御影石幻明の日常生活 - 御影石幻明の日常生活 〜バレンタインはそんな具合で

2月。季節は夏。誰が何と言おうと夏。南半球ならば。
しかしここは北半球所属の日本なので残念ながら冬だ。ガッカリです。
さらに俺の住む関東地方は乾燥していてお肌のデリケートな人は手のひびに注意な季節でもある。
ご他聞に漏れず、俺の手の甲もあかぎれの線に沿って血がにじんでいる状態で、痛い。
「う、酷くなってやがる……」
登校してきた周りの生徒達は外気から逃げるかのように校舎内へ入っていく。
その流れに乗り、校舎の下駄箱で手袋を外すと見事に血のにじみは拡がっていた。昨夜塗ったハンドクリームも全く役に立っていない。もしやハンドクリームをレッグにも塗ったらレッグクリームなのかなぁあはは♪なんて思いながら踵にすりこんだりした天罰が下ったのか。
そういえば踵は上履きを履いた感触がイイ感じな気はする。じゃああれの本性はレッグクリームだったのか。
そんなことを思っていると、俺より少し後に下駄箱へやってきたクラス委員長が「うわ、人間の手じゃねぇ。そうか、貴様人間じゃないな?!成敗してくれる!ぬあー!」などと訳の分からないことをほざいたので望み通り人外の手で返り討ちにしてやった。
「あ、幻明君、Guten Morgen〜」
「……よ、Guten Morgen、天葉」
教室に入ると何故かドイツ語で挨拶される。実は教室のドアがどこでもドアでドイツに飛ばされたのかと一瞬思ったが、見回せばここにいるのは日本人ばかりだ。
ていうか俺、天葉ってちゃんと言ってるし。
天葉若菜(あまのはわかな)。同じクラスで仲の良い友人の一人だ。女子にしては長身で170cmくらいあるので目立ちやすい。まあ、目立つのはむしろ全体的な容姿の所為か。一般的にいうアレだ、美少女って奴。
「なんだ、元気ねーなー?」
「ないですよ。朝は。俺が朝からハイテンションスパークしてるところ見た事あるか?」
「でも今日はトクベツな日じゃない?」
「トクベツかどうかは結果を見なくちゃわからない。それとも若菜さんがトクベツをくれますか?」
「ふふ、Nein。ごめんね幻明君。今年はパスなの、あたし。ということで代わりにバレンタイン特別製の義理ういろうを進呈しよう」
「何故この期に及んでういろうかな、君は……」
「気にしない。はい、手を出してー」
ポンっと効果音でも出すようかのような軽快さでリボンに包まれた小箱を渡された。
「…ま、有難く頂戴するよ。帰ったら食べますわ」
お礼の言葉を述べて自分の席に向かった。前から二列目、中央。
「よ、良」
右隣の席でMDを聴いている男に声を掛ける。名前は鏡柱良(かがみばしらりょう)。
「やあ幻明。おはよう」
良は俺に気付くとイヤフォンを外し、コードを全く絡ませることなくバッグにしまい込んだ。その動き一つとっても無駄がないというか、スマートだ。
「なあ、皆いつもより学校来るの早いよなぁ?」
今日、教室に入ってみて思っていた事を聞いてみる。どうもいつもより生徒の数が多い。俺が来るときは大抵半分そこそこなのだが、今日に限っては9割方既に来ている。先程KOした委員長もたどり着いたようだし。
「そうだね。早い」
空気もどことなく浮ついたような落ち着きのない雰囲気で、どうも居づらい。
「お前は、ああ、いつも早いんだっけ?」
「でも今日に限ってはそう早いほうでもなかったな」
ううむ、皆、気合い入ってるんだなぁ。そんな魔力があるのか、バレンタインデーという日は。
まあ、日本のチョコレート消費の4割を占めるっていうし、やっぱすごいんだろうな。
「で、もう貰ったかね?君は」
「ういろう1つ。あとは特に無い」
しれっとして答えるところが面白くない。リアクション薄いんだよな、コイツ。
「幻明は靴箱に何か入ってたりしたか?」
「ああ、上履きが入ってた」
二人の男達の間に流れる沈黙。
「……」
「………」
「何か言えよ」
「寒い」
「…悪かったな」
俺に朝から笑いをとれという方が無理だ。バッドモーニング幻明の異名を持つ俺に(もってません)。
「それよりさ、その席の彼女はまだ来てないんだ。休みなのかな」
気付いてはいたが、今、俺の前の席に座っている人の姿はない。
いつもなら俺が来る頃には持参した枕を抱えて微睡んでいて、キュートな後ろ姿をさらしているはずなのに。
予鈴のなる時間になっても来てないということは休みの可能性が高い。
薬屋小夜子(くすりやさよこ)。俺は気軽に小夜ちゃんなんて呼んでるが、クラスでは割と他人行儀な呼び方をされてる方が多いように思える。目立って仲が良いのは天葉くらいのものだ。
雰囲気も天葉が陽なら小夜ちゃんは陰、身長も彼女は低い。
性格は何というか、暗い感じというより素敵ワールドの住人といった方が正しい。
他の奴がどういうかは知らないが、俺はうつむき加減に少し陰のある表情をしたときが一番映えると思っている。
「風邪、流行ってるからなー。学校に来てても風邪気味の奴だっているしよ。仕方ねーんじゃね?」
「ふ、幻明。声のトーンが落ち込んでるように聞こえるが、何か思うことでもあるのか?」
「風邪を引いてしまって気の毒に、と思ってるのだよ。そういう君は脳に風邪でも引いているのではないかね」
「クク。僕が風邪なら幻明は脳に肺炎でもおこしてるね」
俺を小馬鹿にしたように笑う。
つーか脳の炎症なら脳炎じゃねーか。
「……」
とはいえ、実際、俺は落ち込んでいたかもしれない。
もしや俺はどっかで期待してたのか。
――――。
――――何を?
「はー……ぁ」
自分でもよくわからないため息をつくと同時に予鈴がなった。
「1時限目は古典+社会か」
要するに歴史だ。日本史。
さっき仕舞ったばかりの引き出しから教科書をひっぱりだして無造作に机に置く。

授業が始まる時間になってもやはり彼女が来る気配はなく、俺は空いた席をぼーっと見ていた。

「小夜子、来なかったねー」
「そうだな」
結局、彼女は休みだった。
天葉も休むという話は聞いていなかったらしく、放課後に帰る準備をしているところに俺の席までやってきてそう言った。
他の生徒達は男ではさっさと帰ったり部活へ向かう奴、友達同士で話をして帰る時間を延ばす作戦を遂行している奴、つきあってる相手がいる奴はその相手のところにすっ飛んでいく。女でも帰る奴もいればグループで固まって”渡してきなよー”なんて騒いでるのもいる。性格とか生活スタイルがよく出る時間帯だ。
「おや、素っ気ない返事」
「じゃあ『チョー残念無念マジハラキリみたいなー!』とか言えば良いのか」
言えといわれても今日の俺はそんなぶっとび発言する気は起きないが。
教科書類をバッグにしまい終え、コートを羽織る。
委員長が、俺の横を通りがけに『じゃあな』といって教室を出ていった。あいつは化学部だから化学室に行くのだろう。『化学部じゃない。正式名称は”爆裂ケミカル部”なのだ!』と意気込んで言ってた事がある。本当に爆裂したら笑えないと思う。
と、急に天葉が真面目な顔をしてずずいと身を乗り出してきた。
「幻明君。一つ聞いていい?」
「内容による」
一呼吸おいて切り出してくる。
「鬱?」
「何がですか」
何を聞こうとしているのかはその一言でだいたいわかった。
俺、よく小夜ちゃんと喋ってっからな。そして今日この日に、彼女は休み、と。
「いや、ほら。なんつーの?」
「……」
「小夜子がさ、休みじゃん?」
流石に天葉も聞きづらそうで、俺の様子をうかがいながら言葉を継ぐ。
「ふー。まあ、何を聞こうとしてるか予想はつく」
「そう、それの事で」
「あんまり答えたくねぇ。けど答えるとしたら」
「したら?」
「鬱かもしれねーなあ? ま、そんな訳で俺は帰る。ういろうありがとな」
席を立ってバッグを肩に引っかけると、トイレに行っていた良が丁度戻ってくる。
手にはチョコレートらしき包みを二つ。
俺の顔をみて訝しげに言う。
「なんだ?深刻な顔してるな、幻明。これ、さっきそこで会って彪子さん(ひょうこ)から貰った。ほら、幻明の分だってさ」
「俺の分もあるのか。彪子先輩は律儀だなぁ。つーかこの時期に学校来てるのか、あの人」
「推薦でもう決まったって、前に言わなかったか?」
「そういや聞いた」
包みの一方を渡される。どちらも包装は同じだ。
「その、彪子って誰、もしかして良君の彼女?!」
さっきまでのやりとりをすっかり忘れたように新たな話題に食いつく若菜ちん。
「はは、違うよ。先輩でありながら後輩っていう人かな」
良はわざとわかりにくい言い方をするから案の定若菜ちんにはわからない。
「何それ?」
「先輩なんだけど、道場では後輩なんだよ。まー、それいったらほとんどの人が後輩になるけどさ」
「道場って、剣道の?」
※幻明補足:良君は剣道をやっています。強いです。遊び半分で闘ったら軽く失神させられます。(経験者談)
「そ。彼女は強いよ。剣さばきがすごく綺麗だし」
受け取ったチョコをしまう。良も楽しそうに言いながらそうした。
「ふーん……」
……?少し面白くなさそうな感じだな、天葉。
「ここにいる館長の孫には勝てねーみたいだけどな」
そう、館長の孫。だから素質もあるし小さい頃からやってるからやたら強い。学校の剣道部に入れと2年の終わりに近い今でも声がかかってくるが道場の稽古で手一杯という理由で断り続けている。その彪子先輩も去年までは同じように入れと声がかかり続けていたらしい。
「はは、今は居合いの真似事やってるけどね、僕は。今日も稽古だ」
「はい。そういうお話でしたー。じゃあな、天葉」
「え、ああ、じゃあね。また」
良を連れて、のったらのったらと教室を出た。
教室にはまだいつもより生徒が残っていたが、興味はなかった。



帰路に着き自分の部屋にあがると、とりあえずクロゼットのハンガーにコートと制服の上着をかける。
そしてYシャツに制服ズボンのまま、うつぶせにベッドに倒れこむ。
いつもならきっちり着替えてからなのだが、その気力がない。
「はぅぅ。俺は、何なんだぁっ! ちくしょー! チャー、シュー、メーン!」
布団に顔をうずめて叫ぶ。
だが布団は答えない。当たり前だ。布団から『布団がふっとんだ!』とか聞こえたら俺の精神は相当ヤバい。
「うーうーーー」
自分の中にわだかまってる何かが嫌で、もどかしい。
……今の俺、すっげぇカッコ悪い。
「何故だ。そんなにガッカリなのか。休みだったんだから仕方ねーじゃねーかよ、俺」
いや、その前に俺は小夜ちゃんからそこまで貰いたかったのか。少し自分でも驚く。
「じゃあ、何で貰いたいんだ。天葉からういろう貰うのと何が違うんだ。彪子先輩に貰うのとは」

『僕の見たところ、それは恋だね、幻明君(キラリン☆)』

「何でここで秀一さんの笑顔がぁっ!」
秀一さんの幻影を吹き飛ばすかのように枕をぶん投げる。

『ほぎゃー』

脱力感満点の断末魔をあげて秀一さん(?)は消え去った。
「はぁ……はぁ……真面目な思考を無意識に拒否する自分が憎い……」
でも今、秀一さん(?)を通して出た単語。重要な事が一つあった。
それは……。
『ほぎゃー』。
……じゃなくて。
「どう、なんだろうな」
あおむけになり、なにげなく携帯を手に取る。
そういえば今日は毎日見てるサイトをまだ見てなかった事を思い出す。
画面を開いて見るとメールが一件来ている表示がなされていた。
もちろん、すぐさま開く。

『From:薬屋小夜子
 Subject:Fw:
 Time:15:40
 
 今日、風邪引いて学校休みました。今も頭がボーッとしてます。御影石君は大丈夫ですか?
 実は今日、バレンタインだから一大決心をして御影石君にあげようと思ってチョコを作りました。それで、渡そうと思ったんだけど、この通り風邪を引いちゃって。
 あとで渡そうにも、風邪うつすと悪いからこのチョコは捨てることにしました。
 私はとても運が悪いみたい。せっかく作ったのに渡せないんじゃ意味ないよね。はぁ。
 とにかくそういう訳で渡せないんだ。
 じゃ、また学校で会おうね。
 …あ、何か涙でてきた。なんでだろ……。
 
 P.S.変なメール送ってごめん』


「クッ……」
ベッドから跳ね起きて返信の項目を選ぶ。

『To:薬屋小夜子
 Subject:Re:Fw:
 Time:15:58

 メール読みました。今いろいろ考えてたところ。今日、どうも気分が落ち込んでてな。
 で、わかったことが一つある。俺は他の誰でもない、小夜ちゃんからチョコを貰いたかったんだって。
 もう一度言う。俺、小夜ちゃんからチョコを貰いたい。だからそれ、捨てないでくれないかな?風邪なんざポリフェノールパワーで抹殺する。多分。わかんねーけど。
 無理しないでゆっくり休んで下さい。そんでまた元気な(眠そうな)小夜ちゃんに会いたいです。

 P.S.天葉から何故かういろうを貰ったよ……』

文面なんか考えてる余裕はない。言いたいことだけ打ち込んですぐに返信した。
そして、待つ。携帯を凝視。
今の姿勢、自分でみたらきっとロダンの考える人、ああ、携帯持ってるからその現代版(?)か。そういう感じなんだろうなと思った。
その実待ってるだけで何も考えてないのだが。
彼女はメールを送ったあと寝てしまっているのかもしれない。だから返信がくるとは限らないことはわかっていた。
でも待つ。他の事に手をつけたとしても多分、集中できないだろうから。
よく言われる『男はバカな生き物だ』ってやつ、あれは真実だと今思う。
「ふー、落ち着けよ」
動悸が速い。落ち着かせるために深呼吸を三度ほどして、着替えることにした。
着替えてベッドに腰掛ける。
また、待つ。
時折、家の前を通る車の音や外で遊んでいる小学生達の甲高い声がやけに耳についた。
「さっきの気分とはえらい違いだ」
たった一通のメールで変わった。
それで、全部わかった。

俺は、小夜ちゃんが好きだ。

「……来た」

画面が受信中に切り替わり、完了すると同時に開く。着メロが鳴ったのは1秒にも満たなかった。
一呼吸おいてメールを…

『Subject:冬にこそ熱い出会いを!』

迷惑メールだった。
「ギャオーーーーーース!!」

野獣のごとき叫びをあげ、思わず携帯を破壊しかけるところであったがかろうじて思いとどまった。
ちくしょう、もっとスマートに話が進まねーのか…。じりじりするぞ、全く。
ぶつぶつ言いながらもこのメアドをしっかりと着信拒否リストに登録して、メールも削除した。
すると再び受信中の画面に切り替わる。
「今度こそ…本物だよな」
即座に開いて読む。

『From:薬屋小夜子
 Subject:ありがとう
 Time:16:09

 そういってくれるとすごく嬉しい。良君には悪いけど作ったのは御影石君の分だけだったから。
 でもまだ3〜4日学校行けそうもなくて、それだと風邪は引かなくてもチョコが悪くなってお腹壊しちゃうかも。
 だからやっぱり駄目だなぁ。ふぅ…。』

「むむ……」

『To:薬屋小夜子
 Subject:どういたしまして
 Time:16:12

 そういうことなら、今から取りに行ってもいいか?図々しい話だけど、小夜ちゃんがいいってんなら俺は行くよ』

今度はすぐに返事が返ってきた。

『じゃあ、お願いします。受け取って下さい……』

見るや否や、まさに飛び出したという表現がぴったりの勢いで家を出た。
とにかくコートをひっかけただけで、外出時にはいつも必ずしていく時計すら忘れた。
自転車を飛ばす。彼女の家は30分くらいかかる。場所は、何かの話の流れで聞いたことがあった。
本来なら電車にのっていった方がいいのだが、こうなると待ち時間や車内でじっとする事に耐えられそうになかった。
陽は既に傾き始めて、まぶしい。
「はー、はー、は」
急ぐ必要は全くない。1分1秒で何が変わるという事もない。それでも俺は全力で走った。


あっという間についたような気がする。まあ、気がするだけで実際はかなり陽が傾いていた。既に東の方は薄暗くなって、闇が徐々に覆い始めている。
汗を拭き、自転車をおいてインターホンを押す。
しばらく間があって、スピーカーを通して声が聞こえる。
『はい、どちら様でしょうか』
「御影石と言います。小夜子さんは…」
『あ、御影石君。ちょっと待って』
インターホン越しとはいえ、声が枯れた感じで小夜ちゃんかどうか一瞬確信が持てなかった。
ガチャ、と鍵があいてドアを開ける。
玄関に入ると、俺がくるのを待っていたのか、服を着替えていた。これは少なくとも今着ている服を寝る時には着ないだろう、という推測のもとだが。
「やあ、小夜ちゃん。ホントに来ました。風邪……は、大変そうだな」
明らかに具合が悪そうだ。顔が赤く、熱があるのは間違いないだろう。
風邪は大丈夫か、と言おうと思ったが、どうみても大丈夫じゃないので言い換えた。
「ケホケホッ、あー、インフルエンザじゃないんだけどね。ノドが痛くて」
「ああっ、お見舞いに何か持ってくるの忘れてた。すまねぇ」
小夜ちゃんは力なくふらふらと手を振る。
「いいよ気を遣わなくて。それより本当にいいの?かなりの確率で風邪うつるよ」
咳き込みながら言う。確かにこれは一番うつりやすいタイプの風邪だ。
「いいんだ。小夜ちゃんがせっかく俺に作ってくれたんだから、俺は、欲しい」
「……!」
やましいことでも嘘を言ってるわけでもない、だからはっきり言った。
彼女は、あんまりはっきり言うもんで少し驚いたようだ。
「じゃ、じゃあ持ってくるね」
一旦、隣の部屋に消え、自分の片手より少し大きいくらいの包みをもって戻ってきた。
長方形の箱に赤い包装紙、リボンがついている。
「ゴホゴホッ、んっ。私、思ったんだけど、もしかして学校行ってたら渡せてなかったかもしれない。だから、学校休んで良かったかも、なんて…」
華奢な体に、うつむき加減で少し陰のあるあの表情……。
俺が、彼女の中で一番綺麗だと思う姿だ。
その上、夕暮れの薄暗さ、そして病気でいつもより儚げな感じが、すごく……。
「……」
「けほっけほっ。ど、どうしたの?」
はっ?! 俺、今見とれてた…。
「い、いや、何でもない」
初めてだ、こんな事…。
「ああ、それより小夜ちゃん、辛いなら座ってもいいから…」
首を横に振り、大丈夫、と一言いって、ずいと俺の前に包みを突きだした。
「……」
「受け取って下さい。私、御影石君のことが……あの、ゴホッゴホッ」
咳き込む。でも今のは、わざとらしい咳。
「その、とにかく受け取って下さいっ!」
頭を下げて、俺の胸に当たるくらい、ふるえる手でずいずいと突き出す。
それを落とさないように、しっかりと両手で受け取った。
小夜ちゃんは手を下ろしたが、頭は下げたままだ。
俺も、嬉しいけど流石に恥ずかしくて頬どころか体中が熱い。走ってきたことも相まってノドがカラカラになり、唾を飲み込む。
息を整えて口を開いた。
「ありがとう。大事に5年くらい保存するから」
「え?保存?!」
悪いとは思ったが意図的に空気を少し壊す。でないと次の言葉が継げそうになかった。
今ので小夜ちゃんもやっと顔を上げた。
「ククッ、嘘。ちゃんと食べます」
「びっくりした。私、今は全然頭働かないから」
「そうみたいだな。風邪が、悪くなるといけない。俺はそろそろお暇するよ」
「あ…、うん。気をつけて帰ってね」
チョコは受け取った。
あとは、別れがけの寂しさに支配される前に、言わなければ。
「あー、あのさ」
切り出さなければ。
「うん?」
「俺、無茶な事言ってわざわざ取りに来ちゃったりしただろ。渡されるのを待つのがスジなのにさ」
「まあ、ケホッ、普通は、ないよね」
「でさ、それは何でかっていうと、やっぱり」
「……」
言う。

「俺、小夜ちゃんが好きなんだ」

言った。
「………は――!」
小夜ちゃんが驚きのあまりか、顔を歪ませ口を両手でおさえて、へたりこむ。
拒絶されたのかと、ちょっとショックを受けた。
「あ、え、小夜ちゃん、嫌だった…、か」
「違う……!本当に、今の、本当?」
拒絶された訳ではないらしい。口を手で覆ったまま聞き返してきた。
「本当なんだ。嘘じゃなくて」
「うん…わかった――」
咳と、軽い嗚咽とが混ざって苦しそうだったけど、俺はどうすればいいかわからず、立ち尽くす。
気付けば外は真っ暗で、灯りを点けていなかった玄関も暗い。
しばらく彼女の姿を見ているだけでいると、
「……も、……ら…」
「え?」
よく聞き取れない。しゃがんで体を寄せる。
「私も、だから…」
「……小夜…ちゃん」
「…聞こえた?」
今度ははっきり聞こえた。聞き間違いであるはずもない。
頷く。
「やった。言えた……ゲホゲホッゲホ」
「ああ、小夜ちゃん、もう休まないと。って長引かせたの俺だけど」
「うん。私、疲れたかも…」
彼女の手を取ってゆっくり立ち上がらせる。少しよろめくのをおさえた。
立った後、帰ろうと思ったところ小夜ちゃんは俺の手を離さず、何か確認するように見た。
「御影石君、手がすごく荒れてる」
「前からずっとだし、ハンドクリームは塗ってるんだけどな」
「ちょっと待ってて、いいのがあるから、ケホッ」
「大丈夫だって。俺もう帰るからさ」
言ったが、おぼつかない足取りで二階へ上がり、手にその”いいの”らしきモノを持ってきた。
「これならかなり良くなるよ。ほら、手を出して」
「ああ、はい…」
持ってきてもらった以上、素直に聞くことにして両手を出した。
チューブから彼女の手に薬品を出してそれを俺の手につけて丹念にのばしてくれる。
彼女の手は冷たいけどすべすべで、気持ちいい。
「……」
……はぁ、幸せかも。
「はい、これで良くなるよきっと」
塗りおえて、至福の時から我へとかえる。
確かにこのクリームならべたべたしないし、効きそうだ。小夜ちゃんに塗ってもらったから、という理由もあるが。
「有難う。それじゃあ、俺、今度こそ帰るから。ゆっくり風邪治してさ。また学校で」
「うん。バイバイ」
少し疲れた笑顔で見送る小夜ちゃんに別れを告げて、外に出る。
既にあたりは暗くなって久しいが、月が結構明るかった。
ふと、今夜は興奮が覚めなくて眠れないかもしれないなぁ、と思った。




で次の日、やはりろくに眠れず、しかもあのチョコを食べて見事に風邪をひいた俺。
「ヘクシミリ!」(←変なくしゃみ)
でもまあ、悔いはない。
「ヘクシミリ!」(←変なくしゃみ)
風邪が治ったら以前とはちょっと違う、でもきっと楽しくて仕方ない毎日が待ってる。
「ヘクシミリゲホ」(←くしゃみ+咳)

……早く治すぞ。マジで。



『僕の見たところ、それは恋だね、幻明君』 by 秀一お兄さん(の幻影)


                                             終

後書き

私は恋愛的文章に向いてなさ過ぎると実感したのがこの作品。
読み返してみると幻明君はバカな割に純情少年らしい。

この小説について

タイトル 御影石幻明の日常生活 〜バレンタインはそんな具合で
初版 2004年2月19日
改訂 2005年7月12日
小説ID 463
閲覧数 2029
合計★ 30
ビビンバ吉田の写真
作家名 ★ビビンバ吉田
作家ID 3
投稿数 148
★の数 1180
活動度 17563

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