酒とホームレスとボレロ

 タカラはあまり人が好きではなかった。できることなら無人島で暮らし、日長一日をぼうっとして過ごすことに憧れていた。放っておいて欲しかったのだ。ただ景色の音を聞くだけでも幸せなのに、わざわざ言葉を使ってコミュニケーションを取る人の営みに煩わしさしか感じなかった。
 彼の母はとても心配した。最低限の処世術だけでも得させないと、いつか飢え死にして死んでしまうだろうと思った。私が生きている間はいいが、私やお父さんが死んだらどうやって生きていかせることができるだろう。そんなことをいつも心配していた。
「今日は学校行かないの?」
母は彼に尋ねたが返事はすぐには返ってこない。まるで恐ろしい生き物と対峙しているように陰鬱になり青ざめて、言葉が出ないようだった。
「行く必要ないよ、あんなとこ無意味だ」
『無意味』。最近彼がよく使う言葉だった。
「意味ないことなんてないよ。社会に出て行くために必要なんだから」
彼は不満そうに口を尖らせた。
「社会に出ることが生きる意味なんか」
母はすこし困惑した。その言葉になんとか反論したいと思っていたがうまく言葉が紡ぎ出せなかった。生きる意味なんて自分にもよくわからなかったからだ。咄嗟に言葉が出る。
「何言ってるの。社会に出て働いて結婚して幸せにならなきゃいけないじゃないの」
「それが生きる意味なんか。母ちゃんは今幸せなんか?」
「幸せよ。だってタカラがこうして立派になってるもん」
「俺はそのせいで不幸だ。なんで俺なんて産んだんだ」
「なんでそんなこと言うの!」
彼はドタバタと二階に逃げ出した。そして布団の中にくるまると涙を流さずに泣いた。どうして生きるということはこんなにも面倒なものなんだろう。誰もが手を差し伸べてくる。ただ誰にも煩わされたくないだけなのに、放っておいてはくれない。善人面して、まるで助けようとするみたいに俺を扱う。

 母は彼に持っていかせるはずだった作り途中のお弁当を前にすると、自然と涙がこぼれてきた。悲嘆に暮れているわけではなく、反抗期は誰にでもある。自身もよく母と喧嘩をした。そうわかっているのに、それでも悲しさがこみ上げてきた。
 少しでも息子の気持ちがわかりたい。そんな思いが募ったが何をすればいいのかわからなかった。かといって学校に行かせないわけにはいかない。社会はタカラに合わせて歩みを止めてはくれない。このまま不登校になれば履歴書にも残り、将来の就職に影響してくる。一度落ちたら這い上がるのは難しい。
 息子には後悔はして欲しくなかった。ふと音信普通になった弟のことが頭に過ぎる。成績のよくなかった彼は高校卒業後すぐに土建業に就くも、成功の夢を諦めきれず上京。その後連絡が取れなくなった。噂によるとホームレスをしているらしい。息子にまでそんな惨めな姿にはなって欲しくなかった。

「おいおい、こんだけ集めて1060円はねーだろ」
耕一郎は悪態をつき、口角に泡がにじむ。
「今はアルミは暴落してるんだから仕方ないでしょう。嫌なら他当たってください」
「なんだよ」
しぶしぶ収入を受け取るとプレスされた缶の山を蹴り上げる。遠くでガタガタと音がする。
「てめぇこの野郎!」
耕一郎はそそくさと自転車に乗ると走り去る。背後から罵声が聞こえるが清々しい気分でいた。手に持った銭をそのままにコンビニに入ると紙パック酒を買う。誰もが彼を避けていた。
 2月は特に寒さが身にしみる。いつ死んでもおかしくないなと思いながら酔いに身を任せる。頭がガンガンと痛み吐き気もする。ここ最近はずっとそうだった。
 ふと目の前の畳石に孤独な学生がいるのに気づく。何をするでもなくMP3を聞きながらぼぅっとしている。耕一郎は久しぶりに好奇心が沸いてくるのを感じた。人間嫌いにも関わらず親近感を抱いていた。
「おい坊主、何聞いてるんだ」
「……ボレロ」
怪訝な表情を浮かべたが、彼は間をおいて答える。
「なに、ボロボロ?」ひょうきんな面をして顔を引っ張られたよに笑う。
「おっちゃんバカだわ」
「なんだと」つっかかりそうになるが止める。酔いが怒りをうやむやにさせた。
 しばらく静かな時間が過ぎていった。二人は何もすることなくただ上野の街並みや空が過ぎて行くのを眺める。鳥がせわしなく上空を横切って行った。タカラは何をするでもなく尋ねた。
「なぁ、おっちゃん。生きる意味って何だと思う」
「あぁん?」耕一郎はおちょくられてるのかと思ったが彼の真剣なうつむきを見ると、少し真面目になった気で答える。「そりゃあ、おめぇわかるはずねーだろ」
寂れた自転車に夕暮れに近づいた日が当たっている。毛の禿げた猫がノミを取ろうと懸命にペダルに顔を押し付けていた。怒声を上げると耕一郎は猫を追いかける。タカラは意味もなく笑った。
「おい、笑うんじゃねぇ!」耕一郎も笑った。

この小説について

タイトル 酒とホームレスとボレロ
初版 2015年2月1日
改訂 2015年2月1日
小説ID 4636
閲覧数 438
合計★ 3
堀田 実の写真
ぬし
作家名 ★堀田 実
作家ID 778
投稿数 46
★の数 78
活動度 5764

コメント (2)

匿名 2015年2月2日 8時48分22秒
→言葉が出ないようだった。の「ようだった」はいらないのでは?
→頭に過ぎるでなくて、頭をよぎるですね。
→音信普通は、音信不通ですね。
→うつむきを見るとは、眼差しを見るとですね。

私もそうなんですが、自分の作品を読み直すたびに誤字が目につきます。私の解決策としては、そうです、ひたすら何度も読み返すしかありません。(-_-;)

この作品もそうなんですが、堀田さんの作品には、たびたび『生まれ変わり』あるいは転生輪廻のくだりが出てきますね。
そのことで私は貴方の作品に独特の味を感じます。まだその味が定着するまでには時間が必要かも知れません。
一度、自分の好きな作家の自分が好きだと思ったフレーズを真似することも、上達への近道かもしれません。経験的にそう思いますので参考まで。
★堀田 実 コメントのみ 2015年2月2日 9時56分53秒
>匿名さん
コメントありがとうございます。
フレーズの真似を意識している作品はたまにあって、最近のでは「ベートーヴェンの『春』」はイエリネクの『ピアニスト』を参考にしてるんですが、まぁ、模索中ですね。
自然に沸いてくる言葉を選ぶべきか、それとも他の文体を参考にすべきかはとても迷います。参考になりました。ありがとうございます。
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