Retry - 三話 保とうとしていたもの

寂しい人、それはどういった人間のことを指して人は言うのだろう。
親しい友人がいない者、恋人がいない者、考え方が少しズレている者。
いろいろな場面で使われる言葉ではあるが、逆で考えてみよう。

その台詞を吐く人間は本当に今、満たされている人生を歩んでいるのか。

いるのかもしれない。
だけど好き好んで孤独を選んでいる者からすれば余計なお世話というものだ。




文字通り孤独を愛す自分にとって人ごみは身体に毒と言っても過言ではない。
他人恐怖症、人との馴れ合いを嫌いまた眼にするのも苦手。
ならどうしてバイト休みの今日、自分はこうして若者達が集まるこの場所にいるのだろう。

浩樹「テメェ、俺がファミレス苦手なこと知ってんだろうが」
大志「あぁ、それにはわけがあるのよ」

若者が集まるこの場所で、男二人がコーヒーを飲みながら難しい表情を浮かべている。
まぁ二十歳である自分達は十分その空気に入っていける年齢ではあるのだが…。

大志「ちょっとお前に頼みがあっ」
浩樹「断る」
大志「思案すらしていただけない返答ありがとう」

中学からの友人の坂上大志の頼みごとには耳を傾けたくないのは当然である。
数日前、フリーターで喫茶店にてバイトしている自分に彼が通っている大学のある女性の彼氏役をさせられて大変な目にあった。

大志「まぁ夏美とはるちゃんも来るから」
浩樹「帰る」
はるちゃんというワードを耳にして、席を立とうとするが腕を押さえられ再度席に座らされる。

鈴野遥、これが以前彼氏役を演じた時の偽彼女。
夏美というのは大志の彼女。

浩樹「ふざけるなよ、あれからどれだけ迷惑な事になってると思ってんだ」
大志「まさか、あのはるちゃんが人を好きになるとはな」

欠点が見つからないほどの美しさを持つ遥は大学でも有名人で、言い寄ってくる男達が多すぎるため彼氏の役をしたわけだが、あの日以来逆にこちらが付きまとわれている。

浩樹「毎日…毎日…毎日毎日」
学校終わりに必ず自分が働いている喫茶店に彼女はやってくる。

大志「ほんと、お前のその恐怖症には不憫に思えてしょうがない…」
確かに彼女は美人で文句なしだとは思っている。
ただ、人と馴れ合うのが嫌いな自分には当然恋愛など難易度が高すぎるのだ。
そもそも彼女がほしいとも思っていない。

浩樹「今の俺は修羅の域にいる、何も怖くない」
大志「ほぅ」
浩樹「どんな事を言われても動揺しない自信がある」
本当に精神面はそこまできている、と言いたい。

大志「おもしろい、ではゲームだ」
浩樹「あ?」
大志「俺が今からお前に投げかける言葉に対して、何一つ動揺するな」
浩樹「…いいだろう」
暇という言葉はどうしてこうもしょうもないことでも引き受けてしまうのだろうか。

大志「制限時間3分、それまで身体のどの部分も動かさないこと、口を開くのもダメだ」
浩樹「わかった」

周囲が楽しそうな雰囲気の中、ここではどうでもいい勝負が始まった。



大志「お前」
浩樹「…」
大志「今日…」
浩樹「…」
大志「チャックはちゃんと閉めてきたか?」


どうでもいい。
正直どうでもいい話だ。
だが、どうしてだ、下半身がむずむずし始めている。
閉めたはずだ、忘れるわけがない。
閉め忘れていたとしたら、自分はここまでいらっしゃいませ状態でやってきたことになる。
冷や汗が出てきた。
確認したい。
確認したいが、これは勝負なのだ。
耐えるんだ。
なんだこの最強の質問は、日本で絶対にすぐ確認したくなる質問ベスト3に入るのではないか。



大志「3分だ、よく耐えたな」
浩樹「く…やるじゃないか」
大志「だろ、これを聞いて確認しなかった男はいない」

自分は大きく息を吐いて、とりあえずズボンのチャックを確認しておく。

――――――開いてんじゃねぇか。


大志「でもまぁ、あの様子じゃお前もまだまだだな」
浩樹「だったら交代してみるか?」
大志「ふ、俺がどれだけの修羅場を越えてきたと思っている」
浩樹「面白い、勝負だ」

再び勝負が始まった。




浩樹「では」
大志「…」
浩樹「お前は押入れに」
大志「…」
浩樹「巨乳物のエロDVDを大量に隠している」
大志「…」

平然とした表情の大志、それもそうだろう本人の知っていることなのだから。

浩樹「そしてお前の後ろには」
大志「…」
浩樹「江田さんがいる」
大志「…っ」

目が大きく開く。
江田というのはさきほど夏美と言っていた大志の彼女。
大志と夏美、そして遥の三人は同じ大学で、彼女もまた美人で有名人の一人。


浩樹「…3分だ、よく頑張ったな」
大志「…ん、はぁ〜、お前それは卑怯だ…」
浩樹「なんでよ」
大志「だってよ、貧乳の彼女がいるのに巨乳物のDVDを大量に持っていることがバレてみろよ」
彼は笑いながらテーブルを叩く。
しかしやはり気にはなるのだろう、振り返って後方の状況を確認する。

大志「んが」
夏美「はぁ〜い」
遥「あ〜ぁ」

ここのファミレスの入り口は丁度大志の後方にある。
この容姿の二人が店内に入ってきたのだ、周囲のどよめき、それに自分が気づかないわけがない。

大志「ひひ、浩樹」
浩樹「なんだ」
大志「いいい今の話、じょ、じょじょ冗談だよな」
きっと嘘を付けと言いたいのだろう。

浩樹「あぁ、そうだな」
大志「ひ、浩樹…」
浩樹「眼鏡物の巨乳に訂正だ」

夏美「あ、もしもしおばさん?大志の押入れにある物全て処分しといて♪」
大志「がああああぁああああ、俺のお宝ぁああああああ!」
遥「…やれやれ」

横にいる遥は当然呆れてはいたが、慣れている様子だった。
大学でもこの二人のやりとりを見ているのだろう。



自宅から近いとはいえない駅で降り、彼らは目的地へ向かっていた。
休日は家で過ごし、何もしない、これが浩樹にとっての最大の幸せだったのだが、たったこの数日でそれは打ち消されていた。

浩樹「あの…江田さん、そろそろ今日の目的を教えてもらえませんか?」
夏美「そうだね、もう教えてもいいかな」
馴れ合いが苦手な自分は当然大志の彼女であっても、元偽の彼女であってもまともにコミュニケーションが取れない。
脳天にカバンを思いっきり叩き落された大志はいまだに後方で頭をさすっている。

遥「それはね、幽霊だよ」
浩樹「ん…はい?」
夏美「そう、お化けなんだよ」
浩樹「…」

一瞬自分の正体がバレたのかと思った。
彼女達と出会う前、自分は事故で死んでいる。
しかし浩樹という人物が死ぬのは天界のミスで、神だか死神だかが何かめんどくさい使命だけ残して去っていった。
消えるその時までに誰かを幸せにすること。
絶対に無理、と判断した自分は何事もなく過ごし今に至る。

―――――早くその時が来ればいいのに。
と悔いも何もない自分は完全に諦めていた。


遥「同じ学校の子の家にね、幽霊が出るらしいの」
浩樹「…はぁ」
夏美「どうしようってなった時にね、ヒロ君は霊感が強いって聞いてね」
浩樹「…それは…誰から?」
ん、と彼女達は無言でもう一人の男に指をさす。

浩樹「ふざけるなよ…テメェ」
大志「い、いや、ほら、お前も死…あっと幼馴染の直感でそうなんじゃないかと…」
大志は自分が死んでいる事を知っている。
それも当然だ、彼の目の前で死んで彼の前で神によって蘇生したのだから。

夏美「え…じゃあ違うの?」
浩樹「あ、いや、まぁわからないですけど…」

死人なら死人が見えるのではないか、恐らく大志の考えはこうだろう。
今になってその事に自分も気が付いたのだが、この数日見えた例がない。

遥「お願い、協力して」
浩樹「う…」
遥「見えなくても浩樹のこと大好きだから」
浩樹「意味のわからん理由と共に告白してこないでください」
遥「じゃあチューしてあげるから」
浩樹「手伝いますからやめてください」
遥「ありがとう!でもひどい!」

こうやって彼女のペースに持っていかれるのも慣れてきてしまっていた。

大志「じゃあ夏美、俺にチューしてくれ」
夏美「チューペットね」
大志「ありがとう!でもひどい!」

そんなやりとりが続き、到着した目的地は少し古い一軒家。
その依頼主はここで家族と暮らしているとのこと。

夏美がインターフォンを鳴らし、門をくぐる。

「やっほ、ごめんね皆」
声の主は髪を薄く茶色に染めた女性、さすが女の偏差値が高いと言われている大学に通っているだけあってそこそこ可愛い。

夏美「ごめんね美紀、遅くなって」
美紀「大丈夫よ、そっちの人が例の彼?」
遥「彼だなんてそんな…」
大志「はるちゃん…そういう意味じゃない」
浩樹「…」
遥「浩樹?」
浩樹「あ、いやすいません」
彼女達の挨拶などそっちのけで家の入り口から見える手入れされた庭を眺めていた。

美紀「中田美紀です、今日はよろしくね」
浩樹「…東田、浩樹…です」
夏美「あー、彼人見知りだから…そこんとこよろしくね」
美紀「え、あ、うん」

そうして居間に招待され、すでに用意されていた茶菓子をお世話になっていた。
ご両親は共に働いていて、遅くならないと帰ってこないらしい。

実際、彼女の身に違和感を感じ始めたのは最近のことではないとの事。
ずっと何かに見られている、美紀はそんな悪寒のようなものを感じて過ごしてきた。
ストーカーかと始めは思ったらしいが、この家にいる時だけその違和感があるらしい。
見えない何かに見られている、それで彼らに相談したのだ。

遥「よし、じゃあ私たちで家中捜索しましょう」
大志「そうだな」
美紀「それじゃぁ…」
夏美「美紀はここにいて、
    もしかしたら私たちだけで歩き回って何かを感じ取ることができるかもしれないし」
美紀「わかった、お願いするね」
大志「そうと決まれば行くぞ、浩樹」
浩樹「…はいはい」
そうして全く自分は口を挟むことなく捜査が始まった。

自分と大志は二階、遥と夏美は一階を担当した。
いくつかの個室を周り、一番最後の部屋の前に立ったその時。

大志「…」
浩樹「…」
大志「なぁまずいと思うか?」
浩樹「そらまずいだろうな」
大志「でもよ!確認しないとわからないじゃん!?」
大志が興奮しながら言うその部屋は、一番怪しいとされている美紀の部屋。

浩樹「やめようぜ…さすがに」
大志「浩樹、お前わかってないな」
浩樹「何がよ」
大志「ただの女の部屋じゃない、ここは…」
浩樹「…」
大志「女子大生の部屋だ!」
浩樹「…それは…ぐっ不覚にも興奮してきた」
他人恐怖症といっても女性が嫌いというわけではない。
ちゃんと興味もある、ただ馴れ合うのが苦手なだけ。

大志「この先には花園が広がっているのだ」
浩樹「女子大生が日々過ごしている部屋」
大志「全力で呼吸する準備はいいか、友よ」
浩樹「ああ、タンクはすでに空にしてある」
大志「いくぞ!!」
そう言って二人はその天国への扉を開け放った。

夏美「花園へ」
遥「いらっしゃい」

幽霊よりもよっぽど怖いものがそこに立っていました。


何故か自分まで遥に説教を受け、捜索は日が落ちるまで続いた。
何の手がかりも見つけることができず、彼らはそのまま彼女の家で夕食をいただいた。
大学の話で盛り上がる中、自分は無言で暗くなった外を見つめていた。

美紀「東田さん、休日なのにごめんなさいね」
浩樹「…いえ」
夏美「ヒロ君に見えないってことはいないのかな…」
浩樹「だから俺、霊能力者じゃないんですって」
大志「んー、どうしたもんかなぁ」

一同が難しい表情で黙り込む。
それが数分続き、始めに沈黙を破ったのは遥だった。

遥「その違和感が感じたきっかけとかって何かないの?」
美紀「あ、そうか、心霊スポットに行ったとか、そういうの」
見つからないのなら、霊に寄られるきっかけから見つけ出そうとしていた。

美紀「んーそういった場所には行かないし…」
浩樹「身内の不幸とかはどうですか?」
大志「…」
美紀「10年前に祖母が亡くなったことくらいかなぁ」
浩樹「…そっすか」
美紀「あ、でもおばあちゃん、私のことを恨んでるかも」
10年前ということは自分も含む、ここの人間全て10歳だ。
そんな少女が年寄りに何を恨まれることがあるというのか。

美紀「あの時はさ〜。いろいろコキ使ったからね〜」
浩樹「…っ」
美紀「私がわがまま言ったせいで死んだし」

どうして人間は。
いない人間の前だとこんな簡単に言えてしまうのだろうか。
恨んでる、それも彼女の勝手な想像だ。
決め付けているだけ。

美紀「まーでも10年も昔の話だし、関係な…」
その言葉を最後まで聞かず、自分は立ち上がった。
完全に頭は冷め切っていた。

――――これだから人間は嫌いなんだ。

遥「ひ、浩樹…?どうしたの」
浩樹「帰るッスわ」
夏美「ちょ、どうしたの、すごい表情してるけど…」
浩樹「色々と癪に障るんで」
美紀「私の家庭のことでしょ、何であなたがそんなに…?」
浩樹「うるせぇよ」

ドスの聞いた言葉で美紀は目を引きつらせて黙り込んだ。
自分の苦手なのは馴れ合い、コミュニケーション。
簡単に言えば、馴れ合いではなく他人以下の人間にはこうなれるのだ。
そう、例えば不良達に絡まれて人見知りが発動する、なんてことありえないだろ?

浩樹「婆さんに辛い思いをさせてきたのはアンタだろう。
    だったらテメエが悪い、それだけで何で済ませない。
    婆さんが恨んでるって本人から聞いたわけでもないのに決め付けやがってよ」
美紀「だ…だって」
浩樹「恨まれてるって思った方がアンタが救われるからだろ?
    罪悪感を持っている、そう思い込むことで常識を保とうとしてんだろうが」
美紀「あなたに何がわか…」
浩樹「わからねぇよ!お前が一番祖母の事わかってるはずだろうがっ!」
美紀「…っ」
言葉を失った美紀は両手で顔を覆って泣き出した。
そこでやっと正気に戻った自分は、

大志「落ち着いたか」
浩樹「あぁ…悪いやっちまった」

慰める夏美の横にいる遥が何かを決心した表情で立ち上がる。

遥「よし、美紀!お婆ちゃんに会いに行こう!」
なんて事を言い出した。

この家にいる霊が祖母だとしても、そうじゃなくても、友として彼女の抱えているものを軽くしたい、それが目的だろう。
ここで何も言わずに悪役は去るとこなのだろうが、何故かものすごい力で遥に腕を掴まれていた。

最後まで付き合え、ってことなのだろう。

落ち着いた美紀はゆっくりと過去を話し始めた。
よくわがままを言っていたこと。
よく八つ当たりをしていたこと。
そして祖母は、彼女のわがままで買い物に行かせられその帰りに事故で亡くなった。

そりゃ化けて出てもおかしくはない、
が彼女曰く、そんな仕打ちを受けても祖母はずっと笑顔を向けていてくれた。

美紀「それなら、よくお婆ちゃんと行った神社に行きたい」
良い子はすでに寝ているだろうが、その言葉がきっかけで一同は重い足を動かした。



目的地はすでに寂れていた。
近くに大きな神社ができ、皆ご利益のためにそちらを利用するようになったのだ。
建物は腐り、辺り一面雑草だらけだった。

大志「そら誰も手入れしてなかったらこうなるわな…」
遥「私、業者に頼んで綺麗にしてもらおっか?」
夏美「…やめなさい」
金持ちのお嬢様は本当に何もかもお金で解決しようとする。

神どころか、怖いものでも出そうなこの場所の中央で一人、美紀がカバンから何かを取り出して俯いた。




美紀「…私は」

       「ほら美紀ちゃん、買って来たよ」
       「何これ!全然違うしゃん!」
       「でも…店員さんに聞いたらこれだって…」
       「こんなん偽物じゃん!おばあちゃん嫌い!」
       「ごめんね、もう一度行ってくるから許してね」

そう言って私は再度祖母に買いに行かせた。
学校で人気のあったキーホルダー。
持っていないと仲間外れにされそうだと感じ取った私は急いで祖母に行かせたのだ。
私のしたのはお願いじゃない、命令だ。
年寄りが電車に乗って街に出る、大人になった今だからこそその大変さが理解できる。
そして買いなおした祖母は、飲酒運転の車によってはねられて亡くなった。
結局買いなおしたのも全然違っていたんだ。

辛かった。
でもその辛さは祖母の亡くなったことではなく、自分の犯したことの事実であってそこにはそれ以外のことはなかった。

遥達が連れてきた彼の言うとおり、
恨まれている、そう思う事で自分の中の常識を保とうとしていた。
恨まれて当然、なのだと

お前が一番祖母の事わかってるはずだろうがっ!
そうだったんだ。
私が一番、お婆ちゃんの事を知っているんだ。


美紀「私は…」
そう、わかっていたのに気が付かないふりをしていた。

美紀「私はもう大丈夫だから」
祖母が私の近くにいるとしたらきっと恨むどころか、優しい笑顔で見守ってくれている。

美紀「ごめんねお婆ちゃん、迷惑ばっかかけて。
    今の今まで自分勝手な孫でごめんね」
泣くつもりはなかったけど、自然に大量の涙が流れ出す。

美紀「本当にごめんなさい、そして」
尽くしてくれた祖母に一度も言ったことがない台詞。

美紀「ありがとう!」
大きな声で、隠していた自分をさらけ出して言い放った。





夏美「美紀…」
自分達は静かに美紀のその姿を見守っていた。
人間の性格というのはどうしてもプライドが半分以上邪魔をする。
だって本性はこんなにも情けないのだから。

――――でも、それが悪いなんてことはないんだ。
美紀は涙だらけの顔を拭って振り返り、こちらに笑顔を向ける。

その瞬間、辺りの空気が変わった気がした。
この感覚は以前どこかで感じた。

大志「これは…」
浩樹「あぁ…間違いない」
自分が死んだときの感覚に似ている。

遥「あ、あれ!」
遥が指差す方向にはまるで空から照明を当てられているような光が舞い降りていた。
そのスポットライトの中心には薄っすらと透けてその存在が立っていた。

美紀「……お婆ちゃん」
『…え?』
その存在は見えているこちらよりも驚いていた。

『えっと…これは』
浩樹「見えているですよ、あなたが」
祖母とは言えないほどの若さ、恐らく死んだ時よりもだいぶ若返って霊となったのだろう。
誰もがその人物は美紀の祖母だと理解できた。
何故なら、

美紀「昔は私に似ていた、本当だったんだね」
『…美紀ちゃん』
同じ顔と言っても過言ではないほどの激似。

『…そっか、お迎え…きちゃったんだね』
美紀「あのね、あのね…」
『ごめんね美紀ちゃん、お婆ちゃんのせいで辛い思いさせてて』
それでもなお、この人は孫に謝るのだ。

美紀「これ宝物にしてるんだよ!」
その手に握られていたもの。
それは彼女が買いに行かせたクマのキーホルダー。
それが当時欲しかったものだったのかは彼女しか知らない。

美紀「あ…あり…がと…う」
涙が邪魔をして言葉が吐けない。
でも心のこもったその台詞はここにいる誰もが理解できた。

『…美紀ちゃん』
美紀「だから、私なら…大丈夫だよ」
『よかった』

徐々に彼女の祖母は薄くなっていく。
黙ってみている自分と目が合い、ゆっくりを頭を下げてくる。

『ありがとう』
自分は周りにわからないよう小さく頷いて答えた。

美紀「ばいばい、お婆ちゃん」
『ええ、元気でね』

その言葉を最後にいるべき場所へと帰っていった。
すごいものを目にしたという現実より、目の前の感動に涙する遥と夏美。

大志「やるな、神も」
浩樹「だな、今回ばっかは褒めてやるか」
彼らは空を見上げて静かに呟いた。





結局昨日は美紀の家に泊まった。
いつもよりも早い時間に起き、自分はバイトで残りの人間は大学に行くため駅へと向かっていた。
美紀は今日祖母のお墓参りに行くとのことで大学は休むそうだ。

夏美「昨日の出来事は誰にも言わないでおこうね」
大志「だな」
遥「それがいいね、でも…」
三人が一斉にこちらに視線を向ける。

浩樹「…え、ぇ?何スか?」
遥「浩樹、あなた見えていたんでしょ」
浩樹「えーっと…」
夏美「その反応はやっぱりそうなんだ」
大志「おかしいと思ったんだよ、お前が他人の家族関係に口を挟むなんてよ」
ばっちしバレていた。

実は彼らの言うとおり、自分には始めから見えていた。
美紀の家の庭で眩い笑顔をこちらに向けている彼女そっくりのその存在に。
その表情はとても美紀を恨んでいるものには全く見えなかったのだ。
最後のあの様子だと、祖母の方も自分が見えていることには気づいていたのだろう。

遥「なんで私には教えてくれなかったのよっ」
浩樹「い、いや、遥にだけ教えるってのもどうかと思いますが…」
夏美「ん?」
大志「…ん?」
夏美と大志が急に足を止めて遥と自分のやりとりに釘をさした。

夏美「あぁあああ!ちょっとヒロ君!」
浩樹「ぇ?江田さん急にな、何スか?」
夏美「それ!何でハルには呼び捨てなのよ!」
浩樹「い、いいいや、これには」
遥「へへ、いいでしょ」
頑張ったんだよ、と言わんばかりのドヤ顔で夏美に自慢する。

夏美「私の方が付き合い長いのに、何で私には苗字なのよ!」
浩樹「キレるとこおかしくないッスか!?」
大志「浩樹も進歩したなぁ…父さん嬉しいよ」

感動してないで、お前の彼女を止めてくれ。

夏美「ハル!どうやったのっ?」
遥「下の名前で呼ばなかったら、大声で浩樹への愛を叫ぶ」
夏美「…」

そう、そのせいで恥ずかしい目に何度もあった。
敬語は直らないが、名前に関しては何とか染み付いてきたところだったのだ。
しかし大志という彼氏がいる夏美、そんな条件をこちらに出せるわけがない。

夏美「よし、ヒロ君」
浩樹「…は、はい」
夏美「私の事を下の名前で呼ぶ事、さもなくば…」
浩樹「…」
夏美「大声で大志への愛を叫ぶ!」
大志「…え?」
浩樹「すいません江田さん、俺にとって江田さんは江田さんで、
    大志の彼女であっても江田さんというのに慣れてしまっていまして。
    本当にごめんなさいね、江田さん」
夏美「私は大志のことがああああああああ!!」
大志「ぬおおぁああああ!やめろぉおおおおお!!」


彼女の祖母は満足したからこそ消えたのだろうか。
それともたまたまその時がきたのを遭遇してしまっただけなのだろうか。
《存在しない自分》はまだこうしてここに存在している。
勝手な事を言って天にほったらかしにされている自分はいつその時がくるのか。
死んだものの中でも例外すぎる自分の最後は一体どうなるのだろう。

その先に待っているもの。
昨夜感じたのは、恐怖ではなく興味だった。

この小説について

タイトル 三話 保とうとしていたもの
初版 2016年4月16日
改訂 2016年4月17日
小説ID 4771
閲覧数 469
合計★ 4
HIROの写真
ぬし
作家名 ★HIRO
作家ID 199
投稿数 32
★の数 52
活動度 3905

コメント (2)

★にのやしあ 2016年4月17日 20時35分42秒
設定がわかりやすいし、売っているライトノベルと同じくらいか、それよりも楽しく読めました。
主要人物四人の絡みがすごい面白いですね^ ^
ただ、ときどき書き方が変わったり、描写が極端に長いのが少し読みにくかったです。
ほんとにおもしろかったので、次回作待ってます!!!
にのやしあさん コメントのみ 2016年4月17日 21時03分55秒
ご感想ありがとうございます!

四人だと誰にツッコませて誰にボケさせるのか、結構悩みどころです(笑)

確かに自分でも実感しています。
内容を悩みすぎで打ってる最中に頭の中がゴチャゴチャしてくるクセが…(泣
ありがとうございます!頑張ります!
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