転がる世界が止まるとき 前編

 時というものは願っても、願っても戻らない。

 そのことをやっと気づけたのは潤くんがクリスマスにトラックに轢かれて死んでから一週間がたち、初詣を終えたころだった。
 
 神様といえどもできることとできないことがある。はじめはそんな当たり前のことが受け入れられずに泣いて、泣いて、泣きまくった。両親も祖父母もそんな自分を責めはしなかった。だけど三日ほどたつとなだめるのもやめてしまった。
でも、蓮くんだけは、こんな情けない自分を見捨てず毎日うちに来て一日中慰め仕方ないことなんだ。どうしようもないんだ。と寄り添ってくれた。
 
 蓮くんは、そのころまだ引っ越してきたばかりで当時小学2年生の私たちの学年にぎこちないながらも溶け込んできたころだった。家が近かった潤くんと私は幸運ながらすぐに仲良くなれて一緒に帰り、一緒に宿題をし、一緒に遊んでいた。そんな矢先の事故だった。
 
 それから私と蓮くんは二人で遊ぶようになった。冬休みが明け、三学期が始まるとみんなとも会って、最初こそみんな悲しくて、暗い雰囲気だったけど時間の力には抗えるはずもなく幼い私たちは、そんな痛ましい事件をだんだんと忘れていった。
 
 私も恥ずかしながらその中の一人で、こんな悲しみを二度と忘れるはずがないと思っていたことさえ忘れ、時々思い出し、仲が良かったな。大好きだったな。でも、もう会えないんだな。と、感傷的な気分になる程度になった。

 それから十年ほどたち私たちは晴れて高校生になった。高校は偏差値も普通なら距離も普通の何の変哲もない普通の都立だったけど、この春に一つ事件が起こった。
 蓮くんが告白をしてきたのだった。バレンタインデーに毎年恒例のチョコレートを渡し、一か月後のホワイトデーにクッキーが返ってくるはずだった。
しかし、そこには小さなおまけがついていて、クッキーをかんだら中から紙が出てきたのだった。そこにはいわゆる愛の告白が書かれており、最後に付き合ってくださいと書いてあった。

 小学二年生から毎日を過ごしていた友達にこんな感情を持たれていたことに驚いたが、考えてみると自分の近くにいた男性の中で一番自分のことを考えていたのは蓮くんで一番優しかったのも蓮くんだった。だからすぐに蓮くんの家に行きOKの返事をした。蓮くんはすごくうれしそうだった。私もすごくうれしかった。
でも、結局毎日を一緒に過ごしている仲なので別にこれといった変化もなくそれでもなぜか幸せだった。

 一つだけ変化といえばこれまでは私の芝浦という苗字からとった芝ちゃんと呼ばれていたが、付き合い始めてからは、名前の風香からとった風ちゃんと呼ばれていることだろう。
 最初はちょっと恥ずかしかったけどそれもいつしか慣れていた。そのころにはもう潤くんを思い出すのは、二か月に一回程度になっていた。そして学校も始まってみんな新しい学校生活に慣れ始めたころの五月、世界が動き始める。

「風ちゃん、おはよう」
「うん、おはよう。今日もいい天気だねぇ」
「でも明日から雨が続くらしいから今日が見納めかもね。もしかしたら明日が世界最後の日かも。」
「あ、昨日の特番みたんだ?面白かったけどちょっと怖かったなぁ。幽霊とかさ、信じてなくてもちょっと怖くなっちゃうというか不気味になるというか後ろになんかいるかもとかおもっちゃうよね。」
「それができなければ、特番の意味ないじゃんか。でもこんな季節に怪談特番ってのは変な話だよね。」
「あれ、知らないのかい、蓮くん?今は第三次だか第四次だかの怪談ブームなのだよ。」
「なんでまた、そんなもの。」
「知らないよ、いつの時代も一定量の需要はあるんだからテレビがずっと流せば流行になっちゃうのかもね。」
「そんなもんか。」
「そんなもんよ。」

 
 私たちの学校、都立音城高校は、自転車で20分くらいの距離にある。だから会話は少なめだけど、そんなでもしっかりコミュニケーションはとれるのだから長い付き合いというのも不思議なものだとつくづく思う。

 そうこうしている間に学校についた。結構ギリギリだ。すぐに鍵をかけて校舎に走る。教室は2階。近くといえば近くなのだがやたら校舎が複雑な構造をしていて無駄に時間がかかる。なんかどっかの偉い建築家先生の”作品“らしい。そんなことで大切な高校生活に遅刻1をつけられたくない。けれど、まあ間に合ったからよしとする。

「おはよう!」
「あ、芝ちゃんおはよう!今日も彼氏同伴で登校かーいいね熱いね青春だね。」
「そんなんじゃないよ。というか鈴だって作ろうと思えばすぐ作れるでしょかわいいんだから。」
「私は理想が高いの。こんなところでくすぶってるやつらじゃだめなのだよ。」
そういってクラスを振り向く。男子たちの憎しみの視線が鈴ちゃんを刺す。
「鈴!いっていいことと悪いことがあるぞ!」
「そうだ!かわいいからってすべてが許されると思うな!」
「こんなところでくすぶってても将来ビッグになるかもしれないだろ!」

 今日も変わらず口喧嘩だ。でもこれもかわいいとみんなに認められるからできることでそれだけの自信があることに毎度毎度びっくりさせられる。こんなことを言われては、彼氏などほかの女子には到底作る気力さえ失われる。それでも彼氏がいる私はある意味ラッキーというか勝ち組というか少し優越感を覚える。

「ほら、座って!ホームルームの時間だよ。」

 先生が入ってきた。名前は・・・忘れた。だけどこの先生には愛称がある。名づけてえせエジソンだ。この人は毎日ホームルームでエジソンの名言を言う。そのことはまあいい。だけど“少年よ大志を抱け”や“吾輩の辞書に不可能という文字はない”という誰でも知ってる名言までエジソンの言葉にしてしまうのだ。自信をもって。

 今日は何を言うのだろう。

「えー、エジソンは言いました。“故きを温ねて新しきを知る”と。みなさんこの言葉の
意味が分かりますか?」

 今日は孔子らしい。だけどみんなスルーする。指摘したってエジソンの言葉です。とあの人は言い切るから。

「この言葉の意味は・・・帰りのホームルームで話しましょう。」

 そして毎度毎度もったいぶる。噂によると着任当時からこれを欠かさないそうだ。逆に尊敬する。毎日心がけることの大変さは計り知れない。このクラスでもできる人はそうそういないだろう。

 私もその中の一人だ。潤くんのことはもうなかなか思い出せない。でも今日一日くらいは少し思い出そうと試みようかな。
そう思って私は思い出すという人間のもっとも得意としない作業を始めた。
 
 まず、潤くんと会ったのはいつだっただろうか。物心ついたころにはもういつもすぐそばに潤くんがいた。同じ幼稚園に行き毎日遅くまで遊んだ。
 潤くんのお父さんとお母さんはどちらも働いていて、夜ご飯もほぼ毎日私の家で食べていた。今思うとすごく大変なんだろうと思うけどお母さんは子供が二人いるみたいで楽しいわと言っていた。
 
 私が生まれたときかなりもう年がいっていたので二人目はできないと考えていたのも影響したのだろう。潤くんのお母さんも私のお母さんにすごく感謝していて土日などは私が潤くんの家でご飯を食べさせてもらっていた。
 
 私のお母さんが洋食を得意としているのに対して潤くんのお母さんは和食を主として作り、どちらもすごくおいしかった。
 小学校に上がっても同じクラスになり、すごくうれしかった。私が潤くんと同じランドセルがいいと聞かなかったので潤くんのランドセルも赤かった。その結果もともとかっこよかった潤くんはさらにめだち、小学校1年生のころにはすでにモテモテだった。私も潤くんが好きだったが、ずっと一緒にいて一番仲がいいと自負していたのでちょっと周りから見たらいやな奴だったかもしれない。

 小学校2年生に上がる前の春休み、私と潤くんの家の間で空き家になっていた一軒家に蓮くんが引っ越してきた。
 家が隣同士だったこともあって蓮くんの親は隣の子と仲良くなれるようにいろいろ努力していた。そしてお花見を一緒にしたり、ピクニックに行ったりした。だけどそんなことをしなくても子供たちはすぐに仲良くなった。

 毎日一緒に遊んだ。帰りに私の家に入る潤くんを見て少し不思議そうな顔をしていたけどすぐに事情を察して子供なのに聡いんだなと親に感心されていた。

 ハロウィーンが終わったころ私は偶然蓮くんと潤くんが喧嘩しているのを目撃した。私はすぐに止めに入ったけどなんで喧嘩したのかはどうやっても二人とも理由を言おうとしなかった。でも、また3人で楽しく遊べたので気にも留めなかった。

 そしてクリスマスの日、私たちは当時流行っていたラジコンヘリをプレゼントにもらった。そして公園に飛ばしに行こうと誘ったが蓮くんは少し風邪気味で行けそうだったら行くといって潤くんと二人で行った。
 しかし潤くんは電池を忘れたといい家に戻っていった。それからすぐに蓮くんが来た。そして潤くんが来るまで少し待ってようと二人で待っていた。
 少しすると救急車のサイレンの音が聞こえた。行ってみるとすごく焦った様子で救急車が走り去っていった。道路は警察と人でいっぱいで子供が何がどうなったのか把握できる雰囲気ではなかった。
 そして困惑してる時に地面に潤くんがもらったラジコンのヘリを翔くんが見つけた。拾い上げてこれ持って潤くんを待ってようと翔くんは言った。

 そして潤くんは来なかった。

 一時間も立たずに二人の親が公園に来て潤くんがトラックに轢かれた。すぐに病院に行こうといったのだった。
 そして、私たちが病院に向かう途中電話があり、私の親と蓮くんの親が泣き始めた。そして、わたしたちに訃報を告げた。

 最初私は何が起こったのかわからず呆然としていた。潤くんは声も出さず青ざめていた。病院について冷たくなった潤くんの顔を見て、私たちはやっと潤くんが死んだということを認識して泣き崩れた。

 そこまでがわたしのもっている潤くんに関する記憶だ。潤くんのお葬式も覚えているがそこに潤くんの姿はない。当たり前だったが残酷だった。


 帰りのホームルームになった。今日は一日ボーっとしてしまった。先生が温故知新の意味を言っている。が、それも耳に入らない。今日は一日上の空だった。

「風ちゃん、帰ろうよ?どうしたの今日なんか変だよ?」
「え、ああ、ううんなんでもない。かえろっか。」

 そういって蓮くんと駐輪場に向かう。みんなは部活に行く。私も中学校の時はバレー部に入っていたのだが、ここのバレー部は人数が少なすぎて数年前に廃部になったらしい。

 今更ほかの部活に入ってレギュラーがとれるほど運動のセンスはよくないし、文化部は性が合わないので帰宅部となった。
蓮くんは私が部活に入らないというとじゃあ俺もとあっさり部活に入ることをやめたので毎日のように一緒に帰ることができる。

 駐輪場につくと人だかりができていた。あそこは女子の駐輪場だ。

「どうしたの?」
「ん?ああ、芝浦さんか。なんかみんなの自転車のタイヤが誰かに穴開けられたみたいでさ。芝浦さんも自分の確かめたほうがいいかもよ。」

 そういわれて、自分の自転車のほうに向かった。しゃがんでたしかめてみる。ご多分に漏れず自分のもパンクしていた。心配そうに翔ちゃんが自転車を押してこっちに来る。

「なにかあったん?」
「なんかだれかにタイヤに穴開けられちゃったみたい。」
「え!ダメじゃんか。どうしようか?」
「とりあえず、このまま自転車屋さんにもっていこうかな。」
「分かった。じゃあ早く行こうぜ。同じこと考えてるやつで込み合うかもしれないから。」
「そうだね。さっそく出発と。」

 私たちは自転車を押して一番近くにある顔見知りのおじさんがやっている自転車屋に向かった。
 
 空はまだ青空で明日この天気が崩れるとはとても考えられない。それでも天気予報では自信ありげに雨が続くといっているのだから現在の技術というのは侮れないものなんだなぁと思う。
 車も午後になり増えてきている。こんな時間に車に乗る人というのはどんな職に就いている人なんだろう。ドライバーなのかなにかの営業なのかこの年になってもわからないものは分からずじまいで自分たちが大人になったころには車なんてもう走ってなくて結局一生わからないままになるんじゃないかなぁとか思ってしまう。
 
 自転車屋が見えてきた。そこにも幾人か同じ制服を着た学生が何人かいる。人間考えることは大体同じらしい。同じところで同じような教育を受けた結果がこんなところににじみ出てるのかもしれない。

「ああ、風ちゃん久しぶり。風ちゃんも被害にあったのかい?」
「ご無沙汰してます。はい、実は私も穴開けられちゃって。今修理に出したらどれくらいで帰ってきますか?」
「そうだな、同じような依頼がもう5件ほど入っていてさ。今日の夜までには何とかなると思うんだけど、取りに来るにはちょっと遅い時間になりそうだから明日来てくれるかな。」
「んん、はい、分かりました。では、明日に取りに来ますのでお願いします。」
「おう、任しといてよ。」

 そういって自転車をおじさんに預けた。これから帰らねばならない。だけど、自転車はない。歩いて帰れないことはないのだが、時間を大幅に食ってしまう。仕方なく蓮くんに頼んだ。

「蓮くん、後ろ乗っけてくんない?」
「ん、ああ自転車ないもんな。まあこれくらいの距離なら警察に見つからないようにするのも難しくないだろうしな。OK、乗ってよ。」
「ありがとう。重いかもよ?」
「重くても言わないよ。」

そういって乗せてもらった。なかなか座り心地はよくないが、贅沢は言わない。犯人ではなく、被害者が我慢するというのも変な話だが致し方ない。

「こぐよ?しっかりつかまってて。」
「OK。出発進行!」

 自転車が進み始めた。ゆっくりとだが、確実に進む。途中急な坂道からのヘアピンカーブがあり、そこは下りないとなぁとか考えながらボーっとしていた。
 
今日はボーっとするのが本当に多い日だ。この調子なら明日は名探偵並みに集中できること間違いなしだろう。ためしにそれを翔くんに言ったら鼻で笑われた。

「明日は、もっとぼーっとしてるんじゃないか?」

 そしてこの言いぐさ。完全に否定できないのがこの上なく悔しくてたまらない。
 坂道に差し掛かった。私は下りるよと言いかけたが翔くんの行くぜ!のこえに止められる。スピードがぐんぐん出る。と、その時かごに入っていた何かが風に飛ばされた。
あ、と思って手を伸ばしたのが運のつきだった。バランスを崩し坂を転がり落ちる。片目に翔くんも転がり落ちる姿が見えた。

 

そして意識はブラックアウトされた。



 気が付くと、私は坂道の終着点にいた。否、転がっていた。体中がずきずき痛む。翔くんはどうなったのだろう。そう思ってあたりを見回すと、隣に同じように転がっていた。  なんだか周りが変な感じだ。いやに明るい。私はその原因がわからなかった。翔くんが体を起こす。

「悪いな。バランス崩しちまってよ。」
「いや、私こそ。あの飛んでった奴って何だったの?」
「ああ、あれハンカチだ。俺のポケットから出ちゃったんだよ。と、いうか急に寒くなったな。」

 言われてみると寒い。それも尋常じゃなく寒い。でも見た感じ日が暮れた様子もない。むしろ太陽はさっきより上がっているように見える。おそらく錯覚だろう。
 
 それでも全体的にあたりが違和感だらけだった。痛む体に耐えながら立ち上がる。ふとあたりを見回すともう今は切り倒されたはずの桜の木が立っていた。

「翔くん、これって?」
「ああ、切り倒された奴だよな。」
「わたしたちどうしたんだろう?」
「わからん、でも歩いてみようか」

 何が起こったのかわからないなりに何か起こったことを確信した。歩いてみると次々とおかしなことが起こっている。

 信号が古いままだ。青地に黄色いランプがつくやつだ。
 新しくなって人気だったパン屋がもとの普通においしいケーキ屋に戻っている。
 コンビニに入った。ここはあまり変わってないようだ。しかし入ってすぐのところにある新聞を見たとき愕然とした。2008年12月25日。八年前のクリスマスになっている。

「蓮くん!」
「ん、どうした?」
「これ見て。」

新聞を差し出す。

「日付見て。」
「…ウソだろ。」

 私たちはコンビニを出た。どうやらタイムスリップというやつを実現してしまったらしい。相対性理論によると光より早いものはなくそれより速く走ると時が戻るというが自分らがそんなことができたとは思えない。ただ現実にそのようなことになっている。
 
 奇跡という言葉がふさわしいのだろうか。それも何か違うような気がする。かといって偶然という言葉など当てはまるはずもない。

「風ちゃん、いったいどうなってるんだ?」
「わからない、わからないけど一回落ち着こう。」

 近くの公園に立ち寄ってあいているベンチに座る。この公園も今はもうマンションになっていて長らく忘れていたところだ。

「一回整理しよっか。」
「うん、でも整理というほど情報ないな。」
「そうだけど…とりあえず、さ。」
「まあそうだね。話さないことには始まらない。」
「まず私たちは二人乗りして坂を下っていた。」
「で、バランスを崩して転がり落ちた。」
「うん、で八年前のクリスマスにきた。」
「…なんか整理しても全く分からないな。」
「そうだね。どうしようか?」
「戻り方もわからないしな。」
「そうだね。でもどうすることもできないよね。」
「そうだな。とりあえずここ寒いからあったかいとこ行って落ち着こうよ。」

 蓮くんはそういって立ち上がり歩き出す。わたしも慌てて立ち上がって後に追った。カフェに入ったが、あまり暖かくなくまあ、でもコーヒーでも飲めば、落ち着くでしょと蓮くんに言われ案内された席に座った。コーヒーを二つ頼む。

「そういえば、この年って俺ら、いくつなんだろう?」
「えーと、八年前でしょう。……小学2年生?」
「そっか。俺らが小学2年の時もそんな前になっちゃったのか。」
「そうだね。なんかさみしいよね。」
「この年ってなにもらったんだっけか?」
「確か……ラジコン?」
「ん、アーそうか。そうだったな。」
「ラジコンってさ、あれ?潤くんが死んだ年?というか今日じゃん!」
「え、ああ、そうだな。」
「助けられるかもしれない!うかうかしていられないよ。」
「でも、コーヒー飲んでから行こうぜ。事故まではまだ時間があるし、温まってからじゃないと何もできないぜ?」
「で、でも……」
「大丈夫だって。助けるよ。」

 私は蓮くんにそういいくるめられてコーヒーを飲み始めた。なかなかおいしい。古代ではなかなかは中途半端って意味だったらしいからとてもおいしいって言わないといけなっかったのかなとかよけいなことを考えつつも9割がたは潤くんのことで頭がいっぱいだった。

 やさしかった潤くん、かっこよかった潤くん、大好きだった潤くん。

 そんな潤くんにもう一度会えるなんて思いもしなかった。翔くんはコーヒーを少しずつ飲んでいる。そんなことしている暇ないのにと思いながらもやけに真剣な表情をしている蓮くんにそんなことは言えなかった。

 私は、早々と飲み干し蓮くんが飲み終わるのを待った。今は午前十一時。事故にあったのが12時ごろ。蓮くんがいうほど時間はない。
 
 早くここを出たい。そして潤くんの顔を見たい。
 
 午後1時を生きている潤くんの顔を26日を生きている潤くんの顔を。確信は、ないけれど神様があの事故を止めるためにこの奇跡というか不思議な事象を引き起こしてくれたのではないかと思い始めていた。
 
 そして無事止められればきっと元の時間軸に戻れるんじゃないかとも思っていた。やっと蓮くんがコーヒーを飲み終えた。午前十一時二十分。いくら考え事をしていたって時間がかかりすぎだ。

「はやく、いくよ!」
「そんな急がなくてもいいだろ。」
「ダメだよ!人ひとりの命がかかってる!」

 思わず声を張り上げてしまっていた。店内の客が、主にカップルがこっちを見てくる。さすがに蓮くんもいたたまれなくなったのか勘定をそそくさと済ませ外に出てきた。

 ここから事故現場までは自転車だと十五分ほど、走れば走ったことはないけれど十分に間に合うことはできるだろう。いや、間に合わせなければいけない。

 私たちは走った。懸命に走ってはいるがこの二か月いや、引退試合からまともに運動をしてこなかったので、体がなまっている。まだ一キロも走ってないだろうに息が切れてきた。

 時計を見る。
 
 十一時三十五分あと、二十五分ほど、大丈夫この調子ならまだ間に合う。翔くんもまだ余裕なようだし行ける。もう一回走り始めた。さっきよりペースは落ちているがまだ大丈夫。そして、あとちょっとあとちょっとのところで派手に転んだ。思いっきり地面にぶつかり、うめく。
時計を見る。十一時五十分。

「蓮くん!私を置いて走って!早く!」
「分かった!」

 なぜか蓮くんはさっきまでの思いつめた表情から一転解放されたような感じで走って行った。

 私がだめでも蓮くんなら間に合う。過去を変えられる。よくタイムスリップものの小説で過去を変えてはいけないというがそんなことを気にしている暇はない。大体幼子の命を救うことにどれだけの影響力があるというのだ。
救うことで未来が変わる。みんなが幸せになれる。そう私は信じて蓮くんに託した。近くのコンビニに入って絆創膏を買った。もう蓮くんに任せたから大丈夫と少し安心したのだ。

 もう少しで潤くんにあえてうまくいけば元の時間に戻れるかもしれない。そう思って絆創膏を膝に張り、ゆっくりと歩き始めた。かすかに希望に満ちたえみを浮かべて。
 だんだんあたりの声が騒がしくなっていく。なぜだろう。それでも気にせず歩き続けた。心は幸せでいっぱいだった。まだ見てないというのに。救急車のおとも聞こえ始めた。  まさか…そんなはずはないあの事故は蓮くんが止めてくれたんじゃ…足が自然と速くなっていく。人ごみができている。私は絶望的な気分に陥った。

 人ごみから蓮くんが出てくる。蓮くんの顔もまた無念に満ちた表情だった。

「ごめん……間に合わなかった。もう少しだったんだけど。」

 その言葉で私は膝から力が抜けて崩れ落ちた。そしてあの時と同じように叫び泣いた。周りの人が驚いたようにこっちを見る。それでも気にせず私は泣いた。泣かずにはいられなかった。

 神様がくれた二度目のチャンスを無下にしてしまったのだ。蓮くんがごめん、ごめんと何回も謝るのが聞こえる。

 そして気持ちが絶望のかなたまで来たときその日二度目のブラックアウトが起こった。



 目を開けると坂道の事故ったところにいた。
 
 周りの人が大丈夫?と声をかけてくる。私は混乱していたが、事故った時間に戻ったことを認識するとまた自分が失敗したことに絶望し、涙が止まらなくなる。
 蓮くんは呆然としていた。そのあと、思い直したようにくっそ!と地面をたたき始めた。周りの人はその二人の行動で何か危険なものを察知したのかだんだんと離れていき、また二人だけとなった。
 
 蓮くんは立ち上がり、夢だったらなと一言つぶやいた。確かに夢だったら、とんでもない悪夢だがいくらかは救われる。しかし私の膝には真新しい絆創膏がしっかりと張られていた。私はまた涙があふれてきた。

 蓮くんは自転車を立てて、私を振り向き、少し話そうといった。私は涙をこらえながらうなずき立ち上がった。さすがにもう二人乗りはせず、ゆっくりと歩き始めた。

「さっきの、やっぱり夢じゃないね。」
「夢だったらどんなにいいかな。」
「うん。でも、もう……」
「ごめん。全部僕のせいだ。僕がもうちょっと頑張ったら。」
「ううん、私のせいだよ」

 二人で意味のないむなしい会話をしてとぼとぼと歩いて行った。もう一回できるかもしれない。と、そうも思ったができるとは限らないし坂道を転がって大けがするかもしれないし、そんな代償さえ、友達の命に払えない自分が不甲斐なくて自然と会話は少なめだった。

 もうどうすることもできない。この失敗は二度と取り返せないし、繰り返すこともできない。そんな当たり前のことを、この年になって深すぎるほど深く自らの心に刻むことになった。
 
 そしてそんな気持ちのまま家につき、ご飯を食べて風呂に入り、眠りについた。勉強はしなかった。そんなものこの状態でできたら、化け物だし化け物にはなりたくないと思った。

 次の日、また学校に向かう。どんなにつらいことがあっても学校には行かなければいけない。
 
 それは誰にも強制されていないのにあたりまえのように体が動いていた。体が嫌がっても脳が良しとしなかった。
 
 自転車屋までは歩きでいかないといけない。蓮くんは後ろに乗せようかと言ってくれたが、昨日のことを考えるとそんな気分にもなれず、断った。蓮くんも私の気持ちを察したのか食い下がってこようとはしなかった。会話をすると、昨日のことがよみがえってしまうようで、会話ができなかった。
 蓮くんはそんな今の状況を打開しようと何か言おうとしていたが、蓮くん自身もつらいのは同じだろうから無理しなくていいよというと寂しそうにうなずいてそれ以降は会話がなかった。
  
 自転車屋についてパンク修理の代金を支払い、自分の自転車に乗った。そして昨日転んだあの坂道を登っていく。私はどうしてももう一回チャンスがほしかった。傲慢といえどもチャンスがもう一回来ないかと心で願っていた。でもこんなに人がいるところでそんなことができるはずもなく、とぼとぼと歩いていた。

 蓮くんとは少し離れて歩いていた。その時、前の男子が振り回していたバッグが勢い余って手から離れものすごい勢いで私に飛んできた。ボーっとしていた私はそれに反応することができずに正面からそれを食らい、頭から転がっていった。
最後に聞こえたのは蓮くんの風花!という声だった。


人生三度目のブラックアウトに包まれた。



 目を開けると、少し日差しが高くなっていた。昨日と同じような違和感を感じ思わず飛び起きた。体が急に痛み少しうめき声をあげる。

 それでも視界に桜の木が目に入り、またタイムスリップをすることができたのだと表現のしようのない喜びと抱えきれないほどの使命感を一心に感じた。
 蓮くんはとあたりを見回すと、いない。今度は私一人でのタイムスリップになったようだ。とりあえず今が何時なのか確かめるために左腕を見る。午前十一時二十分昨日タイムスリップした時間より少し遅い。
 
 しかしこれから走ればまだ間に合う。そう思って走り始めた。昨日のようなへまはもうしないと心に誓って。
坂を抜けて、大通りに出る。このずっと先が事故現場だ。焦る気持ちを押し隠そうともせず全力で走った。周りの人をものすごい勢いで抜き、一心不乱に向かう。人間というものはこんなにも底力というものを隠しているのかと少し自分で感動しつつ走り抜ける。

 今度は蓮くんはいない。転ぶわけにもいかない。時計を見る。十一時四十分。あと少しまだ間に合う。切れる息も気にせず走った。四十五分、五十分。事故現場についた!止められる!

 と、いえども私は未来と微妙に違っているこの時代の道路で、クリスマスで、人が多い中どこが正確な事故現場で、どこに潤くんがいるのかわからない。
焦る気持ちを抑えられない。このまま悲劇を繰り返してしまったら。私は打ちのめされるだろう。立ち上がることすらできなくなるかもしれない。そう思って探した。

 見つけた。

 横断歩道を待っている列の一番前。潤くんが記憶に残っている姿のまま立っていた。大事そうにラジコンヘリを抱えて。
後ろにいる誰かとしゃべっている。人ごみでそれがだれかはわからない。早く青になれ。そう念じ続けた。その時潤くんがふらりと横断歩道に出た。そして迫ってくるトラック。周りの悲鳴とともにトラックが止まった。

 また止めることができなかった。

 しかし、彼は事故だったんじゃない。だれかにおされて、殺されたんだ。私はそう確信した。

 どこかで見覚えのある雰囲気だった。あの押した人間は誰なのだろう。しかし、私はもう次になったらすぐにでも止めてやると心に誓った。次は止められる。現代に戻ったらすぐにでももう1回事故ってタイムスリップをする。そう薄れていく意識の中で強く思った。もう一回タイムスリップをさせてくれと最後に叫んだ。


視界がブラックアウトされた。

後書き

後編に続きます。

この小説について

タイトル 転がる世界が止まるとき 前編
初版 2016年5月29日
改訂 2016年5月29日
小説ID 4793
閲覧数 212
合計★ 0
福山直哉の写真
駆け出し
作家名 ★福山直哉
作家ID 1020
投稿数 2
★の数 0
活動度 301
物書き初心者です。
ほめてください。叩いてください。
率直な感想をお聞かせください。

できれば、僕の作品を楽しんでください。
それが一番ですから。

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