飛行船αの上空紀行 - 飛行船αの上空紀行

 明るい、山道を歩いていた。街を上から見下ろせる程度に離れた山道。その街に背を向けるような形で俺は、歩いている。ここが何処なのか、分からない。忘れてしまいたい。早く皆の元に戻らなくてはならない。そんな気がする。気がするだけだ。
 ふと足元を見ると、自分の小さな足が見えた。白くて、細くて、頼りない、足。
 開けすぎた視界の中で俺は、全然どっちに進んでいいか分からなかった。



「モントさん」
「………あぁ、全く駄目だな」
 スターノが意識を失ってからもう四日が経ってしまっていた。
 色々な面で四日前から全く進歩がない。進歩が出来ないと言えば言い訳になってしまうが、全く、その通りなのである。
 現在働けるモント、レジ、フェリーは、相当な痛手を受けていた。ギルドマスターと戦闘組の一人を失ってしまったのだ。それはそうだろう。
「………本当に、スターノさんはいつ目覚めるんでしょう………」
「多分、ずっとあのままだ」
「わ、レジ………驚かせないでよ」
「判ったことがあるんだ」
 そう言うとレジは、手に持った岩の断片を見せた。
「これは“夢見石”だ。学会で仲良くなったおっさんから貰った」
「それがどうしたの」
 フェリーはその“夢見石”とやらを摘まんで掌へ転がした。至って普通の石の色をしたごつごつのもので、特に手触りが良いという感じもしない。
「“夢見石”と言う物は本来、その石に宿った力で使った者の夢の苦くて辛い部分を軽減してくれるものだろ、知ってるよな」
「あぁ………もしかして、スターノが見ているであろう悪夢をそれで止めようって言うんじゃねぇだろうな」
「俺もそうしようと思ったんだけどな……」
 レジはフェリーの掌の中の石を見つめながら、哀しげに首を横に振った。
「スターノさんの魔力を100としたら、それは50くらいだと思うんだ。魔力の弱いものは強い物にかき消されてしまうことが殆ど。石みたいに自らの意志がないのは尚更なんだよ」
 因みに、とレジは少しだけ得意げに人差し指を立てて
「俺の魔力はそこで言うと90くらいだ」
「えっ、えっ、僕は!?」
「俺はいいや……」
 フェリーは興味津々で身を乗り出し自分の目安を訊ねるが、モントは対照的に、寧ろ身を引いていた。
 それでもお構いなしにレジは満面の笑みで
「フェリーは70、モントさんは65ってとこだと思うぞ!」
 それを聞いて。
「お、僕結構あるんだね」
 フェリーが意外そうに感心する。
「?そんな意外なことじゃないぞ。フェリーは日頃からαを操縦してるんだからな、そりゃ大きいだろ」
 レジは何のことはないと親指を立てた。
「5とは言え、年下より低い俺の魔力……」
 モントは落胆しすぎたようで、遠くの方を、と言うか空間に意識を流していた。そろそろ彼の髪の毛を纏めている聴色の柔らかい布が端から灰になってきそうだ。
「心配すんなよモントさん?あんたが魔力使うときなんて、即興で弾いた曲をそのまま楽譜にするときくらいだろ?」
 それを聞くと、モントは何言ってるんだとばかりに跳ね起きて
「だっ、だいたい!人は魔力で実力が決まるもんじゃねぇし!」
「そうだそうだ、それでいいんだー」
「……で、何?その夢見石」
 あぁ、そんな話だったなと言いながらレジは脱線してしまった話を再開した。
 ここで、レジが話したことを要約しようと思う。
 実を言うと彼は、大事なことだけを要約して伝えたりすることは全くの専門外で、いらない話が大体入り込む。その会話をここにそっくり書き写していたら、きっと日が暮れてしまうだろう。
 彼が言いたかったのは、その夢見石に“魔力注入”を施しスターノの枕元に置いて、反射した魔力から夢の中身を見てしまおうというものだった。
「どうだろう、やってみる価値はあると思うぜ?」
「まぁ…………そうだな。物は試しって言うし、やってみっか」
「レジって、頭は良いのに馬鹿みたいだよねー」
「んだよそれ!」
「コラ、お前等!イチャイチャしてんじゃねぇ!」
 そんな会話をしながら、レジはさっさと準備を終えて、呪文らしきものを唱えた。唱え終えても、夢見石が質量を増すとか見た目が変わるとかそう言うことは全くない。
「………これを、夜にスターノさんの枕元に置くわけだ」
「成功すると良いね……」
「大丈夫だろ。それに、夢が見れたからってそこにヒントが必ずあるってわけでもねぇしな……」
「確かにそうですね……」
 フェリーはそれを聞くと少しだけうなだれた。
 そんなことは気にも留めず、レジは魔力入りの夢見石をポケットに放り込んだ。

 

「ぐっ………は、ぁ………」
 ここが何処だかなんて全然分からない。
 延々と滴り落ちる雫の音、遠くの方に吸い込まれるような空気の音。それだけが俺の聴覚を刺激していた。
 目隠しを目に装着されて、四肢の先には重くて太い鎖。それは更に壁に繋がっていた。少し歩いてみたので、目隠しがあってもそのくらいなら分かる。
 肌寒くて、ねっとりとした湿気………さしずめ、地下室と言ったところか。
「……全く、ざまぁないわね。リック・ウェリデ」
「その声………マリーンか」
「そうよ、大分判別が出来るまで落ち着いてきたみたいじゃない」
「…………………御陰様で」
「礼なんて要らないのよ」
 この話し方。確実にマリーンだと分かった。当たりにはリックの《耳》を使っても、人が来たような気配や衣擦れの音はしていなかったというのに、一体何処から来たというのだ。思考は次々と空回る。
「見えないんでしょう?貴方は今ここが何処なのか、今が何時なのかも分からないわけだわ」
「そうだね……此処が地下室であることくらいかな、分かるのは」
「あら、そう。そうよね。貴方の五感は人並み以上だったわね」
 そう言うと、感心したようにマリーンは首を縦に振ったようだった。
 そのとき、シュルシュルと何かが解ける音がした。ひんやりと蛇の体温のように冷たい手が目を覆う。
「周りが見えてもつまらないものよ。寧ろそっちの方がつまらないのじゃないかしらね」
 冷たい手が目から離れる。ゆっくりと目を開けたが、目隠しをしているのかしていないのか分からないほど、周りは暗かった。
 衣擦れの音がリックの目の前まで移動する。
「後少ししたら“素晴らしい方”がここまでいらっしゃるそうよ。あの方の意図はやっぱり理解できないわね」
「……どんな人なの?素晴らしい方って。俺はこんな風に人を縛り付けておく人が“素晴らしい”とは思えないんだけど」
「………っ!リック・ウェリデ、いくら貴方がフロウ様に監視を頼まれた捕虜でも………!」
「………へぇ、フロウって言うんだね、その人」
「……………」
 リックは満足気に口角を上げた。
 それは、素晴らしい方の名前が《フロウ》だと分かったからと言うのもあったが、知る限りでは冷静沈着なマリーンが自分の前で少しだけ感情を露わにしたというのも、リックの口角を上げる一つの原因となっていた。
 リックが更に《フロウ》の話を聞き出そうとすると

コツ、コツ、コツ………

 石畳を強く蹴りながら進む音がしているのが分かった。だんだん大きくなって、こちらに近づいているようだ。
 暫くすると、ガコンと物凄い音と鉄格子が錆びて軋む音がした。
 どうやら、地下牢の入り口は頑丈な鉄格子だったらしい。
 ___そして。
「貴様がリック・ウィリデ、か。会うのは初めてだな。俺は………」
 ラスボスは、静かに訪れた。
「フロウ・カルマンだ」



「ねぇ、レジ、レジ」
「ん……?何だよ、フェリー」
 昼御飯を食べて、地上より微かに太陽に近い飛行船α内では、暖かな光のおかげで瞼が重くなっている者ばかりだ。
 その中でもモントは既に睡魔に身を任せ、甲板の荷物の陰に張られたハンモックの中ですっかり寝入っている。
 フェリーとレジは、カフェテラスのテーブルに向かい合わせになって、フェリーは読書、レジはいつもの機械いじりをしていた。ちなみに言うと、ここ最近のライラは何やらやってみたいことがあるとかで部屋に籠もりきりなのだ。
 レジが微睡みに襲われて、うっかり手を滑らせそうになっていたなか、フェリーは突然口を開いた。
「レジは、どう思うの?」
「何が」
「スターノさんのことも、リックさんのことも……街ηを訪れた後に起こったこと、全部」
「……どう、な」
 レジは、両手いっぱいに持っていたペンチやらドライバーやら何やらを、宝石でも扱うかのように、しかしガチャンと凄い音を立てて机の上に置いた。そして、少しだけ気怠げに頬杖を付く。
「……フェリーは意地悪だな」
「えっ、な、な!?」
「意地悪な質問だって言ってんだよ」
「あ、あぁ、そういう………って、意地悪?」
 レジは、コクリと浅く頷いた。
「どう思う、ってそりゃ。そんなの、フェリーと一緒だよ」
「一緒って………僕が何を考えてるか分かるの、レジは?」
 分かる、と黄金の瞳をしばたかせながら、当ててやるよ、と続けた。
「フェリーが凄く不安がってるのなんて、見てて分かる。スターノさんが目覚めないことも、リックさんが何処かへ消えてしまったことも___勿論、仲間だと思っていた人の《中身》が遠く感じたことも。全部が全部、不安なんだろ」
「………………」
 フェリーは、そのまま黙りこくってしまった。様々な思考が、彼の頭の中を掻き乱してるように見えた。油のように重い沈黙が生まれる。それは決して心地の良い沈黙とは言えなかった。
「でもな、フェリー」
 レジは、一層面倒臭そうに首を振った。
「この恐怖ってもんは、一生付き合ってかなきゃならないもんなんだぜ?俺たちに大事な人や仲間がいる限り。全く、面倒くせぇよなぁ」
「一、生………」
「だからな、今不安に思ってんのはフェリーだけじゃないんだよ。その恐怖から、仲間を信じるかどうかはお前次第。どっちが正しいかなんてのは、最後まで答えは誰も教えてくれないけど………少なくとも俺は、どんなに損をしたとしても信じようって思える仲間ができたと思ってる」
 レジのその言葉は、空気に溶け込んだようにフェリーの心へ届いた。
 フェリーは本当は、こういうことはレジ以外の乗組員に聞いた方が、まともな答えと理由を与えてくれるのじゃないかと思っていた。それは今でも変わらない。それでもレジに訊ねたのは、その楽観的に見える思考で自分の中にある消極的な思考を上辺だけでも軽くしようと考えたからだったのだ。
 しかしそれは、大きな誤算だったようだ。
 レジはフェリーが思った以上にたくさんのことを考えていた。まぁ確かに、レジはフェリーより二年も長く生きていて、過去にも色々とあったことだろう。でも、その二年の差を彼はリンゴの木一本分くらいにしか考えていなかった。それでも、その木には熟れた実が大量に成っていたのだ。
 フェリーは自分の安直な考えを恥じた。
「……ごめんね、レジ。レジはやっぱり天才だったみたい」
 そんなことを言うと、レジは変なものを見るような顔をした。
「何言ってんだよ、当たり前だろ?」
 次にフェリーが顔を上げたときそこにあった表情は、少しばかり困ったようなレジの笑顔だった。



 道は、延々と続いていた。見覚えのある場所なのに、いくら進んでもここが何処なのか思い出せなければ、この道が何処かに出ることもない。
 しかし、変化しているものがないわけでもなかった。自分のその白く細い体の質量が何となく軽くなっていっている気がするのだ。一歩進む度に、蝋燭が溶けてしまうように軽くなっていく。自分の存在自体がこのまま消えてしまうような気さえした。
 それだけでなく、進めば進むほど牛乳を零したような濃霧が立ちこめるのだ。
 舗装もされていないのに真っ直ぐで、しかし、先が見えない平坦な道。
 この夢の主___スターノは、今歩いている道は何かに似ている、と初めて思ったのだった。


 何処か、ではなく、何かに、と。

後書き

少し遅くなった気がします、飛行船αの上空紀行5話。
前回ご指摘いただいた部分を出来る限り改善したのですが……
アドバイスが全然活かされていない気がします。すみません……
今後ともどうぞ、この作品をよろしくお願いします。
アドバイス、感想、評価、その他諸々大いにお待ちしております!

この小説について

タイトル 飛行船αの上空紀行
初版 2016年2月24日
改訂 2016年3月5日
小説ID 4759
閲覧数 605
合計★ 11
七宮 睦月の写真
熟練
作家名 ★七宮 睦月
作家ID 981
投稿数 10
★の数 51
活動度 1093
拙い文章ですが、楽しんでいただけると嬉しいです

コメント (6)

匿名 2016年3月3日 13時38分15秒
弓射り 2016年3月5日 7時17分01秒
他人からのアドバイスを受け入れたって面白くなる保証があるわけじゃなし、自分の作品のためになるものだけ取り込めば良いのでは。
僕もべつにこの作品がつまらなくなったら、読むのやめちゃいますから名前出しても読み続けたりしませんよ。

悔しいことにちょっと表現に幅が出て雰囲気出てます。
面白くなったわけじゃないけど、少し「伝わっ」てきてます。
すごい伸びしろですね!(ジュンイチダビッドソン談)
>>レジが一層面倒くさそうに〜
ここは、キャラクターの感情がもろに出てるシーンだから、こういうシーンを逃さずもっと強調してだいじょうぶです。キャラクターが生き生きしてきます。


楽器のことで補足ですが、別に徹底的に取材した感を出しても意味がないのです。「らしく」書ければ、要するに上手にウソがつけるなら、別に楽器のことなんか何も知らなくたって大丈夫です。前回書いたように「いかにも素人が書きました」ってバレさえしなければ。

話の展開ですが、この一話でのアップダウンがないと読み続けるのがきついです、週間連載の漫画雑誌と似たようなものとお考えください。一話一話勝負をかけないと長編はページを繰るのがいやになってきます。
★七宮 睦月 コメントのみ 2016年3月5日 12時49分46秒
(このコメントは作者によって削除されました)
★七宮 睦月 コメントのみ 2016年3月5日 12時52分05秒
<<弓射り様

毎度アドバイスありがとうございます。名前を出させていただいたことに特に意味はないので、迷惑でしたら訂正いたします。
 
飽きられたりしないよう、面白くしていきたいと思います!
七海綾 2016年3月18日 16時37分20秒
★七宮 睦月 コメントのみ 2016年3月20日 23時14分09秒
七海綾様、ありがとうございます!
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