【悪魔の十字架】 - 第五章;首なし男爵

ニックは日本の秋が好きだった。
乾いた空気は清々しく、肌に優しい。

「た、助けて。ニック」

忙しないノックと同時に玄関のドアが開き、
隣人・阿部亮太が
ニックの部屋へ飛び込んできた。

観葉植物に霧吹きをかけていたニックは、
手を止めて顔を向ける。

「どうしたのですか、リョータ」
「電話が〜恐いんですう〜。もう、電話のない山奥に逃げたい」

ゲスト用の大きなベッドに身を投げ出して、
亮太はふかふかの枕に頭を埋める。

「またですか」

優しいため息をついて、
ニックは霧吹きをデスクに置き、
珈琲を淹れるためにキッチンへ向かった。

もうすっかり習慣になってしまったこの行動。

無駄のない洗練された動きに磨きがかかり、
異国の空気を持つ青年は
セミプロの腕前を披露する。

「ううーん。いい匂いですね〜」

淹れたての珈琲が強く香り、
誘われるように
ベッドから抜け出してくる亮太。

相変わらずぼさぼさの髪に、
よれよれのトレーナー。

身体に馴染んだジーンズは
有名なブランド物なのだが、
本人は気付いていない様子で。

「ああ。癒される〜」

人懐こい童顔をほころばせる亮太は、
本当に美味しそうに珈琲を飲む。

対面キッチンの柱にもたれた
いつもの位置から、
ニックはそんな友人に声をかけた。

「締め切りが近いのですか」
「お友達の作家さんの作品に〜、コメントをつけろって依頼が二件〜」

亮太は、肘の辺りを
ぼりぼり掻きながら表情を曇らせる。

「ジャンルが〜違い過ぎて。ワケわかんないですう」
「へえ」

興味を示すニックが眉を上げた。

「お友達サンは、どんなご本を」
「一人は推理小説作家で〜。もう一人は哲学者なんですよ〜」
「それは大変そうですね」

言いながら頷くニックにも、
電話の着信音が聞こえた。

「ああ!しまった!」

ポケットから携帯電話を取り出し、
ディスプレイを確認する亮太。

「転送切るの。忘れてました〜」

珈琲をもう一口飲み、
小さく笑うニックに
泣きそうな顔を向ける。

「……もしもし。ハイ〜どうも〜お世話になっておりますう」

電話の相手に愛想笑いを浮かべ、
亮太は何度か頭を下げてから
ボタンを押した。

大きなため息と、がっくりと下がる肩。

「どうしました」
「ニックは。明日、暇ですか〜」
「ええ、まあ」

カップを傾けきれいに飲み干して、
亮太が立ち上がる。

「片岡さんと一緒に来ませんか〜。オーロラビルの〜最上階」
「何か式典ですね」

場所を聞いて察するニック。

「そうなんですよ〜。授賞式だそうで。一人じゃ心細いんで」

迷子の子犬みたいになっている肩にそっと触れ、
ニックは隣室へ帰っていく友人を励ました。

「わかりました。時間作ります」
「じゃあ。明日十八時に」
「頑張ってくださいね」
「はああ〜」

誰も居なくなった部屋に、
ユリの香が漂う。

静かに自分の作業を続けるニックは、
視線を感じて顔を上げた。

仕事用デスクのすぐ向こうに、
胡坐をかいて座るアロンがいた。

「……何か用」

集中を削がれ、
ため息混じりのニック。

『明日。オーロラビル』

しわがれた声が
下卑た笑いと一緒に嫌悪感を増幅する。

悪魔はみんな、こうなのだろうか。

「聞いていたの」
『俺様はずっとここに居たダロ』
「そうだっけ」

感覚が鈍っているのか。
ニックは表情を曇らせた。

『死人がイッパイ。俺様嬉しい』

変な節を付けた下手糞な歌声に、
ニックは耳を塞ぎかけて手を止めた。

「明日のオーロラビルで、何か起きるの。アロン」
『さあ。どうだかな』

意地悪な微笑み。

「キミが何かを企んでいるのなら、還ってもらうよ」

銀の指輪が
ニックの意志に呼応して輝きを増す。

祈りの形に組まれた手を胸に、
ニックは軽く目を閉じると
英語で囁き始めた。

「父と子と、精霊の御名に於いて……」
『ちょ、ちょっと待った』

痒みを我慢するような動きをしながら、
大きなアロンが両腕を振り回す。

『俺様じゃない、男爵だ』
「……男爵」

日本でその肩書きを聞くとは。

「そんな方がリョータと同じ式典に出席するの」
『シキテン?それは知らネエ』
「どういうこと」
『俺様が言ってるのは、首なし男爵デラのコトだ』

首なし男爵、デラ。

黒いコートに身を包み、
真っ黒で巨大な馬に乗る男爵。

彼の頭部は彼の腕が大切に抱えていて、
こちらを向くその顔に付属した、

血を流すような赤い眼に見つめられたら、
人間は一瞬で生命を失うと言われている。

男爵の登場はかなり派手で、
『世界中の食器が一斉に割れたような』
もの凄く喧しい騒音がするらしい。

「なぜ、そんな所に彼が来るの」
『知らネエよ。悪魔は気紛れだからな』
「この事を教えてくれたのも、アロンの気紛れ?」
『さあな』

目の前で大きな黒い翼が広げられる。

食べてしまったマリアの影響なのか、
艶を増したアロンの羽は、
蝙蝠よりも鳥類に近く変化していた。

本当にそれだけ伝えて、
アロンはまた自由にどこかへ飛び去り、
黙り込んだニックの額に
刻まれたしわが深くなった。

「ええっ!でも私、着ていく服が」
「それなら、今から一緒に買いに行きましょう」

短い電話のやり取り、
一時間後の待ち合わせ。

「ニックはぜったい、女の子のこと解ってない!」

慌てて身支度を整え、
出来るだけ急いで歩きながら、
自然と微笑が浮かぶ優子の顔。

それに気付いて
無表情になろうとするのだが、
どうにも上手くいかず、
へんてこな百面相を繰り返す。

「カタオカ。こちらです」

駅に着くと同時に声をかけられた。

休日の昼時、
人混みの中から
ニックを見つけ出すのは容易い。

照りつける太陽を避け、
街路樹の下に佇む長身の彼。

普段着だと言い張るお洒落な黒スーツ、
端整な顔に異国の遺伝子。

その綺麗な指に光る、
大きな銀の指輪達。

「うわ、ニック声、大きい」

周囲が振り返り、
彼と彼女を見比べていく。

不釣合いなのは判っている、
優子はけして美人ではない。

父親に良く似た太い眉、
低い鼻、への字に曲がった唇。

「急に呼び出してごめんなさい。怒っていますか、カタオカ?」

急いで近付いた優子の表情を確かめて、
ニックは困惑顔になった。

「怒ってないわよ」

妬み、嫉み、その他諸々、
行き交う女性陣の視線が痛いだけだ。

しかめっ面の彼女を
上から優しく覗き込み、
ニックは何気なく髪に触れた。

「少し、短くしましたか?」

その仕草に息を詰まらせながら、
優子が頷く。

「え、ええ。そうね、切ったかも」
「じゃあ、この髪型に似合うドレスを探しましょう」

柔らかな彼の微笑が、
自分だけに向けられる贅沢な瞬間。

並んで歩き出しながら、
優子は彼との不思議な距離感を堪能した。


翌日の夕方。

正装のニックと優子が
オーロラビルのエントランスに到着すると、
真っ白なスーツを着こなした青年が
両腕を広げながら笑顔で近付いてきた。

「ああ〜、良かったです〜。本当に来てくれましたね」
「えっ。亮太さん?」

驚く優子。

「見違えたわ。別人みたい」
「片岡さんも〜、清楚でお美しい。ねえ、ニック?」

静かに並んで立つニックを見上げ、
亮太がからかうように言った。

「カタオカはいつも美しいです」

鷹揚に頷き、
ニックは平然と言い放つ。

「あ。あはは」
「いやいや、これはこれは」

困った笑いの二人が顔を見合わせ、
亮太はニックに白い封筒を渡した。

「招待状です〜。これを受付に渡してくださいね」

忙しそうに戻っていく
亮太の背中を見送り、
ニックは優子を見下ろす。

「開場まで少し時間がありますね。珈琲でもいかがですか」
「そうね。何だか私の方が緊張してきちゃった」
「ラウンジがあります」

行きましょう、と、
ニックは自然に優子の手を取る。

生きる世界の違いを痛感しながら、
それでも優子は彼に
すべてを任せることにした。

「そういえば、今日って何の式典なの、ニック?」

ドリンクで喉を潤し、優子が聞いた。

「誰かの授賞式と言っていました。リョータのお友達かと」
「じゃあ、作家さんの集まりなのね」
「多分。実はボクもよく分っていないのですが」

行ってからのお楽しみ、と、
ニックは気軽に微笑む。

「立食式のパーティーらしいです。お腹いっぱい食べて帰りましょう」
「ええ?そういうノリでいいの?」
「はい。構いません」

そうは言われても、
優子は緊張感を残したまま、
ニックにエスコートされて
ビルの最上階に向かうのだった。

「あちらの入口からお入りください」

封筒を渡すと、
受付の綺麗なお姉さんは手のひらを向ける。

「ありがとう」

さらりと英語で返して
振り向いたニックは、
優子の指先を肘の内側にそっと載せた。

「中は混んでいるみたいです。迷子にならないようにちゃんと掴まっていてくださいね」
「う、うん」

戸惑いながらも指先に力をこめる優子。

ゆったりと胸を張り、
広すぎる会場内へ堂々と歩いていく
ニックの横顔を見上げてついていく。

思った以上に招待客が多く、
報道関係者もちらほら見えている。

「ねえ、ニック」

歩きながら、優子が呼んだ。

「ちょっとした式、なんかじゃないわよ、これ。すごく、大掛かり」
「そうですか」

ニックは気にも留めず、
壁際に優子を連れて行く。

「ここで待っていてください」

すぐにニックは
二人分のグラスを手に戻ってきた。

「少し呑みましょう。落ち着きますよ」
「そうかな。ありがとう」

ざわめく会場。

高い天井に
談笑が響いて吸い込まれていく。

見事なシャンデリア、緋色の絨毯。

「ん。おいし……」

一口呑んだ優子がニックを見上げる。

「フルーツのカクテルです」

いつも通り微笑むニックに、
ようやく柔らかい笑顔になる優子。

やがて流れていた音楽が小さくなり、
前方の舞台にスポットライトが当たると、
その円の中にタキシード姿の男性が進み出た。

「お待たせいたしました。ただ今より、OX社主催新人賞の授賞式を始めさせていただきます」

ざわめきがおさまり、
拍手の波が広がる。

「まずは社長より、皆さまにご挨拶をさせていただきます」

壇上に恰幅の良い男性が現れ、
スポットライトが動き、
再び拍手が起こる。

そんな流れが数回繰り返された。

「それでは。最後になりましたが、最優秀新人賞の方のお名前を発表いたしましょう。阿部亮太さん前へどうぞ」
「ええっ!」

思った以上に大きな声が出てしまった。

「誰かの応援どころか、彼がメインでしたね」

楽しそうに囁くニックの陰になり、
顔から耳まで真っ赤に染めて、
下を向く優子。

周囲の意識は直ぐに彼女から離れ、
真っ白なスーツの亮太が
堂々とステージの中央に立った。

「おめでとうございます」

花束や記念品などが手渡され、
社長と握手を交わした亮太が、
マイクを握って
お手本のような答辞を披露する。

その途中だった。

「何だ、煩いな」

誰かが呟いた。

「誰だ、粗相をしたのは」
「早く片付けさせろ」

窓側の招待客がざわつき始める。

食器が割れたような
耳障りで嫌な騒音は、
だんだん大きくなっていった。

壇上にいる亮太の視線を辿るニック。

「カタオカ、こちらに」

言いながら片腕で彼女の身体を引き寄せ、
ニックは胸ポケットに入れていたペンライトで
亮太の気を引いた。

同じタイミングで、
天井の照明がおかしな点滅を始める。

「何だ。どうしたんだ」
「これもイベントの余興なのか」

落ち着きを失った人々の騒ぎと、
がしゃがしゃ喧しい騒音が、
混乱と当惑を増幅していく。

「ニック。あ、あれ」

アロンが、
高い天井に張り付くように浮いていた。

それを目撃し、
ニックの合図に気付いた亮太が
壇上から急いで降りてくる。

「リョータ、首なし男爵デラを知っていますか」

早口にニックが言った。

「え、え?首なし?」
「ちょ、ちょっと。放して、ニック」

今度は違う意味で真っ赤になりながら、
自分の胸を必死で押し返している
優子の頭を後ろから抑える。

「来ます。カタオカ、リョータ、目を閉じて」

半分怒鳴るような、
切迫したニックの声をかき消すように、
高層ビルの分厚いガラス窓が砕け散った。

最上階での地震のような揺れに、
怯えた女性客の甲高い悲鳴が、
真っ暗になった広い会場に響き渡る。

「地震だ!」
「崩れるぞ!」

瞬時にして、大パニックに陥る招待客。

「落ち着いてください。大丈夫です、みなさん落ち着いて」

生きていたマイクを通して
叫んだ関係者が声を失った。

「何だ……あれは」

その呟きは意図せずして会場中に響き渡り、
誰もが窓の外からやってきた
ありえない侵入者に目を奪われた。

真っ黒で、
巨大な馬が宙に浮いている。

「そ、そんな」
「嘘だろ」
「何だよ、あれ」

馬の目が暗闇に赤く光り、
それよりも更に人々の思考を奪ったのは、

『首なし男爵デラ』

巨大な愛馬に跨る黒いコートの男爵は、
片腕で自分の首を大切に抱え、
その真っ赤な眼で会場を見下ろしていた。

目が合った数人が苦しげに呻き、
床に倒れる音がする。

人が倒れる重たい響きは、
思わずそちらを見てしまいたくなる
異音だ。

「リョータ、見てはいけませんよ」

ニックが声を張った。

「は、はい〜」

亮太が壁に向かい、
目を閉じている気配を感じる。

ニックは片手で優子の後頭部を支え、
自分の胸で壁に押し付ける形で
彼女の視界を奪いながら、
自分は天井のアロンを確かめようと顔を上げた。

また悲鳴が響いた。

暗闇の中、
フロアから逃げようと
滅茶苦茶に走り出す人達。

人同士がぶつかり合い、
将棋倒しになる。

転んで倒れ、怪我をする人達。

「どうするの、アロン」

ニックの呟きが、
彼の胸で響いて聞こえた。

「……アロン?」

繰り返す優子の声は
周囲の混乱に消される。

男爵は一通り人間達を見回して
魂を吸い込んだあと、
天井付近で腕組みをしてニヤつく
アロンを振り仰いだ。

『異端のアロンか。何用だ』
『俺様を知っているとは、光栄だな』

組んでいた腕を降ろし、
アロンが大きく翼を広げる。

戦闘態勢のアロンに対し、
警戒した位置関係のまま、
男爵が蔑んだ。

『悪魔の分際で聖者にその身を捧げ、尋常ならざる力を得たと聞くが』
『……試してみるか?』
『何を偉そうに。元は儚きゴブリンだったそうじゃないか』

アロンの身体が、
力を失ったように落下した。

そして、
男爵の顔近くで急停止する。

前触れのない行動に、
男爵の動きが一歩遅れた。

『遅いんだよ』

笑うアロンの大きな手が、
男爵の首を鷲掴みにした。

長く湾曲した鍵爪が
遠慮なく顔面に突き刺さり、
重低音の唸り声を上げるデラ。

人のものではないその叫び声が
空気を揺らし、
人々はますます混乱し、
会場は混沌とした状況になっていく。

『何だよ。男爵様も大したことネエな』

そんな悪魔の会話や、
ぼりぼりと骨ごと喰らう音は、
おそらく亮太とニックにしか聞こえていない。

「ひ、ひいい〜。ニックう〜」
「大丈夫です、リョータ。もう少し、我慢してください」

目を硬く閉じ、
耳を両手で塞ぎ、
亮太は半べそになっていた。

「も、もう。こんな耳〜、いらないです〜」

真っ黒で巨大な男爵の愛馬が、
主人を失って大きくいなないた。

霧状に消えてしまった
男爵の身体を捜して、
会場中を飛び回る。

それはまさに、
書物にある通りの、
『世界中の食器が一斉に割れるような』
酷い騒音だった。

気を失って倒れる人が続出、
胸を抑えたまま絶命している人、
転んで怪我をしたため流血している人。

『オマエも、ウルセエな』

男爵の目玉を地に投げ捨て、
翼を動かしたアロンが、
一瞬で大きな馬の前に移動する。

その太く大きな馬の首を片手で掴み、
アロンは舌なめずりすると
赤い目を覗き込んだ。

『俺様はもう腹イッパイなんだ。オマエ、どうする。ここで飼い主と同じになるか、地獄へ帰るか』

怯えた馬が後足で何度も宙を蹴る。

『ヘエ……主人を見捨てて帰るってか。とんだ愛馬だな』

緩んだアロンの手から逃れ、
巨大な黒馬が
外へ飛び出そうと駆け出した。

壊れた大きな窓から半身が出た時、

『なんてな。逃がすかよ』

今までにない移動速度を手に入れたアロンが、
その残虐な手を伸ばす。

夜の闇に、
泡のように消えていく巨大な黒馬。

残った赤い目玉を口に放り込み、
アロンは大して味わいもしないで
吐き捨てた。

『まじい』

泣き叫ぶ気力も体力も失った人々が、
放心したように
あちらこちらでうずくまっていた。

気丈に立ち上がり、
怪我人の手当てをする人もいる。

それらを無感情に
上から眺めるアロンの姿も、
やがてそこから消えた。

「もう、大丈夫です」

ニックが優子からそっと離れた。

顔を赤くしたまま、
呆然とニックを見上げる優子。

「何があったの」
「じ、地震ですよ〜。無事でよかったです、片岡さん」

亮太が情けない顔で立っていた。

「亮太さんも無事ね。良かった」

やがて救急隊が会場に到着し、
照明が復活すると、
惨劇が浮き彫りになった。

地震の記録はなく、
派手に割れたと何人かが証言した
ガラス壁がそのままで、
警察は集団パニックで
事故を収めることにしたようだった。

「せっかくの授賞式が、台無しになってしまいましたね」
「一生〜、忘れられそうにありません〜」

簡単な取調べから解放され、
並んで夜道を歩く三人。

「気分転換に、呑んで帰ろっか」

優子の提案に乗り、
正装で立ち寄ったバーバラの店で、
三人はいつもの陽気な外国人達に
おおいに弄られ、
楽しい時間を過ごしたのだった。

調子良く飲み食いして、
足元が覚束なくなった亮太を
支えて外に出る。

終電間近の街は静かで、
少し肌寒かった。

「本当に平気ですか、カタオカ?」
「大丈夫よ。私はそんなに呑んでないし」

頷きながら、
ニックの腕にぶら下がる
亮太を見る優子。

「それに、そんな状態の人を連れ回す距離じゃないわ」
「それもそうですが」

煮え切らない態度のニックに、
優子は努めて明るく言った。

「今日はありがとう。楽しかったわ。素敵なドレスも着れたしね」
「それは良かったです」
「じゃあ。また」

手を振り、
足早に駅へ向かう優子の
後ろ姿をしばし見送るニック。

「すみませんね〜」

不意に脇の下の亮太が喋りだした。

「人の恋路を邪魔するやつは、馬に蹴られて死んでしまえ〜って言いますが」

亮太が自力で立ったので、
ニックは腕を解いて彼を見た。

「あの黒馬には〜、二度と〜、会いたくないです」
「見たのですか」

少し、驚いた。

「はい〜、ちらっと」

忠告を無視した、と、
申し訳なさそうに頭をかく亮太に、
ニックは疲れたような微笑を向ける。

「無事でよかったです」
「男爵の逸話は〜、聞いたことがあったので〜」

家路を辿りながら、
二人は今日の出来事を話し合った。

「あの〜。天井近くにいた黒いのは」
「……アロンです」

複雑な表情のニックを気にせず、
亮太は感じたままを告げる。

「前に見たのと〜、様子が変わって感じたのですが」
「次々と強敵を自分に取り込んで、大きくなっているので」
「うん、まあ。大きさもそうなのですが〜」

上手く表現できない自分に
もどかしさを感じる。

「作家なのにな〜。良い単語が見つからないな〜」

そうこうするうちに帰宅し、
二人は自室へと別れた。

「お疲れ様。おやすみなさい」
「ほい、お疲れ様〜。今日はありがとうございました〜」

一方、
無事に帰宅した優子は、
眠れないまま布団に潜りこみ、
天井を見上げていた。

「アロン……て、何」

ニックが呟いた単語が
頭に引っかかって消えない。

それと同時に、
強く抱きしめられ密着した
彼の温もりが蘇る。

「うう……きゃあ〜!」

布団を抱え、
赤くなった顔を押し付け、
ごろごろと転げ回る優子。

「……寝なきゃ。明日は仕事よ、私」

自分に言い聞かせ、
優子はそれ以上深く考えるのを止めた。

後書き

書き終えて気付きました。
パーティー会場でのあれが、
壁ドンてやつですか?←聞くの?

この小説について

タイトル 第五章;首なし男爵
初版 2016年2月15日
改訂 2016年2月15日
小説ID 4757
閲覧数 479
合計★ 0
アクアビットの写真
ぬし
作家名 ★アクアビット
作家ID 666
投稿数 30
★の数 67
活動度 7999
アクアビットの小説は『PCにて見開き表示』が読みやすいかと。お試しあれ〜

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