生徒からラブレター

「社会科の青沼先生に、麗奈、告ったらしいよ!」

僕の勤務する私立校は女子高ということもあり、耳にすることはある。通勤電車で偶々となりに座った名前も知らない女子高生が黄色い声で噂しているのを横目に、僕には無縁の話だなあと微笑ましい気持ちになった。
新任の頃は、そう年の差もない子達に好かれることは嬉しいし大人っぽい子に迫られればもしかすればころっといってしまっていたかもしれない。だが女子高という閉鎖的な空間では女子高生は恥じらいも何もない。夏は平気でスカートをめくりあげて風を送ろうと扇いだり、下着が見えるまでボタンを外して暑さを乗り越えようとする。冬なんかはスカートの下にジャージを履き、中年の親父のようなクシャミをする。僕ら新任の男性教諭に、勤めて3年目の岩淵先生が「期待はするなよ」とこっそり笑って教えてくれた意味が1年経ってようやく分かった。

ただ、閉鎖的な空間だからこそ、彼女たちの視野は狭い。ただ若くてそれなりに普通の顔立ちであればモテるのだ。僕はどちらかというとあまり整った顔立ちでもなければ普通の顔立ちでもない。中の下、もしかしたらもう少し下かもしれない。いわゆる老け顔で、年齢不詳だと友人からよく笑われたものだった。
それだから僕はとくにモテなかったのだが、同期の戸田先生は男の僕から見ても中々整った顔をしていたから、大変よくモテていた。バレンタインデーは、受け持ったクラスの子たちから数個のお義理のチョコをもらった僕のとなりで、紙袋を持って「いやあ、こんなにもらったの初めてです」と少し照れくさそうに頭をかいた彼を覚えている。

そんな時代も過ぎて、僕がこの職場に勤めて10年が経ち、36歳になった。世間で言うアラフォーという年代になっているのかと昔より深くなったため息をついた。
僕の務める私立高校は教師の転勤がなく、問題を起こしたり本人の希望がない限りはずっとこの学校に勤められる。何度目かの職員室席替えで再び隣の席になった戸田先生が、「いやあ、お互いオジさんですね」と少し薄くなった頭をかいた。もうじき40歳になる岩淵先生はすっかりバーコード状になってしまった髪の毛を気にすることなく、生徒達にハゲ淵とイジられるのを甘んじて受けていた。僕は遺伝に感謝するべきか、まだ髪の毛は昔と変わらずふさふさと揺れている。20代の頃は短めにしていたが、今となっては床屋に行くのが面倒なので耳が髪の毛で隠れてしまうほどだった。
もうじき自分の受け持つクラスが卒業を迎える。卒業に近づくにつれてあの幼かった子達はほんの少し大人っぽくなっていく。

「田辺先生、これ…」

相談があると受け持つクラスの子が僕を放課後、教室に呼んだ。
この子の名前は村瀬 夕という。陸上部で少し日に焼けた肌と、紫外線で薄く茶色がかった、肩に少しつくぐらいの短い髪をした、笑うとえくぼの可愛らしい子だった。仲の良い友人達からはゆっこ、と呼ばれている。
卒業間近に相談とはなんだろうと少し緊張して教室に行くと、一通の手紙をゆっこが僕に渡した。表面には僕宛と彼女の字で記されていた。

「これ、今読んでいいかな」
「えっ…、あ…」

ゆっこは顔を真っ赤にして小さく頷く。僕はそれを見届けて封を切る。
女の子特有のクセ字で書かれた文章。それはとても短く、始まりは『私は田辺先生が好きです』だった。続いて、僕をいつごろから意識するようになったか、僕のどこら辺が好きか、できることなら付き合ってほしい。想いを必死に書き連ねた文章が僕の心をくすぐった。こんなに真正面から好きという気持ちを表現されたのが初めてだった僕はとても嬉しくてニヤけてしまった。

「村瀬くん、ありがとう。気持ちは嬉しいよ。僕はモテたことがなかったから、告白なんて初めてで。」

手紙を封筒の中へしまう。彼女は真っ赤になったまま僕を見ている。返事を待っているのだろう。
夕陽は沈み、教室の窓からはただ煌々と運動場を照らす照明が入ってくるだけだった。

「でもね、付き合うことはできない。僕に好きな人がいるわけでもないし、きみが嫌いなわけでもない。ただ、教師と生徒では付き合うことはできないんだ。
 それから、思春期は憧れを恋と勘違いすることもあるんだ。それが悪いことでもいけないことでもない。誰もが通る青春の奇蹟で、それを忘れず大事にしてほしい。
 もう少しできみが卒業だから、卒業したら付き合えるかと聞かれたらそれもできない。なぜなら村瀬くんの気持ちが本物かどうかまだ不安定なものだから。それに村瀬くんはまだ18歳だろう。10代のきみたちの心は振れ幅が大きすぎて僕には怖いんだ。もしもきみと付き合ったとしても、きっと僕は疲れてしまうと思う。
 村瀬くんの進学先の大学に行ったら、きっと考えは180度変わるよ。視野も広がる。きみにとって、僕よりも、もっと魅力的な男性に出会えるかもしれない。
 もしも、…そうだね、もし、きみが大人になった頃…5年後ぐらいかな。それまで、まだずっと僕が好きだったら、もう一度告白しにきてくれるかな。ずっと想い続けてくれたなら、その気持ちを僕は絶対にちゃんと受け取る。
 僕はきみの未来を期待している。だからこそ、今すぐに返事をしたくないんだ。」

彼女はただ、うんうんと頷き、泣きそうな瞳をしっかりとあけて僕を見つめたまま「ありがとう、先生」と一言。
僕がごめんね、説教臭くて。と返すと首を横に振って、「先生の気持ちちゃんと聞けてよかったです。…先生のそういうところが、好きなんですよ」なんて言いながら笑い、涙を一粒ぽろりと零した。

「かならず5年後、告白しに行きますから待っててください。約束です。」

ゆっこの約束に、僕は頷き、彼女の頭を撫でた。そしてラブレターを彼女の手に持たせて、5年後もう一度渡しにきてくれるのを楽しみにしているよと伝えた。



「──なんてことが先生にはあってだなー」
「ウソー!あはは!やっばぁい!ってか結局、5年後きたの?」
「いや、まあ、去年、その約束の年は過ぎてだな」
「だっさーー!先生振られてんじゃん!」

ロングホームルームで何もすることがなかったので、いま受け持っているクラスの子からなんでも質問応えるぞと言うと「ラブレターもらったことある?」だったので、そんな昔の話をしてやった。
クラス内でリーダーシップを発揮している豊浦 静、豊っぺが手を叩いて笑っている。さあチャイムが鳴ったから終わりな、と豊っぺの頭を日誌で軽く叩いて教室を出た。
もうあの頃からさらに6年ほど経って、僕はついに40歳を超えた。同期の戸田先生はどんどん広がるおでこを気にしながら髪の毛をセットし、岩淵先生は頭頂部きらりと光る教頭になっていた。相変わらずハゲ淵と言われても大口を開けて笑って聞き流している。
あんな豪快で心が広い人になりたいなぁと呟いたら、戸田先生が「いやあ、僕はハゲなんて言われたらショックで寝込みますよ」と弱音を吐いた。

「それにしても、田辺先生は、いやあ、老けませんねぇ。会った頃と変わりませんから、とても羨ましいですよ。いやあ、年齢不詳ですよ。」
「元が老け顔でしたからね、今がちょうど良いのかもしれませんね。」
「それにほら、僕は、おなかがでてきて。いやあ、田辺先生はスタイルもよろしいし。髪の毛だってふさふさで。そうだ良ければ今日は飲みにいきませんか?いやあ、使っているシャンプーとかお聞きしたいですし、ぜひ。」

戸田先生と飲みに行くと長くなるので、さてどうするかと思った矢先に教頭の岩淵先生が訪問者だよと僕を手招いた。また機会があればと戸田先生に伝えて会釈してその場から立ち去った。
一体誰だろうと応接室に顔を出すと一人の女性が座っていた。村瀬と名乗り、当時は大変お世話になりましたと頭を下げた。今日ここにきた理由を説明し、涙を堪えて僕を見つめる。僕はその顔を見て、面影のある顔立ちにほんの少し泣きそうになる。

「…それは、」

言葉の続きがでなかった。あと一言でも発してしまえば、こっちまで泣いてしまいそうだった。
はたしてゆっこは、約束を忘れたわけではなかった。

「ご愁傷様でした…。」

振り絞った声は情けない声だった。涙もポロリと零れる。目の前の女性、村瀬 夕の母親はそれにつられるように涙を零し始めた。
ゆっこは去年、交通事故でその命を落としていた。重症の身でありながら、うわごとのように僕の名前を呼んだという。母親がその先生がどうしたのと問いかけると、「告白しに行かなくちゃ、まだ好きなのに」と、途切れ途切れながらも母親に伝えたのだった。そのあと意識を失い、そのまま目を開けることはなかったのだという。
1回忌の今日、娘の部屋を片付けていたときに僕に宛てたラブレターを見つけて、そうして僕の元へやってきてくれたのだった。

「娘から、田辺先生は良い先生だと、在学中何度も聞かされていて、あるとき真っ赤に目を腫らせて帰ってきて、理由を聞いたら『先生の気持ちをちゃんと教えてくれた』って言って、笑ったのを思い出して。」

泣きながらゆっこの母親はそう教えてくれた。僕はなんて幸せな人間なのだろう。後にも先にも、これほど僕を想い続けてくれる人間は現れないだろう。だから僕はゆっこの母親にそのラブレターをもらっても良いかと尋ねた。すると、最初から貴方のものですから、とあの頃一度手にしたあのままの封筒が僕の手の上にのった。ゆっこの青春の奇蹟が、眩しく輝き、僕の視界を潤ませる。彼女の想いが、僕の心に染みていく。

「(ありがとう、次こそはちゃんと受け取るよ)」


後書き

またちょくちょく投稿していきたいです!と日記で意気込んでおいて、投稿してませんでした。
みなさん初めましてな方が今は多いのでしょうか。
私は自称ぱろしょの永遠のアイドル、佐藤みつるです。ピチピチの18歳という設定です。どうでしょうか。(?)
仕事・仕事・仕事の社畜をしているせいで、びっくりするほど休みがありません。月に1、2回家で一日中寝てますがそれ以外は仕事してます。
えーい!そんな社畜自慢ミサワしてる場合じゃなかった!

かなり前に書いたのを加筆修正して、投稿してみました。
ちょっと文章しつこくなってしまったかなと反省。
優しい感想、厳しい意見、ぜひぜひよろしくお願いします!

この小説について

タイトル 生徒からラブレター
初版 2015年6月4日
改訂 2015年6月4日
小説ID 4676
閲覧数 460
合計★ 2
佐藤みつるの写真
ぬし
作家名 ★佐藤みつる
作家ID 510
投稿数 36
★の数 187
活動度 4932
だらだら社会人やってます。
本(漫画・小説)の量が半端なさすぎて本棚がぎちぎちになってます。

コメント (1)

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