poem shot - スーパー・ムーン

poem shot スパー・ムーン

どれくらい遠い過去に遡ればいいのだろうか?
そう、俺が初めて自我をもった瞬間。
実際、「いつから」このことに拘(こだわ)るようになったのであろう。
――思い出せない。
もしかしてこれは個人に限定されない、万人共通の疑問なのであろうか? 

目の前は暗くも無ければ明るくも無い部屋。
つんと澄ました壁時計の針が、今午前零時を摺り足で通りすぎたところだ。
耳を澄まさなくても、YouTubeからのジャズ・メロディが勝手に流れている。
ドラムにトランペット、ピアノとウッド・ベース、
それぞれの個性が軽妙に主張しあう、とても軽やかな演奏だ。
おまけに、俺のように行くあての無い人の魂に向けて、
頼んでもいないのにいちいち好い曲を揃えていやがる。
七十年代の相当に懐かしい曲だ。
それらの曲の持つ、褪(あ)せないビューティフルはいったい何なのだ。
俺にとって、このミュージックとの巡りあわせにどれだけの意味があるというのだ。

それをいつもと言ってしまえばそれまでだが、
人々の眠りにつくべき時間に起き上がり、俺は目的もなく考えている。
地球上のこの時間帯に、
いったいどれだけの魂が、同じ考えを共有しているのであろうか? 
それはどこまでいっても解けない暗号だ。
人間が思考力を身につけなくてはいけない道理を、
最初に義務付けた野郎はいったい誰なのだ!

この俺はいったいどこに向かっているのだ。
――それを知るために、この夜の狭間で、
どれくらい独り懺悔をすればいいのだろうか?

ここまでの全てと言っていいくらいに、俺は偽りの海を彷徨(さまよ)った。
正直者の肉片を顔にかぶり、虚栄の笑顔を身につけて。
そう言えばそれらは習わなくても、
たぶん産まれる前からずっと一緒だったと思う。
――この卑屈さは何なのだろう。

うろたえるほどに臆病になる時がある。この脆弱(ぜいじゃく)な魂は俺だけのものなのか?
「この世に俺だけか?」と疑う輩は、果たしてどれぐらいいるのであろうか。
それともいないのであろうか。
誰かに問い掛けるほどに、俺はシャイな勇気など持ち合わせてはいない。
それに、それでよいように思い込んでいる俺が、
先程から隣で赤いベロを出している。

メロディは止まり……静寂と静寂……歯痒くきしむ音。
秋は始まったばかりなのに、
深々(しんしん)と雪でも降りそうな夜だ。

すりガラスの窓を開け放つと、
宇宙(そら)からの冷気が一挙に浸入して俺の小部屋を凍らせる。
佇む俺の肉体はやがて硬直して動きを止める。
だが、俺の内側のマグマは侵されることを知らない。
たとえ相手が、宇宙(そら)の果てまで蝕(しょく)する強靭なデビルであっても、
これからは決して怯まないでいよう。

そして宇宙(うちゅう)と言う横暴な不思議に、唾を飛ばして嘲笑ってやる!
俺は死なない! と。

宇宙(そら)が満天の星屑に満たされているかぎり、
何処かで誰かが呼びかける、この俺に。

きっと孤独だとか独りぼっちだとか言わなくても、
宇宙(そら)は全ての命を孕んでいるに違いない。
大洪水で多くの人々が叫んでいようが、大干ばつで多くの子供が餓死しようが、
知らぬ顔をしてただ抱え込む。
俺はそんな宇宙(おおぞら)が大好きだ。ニヒルで寛大な仏のように振舞う、
俺はそんな宇宙(あなた)が大好きだ。
感極まって殺してしまいたいほどに、宇宙(あなた)が好きだ。

人の世を悟るために、どれくらい遠い過去を目指せばいいのだろうか?
しかし俺は、取留めのない答えなどいらない。

――いつかきっと俺は、『元初(がんしょ)の時間』にまで登りつめて、
生命(いのち)のカラクリを暴いてみせる! ――きっと!

小さな花、オーバー・ザ・レインボウ。クラリネットが歌いはじめた。
天上でスーパー・ムーンが微笑んでいる、中秋の名月。


後書き

PS.

このところすっきりしない曇り空が続いていたのですが、
今夜はそれを許されるほどに雲のない京都の夜空です。

なんでも中秋の名月と、月の地球への大接近がかさなる珍しい「スーパー・ムーン」が、天上に神々しく輝いています。

なんといっても「月」の存在は不思議です。
別に「月」が存在しなくてもよさそうなものを、りちぎにひたすら輝き続けています。
たまには有難うと言ってみましょう。
H26/9/9

この小説について

タイトル スーパー・ムーン
初版 2014年9月9日
改訂 2014年9月9日
小説ID 4576
閲覧数 702
合計★ 3
そら てんごの写真
ぬし
作家名 ★そら てんご
作家ID 675
投稿数 30
★の数 106
活動度 7730

コメント (4)

弓射り コメントのみ 2014年9月14日 16時57分05秒
主義、思想、内容についてある程度共感できますけど、表現が稚拙すぎるような・・・

別に高尚なものにする必要ないですが、バカが書いてると思われると内容入ってこなくなりますよ?何を言うかじゃなくて、誰が言うかが重要、ってよく言いますし。
そら てんご コメントのみ 2014年9月20日 12時00分06秒
弓射りさん

考えさせられる分析、いつもありがとう。

碧い月夜に凍りつく 私の中の赤い花――なんてどこかにありそうな詩は、今のところ書けない私です。
強すぎるメッセージが鼻に付く、とも自身がよく解っています。
もう少し時間を下さい。
本当はただの、センチな男の子です。
★zooey 2014年12月31日 9時47分15秒
読ませていただきました。

孤や個、共感、普遍、そういったものの狭間で揺れ動く心情が
よく表現された作品だなと思いました。
それが宇宙の包容力にふれることで、
ぱっと弾ける感じ、ある種の覚りを手に入れる感じが、よかったし、
構成として綺麗だなと思いました。

ただ、その覚りの部分には、ややカタルシスが足りないような気もします。
おそらくは、宇宙というすべてを包み込む存在が、
読み手には視覚的にイメージできないからではないかなと感じました。
この場合で言えば、宇宙の包容力を喚起するような視覚による効果は、
とても大事な要素になると思うので、
より描写力を磨かれることで、
さらに良くなる可能性を秘めているように感じます。

また、全体に、少し言葉が直接的すぎるようにも感じました。
直球が心にささる、という場合も当然ありえると思いますが、
この作品は散文詩としても一定の分量があるものなので、
どこかにストレートな言葉以外に、
作者の心象風景が見えるようなところがあってもよかったかなと思いました。
そういう意味でも、やはり描写というものがひとつの課題となるのかもしれませんね。

自分が投稿する時くらいは、何人かの方に感想を書いた方がいいかなと思うのですが、
ちょっと書いても反応がなさそうな気がする作品が多くて(既にご覧になっていないケースもありそうですし)
同じ方に何度も感想を書くような形になってしまい、申し訳ないなと思います。
年末年始のお忙しい時期と思いますので、
無理に私のをお読みいただかなくても大丈夫ですので。
当然読んでいただければ嬉しくはありますが、
私にとっては感想を書かせていただくだけでもプラスになりますので。

ありがとうございました。
そら てんご コメントのみ 2015年1月6日 6時48分21秒
zooeyさん

一服の清涼剤のように、貴方の言葉で心が爽やかになりました。ありがとうございます。私も他人に対して励ましのエールを送れる人間になりたいと思っています。
私が激高的で直接的な表現であることはよくよく理解しているつもりですが、その私の発する言葉が、ナイフのように人の魂を傷つけている可能性を一番に懼れています。
それゆえに言葉の矛先は常に自分の中にある、人の普遍的な『負の部分』に焦点を合わせているつもりではいます。それは自己の内面は個人的な領域のみでは決して無くて、あらゆる生命体の潜在領域と連なっていると信じるからであります。
それにしてもカタルシスの視覚化はご指摘どうり、私の諸作品で不足している要素であります。決していい訳ではなくて、その一因はウツ病の由縁にも関係しています。ですから私にとって創作は心の闇との闘いであると思っています。
ネットやサイトへの投稿は、おそらくzooeyさんと同じで、コンテストへの応募作品とは違う、自己研鑽のための実験的作品が中心であります。それゆえにまっとうな意見は本当に励みになります。zooeyさんのこのサイトに存在する人々への感想は、私とおそらく同じだと思います。ありがとう御座います。
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