無くし物。1 - なくしもの。

愚かなそれらは、自分達が決めたこと。
その選択が、正しいか誤っているのかは、誰にもわからない。
道徳とは、常に多数決で決められている。
何のために生きるのか、そんなものは、ごく一部の人間しか持ち合わせていない。
そう思って、自分らは生きてきた。

今このとき、しなければならない事のために、行動をする。
長い長い先のことなど、大抵の人間は考えていない。
こうして人ごみの中を黙々と、目先の目的のためだけに歩く。
確かな足取りで前に進む。
こうしている間にも、時間はながれている。
一分一秒を体で感じ取るでもなく。
ただ漠然と時が流れているのだ。

わざわざ人が少ない時間を狙って出てきたのだが、自分の予想が外れていたようで、ため息をつく。
そもそも、外に出たくなどなかったのだ。
今自分に必要なものがたまたま部屋になくて、それがどうしても必要だったから外に出たのだが、こうも人が多いと、今すぐ部屋に帰りたくなる。
それができないからこそ、余計気が滅入るのだ。
早く部屋に帰りたい。早く部屋に帰りたい。
気持ちだけが自分を置いて、先へ先へと進む。
やはり部屋を出る前に、録画していた番組を見るのではなかった。などと後悔ばかりが後から湧いて出てくる。
買い物を終え、そそくさと帰る準備をしていたとき、自分の後ろから声をかけられた。
「こんばんわ。これ、貴方の物ですか?」
振り返ると、そこには少年が立っていた。
暗くてあまり顔は見えないが、差し出された掌の中を覗くと、そこには、なくしたと思っていた指輪があった。
「確かにこれは俺の物だと思うけど……」
確証もなく、受け取ることはできない。
「なら受け取ってください。」
「それが俺の物っていう確証がないんだ。それに、それはだいぶ前になくしたはずなんだ。」
「そうなんですか?貴方から落ちたと思ったんですけど……。分かりました。こちらで管理しますね。」
子供とは思えないほど、淡々と事務的に言うその少年は、そのままどこかへ行ってしまった。
少年のその背中を見つめながら、いったいなんだったのだろうと思いつつも、その時は気にもとめずに、その場を後にした。
部屋に着き、買い物を整理し終わると、何故か今日の出来事を思い出していた。
何故あの指輪が今更出てきたのだろう。
大切な物だったはずなのだが、思い出せない。
何故あんなにも、簡単に手放せたのだろう。
何度も何度も、そのことばかり繰り返す。
何度思い出そうとしても、思い出せない。
もう今日のことは忘れよう。
自分に言い聞かせる。
そうしている間に、また一日が過ぎていた。

結局、言い聞かせたところで意味は無く。
すっきりしない目覚めのまま、自分の行くべき場所へ向かった。
最も自分が嫌いな場所。
同年代が集まり、学力を高め、競い合う場所。
重い足をひきずりながら、自分の教室の机に着く。
小さくため息をつきながら、たいして勉強道具が入っていない鞄を開き、イヤホンを耳に付ける。
少しでも周りの音が、自分の耳に入らないように。
自分はその教室でいわゆる、ぼっちというものだ。
ある程度話が合う人間もいる。
普通に接することができる人間もいる。
しかし、自分はその教室の、見えないグループというやつには、所属していなかった。
「おっはよー!」
明るい声が、イヤホン越しでも伝わる。
絵に描いたような笑顔で、俺の前に姿を現れたそいつは、自分に声をかけにくる、数少ない人間の一人だ。
「…はよ。」
せっかく声をかけられたのに、こんな気のない返事しかできない自分が、嫌いだ。
「元気ないねー。どうかした?」
きっと、なんとなく言ったであろうその一言が、自分は嬉しかった。
「いや、ちょっと寝不足で…」
「大丈夫?」
「うん。大丈夫…。」
そいつは、クラスの見えないランクでは、上位の位置にいるであろうと思えるほど、クラスの中では明るい。
明るい上に、こんな自分にも話しかけて、見た目は軽そうなのに、成績が結構いいことを、自分は知っている。
きっと、自分だけではないのだろうけど、それでも、人に自分の弱さを見せることができるそいつを自分は、尊敬し、羨ましいとさえ思う。
感情を、素直に表に出せるのだから。
自分にないものを持っている。
それだけで、羨ましいと思うのが人間。
そう思いたい。
クラスの中心の奴らでも、悩むんだな。と、驚いていた自分がいたのを、覚えている。
心のどこかで、自分とあいつらは、住む世界が違うのだと、勝手に思っていたのだ。
そんなこと、あるわけがなかったんだ。
同じ歳で、同じ人間なのだから。
そう思ったら、心がほんの少し軽くなった気がしたんだ。
ふと、また昨日のことを思い出した。
顔が見えない少年。
ずっと前に無くしたはずの指輪。
あの指輪と少年を、自分は知っている気がしたが、思い出せない。
いつ、どこで、どんなときに会った。
いつ、どこで、どの時期になくさした。
分からない。考えても考えても思い出せない。
そのうちふと思い出すだろうとは思うが、思い出せないと、それはそれでずっと気になって仕方ないのだ。
それに、その時は気づかなかったが、少年は「管理しますね。」と言ったのだ。
交番に届けるでもなく、管理をすると。
もしかしたら、また会えるのではないか。
そんな偶然が重なるわけがないと頭では考えつつ、期待している自分がいた。

あれ?ここ…懐かしいなぁ…
昔、よく一人で遊びに来たところだ。
手入れの施されていない空き地。
粗大ゴミとかも、結構置かれてたな。
近くのスーパー。
よくお菓子を買いに行ったな。
近くの小学校。
自分の過ごした学校。
あまりよく思い出せないけど。
荒れ果てた公園。
今では立ち入り禁止になってたな。
でもおかしいな。
どうしてこんなに、何かが足りないのだろう。

気がつくと、自分は眠りについてた。
不覚にも、授業中にねてしまっていたようだ。
慌てて黒板の文字をノートへ映していると、何度も教師と目が合う。
きっと、授業中に寝てしまった自分に気づいていたのだろう。
面倒なことをしてしまったと、また後悔をする。
教師はどんどん黒板を消していく。
意地が悪い。
自分が書いていないとみて、わざと消しているな。
もう書き終わっているところだからよかったものの。
また溜め息をつく。
溜め息を一つつくたびに、幸せが一つ逃げる。
よく聞く言葉だけれど、もしこの言葉が本当なら、とっくに自分の幸せは消えて無くなっている気がする。
なんて、被害妄想つよすぎかな。

どこに行っても、何をしていても、あの少年が頭の隅から消えない。
あの指輪はどこでどうやって手に入れたのだろうか。
管理とは。
どこに行けば会えるのだろう。
聞きたい。
指輪のことも、あの少年のことも。
「体育なんだから、動こう。」
不意にかけられた言葉に驚く。
自分が呆然としていたことに気づく。
しかし、元々体育は好きではない。
動かそうも、体がいうことをきかないほど運動不足なのだ。
「ごめん。腹減ってて、力が出ないんだ。」
おどけて言うと、相手も「しょうがないな。」と、呆れたように笑う。
本当は腹など空いていない。
だからといって、「疲れる。だるい。興味ない。」とは言えない。
それくら言ってはいけないということを、自分でも分かる。
自分は嘘をつくことが多くなっていた。
「なんか眠そう。さっきの授業中も……。」
「あー…、やっぱり気づく?」
「当たり前、あんだけ堂々と寝てたらね!」
「だよねー。」
「漫画の読み過ぎ?」
悪戯そうに笑いながら近づいて聞いてくる。
距離感が自分とは違うことが分かる。
「近い。てか、違う。」
そいつとは選択科目が同じで、趣味も似ていていることから、自然と話すようになった。
「でもさ、いつもはバレないように寝てるじゃん?どしたの?」
「いや、ちょっと物をなくして……。」
「なるほどなるほど。確かに物をなくすと、もやもやするもんね!」
「最近何かなくした物あんの?」
「あるよ!たくさん!ペンとー、消しゴムとー、ノートとー…」
「何でそんなになくすんだ。」
「分かんない!」
おどけて笑うそいつは、なくした物を次々と挙げていく。
そう考えたらさほど気にすることではなかったのかもしれない。
「気が楽になった。ありがとう…」
「いえいえー!何悩んでいるか知らないけど、あんま気にすんな!」
とびきりの笑顔を向けられる。
思わず小さい声で「可愛い」と言ってしまった。
「ええっ!?可愛くないよ!?眼科行きな?」
「いつもの冗談だよ。」
いつもの軽口。
いつものおふざけ。
自分は、この時間が好きだ。
なんでもないような、ただの日常。
きっと、他の人間からしたら、くだらないのだろうけれど。
なんて、またくだらないことを考える。
お前は知らないだろうけれど、お前のその明るい性格のおかげで、いつも沈んでいた気持ちが軽くなる。
お前は、本能的に言葉で人を救える。
言葉にしたら絶対からかわれるから、絶対に言葉に出してやらないけどな。
心の中で思うくらいかまわないだろう?

暖かな日の光が差し込む午後一時半頃、多くの者が睡魔に襲われる。
丁度中間地点にいる自分の場所から、何人もの頭が不規則に上下に動いている。
ふと窓の外を見ると、見覚えのある後ろ姿が見えた気がした。
一瞬、心臓が飛び跳ねた気がした。
今すぐ追いかけたい。
しかし、今は講義中。
そんなことはできない。
あれは見間違えだ。
そう自分に言い聞かせて、少し早い鼓動をなんとか落ち着かせようとする。

やっと講義終了のベルが鳴り響く。
慌てて荷物をまとめて窓から見えた場所へ早足で向かう。
それでも、あの見覚えのある後ろ姿はもうそこにはなかった。
少し乱れている息を整え軽く肩を落とす。
分かっていたことじゃないか。
ふと周りを見渡していると、誰かの足が木の陰から少しだけ見えていた。
自分は音を立てないように近づく。
そこには小さな寝息をたてて寝ている、小さな双子の子供がいた。
何故こんなところに子供が?
最初に思ったのはそれだった。
小さな子供がこんなところで無防備に寝ていては危ない気がする。
かといって、気持ちよさそうに寝ているこの子達を無理には起こせない。
少し悩んだ末、黙って傍にいることにした。
それにしても仲がいいのか、手をお互いに握りながら寝ている。
羨ましいな。家族同士仲が良さそうで。
観察をするように眺めていたら、片方の子がもぞもぞと少し動き出した。
「ん…。」
眠そうな目をこすりながらゆっくりと体を起こす。
まだ寝ぼけているのか、眠そうな目でこちらをみつめつづけている。
だんだん少ししか開かれていなかった目が、はっきりと開かれるようになった。
驚いているのがわかる。
少し口を開きながら、無言で隣で寝ている子を揺すって起こす。
「ん…。何…?」
後から起きた子も、先ほど起きた方と同じような動きをとる。
少ししたら、ふたりは同じ顔で同じ表情をとった。
「えーっと、おはよう?」
自分から話し掛けてみたら驚いたのか、肩が飛び跳ねた。
「あ、あのさ、君達はここの関係者かな?」
片方の子は先に起きた子の影に隠れる。
「ごめんなさい!」
先に口を開いたのは先に目を覚ました子だった。
「入っちゃ駄目だとは思ったけど、ここ、秘密の場所にしてたの!お願い!怒らないで!」
「えっと…俺は何もしないし、怒らないよ。」
あまりにも怯えているので焦って変な言い方をしてしまった。
「君達はここで遊んでいたんだ?」
まだ警戒しているのか、距離をとられているのが分かる。
「見つかったのが俺だったからまだいいけど、次は寝るなら確実に見つからないところで寝るんだよ?」
何故か双子は驚いた顔をしてこちらを見つめる。
「…怒らないの?また来てもいいの?」
影に隠れていた子が恐る恐る聞く。
「俺は構わないよ。変なことさえしなければな。」
「な、なら!皆には秘密にっ!お願い!」
そんなにここが気に入っているのだろうか、必死に頼み込まれる。
「分かった。秘密にする。そのかわり君達も約束して?変なことは絶対にしないって。」
「「約束する!」」
双子ははっきりと返事をした。
「なら俺も約束は守る。それじゃあ、暗くならないうちに帰りなよ。」
そこから立ち上がり、自分はその場から離れた。
たぶん近所の子供なのだろう。
いたずらなど悪巧みをしているわけではないし、特にこれといった問題はないだろう。
勝手な自分の判断だが、今はこれでいいと思った。

それから数日経ったある日、いつものように講義を受けていると、窓の外から二つの小さな頭がほんの少し見えていた。
驚いたことに、あの双子だった。
慌てて身振り手振りで下がるように伝え、姿は見えなくなったが心臓に悪い。
周りを見渡す限り、特にあの双子に気づいた人がいなくてよかったと胸を撫で下ろす。
平然を装いながらまた講義を受けていると、また双子が顔を出して、小さく手を振って姿を隠す。
何故あんなことをしているのかは知らないが、自分以外に見つかったら大事だ。
ベルが鳴り響き講義が終わる。
また足早にこの前の場所へ向かう。
すると双子は、自分に気付き近寄る。
「こんにちわ!」」
元気な挨拶に花丸をあげたくなるが、ここは抑えて先ほどの行動について聞こう。
「こんにちわ。君達、何でさっきは姿を出したの?」
「もう一度見たくて…。」
「もう一度?」
「前にも覗いていたんだけど、気づいてくれなくて…。」
まさか、何度か覗いていたのか。
「あのな、俺以外の人に見つかったら、追い出されるんだぞ?」
「「えっ!?」」
「だから、さっきみたいなことはしないように。」
「で、でも、もう一度会いたくてっ!」
「なら、今度は俺が会いに来るから、あんなことしない。約束してくれるか?」
「う、うん!約束する!」
「約束守ってくれてるもんね!僕達も約束守るよっ!」
「よかった…。」
これで安心できる。…はずだよな?
「毎日来てくれるっ?」
「…毎日は無理だけど、週に数回来るようにするよ。」
「本当っ?」
「本当。」
この前まで怯えていたのが嘘のようだ。
それにしても、何でこんなに懐かれてるんだ?
「とりあえず、そろそろまた講義があるから、また…。」
「う、うん。待ってるっ!」
訳も分からぬままその場から離れた。
きっと約束を守っているから懐かれてるんだろう。
それにしても、懐かれていること自体悪い気はしないな。
なんて、そんなことを考えながら歩く。
まるで自分に兄弟が出来た気分だ。
可愛いなと思ってしまう。

この小説について

タイトル なくしもの。
初版 2015年12月24日
改訂 2016年3月14日
小説ID 4742
閲覧数 450
合計★ 2
三上冬夜の写真
駆け出し
作家名 ★三上冬夜
作家ID 988
投稿数 1
★の数 2
活動度 209
小説書くの初心者です。拙いとこもありますが、よろしくお願いします。

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