心の乱れとは - 心の乱れとは〜第19乱〜


今日も平和だった。
どのくらい平和だったかというと、スナイパーが間違って玄米と砂糖を弾倉に込めて発砲したらお菓子の”ばくだん”ができて「これが本当の誤爆だ」と、銃なのに誤爆は明らかにおかしいだろうと思われる発言をしながら近所の子供に配って人気を得て町長就任してしまうくらい平和だった。
今日もよく熱したボウリングの球のように家路につく。
早速留守番電話をチェックすると、
──1件。
再生ボタンを押してみる。
『鍋が深いほど遠い国に行けるんだね』
やはり彼女からだった。

──鍋が深いほど遠い国に行ける?

よくわからないが、その距離の目安はどのくらいなのだろう。
深さ10cmで韓国ぐらいと仮定すると50cmでエジプトあたりか。とすると、深さ100kmあれば月ぐらいは行ける。これはすごい。
だがしかし冷静に考えてみると一つの問題が浮き彫りになる。
そんなラージサイズの鍋はもはや鍋と呼べるだろうか、ということだ。
答えは、否、である。
あまりに大きすぎて鍋としての本来の機能が果たせない以上、それは鍋失格である為、事実上、月に行く事は不可能ということだろう。
どうやらどこまで鍋と呼べるかが限界移動可能距離の決め手のようだが、この境界線は僕がとやかく言っても仕方ない。世論に任せることにしよう。

──?

そもそも鍋でどうやって移動するんだ?!
彼女の巧みな話術で危うく叙述トリックのごとく見落としてしまうところだった。
鍋で移動する方法。深い鍋を持っているほど遠国への飛行機に乗れるということだろうか。いや、それなら単にお金を払えばいい話であって、鍋の必要がない。鍋の深さ以前に鍋を持つインセンティブが持てない。
とすると、鍋自体がある2地点間を短縮して結ぶある種の超科学的現象を起こす役割を果たしていると考えるのが自然だ。
例えば、普段何気なく見る鍋底。見た目には鍋のふちから数cm離れているだけのそこは、既にニューヨークなのかもしれない。あるいは南極。ジャマイカ。アルタ前。
その遠さは深さに比例する。
世界は狭くなったとよくいわれるが全くその通りだなと思えてくる。
──ということは、鍋の底をくりぬけば遠国が見えるのかもしれない。
だが底をくりぬくと普通の煮炊きが出来ず、新しい鍋を買うはめになってしまって家計を圧迫する恐れがある。また、上記にある”鍋失格”の項目に該当する可能性が高いため、くりぬいた時点で時空が閉じてしまうかもしれない。
残念だがくりぬくことは諦めざるを得ないだろう。鍋底をみて遠国気分を満喫するだけで我慢だ。


ともかく今日も平和だった。
きっと明日も平和だろう。



後書き

海老を使った後書きは禁止なのですが、海老が欠かせない後書きなので書けません。

この小説について

タイトル 心の乱れとは〜第19乱〜
初版 2002年10月26日
改訂 2002年10月26日
小説ID 454
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