 実
作家ID 778
投稿数 46
★の数 78
活動度 5764

コメント (0)

名前 全角10文字以内
コメント 全角3000文字以内 書式タグは利用できません
[必須]

※このボタンを押すと確認画面へ進みます。