創作四季 - 春うらら

 開店前の喫茶店というのはどうしてこうも穏やかなのだろうか。
 兄の幼馴染が経営するこの喫茶店でバイトを始めて以来、私はこの時間に入ることが多くなった。
 客がいないなのだから静かなのは当然なんだけど、そういった意味なくてもっと別の何か――生憎、上手く表現することは出来ない――があると私は考える。
 埃を払い、テーブルを磨き、開店準備を進めているとふとカウンターの植木鉢が目に入った。
「ねえ弥生さん、カウンターの花しおれてきてる」
 つい昨日までは綺麗な花を咲かせていたのに、今日見る花はどこか元気がなさそう。まだ花が咲き始めて間もないのに、一体何があったのだろう。
 調理場で仕込みをしていた弥生さんも一緒に植木鉢を覗きこむ。それでもやっぱり原因は分からくて、しおれかけの花を置いておくことは出来ないからと下げることになった。
 私はあの花を気に入っていただけに残念だった。それが表に出ていたのか、弥生さんは少しだけ眉根をひそめて「ちょっとまっててね」と言うと厨房の奥に引っ込んでしまう。
 しばらくして戻ってきた彼女はエプロンの上から薄手のパーカーを羽織って戻ってきた。
「仕込みの方、あとは妹に任せたから。お花貰いに行きましょう」
「もらいに、ですか?」
 買いにではなくもらいにとはどういう意味なのだろう。いや、そのままの意味なのだろうけど、てっきりお店で仕入れていたのだと思っていただけに驚きだ。
 私は促されるままにお店を後にして彼女の後をついて行く。バスの中で聞いた話によれば、知り合いが栽培している花がもらえるらしい。お店に飾れるようなそんな綺麗な花を育てているのだろうから、その道のプロなのかと思えばそうじゃないようで。
 楽しそうに話す弥生さんの話を聞いている内に、どんな人なのかすごく興味が湧いてきた。
 喫茶店を出てから三個目のバス停で降りて、そこから徒歩で五分くらい。少し入り組んだ路地の奥にその人の家はあった。
 開けた庭には数え切れない程色んな花が咲いていて、その隣には畑みたいなものもある。
「伊澄ちゃん、こっちこっち」
 ぼーっとしていると弥生さんに手を引かれて、広い庭を横目に玄関の呼び鈴を押す。
「朝早くにごめんなさいね。この間もらった花しおれてきちゃって。診てもらうついでに何か次の季節に相応しい花をもらおうかと思って」
 玄関の扉を開けて出てきたのは背の高い男の人だった。てっきり女の人が育てていると思っていただけに驚いて、私は慌てて挨拶をしてお兄さんに案内されて家の中に入る。
 まるで外国のお屋敷のような綺麗なリビングを抜けて、あの庭に出る。
「姉さん、弥生ちゃんが来たんだけれども」
 お兄さんが声をかけると、カラフルなレンガ道を車椅子の女の人がこちらに向かってくるのが見えた。
「あら、あなたは……?」
 とても綺麗な女の人だった。ぎこちなく自己紹介をして握手を求めると、女の人は笑って手を握り返してくれた。女の人は美奈子さんというらしい。 
「それでこの間もらったお花、咲いたと思ったらしおれてきちゃったのよ」
「変ね、すぐに散ってしまうような花じゃないのに」
「でしょう? 何か良くないことでも起こるのかしらね」
 二人の話よりも周りの花の方が気になってキョロキョロとしていると、さっきのお兄さんと目が合って手招きをされた。
「姉さんたちの話って退屈じゃない?」
「いえ、そんなことないんですけど、花の方が気になって」
「じゃあきみが気に入った花を見繕おうかな」
「え?」
 私が決めてしまってもいいものかと言えば、お兄さんはどれでも好きなの持っていってもいいからとニコニコ笑う。不安になって美奈子さんにも聞きに行くと、彼女にもぜひそうしたら良いと勧められてしまった。
 それなら……とぱっと見て目を惹かれた花数種類を手に二人に別れを告げる。開店まであまり時間はないのだ、もっとゆっくりしていきたかったけど仕方がない。
 急いで帰った頃には既に常連さんがちらほらと来始めている頃だった。
「おや、伊澄ちゃん居ないと思ったら。遅刻かな?」
「違いますよ、お店に飾るお花を選んでもらっていたんです」
 カウンターと窓際に花瓶を立てて私は仕事に戻る。
 その後も来てくれるお客さんたちが口々に花のことを気にかけてくれて、私はただ選んだだけなのに、と思いながらもなぜだか嬉しくてたまらなかった。

この小説について

タイトル 春うらら
初版 2014年8月16日
改訂 2014年8月16日
小説ID 4569
閲覧数 628
合計★ 4
春明の写真
ゲスト
作家名 ★春明
作家ID 872
投稿数 1
★の数 4
活動度 95

コメント (3)

★SILVER.D 2014年8月23日 15時47分20秒
短くて読みやすかったです。
弓射り 2014年8月24日 18時33分56秒
暗示的ですね。「こう言いたい!」「こういう展開だ!」っていう束縛感がないので、自由に行間が読める作品でした。それぞれのキャラクターに細かなニュアンスの動作をさせているのが、短編なのにすごいなぁと思います。

つづきがないなら、これはこれで。うん。
匿名 コメントのみ 2014年8月27日 0時28分35秒
>弓射り様
ありがとうございます。そう言っていただけるのは嬉しいです!
続きというか、同じ舞台での日常話やそれとは別の続き物は考えているのですがなかなか時間がとれず思う話が書けずで試行錯誤しております…

>SILVER.D様
読みやすいようで良かった!
スラっと読める手頃な文章が書けたらいいなあと思っていたので、そう思っていただけたのは何よりです
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