バロンがくれた物語 - 1 旅立つわたしを追いかけて

月島雫
 たくさんの話を書いてきて、たとえば冒頭一文のインパクトが小説にはものすんごく重要、とか

だからインパクトの強い書き出し、語感の良い勢いのある文章をもってくるとか



そうやって、知識ばかりはついて何をすべきかはもうテンプレートのように決まってしまってる。
何を書くべきかだって、迷うけど心底には迷ってない。長い旅行から我が家に帰ってきたとき
なんとなく家のなかのそっけない雰囲気に怯んで扉をあけられないだけのわたしだ。先の見えない迷路に
迷い込むかもしれない扉を、どきどきわくわくしながら開けるわたしとはちがう。
このくたびれた原稿用紙の、かすれた鉛筆の跡は「あの時」の、初めて物語を書き始めた中学3年生の迷いと焦りと
苦しみと、なにより得体の知れない世界へのはちきれそうなほどの期待をぱんぱんに孕んで、こう始まるのだ。
「それは―――








 耳をすませば バロンがくれた物語








 それは秋の風が街のほこりを空へと舞い上げる、気持ちのいい午後。
やわらかな10月の光が風の動きと形にくっきりと陰影をつける。
骨董屋の扉をくぐると、ぬりたてのニスの香りがどこからかする。つんと鼻をつくにおい。
店内の明かりは日差しのためか落とされていて、うす暗い。


 「じゃあ、旅に必要そうなものを二手に分かれて探そう」
腰上ほどの背丈しかない男爵を、わたしは自然と見下ろす感じになってしまう。
男爵は気にしていないようだけど、見下ろしているほうからすると結構気をつかう。
なぜって、彼の耳はふさふさと金色の綿毛が一本一本、丁寧に仕込まれていて、本物の猫の耳のようだ。
なんて、彼をまじまじと無遠慮に観察してしまうからだ。
「やあ、雫さん。また来たねいらっしゃい」
「おじいさん」
男爵がさっと手近にあったタンスの影に身をひそめる、タイミングは危うかった。
店主の老人は、ちょうどトイレから出たところだった。角度からすればバロンが見えたはずはない。けど
少し心配になる。なんにしても早いうちに旅支度をして、ここを出たほうがよさそうだ。

「何かお探しかね」
「いえ、ちょっと見てるだけで」
「じゃあ、わたしはちょっと下の階にいるから、なにか用事があったら声をかけてくれるかな」
「わかりました」
階段をぎゅっぎゅ、ときしませて老人は骨董屋の1階へ降りていった。
――この建物は面白いつくりをしている。ロータリーに面する地球屋の入り口は実は建物の2階で、
店の奥の階段が3階と1階につながっている。
1階は居住スペースのようで、台所やダイニングがある。
ここ骨董屋『地球屋』は崖にずるりと身を投げ出したような家屋を頑健な柱で支える構造になっているため
地面よりも下に1階があるのだ。
実は店の入り口とは別に、吊るされた観葉植物(この夏すき放題に伸びて
鉢から身体のほとんどがこぼれおちている)を尻目に目立たない木戸を開けて、眼下の街を見下ろしながら
階段を下ると、いわゆる『店』のではなく、『家』としての玄関があらわれるのだ。

「バロン、行った」
「すまない。早いところ済ませたほうがよさそうだ」
 男爵は棚をごそごそとひっかきまわして、なにやらかび臭い埃とひともんちゃくしていた。
店主にバロンが命をもった姿を見られてはいけない訳ではない。
しかし、物事をファンタジック(要するにありのまま)に考えるには、彼はもうすっかり年老いているかも、とわたしは思う。
そして、心ならずもわたしはわたしで、必要なものを探さなければならない。それも手早く。
銀色の液体がビーカーにつまった謎の実験器具、古いチェンバロ、3世紀も前の香水瓶。ニューヨークマンハッタンのホテルのドアベル、年代物のウィスキー、陶器の馬、年代物の振り子時計、

「えーっと、磁石がいるわね。そうでしょ? 海や平原、鬱蒼とした森ではこれがなくちゃ。
それに地図。(読み方がわからないけど・・・。)そうか、灯りも無いと困るかもね。考えてみると、けっこうかさばるなぁ」
「地図は、ラテン語のものじゃないとダメだぞ! この世界のものは使い物にならなくなる」
「はぁい」
「初めての旅だから心配するのも無理はないが、世界は旅するためにできている。そう不安がることもない」
バロンはずれた帽子を芝居がかった仕草でかぶり直して、にやっと笑う。
 そう、これは初めての旅。
 わたしの。

 店主が怪しまないよう手早く用意したものの、しばらくしてから床に積み上げられた旅行に必要そうな品々は
ずいぶんな量であることがわかった。これでは背中に俵でも背負うような不恰好なリュックでもない限り、持ち運べそうもないし
とても重そうだ。ここに、食料や水なんかを加えたら、どうなってしまうのだろう。
 バロンもようやく自分の探し物を追えて、品物の山を見上げると
「旅支度の楽しさが伝わってくるようだな。しかし、この量は持ち歩けないだろう?」
「わたしもそう思ってたところ。どうしよう」
「旅なれた私からひとつ、アドバイスだ。旅先で『いつも通り』生活しようと思うから、必要なものがあれこれ増えるんだ。
なにせ、家をそのまま持っていくようなものだからな。
『旅人』らしく行こうと思えば、たいていの物は旅先で手に入ることがわかるよ。そんなわけで」
 バロンは探していた鍵(と思しき束)をふところにしまって、荷物のえりわけを手伝ってくれた。
数分たつと、あっという間に必要な荷物は手提げバッグに入る程度になってしまった。見事としか言いようがない。

「じゃあ、行こうか。長い旅になるかもしれない。司郎さんに、挨拶しておいてくれないか」
「わかった。でも何て?」
「あの人はなんでもお見通しだ。だから、少し長く留守にするとだけ言えばいい」
そう言うと、バロンは先に日差しのなかに出て行った。


 階段を下りていくと、コーヒーの良い香りが漂ってくる。そしてかぎなれないタバコのにおい。
店主はすぐに雫に気がついた。階段のやさしくきしむ音を彼ほど聞き逃さない人はいない。
「おや、お帰りかな?」
「はい。おじいさん、わたし、しばらくここに来れなくなるかも」
「それは残念だ。さびしい店も雫さんがきてくれると、賑やかになるからなぁ」
わたしは、さらっと言ったつもりだった。理由を追及されて、見苦しい嘘をつくのはいやだったからだ。
店主の目はタバコのけむりの形を追っていたが、妙なことが起こった。
煙がほんの一瞬、バロンと手をつないで歩く雫の姿を映したように思えたからだった。
「秋の風もじきに冷たくなる。気をつけて帰りなさい。また遠慮なく寄ってくれて構わないから」
「はい」雫は、おじいさんがもう何もかもわかっているのだと確信していた。
「わたし、来れるようになったら、すぐに来ます。おじいさんも、気をつけて」
「焦ることはない」
そう言うと、鴨居につりさがったあめ色の作りかけのバイオリンを見上げて
「年をとるとね、旅先でも家のことを考えるようになる。
心は家にこもりがちになるんだろうね。旅先でも自分の家とどう違うかとか、違いを楽しむようになる。
でも心が旅をしていれば、素直に旅を楽しめる。そういう時間はあっという間に過ぎる。
 雫さんと僕は、すぐに会えるよ。いってらっしゃい」


 ところが旅の出立にはすぐにケチがついた。
男爵が忘れ物に気づいたのだ。あわてて地球屋に引き返した男爵を追って、ぜいぜいと荷物を降ろしたところで、
彼はさっさと地球屋に戻ってきた理由のソレを手に出てきた。待機していれば良かった……と後悔する。
 「それで、忘れ物はあったの?」
 「あったあった、これこれ」
 「なぁに、それ」
わたしは地球屋によく遊びにきているし、アンティークっぽい物に目がないので片っ端から(もちろんおじいさんの
了解を得て)さわったり調べたり由来を聞いたりしている。男爵が手にしているのは植物をモチーフにして
古風な飾りが豪華だけど、いかにも古びて相当年代物の手鏡だ。だから目にしていたら絶対に忘れないはずなのだけど。
わたしの開けたことのない鏡に男爵が手をかけると、中にはめこまれてる飾り枠の宝石(本物? まさかね)がきらりと光ったような気がした。
 「これはなくてはならない大事なものなんだ。行方のわからない人を映すことのできる鏡なのさ」
 「例の『あのヒト』?」
           
 こうして少女と猫男爵の旅は始まったのです。
 さて、わたしたちの旅立ちを書いてきたところで気づいたのだけど、『どうしてわたしたちが旅立たねばいけなかったのか』を
まだ書いていなかったみたい。その理由は次のおはなしで。

                             (平成X年 月島雫加筆修正)

後書き

気長に読んでくださいませませ。わたしも古い原稿用紙から文字をタイプするのに四苦八苦していて、目下なかなか進まないのが悩みです(^^;

わたしの処女作です、こっぱずかしいですけど感想などお待ちしてます。
そういえば今日は2月22日で、にゃんにゃん猫の日ですね☆奇遇だな〜(月島雫)

この小説について

タイトル 1 旅立つわたしを追いかけて
初版 2016年2月22日
改訂 2016年2月22日
小説ID 4758
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