Zodiac Murder

三枝りりお
 寒さの残る5月の始め、何の変哲も無いこの高校で、一人の女子生徒が死んだ。一週間前の事だった。女子生徒は二組の山里由梨江というらしい。死因は首を絞められた事によるチッソク死。でも、それよりもっと校内をざわめかせたのは、彼女の内蔵がそっくりなくなっていたという事だろう。それも、肺と心臓と腎臓だけを残して。おかげで一週間休校になったけど、未だに犯人は見つかってないらしい。今日は久し振りに学校に来たと思ったら、校長先生の長い話をさんざん聞かされただけで、特に何の変哲もなく、ちょっと拍子抜けした気分だ。校内の雰囲気もいつもと同じで、この中の誰かが死んだなんてまるでウソみたいだった。そんな風に思っているうちに最後の授業も終わって、帰る支度をしていると、いつものように宇都宮達が寄って来た。
「柿本(かきのもと)、一緒に帰ろうぜ。」
「え、今日はちょっと用事があって…。また今度ね。」
「んだよ。俺達の言う事が聞けないのかよ。」
「そんな事言ったって…。」
「いーから帰るぞ!ほら、これ持てよ。」
 そう言うと宇都宮の子分の田口がボクの机の上に自分の鞄を無造作に置いた。他の奴らもそれに習う。ボクがそれについて何か言おうとする前に彼らはさっさと教室から出て行ってしまった。周りから嘲笑が聞こえる。これもいつもの事だ。ボクは周りの声を無視して宇都宮達の鞄と自分の鞄を抱えて昇降口に向かった。昇降口まで行くと、宇都宮達が待っていた。
「おせーぞ柿本。」
「だ、だって五人分の鞄持ってるんだから…うまく歩けなくって…。」
「ぐだぐだ言ってんじゃねーよ。行くぞ。」
 宇都宮はこのグループのリーダーだ。運動も出来るし頭も良い。おまけに家もお金持ちらしい。だから田口達みたいな腰巾着もついてくる。きっと奴らは宇都宮という中心がないとボクみたいなチビでおどおどした奴も苛められないんじゃないかな。ともかく、ボクは入学早々彼らに目を付けられてしまったのだ。
「おい、何ぼさっとしてんだよ。さっさとこい。」
「あ、ご、ごめん!」
 ボクは小走りに彼らの後をついて行った。本当は今日は友達の明子ちゃんのうちで宿題を教えてもらう約束だから早く行きたいのに、宇都宮達の所為で遠回りしなきゃいけなくなってしまった。仕方なく全員の家の前まで持って行き、それからすぐに明子ちゃんの家へ急いだ。ようやく河井の表札の前までたどり着くと、玄関で明子ちゃんが腕組みをして立っていた。
「遅いぞ裕太(ゆうた)。何やってたのさ。」
「だって…また宇都宮達の鞄持ちやらされちゃったんだもん。仕方ないじゃん。」
「いいわけはいいからさっさと入んな。」
 明子ちゃんはそう言うとさっさと入って行ってしまった。彼女はボクの幼なじみ。上に男の兄弟が二人もいる所為で口は悪いけどこんなボクといてくれる心の広い人だ。まあ、都合のいいパシリって感じにしか思ってないだろうけど。
「あ、裕くん、遅かったね〜。」
 ちゃぶ台の前にちょこん座って微笑みかけたのは沢田華代ちゃん。明子ちゃんと仲良しで、ボクにも結構優しい。おっとりして見えるがこれでも陸上部で体育はいつも5だ。
「ごめんね、また宇都宮達に絡まれて……。」
「大丈夫だよ。あたしも今来たところだから。」
「よかった…。あれ?それ何の本?」
 その答えは台所からお茶を持って来た明子ちゃんが答えてくれた。
「占星術の本だよ。」
「占星術?」
「うん。ほら、おうし座とかやぎ座とか、よくテレビでやってるでしょ?お姉ちゃんのなんだけど面白いから持って来ちゃったの。」
「へぇー。……ねえ、この身体の部位って何?」
 ボクは星座名のとなりの項目を指して聞いた。
「それは象徴みたいなものよ。おうし座は頭、しし座は心臓の象徴ってこと。」
「そうなんだ…。」
「それよりさぁ裕太 なんかスナック買ってこいよ。」
「え、あ、うん。」
「ポテチ買って来てねー。」
「うん。わかった。」
「早くしろよ。来週提出の化学のプリント華代に教えてもらうんだろ。」
「ああ!そっか!!」
 なんとなく“身体の部位”というのに引っかかった気がしたが、それよりも来週提出の宿題のことで頭がいっぱいになってしまったボクはすぐに忘れてしまった。

 あっという間にあの事件から一週間が経った。山里由梨江に関係ない生徒達は早々と事件について関心を示さなくなった頃のことだった。また死体が見つかったのだ。今度は二年の男子。五組の戸田悠磨(ゆうま)という。やはり絞殺で、今度は腎臓だけを抜き取られていた。
「またかよ…一体どうなってんだこの学校。」
「二人とも何の接点もないけど…一体なんなんだろうね。」
 華代ちゃんの言った通りだった。二人に共通点は一切なく、ただ同じ学校の生徒というだけ。ボクはふとこの間の占星術の本を思い出した。そのことを明子ちゃん達に尋ねようとしたとき、見事なタイミングで着席のベルが鳴った。
「あ、じゃーな裕太!」
「う、うん。」
 仕方なく教室に戻り、席に着くと、ちょうど担任の熊川が入って来た。日直が号令をかけ終わると、熊川はその糸のように細い目でボク達を見つめながら話し始めた。彼の話は長い割に無駄が多く内容が少ない。結局得たことは登下校は誰かと帰ることと興味本位で事件に首を突っ込むなってことだけだ。ホームルームが終わると、また教室は騒がしくなり、またいつも通りの一日が始まったようだった。
「よう柿本 おっはよー。」
「…あ、田口…おはよう。」
「ったく相変わらず会話のテンポ遅いんだよお前は。それよりさぁ、さっきの熊川の話聞いた?」
「う、うん…聞いたけど。」
「それでさ、お前友達いねーだろ?だからこれから俺らが毎日一緒に帰ってやるよ。」
「え…い、いい、ボク、明子ちゃん達が──」
「河井と沢田か。アイツらにもどうせパシられてるだけだろ?」
「でも…。」
「いいのか?断っちゃって。俺は別にいいけどよぉ、宇都宮はなんていうかなぁ?」
「……。」
「じゃ、帰りにな!逃げんなよー。」
「あっ……うん…。」
 ………また言えなかった。
 ボクの返事を聞く前に田口は宇都宮達の所へ行った。宇都宮達はボクを見てくすくす笑ってる。ボクは無視して授業の用意を始めた。

 キーンコーンカーン…

「きりーつ!令!」
「「ありがとうございました。」」
 なんだか今日はぼうっとしている間に終わってしまった。授業の内容もよく覚えていない。朝からずっと戸田悠磨君のことが頭から離れない。いつまでたっても用意をする気配のないボクにじれたのか、田口達がよって来た。
「おい柿本!何やってんだ早く用意しろよ!」
「…え、あ、ごめ──」
「いーからさっさとこれ持てよ!」
 そういってまたボクの机の上に無造作に鞄を積み上げる。
「じゃあな。俺達先昇降口行ってるから。」
「うん…。」
 ボクはいそいそと用意をし、みんなの鞄を持って昇降口に行った。
「はぁ、はぁ…。ごめん、用意に手間取っちゃって。」
「わかったからさっさと来い。とろいんだよ。」
「…うん、ごめん。」
 一緒に帰ると言っても、いつものようにみんなの家を回るだけ。最後の家を回ろうとした時、ボクは大切な事を思い出した。
「っあ!化学のプリント出してなかった!」
 辺りを見回せば、既に日は落ち、辺りに人影はない。一瞬熊川の言葉が頭をよぎったが、ボクは化学は苦手なので、今日中にこのプリントを出さないと結構困る。ボクは意を決し、学校へ向かった。
「……着いた…。」
 七時だが、まだ先生はいるはず。暗い廊下をそろそろと職員室に向かう途中、不意に後ろから足音が聞こえて来た。最初は気のせいだと思っていたが、どんどん近づいてくる。意を決して振り返ってみると、すぐ後ろに真っ黒い人影が立っていた。
「う、わぁあ!!?」
 ボクは死にものぐるいで走り出した。相手もものすごいスピードで追いかけてくる。ボクはめちゃくちゃに走り回り、気がつくと三階の階段の近くにいた。どうやらあの人影はいないようだが、念のため階段下に隠れておくことにした。
「………。」
 しばらくしても何の音もしない。ボクはほっとし、そっと階段下から出たが…──
「っ!?」
 立ち上がろうとしたボクの目の前には、先ほどの真っ黒い人影。逃げようとしても足が震えて動けない。奴がゆっくりと右手を振り上げた。その手には、妙な短剣──。

殺される──…

「ひっ。」
ドカッ!

 縮こまっていたボクの目の前に奴の持っていた短剣が落ちる。見上げると、影が不意に揺らいだ。そのまま倒れるかと思う所で短剣を拾い逃げて行った。
「……え?」
「おい、大丈夫か?」
 暗くて顔は見えないが、聞き覚えのある声。
「君は…同じクラスの三上…くん?」
「ああ。お前は確か…柿本だよな。」
「うん…でも、どうして三上君が──」
「あーあーあー!何やってんだよ涼!」
 三上君の後ろから懐中電灯を持って走って来たのは同じくクラスメートの結城 馨(かおる)君だ。しかし結城君はボクには目もくれず三上君につかみかかった。
「痛っ!何すんだよ馨!」
「それはこっちの台詞だよ!なんで犯人追わないんだよ!せっかく張り込んでたのに全部台無しだろ!」
「仕方ないだろ!人が襲われてたんだから!」
「はぁ?人?」
「あ…!さ、さっきはありがとう助けてくれて!危うく殺されるとこだったよ。」
「あ?誰アンタ。涼の知り合い?」
「クラスメートの柿本だろ。いい加減クラスメートの顔と名前くらい覚えろよ。」
 話した事は無かったが、予想通り結城君はとても変わった人だ…。クラスでも何となく不思議な雰囲気を醸し出していて、三上君と以外はほとんど会話をしないらしい。本当に何を考えてるのかよくわからない。
「あの、えと…。ところで、張り込みとかなんとか言ってたけど、何の事なの?」
「ああ。それはさぁ、オカルト研究部の部活。犯人捕まえようと思って。」
「………はい?」
「馨がこの殺人事件にはオカルト的な何かがあると思うって言って聞かないんだ。まさか本当に犯人が現れるとは思わなかったんだが。」
 ……この二人(特に結城君)が何を言っているのかわからない。だって、連続殺人犯て、ものすごく危ないはずなのに。さっきだってボク、襲われたし。
「それでさぁ…カキノウチ君だっけ?」
「あ…柿本です。」
「そうそう。でさ、キミあいつの標的になったみたいだし、僕達に協力してくんない?」
「…え……?」
「おい馨!」
「涼は黙ってて。ね、いいだろ?」
「……だ。」
「ん?」
「嫌だよ!そんな遊び半分で危険な事!今日はたまたま運が良かったから何もなかったけど、もしかしたら死んじゃうとこだったのかもしれないんだよ!?…そんなの……もうこりごりだよ!!」
 …とっさに言ってしまった。いつもの自分ならこんな感情に任せて怒鳴ってしまうことなんてないのに。はっとして黙ったが、その場にはいやな沈黙が残ってしまった。
「──…フーン、わかった。じゃあ勝手にするといいよ。」
「え…。」
「でもね、その言葉、そのままそっくり返すよ。」
「……どういう意味?」
「アイツ、確実にまた君を襲いにくるよ。今日はたまたま僕達がいたから何とかなったものの…次はどうなるかな?」
「馨!」
「だって本当の事だろ?彼一人じゃ今頃惨殺死体第三号が出来上がってた所だろうよ。ねぇ?」
「………」
「ま、気が変わったらいつでも言ってよ。協力してくれるなら代わりにボディーガードくらいしてあげるからさ。涼が。」
「俺かよ!」
「だって涼運動神経いいだろ?今日も犯人追っ払ったし。」
「だからって──」
「はいはい。あ、あとさぁカワノモト君。」
「柿本です!…何?」
「君、ちゃんと嫌って言えるんだね。人の言う事ほいほい聞いてるだけかと思ってたよ。」
「…!」
「じゃあまた明日学校で。涼、帰るよ。」
「ああ。…じゃあ、気をつけて帰れよ、柿本。」
 ボクは返事を返すことも出来なかった。というか、動くことも出来ず、ただ二人が帰って行くのを見守っていた。変質者に追いかけられた恐怖や突拍子のない申し出への呆れなどの所為ではない、何か言葉にできない思いが胸の中いっぱいに詰まっている気分で、なんだか叫びたくなった。しばらくして、気持ちが落ち着くと、ボクは家路に着いた。

 翌日、ボクは登校すると、意を決して結城君達の席の前に行った。
「あの…!お、おはよう!」
「……あ、カキツバタ君。」
「柿本だろ。…どうしたんだ?」
「えーと…あの──」
「はいはいはい。どうせもう関わるなとかそういう事言いに来たんでしょ。いーよわかってるから。」
「…???」
「せっかく見つけられそうだな〜って思ったんだのにさぁ〜。あーあーつまんないな!」
「……結城君、どうかしたの?」
「いや、すまん。コイツいじけてるだけだから。で、どうしたんだ?」
「……ボク、やっぱり協力するよ!このままじゃ、すごく怖いし、少なくとも一人でいるよりはましだと思って。それに、気になる事があるんだ。」
「…気になる事?」
「うん。今まで殺された子の事なんだけど、その…えぐり取られた部分、占星術によると乙女座と天秤座の象徴になる体の部分なんだって。」
「……象徴。そういえば確かにそんな話聞いた事あるな…。乙女座が内蔵で天秤座が腎臓…だよね。」
「知ってるの!?」
「言ったでしょ。僕達はオカルト研究部だよ?そこら辺の文献は調べてあるんだよ。」
「俺がな。」
「え、三上君が?」
 三上君はスポーツ万能でクールな、女子に人気なイメージだったから、てっきり運動部に入っていると思っていた。まさか結城君と同じオカルト部だったなんて…。
「ああ。馨に強制的に。」
「本当は嬉しいくせにね。無理矢理何かさせられるのが好きなんでしょ?」
「俺はマゾじゃねーよ!このドSが!」
「まあ涼のプライドの為にもこれ以上は話さないでおいてあげるよ。ところでカキアゲ君。」
「柿本です!どんどん原型からはなれていってるよ…。」
「君蠍座?」
「(無視か…)そうだよ…。」
「ふーん。だから君が狙われたってワケね ちなみに蠍座の象徴はね。」
 結城君がボクに耳打ちした。
「──だよ」
「っえええ!?そこは死んでも嫌です!」
「だよね。という事で今日から登下校は僕達が一緒にしてやるよ。まあ危険なのは放課後とか人の少ない時間帯だろうけどね。」
「あ、ありがとう…。でも、どうしてそこまでしてくれるの?」
「涼、アレ。」
「ったく。…俺はお前の召使いじゃないんだぞ。」
 そういいながらも三上君は机からチラシを出し、ボクに見せてくれた。チラシには『怪奇現象、奇怪な事件にお困りの貴方!ご相談お受け致します!! 北奎宿高等学校オカルト研究部より』と大きく書かれていて、その下に『御用の方は下に名前を書いて部員に渡して下さい。』とある。どうやら契約書もかねているようだ。
「…これは?」
「書いてあるでしょ?奇怪な事件のご相談お受け致しますって。ついでだからその下に署名してくれる?」
「あ、ああ…!でも、なんでこんな事を?」
「…すっごく興味があるんだ。」
「え?」
「怪奇現象や奇怪な事件に!幽霊とか妖怪とかUFOとかUMAとか、科学で説明できない存在に!だって不思議じゃない??テレビやラジオみたいなのがなくて情報伝達が簡単にいかない時代になぜまったく違う地域で同じ様な妖怪や魔物を想像できたのかとか、農場の牛が一夜にして大量に死に、しかも死体がひからびて体液がほとんど失われていたりとか!」
「は、はぁ…。」
「どう考えたって今の科学じゃ説明できないだろ?!同じ様な生き物を考えたってのは少なくともそれに似た形の生物がいたって事だし、牛の大量死はアブタクションと言われ宇宙人の仕業だという話もある!今回の事件はこれらと直接の関係は見受けられないけど何かの儀式のように感じるんだよね。だから犯人を捕まえて何の儀式を行おうとしてたのか問いつめ──んぐっ。」
「はいはいはい!もうその辺にしとけよ。柿本引いてるぞ。」
 すっかり自分の世界に入ってしまい、目をギラギラさせながらにじり寄ってくる結城君を見かねて、三上君が結城君の口を手で押さえてやめさせてくれた。
「…あ。(コホン)悪かったね、ま、興味があったらいつでも言って。いくらでも本貸すから。」
「あ、ありがと…。」
 キーンコーンカーン…
「あ、じゃ、ボク席に戻るね。また後でね。」
「うん。」
 やっぱり結城君てものすごく変わった人だ。三上君はよく結城君と一緒にいられるな。…でもなんでだろう、彼らと一緒にいると、すごくわくわくしてくるのは……。
「──もと……柿本!!」
「え!?な、田口…ど、どうかしたの。」
「どうかしたって…放課後だぞ。ほら、みんなの鞄。」
「あ、ああ…。」
 またぼうっとしてしまった。近頃はこんな事ばっかりだ。…でもそれより、宇都宮君達の事をすっかり忘れていた。せっかく今日から結城君達がボディーガードをしてくれるって言ってたのに。
「あの、ボク、今日から…ゆ、結城君達と…帰る、から。」
「は?結城?お前結城と仲いいのかよ。話してるとこ見た事ねーけど。」
「き、昨日から仲良くなったんだよ…。だから、その……。」
「宇都宮にはなんて言うんだ?」
「う……。」
「『お前らなんかと一緒に帰る程暇じゃありませんバーカ』って言えばいいんじゃない?」
「な、結城!?」
「結城君…。」
「彼は大事な依頼人なんだよ。お前らにかまってる暇ないんだ。さっさと鞄もって帰んな」
 結城君は田口を睨みつけ、きっぱりと言い放ってくれた。その声の冷たさにボクも田口も一瞬たじろいだが、田口も負けじと結城君につかみかかった。
「っ…はあ?い、依頼人てなんだよ。俺らの事に口だすなよ!」
「弱い犬はよく吠えるね。文句があるなら涼に言ってくれるかな?」
「涼って──!?」
 田口が言う前に、長身の三上君が田口を結城君から引きはがし、田口の胸ぐらを掴み上げた。その時の三上君の顔は…結城君の冷たい怖さとは違ったけど、そこら辺の不良なんかも逃げ出したくなっちゃうんじゃないかと思う程怖かった。
「…なんか文句あるのか?」
「な…な、無い!」
「ならさっさと行け。」
「はいいい!!!」
 いつもボクに大口たたいてばかりの田口が、三上君の一睨みで大急ぎで逃げて行った。
「あ、ありがとう…。」
「別に君の為にやった訳じゃないよ。せっっかくの大事なカモを逃がすわけにはいかないからね!」
「(カモ…)でも、ずっとパシリにされてて、すごく嫌だったんだ…。おかげで助かったよ。本当、ありがとう。」
「…だったら嫌だって言えばいいじゃないか。」
「え、でも…ボク、そんな勇気ないから……。」
「なんでさ?この前は言っただろう僕達に。」
「あ、あれは必死だったから──」
「じゃあパシリにされるのはそんなに嫌じゃなかったって事か?君のすごく嫌ってのはそういう意味なの?それとも誰かに助けてもらうまで待ってるつもりだった?」
「それは…!」
「馨、もうやめろ。そこまで言う必要ないだろ。」
「…フン。僕そういう奴見てるとイライラするんだよ。悪いけど涼、今日は二人で帰ってもらえる?」
「お前──」
「別に彼が嫌で帰らない訳じゃないよ。ちょっと資料を部室において来たから先帰っててってだけだから。じゃ。」
「あ、馨──…。はぁ、ったく嫌なの見え見えだってんだよ。」
「……ボクって、そんなに気に触りますか?」
「っえ!?いや…そんな事ない!アレは馨が悪いだけなんだ。アイツ言い方がきついんだ。だから気にせず帰ろう、な?」
「…うん。ありがとう。」
 …三上君は優しい人だな。必死にボクを慰めてくれて。……でも、結城君が言っている事は正論だ。
「……ボク、結城君に言われてよくわかったよ。」
「え、馨の事は気に──」
「そうじゃなくて。ボク、宇都宮君達にパシリにされるのすごく嫌だったよ、けなされるし。でも、逆らうのが怖かったんだ。アイツらに何かされるんじゃないかって思うと怖くて、つい、楽な方に流されてた。でも、それじゃいけないんだよ。結城君に言われた通り、誰かに助けてもらうまで待ってたらいつまでたっても逃れられないんだよね。」
「……。」
 三上君はボクの話を黙って聞いてくれた。ボクは言うとすっきりし、そしてなんだか涙があふれて来た。三上君はボクの背中を優しくたたいて、慰めてくれた。
「…今日は、本当にありがとうね。ボクの話しっかり聞いてくれて。」
 三上君は少し照れた様な仕草をした後、真剣に言ってくれた。
「いや…。でも、そういう事は溜め込まずに誰かに話さないと、いつか爆発するぞ。」
「……うん。ありがとう。こんなにちゃんとボクの話聞いてくれて、心配してくれる人、初めてだよ……。結城君みたいにはっきり指摘してくれる人も。そういえば、三上君と結城君て、どういう関係なの?ただの友達より、なんていうか、強い絆があるっていうか…。」
「……前に、馨にはいろいろ世話になったんだよ。」
「…?」
 三上君はそれだけ言うと、「じゃあまた明日」と言って行ってしまった。気がつくとボク達はもう家の前まで来ていた。

…翌朝、部屋で学校の支度をしていると、下から母さんの呼び声がした。
「裕太ー!お友達が迎えに来たわよ〜。」
「え、お友達って…。」
「おはようカキノボリ君。」
「柿本だろ。おはよう。」
「うわ!結城君、三上君!?」
「裕太のお友達が訪ねて来たのって何年ぶりかしら〜。しかもこんなイケメン二人なんて!」
「いやあ僕も彼にこんな美しいお母さんがいるなんて知りませんでしたよ〜。」
「んもうお世辞も上手なのねぇ〜!ちょっと待ってて、今ケーキ持ってくるから。」
「お母さん朝からケーキだなんてそんな気を使わないでいいですよぉ。帰りにいただきますから!」
「もらう気満々!?」
「貰えるものは貰っておかないとね。」
「(みみみみ、三上君!?ゆゆ、結城君キャラ違い過ぎじゃない??!)」
「(……ああ、馨は大人には八方美人なんだ…)」
 いつも仏頂面で近寄りがたい結城君が家の母親にキラキラの笑顔で話してるのを見るとなんだか薄気味悪い……。ルンルンの母さんに見送られ、角を曲がると、結城君はいつもの調子に戻った。
「(コホン)えー……何か?」
「「いや別に。」」
 結城君はあまりのギャップで彼を凝視していたボク達を一瞥すると、何事もなかったように話し始めた。
「昨日調べたんだけど、なぜカキノモリ君が狙われたか何となくわかったんだ。」
「え!」
「どうやら星座だけでなく誕生日にも関係しているらしい。」
「誕生日?」
「詳細は放課後オカルト部で話すけど、第一の被害者、山里由梨江十五歳は九月六日生まれ。次に殺されたのは二年の戸田悠磨十六歳は十月五日生まれ。二人とも星座のちょうど真ん中あたりに生まれている。戸田悠磨の方は一日ずれてるけど。」
「それがなんなんだよ。」
「それは放課後オカルト部で話すよ。紹介したい人もいるし。」
「紹介したい人?」
「来ればわかるさ。」

 放課後、三上君は掃除なので、ボクは結城君に連れられてオカルト研究部の部室に行った。中は想像よりも簡素で、てっきりドクロや十字架が陳列しているのかと思っていたボクは少しほっとした。
「もちろん本当は飾りたかったけどね。二人が駄目だって。」
「二人?」
「ああ、もうすぐ来るよ。」
 結城君が言った通り、少しすると長髪の綺麗な女の子が入って来た。
「彼女は同じオカルト研究部の木下み──」
「うわぁ!!この人が馨くん達が言ってた柿本裕太くん!?ヘェ〜良く来てくれたねぇ〜!!私木下美弥(みや)!よろしくね〜!」
「あ、はい……よろしく…。」
「ちょっと美弥!彼がひいてるだろ。そんな興奮するなよ。」
「え〜だってこんな寂れた部室に来てくれる人なんてそうそういないんだもん!」
 結城君が目をキラキラさせてボクに抱きついていた木下さんの手を離させてくれた。
「悪かったね…。美弥はいつもああなんだよ。」
「はぁ…。あの…二年生もいないんですか?」
「……裕太くん、ちょっとこっち来て。」
「え?」
 木下さんはボクの手を取り隅の方へよると、口元を結城君から隠すようにしてボクに顔を近づけた。
「先輩達はみんな馨くんが怖くてほとんど来てくれないんだよ。」
「怖い…?まあ確かにかなり変わってて近寄りがたいですけど……。」
「普通の人にはまあそのくらいだけど、馨くんのオカルト好きは半端じゃないからね…。ミステリーサークルについて議論した時なんか先輩泣かせちゃったんだから!」
「おい美弥。変な事教え込むなよ。」
「はいは〜い。それにしても嬉しいな〜!あ、私のことは美弥でいいからね!」
「あ、はい!」
 そのとき扉が開いて三上君が入って来た。
「なんだ、美弥も来てたのか」
「あ…りょ、涼くん…!!う、うん…。」
「(…な、なんか美弥さん突然しおらしくなってません?)」
「(ああ、美弥は涼が好きなんだよ。)」
「あ…ヘェ……。」
 そうだよね……。彼女みたいな綺麗な人に好きな人がいない訳ないか…。
「ね、ねぇ涼くん?この前作ったクッキー食べてくれた?」
「えッッ!?……いや、まだ、というかその…。」
「ああ、この前のクッキーならここにあるよ。食べてあげたら?」
「なっ!?」
「…?(なんで三上君顔が引きつってるんです?)」
「(……一つ食べてみればわかるよ)美弥、ホシガキ君に一つあげるよ。」
 結城君はそういいながら可愛らしくラッピングされたクッキーをボクに差し出した。見た目もこんがりと焼けていてとてもおいしそうだ。ボクはそれを受け取り、一つ口に入れてみると……──。
「ブッ……!?」
 噛んだ瞬間口内に広がったとてつもない味に思わず吐き出しそうになった。砂糖と塩を間違えたとかそんな生易しいものじゃない、とにかく水道で口をすすごうと思った瞬間──
「あ、やっぱり、まずいかな…。」
「(まずいとかそういうレベルじゃないけどね。)」
「(てかわかってるくせに勧めるなよ。)」
「(僕が言わなかったら涼が食べるはめになったろ。ありがたく思えよ。)」
 ……まずい。美弥さんが涙で潤んだ瞳でボクを見つめている………。ここで吐き出すわけにはいかない!
ボグは必死でクッキーを飲み込み、精一杯の笑顔で言った。
「お、おいしいです……!」
 そういうと、美弥さんはとたんにぱっと顔を輝かせ、嬉しそうにその場で飛び跳ねた。
「良かったぁ〜!今回のは結構自信作だったんだ♪ありがとう裕太くん!」
「い、いえ…。」
「あれ?カタツムリ君まだ食べたそうな顔してるね?」(棒読み)
「えぇ!?」
「仕方ないな、俺の分もやるよ。一つ残らず食べてくれ。」(棒読み)
「は!?」
「え?え??本当に!?嬉しいな!本当は涼くんの為にと思ったんだけど、気に入ってくれたのなら全部あげるよ!」
「……ありがとうございます………。」

「…さて、それじゃあ説明するよ。ほら、カタツムリ君聞いてる?」
「だから柿本……もうどうでもいいや。」
 結局全てクッキーを食べさせられて抗議をする気力さえなくなったボクを尻目に、結城くんは解説を初めた。
「おそらく、犯人は何かの危ない宗教信者で、神に生け贄を捧げていると考えられる。まあここまではみんな想像付くと思うけど。」
「うん!問題は狙われた子の共通点だよね?」
「そう。年齢も性別もバラバラ、唯一の共通点はこの北奎宿校の生徒というだけ。でももう一つ共通点があったんだ。」
「もったいぶらずにさっさと言えよ。」
「誕生日だよ。山里由梨江は九月六日生まれ、戸田悠磨は十月五日生まれなんだよ。」
「…それって共通点なんですか?」
「うん。犯人は十二星座に何かしら関係した犯行を行なっているみたいだからちょっと調べてみたら、プログレスに関係してるみたいなんだ。」
「プログレス…ってなんだ?」
「占星術の占い方の一つ。日本語だと進行法とも言うらしい。その中で最も一般的なのが一日一年法と言ったもので、一ヶ月の天体の進行をその人の一年の天体の進行として人の一生を占うんだ。地球が太陽の周りを回るにつれ、太陽は三十度ごとに変化する星座を移動して行く。例えば、涼は九月十五日生まれだろ?プログレス太陽が乙女座を通り過ぎるのは七日後の二十二日。つまり涼は七歳の時から天秤座の影響を受けてることになる。」
「それと二人に共通点があるの?それに裕太くんとも。」
「…山里由梨江は乙女座の真ん中から一日早く生まれている。戸田悠磨は二日早い。つまり今年の誕生日には二人とも次の星座の影響を受けるようになる。カキネグサ君もだ。この学校では君らが一番自分の星座の影響を受けている。影響を受ける星座が変わってしまうと効力が薄くなってしまうんじゃないかな。」
「で、でも、なんでウチの学校なんです?ほかにも世の中には同じ星座の人なんて沢山いるはずなのに…。」
「多分学校の位置だよ。涼、このあたりの地図出して。」
「…これか?」
 結城君は涼君から受け取った地図を広げ、学校を指差しながら言った。
「北奎宿校は市では最も北の方向にある。涼、北にある星と言えば?」
「北…?え、と…──」
「北極星…かな?」
「さすがカキイロガミ君。それに比べてまったく涼は……。」
「悪かったな!だいたいお前はいつもそうやって──」
「北極星は一年中動かない。それに何か意味があるんじゃないかな。」
「無視かよ!」
「さすが馨くんだね!で、犯人は??」
「…………こ、今週中にはカキイロガミ君を襲いに現れるだろう。君以外にもまだ九人分も襲わなくてはならない訳だし。」
「目星付いてねーのかよ。」
「そういえば涼、美弥のクッキーまだ一袋分残ってるよ?」
「…わるかった。」
「犯人は放課後を狙っている。おそらく犯人は学校内で殺したいだろうし、絶対一人になるなよ。」
「……わかった。」

 それから二日間、何事もなく過ごすことが出来た。その日の放課後、図書室で結城君達が来るのを待っていると、明子ちゃんと華代ちゃんが来た。
「あ、明子ちゃん、華代ちゃん…。」
「よぉ、裕太。…久しぶりだね。何やってんの?」
「あの…ゆ、結城君達を待ってて…その。」
「そんなおどおどしないでよ裕くん。」
「だ、だって一週間近く会わなかったし…。む、無視して怒ってるのかと…。」
「…はぁ。」
 明子ちゃんは呆れた顔をした後、ボクの肩の上にポンと手を置いた。
「やっと友達出来たんだろ?だったら別にいいじゃん。」
「そうだよ?私達にずっとくっ付いてなくてもいいんだから。」
「え…。」
「小学校の時からお前はうじうじしていじめられてばっかで、可哀想だと思って守ってやってたけどさ、やっと一緒にいて楽しい友達が出来たんだろ?だったら気にすんなよ。」
「そんな後ろめたそうな顔しないで。」
「明子ちゃん…華代ちゃん…。」
「まあ、まさかあの変人と噂の結城と気が合うとは思わなかったけどな〜。」
「そうだよね〜。三上くんや木下さんは普通だけど。」
 明子ちゃん達は今までのことをまったく気にする様子もなく、本当に今まで通りに接してくれた。どうせボクのことをパシリ程度にしか思っていないだろうと考えていた自分を恥ずかしく思った。
「えーっと、柿本裕太…だよな?」
「え?」
 振り返ると、短髪の少年が立っていた。制服を着崩して、下に赤いTシャツを来ている。おまけに耳にはピアスがいくつかしてある。とっさに不良かと思い体がこわばったが、相手はそれに気づいたのか、あわてて笑顔で取り繕った。
「あ、いや別になんもしねぇよ!ただ涼と結城に頼まれたもんだからさ。」
「え?結城君達に?」
「あ、じゃあ私達はお邪魔みたいだから、ね?」
「そうだな。またな裕太。」
「うん。」
 そういうと明子ちゃん達は図書室を出て行った。短髪のその少年は、すまなそうな顔をしながら言った。
「あ、悪ぃな…。話し中邪魔しちまって。」
「ううん別に…。で、君は…?」
「ああ!俺は江藤義人(あきと)!涼の幼なじみなんだ。今日は涼も結城も遅くなるから俺が代わりってわけ。」
「そうなんだ。あ、もう紹介されてるみたいだけど、ボクは柿本裕太。よろしくね。」
「おう!裕太だな?俺のことは義人でいいからな!んじゃそろそろ遅くなって来たし、帰るか。」
「うん。」
 義人君はとても気さくな人のようだ。こんなボクを優しく気遣ってくれる。三上君とはまた違った優しさを感じる。図書室を出た後も面白い話をいろいろとしてくれた。
「へぇ…。じゃあ山里さんとかの誕生日を調べてくれたのは義人君だったんだ…。」
「そーなんだよ!ったく中学の頃から仲良かったからって涼も酷いぜ。おまけに結城も人使い荒いしさ〜。俺アイツ苦手なんだよね。」
「あぁ…。そういえば、三上君と結城君て本当に仲がいいよね。やっぱり小さい頃から仲が良かったの?」
「ん?いや違うぜ?中三の三学期からだから一年も経ってないな。」
「えっ。そんなもんなの!?」
「まあ時間は関係ないんじゃねーかな。なんだ、そんなにアイツらのこと気になるのかよ?」
「いや…。だって、ボクあんなに仲のいい友達出来たことないし…。さっきの子、明子ちゃんも、仲良くしてくれたのは同情だった訳だし、人間てそういうものなのかなって思ってたから。」
「…ふーん。まあいいけどよ。って…ああっ!」
「なっ何?」
「やべぇ…忘れもんしちまった!ごめん裕太!先行っててくれ!」
「え、でも…。」
「すぐ追い付くからさ!頼むよ!ゼッッタイ持って帰んないといけないんだ!な!」
「わ、わかったよ。すぐ戻って来てね。」
「ああ!悪いな!じゃ!」
 義人君は今来た道を急いで戻って行った。
「…はぁ。」
 ボクは一人夕焼け空を見つめながら歩いた。ほんの一週間前は無機質な色にしか見えなかった赤が、今ではなんだか暖かくて、ちょっと切なく見える。心境の変化というのは本当にすごいものだ。結城君達と出会ってから、ボクの毎日はただの朝と夜の繰り返しだけじゃなくなった。…そう思うと、ボクを次のターゲットに選んでくれた殺人犯にちょっと感謝だな──。
 
 ざり…

「!」
 すぐ後ろでアスファルトを踏む音がした。義人君?違う、殺気を感じる。ついさっきまで誰もいなかったのに。いや、ずっと隠れていたんだろうか?でも、思い違いかもしれない。ボクは意を決して振り向いた。
「あ…。」
 そこには、覆面をしてバットを持った男がいた。あの男だ。ああ、こんな時に本物に出会っちゃうなんて、なんてボクはついていないんだ!もう足が震えて走って逃げられそうにもない。男がバットを振り上げた。

ガッ!!…───。

 頭部への衝撃とともに目の前が真っ暗になり、ボクは意識を手放した。

「う……?」
 気がつくと、頭に鈍痛がした。どうやらまだ生きているようだ。あたりを見渡すと、薄暗いが学校の化学室にいるみたいだ。幸い男もどこかに行っているらしい。今がチャンスだと思い、起き上がろうとしたが、両手両足を縛られていて起き上がれない。口にもガムテープか何かが張られていて大声も出せそうにない。どうにか出来ないかと床を這いずり回っていると、不意にドアが開いた。あの男が戻って来た!男はボクを睨むと舌打ちをした。
「チッ。てめえ何勝手に動いてやがる!」
 男の蹴りがボクの脇腹にヒットした。あまりの痛みに体を丸めると、男は鼻で笑った。
「ふん。そうやって大人しくしてりゃいーんだよてめぇは。儀式の準備が終わるまでせいぜい神に祈るんだな。」
 そういうと男は祭壇の様なものを組み立て始めた。ああ、このまま助けが来なければボクは死ぬのか。まだ十五年と少ししか生きてないのに。せっかく素敵な人達と出会えたのに。母さん達にも全然親孝行できてないのに。そう思うと、ボクは恐怖よりも悲しみや寂しさで涙が出た。山里さんや戸田君もこんな気持ちだったんだろうか。なのにボクは軽い気持ちでこんな奴に感謝したいだなんて、馬鹿だ。
 そうこうしているうちに、儀式の準備が終わったらしい。男は右手に前に襲われた時見た短剣を手にしていた。その短剣はよく見ると細かな装飾が施されたかなり古いもののようだ。男は覆面の下に薄気味の悪い笑みを浮かべなからがこちらに近寄って来た。
「心配すんな。お前は神の贄となるんだ。光栄なことなんだぞ」
「う、うー!んー!!」
 必死に逃げようとするボクの肩を乱暴に掴み、仰向けにすると、口のテープをはがした。そしてボクの上に馬乗りになると、ブツブツと何かを唱えながらボクの首を徐々に締め上げて来た。本当にもう終わりだと思ったその時──。

ガン!

「おい!」
「「!?」」
 不意に男の手が離れた。咳き込みながら見上げると、三上君が男の腕をひねり上げていた。
「柿本、大丈夫か。」
「み、三上君!?一体どこから?」
「くそっ!またお前かっ!」
「涼!」
 次いで結城君や美弥さんが飛び出して来た。……ロッカーから。
「な、なんで皆そんなとこに…。」
「あ、ゆ、裕太君…!ち、違うんだよ!?け、決して馨くんがどんな儀式をするか見たいからってぎりぎりまで放っておいた訳じゃないからね!」
「美弥…。全部自白してる。」
「ぇえ!?あの、だから、違うんだって!だって言うこと聞いたら涼くんのブロマイドくれるって言うから!」
「お前どんな約束結んでるんだ!つかなんで勝手にそんなもん作ってるんだよ!」
「よく売れるんだよ。」
「そういうことじゃねー!」
「そんな事よりコイツの覆面とれよ。ほら。」
 結城君はそういうといやがる男の覆面を無理矢理取った。…すると。
「え、ウソ…。」
「「田口!?」」
「…って誰だっけ」
「はあ!?てめぇ忘れんなよ結城!同じクラスだろうが!」
「……ふーん。まあいいけど。で、この祭壇は何?儀式って一体どんな?詳しく説明してもらおうか。」
「は、な、何言ってんだよお前!この状況わかってんのかぁ!?おめえらもなんとか言ってやってくれ──」
「…いい加減にして!!!」
「「「「!?」」」」
「か、柿本…?」
「冗談じゃないよ!人が殺されそうになったって言うのになんなんだよ!儀式が見たい?馬鹿な事言ってる暇があったらこれをほどいてよ!!」
「「「「………。」」」」
 ……あ。つい、叫んでしまった。自分でもこんなに感情が爆発するとは思わなかった。でも、なんだか吹っ切れてしまった。
「か、カキゴオリ君…?」
「ボクの名前は柿本裕太だよ!そんなに覚えられないならもう裕太でいい!」
「す、すみません…。」
「え、と…裕太…?すまん。今解くから。」
 未だ口をあんぐりと開けている美弥さんと落ち込む結城君、おそるおそるボクの縄を解いてくれる三上君を尻目に、ボクは田口に近づいた。
「…どうしてこんな事したの?」
「はっ。お前に関係ないだろ。パシリの柿本。」
「関係なくないよ。田口は殺される恐ろしさなんて感じた事ないでしょ。ボクはぎりぎりで三上君達に助けてもらったから死ぬ事はなくてすんだけど、山里さんや戸田君は救われる事なく恐怖の中で息絶えていったんだよ。彼らをそんな風にした君には理由を話す義務があるはずだ。」
「…裕太くん。その人はいかがわしい儀式の為に人を殺す様な人だよ。まともじゃないよ…。」
「………んだ。」
「え?」
「いやだったんだ!!学校では宇都宮にこき使われて、逆らえばいじめられる…。成績もどんどん落ちて来てるし、相談できる様な相手もいない!不安と行き場のない怒りでどうにかなりそうだったんだよ!そんな時に教会の人に…。俺は、俺はああああ!」
 田口はそのまま崩れるように座り込むと慟哭した。やがて、その声が初夏の夜に溶けてなくなるまで…。

 またいつも通りの朝がやって来た。朝礼で昨日犯人が逮捕されたという発表があったことには、流石にみんな驚いていたようだけど、他人事で、まるで昨日のテレビ番組の話でもしている様な感じだった。
「裕太!」
「あ、義人君。どうしたの?」
「いや、昨日の事謝ろうと思ってさ…。ほんとごめん。」
 そういうと義人君はすまなそうにお菓子の詰め合わせを差し出した。
「そんな、気を使ってくれなくても大丈夫だよ。もう気にしてないよ。」
「いや…。俺が結城達に頼まれてお前をわざと一人にした所為であんな危ない目に遭わせちまった訳だし。俺の気持ちだと思ってくれよ。」
「う、うん。ありがとう…。」
「おい、大丈夫か?まああんな事があったばっかりだもんな。具合悪いなら保健室までついてくぜ?」
「う、ううん。大丈夫だよ。」
「じゃあなんだよ。…あっ心配すんなよ!こう言っちゃなんだけどこの菓子は美弥の手作りじゃないからさ。」
「いや、そんなつもりじゃないよ。田口君の事をずっと考えてたんだ…。……田口君って、宇都宮達に脅かされていたり、不安な事を打ち明けられる友達がいないなんて、ボクとそんなに変わらない状況にいたんだなと思って……。ボクも、一歩間違っていたらもしかして…って思うとさ。なんか…。」
「裕太とアイツは全然違うと思うぜ。」
「え…?」
「だって、お前は相談できる仲間がいるじゃん。俺とか、な。」
「そうだよ裕太くん!」
「相談くらいなら聞いてやるよ。涼が。」
「また俺かよ!…ま、構わないけどな。」
「みんな…本当に有り難う。」
「お礼を言われる様な事はしてないよ。入部もしてくれた訳だし。」
「うん。そんな──……え?入部って…どういうこと?」
「あれ?言ってなかったの涼?」
「よくも白々しく…。はぁ、まあ今更だからな…これ。」
 鞄から取り出したチラシをボクに渡してくれた。
「…これは、前にボクが書いた依頼の。」
「裏を見てみろ。」
 チラシをひっくり返すと、裏側は真っ黒だった。…その時、ボクは悟った。
「…これって、カーボン紙。」
「ご名答。その裏にくっつけておいた入部届けはもう顧問に提出しちゃったからね。」
「ご、ごめんね裕太君。別に騙すつもりはなかったんだけど…。」
「すまん…。」
「─……ったく。アンタ達はやる事がえげつない事ばっかり。…いい加減うんざりだよ。」
「ゆ、裕太…?」
「今度こういう事やったら本気で怒るよ!馨君!涼君!」
 きっとボクが怒ると思っていたのであろう、一瞬驚いた様な顔をされたが、次に見せてくれた彼らの笑顔はボクの新しい人生の幕開けの合図となったのだ。


ここからが、本当の始まり。

後書き

一応連載物なのですが、一話だけでも十分だと思うので連載物にはしませんでした。
感想を送ってもらえたり、評価してもらえたら嬉しいです!

この小説について

タイトル Zodiac Murder
初版 2014年2月17日
改訂 2014年2月17日
小説ID 4558
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