転がる世界が止まるとき 後編

目を開けるとまた坂のふもとにいた。蓮くんが心配そうにのぞき込んでくる。

「風花!?大丈夫か!?」

 とたんに蓮君が耳がガンガンするほどの大声で問いかけてきた。ついでにつばも飛んでくる。

 でも、今はそんなことを気にしている余裕はなかった。誰が、何の目的で、あの時潤君を道路へ押しやったのか。言い換えれば殺そうとしたのか。そうやって少し考えるために目をつぶったらまた翔君が大声で話しかけてきた。

「風花?風花?大丈夫か?」

 考えを始めようとした瞬間にじゃましてくる格好となったのでいくら相手に悪意がなくとも少しイラッとした。と、いっても蓮君が悪くないのはわかっていたので大丈夫と言いながらすっくと立ち上がった。

 しかし、左ひざを強打したようでずきずきと痛む。思わず顔をしかめて膝に目を向ける。結構なあざができていた。ここで今がまだ登校中なことを思い出す。んん、別に体調は悪くないが、今ここで何もなかったふりをして学校に行くのはなおつらい。と、いうわけで私は蓮君に少し弱弱しい声を出してお願いをした。

「ごめん、やっぱちょっと頭がくらくらする。今日はちょっとここで帰るね。先生に言っといてくれるかな。その、大ごとにならないレベルで。」
「OK。任しといて。でも病院に行かなくても大丈夫か?何かあったら大変だろ?よかったらついていこうか?」
「大丈夫。今日一日家でゆっくり休むよ。それに……昨日のこともあるしさ。やっぱちょっと頭が混乱しているみたいだからさ。ゆっくり休ませて。」
「わかった。家に帰ってゆっくりしておけ。どうせそんな大したこと学校ではやらないしね。明日もこれそうになかったら休んどけよ。その時もうまく言っとくからさ。えっと……そのあぁダメだ。エジソンしか出てこない。名前なんだったけっか?」
「知らない。私も気になってたんだ。とりあえずよろしく。」

 蓮君の返事はどうせわかった、なのですぐに自分の自転車に向かい家に戻る準備をする。蓮君は心配げにしながらも私が大丈夫そうなのを見て取ると自分のことに移って行った。

 そして私が家に向けて漕ぎ出そうとしたときに蓮君に突然呼び止められた。

「お前、今はタイムスリップしたか?」

 私は、正直にうんと答えようとしたけどなんとなく蓮君の問いに違和感を覚えて少し考えたのちに

「ううん。すぐに起き上ったつもりだけど?どうして?」

 と返した。蓮君は私の回答をきくと昨日見せたまじめに考える表情を一瞬見せた。


「そりゃ、よかった……というか悪かったというか、とにかく無事でよかった。」


 私はそれに笑顔でありがとうと返すと再度自転車をこぎだした。

 そしてさっきのタイムスリップに考えを巡らせる。と、そう思ったけどさっきの蓮君の問いの違和感がどうにもぬぐえなくてそっちに気を取られる。こう考えるといつも私の邪魔をするのは蓮君ということにもなるかもしれない。

 潤君はこんなことなかった。というのは蓮君には酷な話だし、小2の私の記憶で美化されている部分はあるだろう。すると違和感の正体に気付いたような気がする。

なんだろう。なんだろう。どこなんだろう。

 もう一度、言われたことを思い出してみる。タイムスリップしたか?そう聞かれた。それだけか?それだけだ。短い会話だった。だがしかし……

 あ、呼びかけだ。あの時、蓮君は私のことを風ちゃんでも風花でもなくお前、と呼んだ。こんなことは一度もない。なのに、どうして?
 
 でも大したことじゃない。きっと考え事に集中してつい口にしたのだろう。別にかまわない。
 だけど蓮君の考え事って何だろう。ううん、今は自分のことに集中しよう。
そして目線をしっかりと前に向けて家に向かってスピードを上げていった。
 
 
 家に着くと、まずは親がいないかを確認する。いないのはわかっている。共働きなんだから。それでも一応。こういうのは慣れてなくてもたぶん全国の子供が不安になって確認することランキング1位だと思う。
 
 一通り家の周りを巡回してどの部屋にも明かりがついていないことを確認すると、恐る恐るカギを玄関のカギ穴に差し込む。そしてまたもや恐る恐るカギを回す。そこで、わりかし大きな音をなってしまったので開き直ってガチャンと大きな音を立ててドアを開けた。誰もいない。シーンとしている。
 何度も確認してあたりまえのことだったが、改めてホッとする。それと同時になんだか寂しくもなる。家に帰って誰もいないなんて今までで一番当たり前のことだったのに。

 そして誰もいない朝の家に向かってただいまと声をかけて二階の自分の部屋へと向かった。一応靴は持っていく。もう今日は学校に行った設定にしよう。
何かはつかめているんだ。自分の椅子には座らずあえて部屋の真ん中に座ってそうつぶやいた。心に引っ掛かりを感じるがそれだけはたしかなのだ。
とりあえず考え込む。そして考え込む。
 
 もう考えるのはどれくらいたっただろう。時計を見ると3分もたっていない。ため息をつきやはり行動あるのみなのかなとそう思った。そして寝転ぶ。そんなに大きくはない部屋なのでさすがに女子高生一人が寝転ぶとそれなりに狭く感じられた。

 目を閉じる。何気につかれているのがじんじんと感じられる。少し目を強く閉じてみて、そのまま不覚にも眠りに落ちてしまった。起きたのは午後の2時だった。

 午後の二時。昼食を抜いていたのでどうにもおなかが空く。空腹と少しの倦怠感を感じながら下へと降りて行った。冷蔵庫を開ける。特に何も入っていないがとりあえずとリンゴをかじる。

 ふと思い立って椅子に膝を立ててもう一回かじってみる。ふむ、まるでジェームズ・ディーンみたいだ。なんだっけ、「理由なき反抗」だっけか。見たことはないけどなんとなく高校生にピッタリそうなタイトルだな。

 案外背筋がきつかったので今度は椅子に座り肘をついてリンゴをかじり始めた。無理ない姿勢だからかしっくりくる。元ある姿に戻ったというべきか。
別にそんな深い意味はないけど。

 リンゴを食べ終わるとさすがにこれ以上食べるのは時間的にも胃にも優しくないかなと思い席を立った。
 女子高生は肌にも気を使わないといけない。きっとこういう経験が何かしら将来に役立つんだろうなとか思う。
 
そうして寝る前に行動あるのみと考えていたのを思い出して、家を出た。

 自転車にまたがり漕ぎ出す。特に決めていたつもりはないけど行先は自然とあの坂道に向かっていた。いや正確には学校というべきかもしれない。坂道が行先と思ってしまうのはやはり意識しているからだろう。
でも、坂道に行くことには何も抵抗はないし、この状況を打開できるのはやはりあの坂道だと思うので今度は意識をもって漕ぎ出した。あの坂道へと。

 坂道は当たり前なのだが、傾いていた。その傾きはいつもよりも急に思えた。一番上まで行くのがしんどい。
 それでも何とか直してもらいたての自転車を押して一番上までたどり着くと下を見下ろしてみる。
 さすがに平日の午前中にこんなところを通る人はいない。ということは邪魔をしてくる人もいない。裏を返せばパプニングを起こしてくれる人もいないということだ。自分でタイムスリップを実現するほどの事故を実現するというのはかなり勇気がいる。
 
 でも、やるしかない。すべてはあの後悔を繰り返さないように。

 勢いよく駆け下りて自転車にまたがる。スピードが体全体で感じられる。段差にぶつかった。それでも目を開けないと、心に誓った瞬間バランスを崩した。
転ぶ。膝を強く打ち付けて思わずうめいた。今度は右ひざ。
そこで初めて目を開ける。自転車はある。切り倒されたあの木は切り倒されているままだ。どうやら失敗したらしい。

 また上まで上がる。もう一回見下ろすけどまた転ぶ気にはなれない。膝の痛みからくる防衛本能がそれを良しとしない。親友を救うためなのに情けない話だ。
でも、その情けない自分が今の私で自分ではどうすることもできない。自然と涙がこぼれた。ここ最近結構泣いている気がする。涙腺が弱ってしまってるのだろうか。別に困ることはないけれど。

 これからどうしようか。タイムスリップできる条件とは何だろうか。思い返してみるが全く心当たりがない。もともと非現実的でありえない話なのだ。世界の天才たちが今までなしえたかったことをたかが普通の女子高生が短時間考え込んだってわかるわけがない。なんとなく考えがネガティブになってしまった。

でも、どうしよう。

「風花?」

不意を突かれてびっくりした。でも、蓮君の声だ。顔を上げるとやっぱり蓮君がいる。

「蓮君!なんでここに?」
「俺もちょっと気分が悪くなっちまってよ。風ちゃんのことも心配だから早退してきたんだ。でも、風ちゃんこそなんでここに?ってか、膝ケガしてるし!大丈夫かよ。」
「うん。これは大丈夫。少し痛いけど。タイムスリップをもう一回する方法を考えてたんだ。」
「そんなことして風ちゃんまで死んだらどうするんだよ!」
「死ぬってそんな。」
「ああ、悪い。でも、身に危険が及んだらどうするんだよ。俺一人になったらどうするんだよ。」
「ごめんそこまで考えてなかった。もうしないよ。」
「あたりまえだ。ほらもう帰ろう。」

 蓮君が私を追い越して進んでいく。ちょっと待ってと声をかけて追いつこうと自転車を前に進める。けれど、自転車が予想に反して前に進まない。さっきなんかやったのだろうか。でも上がってくるときはなんもなかったのに。
それでも自転車は前に進まない。体はそのことに反応できず倒れる。奇跡的な偶然か。ぐるぐる転げ落ちていった。蓮君がそれに気づいてとめようとしてくれる。

だが勢いは蓮君も軽く突き飛ばした。

視界はブラックアウトした。そのときちょっとやったとかつぶやいてしまったかもしれない。舌を噛んで口の中に少しだけ血の味を感じた。
 


 目を開けると切り倒されたはずの木が堂々と立っているのが目に入ってくる。それで戻ってきたことを確認すると、すっくと立ち上がってあたりを見回した。少し先で同じように立ち上がろうとしている蓮君の姿が目に入る。どうやら今回は蓮君も一緒に来たらしい。都合がいいことだ。二人いれば確実に止められるだろう。

「風ちゃん大丈夫か?」
「そっちこそ、かなりキツそうじゃない?」
「俺は大丈夫だよ。また、戻ってきたのか?」
「そうだね。もうチャンスを無駄にはできないよ。行こう。」
「ちょっと待てよ。一回落ち着こうぜ。」
「落ち着けないよ!」

 私は思わず叫んでしまった。でも、あたりまえだ。一回失敗したのにないが急がずに落ち着こうだ。ありえない。
 
 私は、もう蓮君のことは相手にしないと心に決め蓮君の呼び掛ける声を無視してあの交差点に向かって走り始めた。今しがた通り過ぎた公園の時計を横目で見て時刻を確認する。十一時四十分ギリギリだ。
 
 でも、あきらめるわけにはいかない。こんな奇跡がもう一度起こるとは限らないのだ。神様のおぼしめしだか何だか知らないが仏の顔も三度まで。だ。このチャンスを逃したらもう永遠に潤君を助けられない。脳ではない本能に似た何かが私を駆り立てていた。

 大通りに入った。潤君のところまであとちょっとだ。神様のくれたチャンスに応えるまであとちょっとだ。

 さすがに大通りに入ると人も多くなってくる。ましてや今はクリスマスだ。カップルも家族連れも同じように道を歩いている。でもそんなことも気にしていられない。全力で走ってぶつかった人にすみませんを連呼してなお、走っていた。 謝るときにちらっと後ろを振り返ると蓮君も走って私についてきていた。全力で走ることに夢中で全く気付いていなかった。

 あともう少し。本当にあと少し。もう目に見えている。あと20メートル、あと15メートル、あと5メートル。ついた。

 人込みをかき分けて潤君の姿を探す。いた。潤君の後ろにもう一人同じような人影が。人込みをかき分けながらそれがだれか気にして進む。やばい。青になってしまう。潤君の背中に手が伸びた。その瞬間私はその人影の正体がわかった。

「蓮君!?」

潤君が道路に押し出される。ただそこに一瞬の硬直があった。人影がこっちを振り返る。やっぱり蓮君だった。

 しかし幼き蓮君は全力で逃げていく。車のブレーキ音が激しくなる。潤君がひかれたのか。強引に人込みを押しのけ最前列に出る。血だまりが見える。そして倒れた少年の姿。

あまりの絶望とショックに思わずへたり込む。

 あの見覚えがある潤君を押した犯人は蓮君だった。そして気づいたにもかかわらず私はそれを止められなかった。ありとあらゆることがいっぺんに襲い掛かってきて脳で処理が追いつかない。ただ涙だけがあふれ出てくる。

「風ちゃん……?」

 蓮君の声がした。後ろから追いかけてきた蓮君の声が。今しがた潤君を殺した少年が成長した姿の蓮君が。脳はまだ処理が追いついていない。
 それでも、頭では考えられない部分で憎しみがふつふつと湧き上がってくる。足腰もほとんどきかない状態で私は蓮君に向かって駆け出す。

 だが、蓮君に達する前に地面に突っ込んでしまう。蓮君は私を見て真剣な表情を再度浮かべ、私を担いで人目のつかない場所に向かおうとする。

 私は絶望感に再び包まれ、されるがままになっていた。蓮君は私を廃ビルの中に連れ込む。不良のたまり場として有名なところだ。さすがにいろんなものがある。ソファにテレビ、ラジオなんてものまで。いったいどこから集めてくるのだろう。ぼんやりとした頭の中で考える。

 さすがにクリスマスの午前中から集う不良はいないらしく私たちは、私を担いだ蓮君はすんなり入っていった。翔君が私を下す。

「風ちゃん、見たんだね。」

蓮君が私の目を正面からまっすぐ見て問うた。

「うん。」

憎しみの目とともに私は答える。そして間髪入れずに声を張り上げる。

「なんであんなことしたの!なんで潤君を殺したの!なんで誰にも言わなかったの!」
「なんで、なんでって言われてもね。正確なことは今この時点の幼い僕にしかわからないよ。ただ、僕はいつ、どんな時でもこの日のことを後悔しなかったことはないね。」
「でも、あなたは潤君を助けようとしなかったじゃない!」
「そうなんだよ。僕は後悔していても罪を償うつもりはできなかったみたいだね。情けない限りだよ。」

 蓮君は淡々と私の問いに答えを返してくる。まるで、他人事のように。
 今目の前で立っている蓮君は今までに見たことのないうつろな目をして私の前にたたずんでいる。その存在は今にも崩れそうで、消えてしまいそうなはかない感じがした。
 
 きっと蓮君の頭の中も私と同じくらいパニックになっている。そんな蓮君に今私が問いただしても何も意味をなさない。そんなことを考えられているだけ、私の頭の中は落ち着いてきている。だんだんこの世界に私が独りぼっちみたいなそんな感覚がした。

 ふと壁に無造作にひっかけられている時計が見える。日本人は不良でも時間を気にする習慣が身に沁みついているらしい。時刻は事件が起こってから1時間が立とうとしていた。時間の流れがやけに早い。それだけ私は興奮していたということだろう。

私は大変なことをこの一時間で経験した。知ってしまった。

自分の彼氏が自分の幼馴染を殺していたこと。たったその一つだけのことなのに、それはあまりに重い一つのことで一番事実であってほしくないものであった。
 心のどこかで、というか第六感的なものでもうタイムスリップはないだろうとそう思った。自分は失敗した。この状況でもう自分にできることは何もない。神様がくれたチャンスは不意にした。

 すると一つの結論が見えたような気がした。

 私も。私も同じ道をたどろう。潤くんのところに行こう。おかしな決断に見えるけど私にとってはそれが一番の名案に見えた。その道しか見えなくなってしまった。もう私にはそれしかない。そうとしか思えない。

「蓮君。私を、私も逝かせて。あなたの手で殺して。」

蓮 君は疲れ切った顔をしていた。私の言葉を聞いても驚くそぶりを見せずその顔のまま私を見つめ続けた。そして、答えた。

「そうだね、君も疲れただろうから。」

 蓮君はいつの間にかおろしていた腰を上げ私のほうにふらふらと近づいてきた。と、思うと素通りしてチンピラのガラクタの中に向かう。そして何やらごそごそするとまたこちらに戻ってきた。その手には暗くてもはっきりとわかる光沢を放つナイフが握られていた。

「あの日さ。僕は潤君と二度目の喧嘩をしたんだ。原因はね、風ちゃんだったんだよ。僕は風ちゃんが昔から大好きだった。でも、出会ってすぐの僕を引き付けるくらい魅力的な風ちゃんは当然のように潤くんにも好かれていたんだ。それで、大喧嘩さ。子供ならではって感じがするよね。本当に子供ならではだよ。クリスマスで僕の心はいつも以上に平常心ではなかった。浮足立ってってさ。そんな日に喧嘩。気分はダダ下がりで最悪だったよ。で、交差点で思いついちゃったんだ。子供ならではの最悪な解決法をね。押したのは一瞬の判断だった。車が来ているとかを確認したとかではなくって。車が来たのはただの偶然だ。僕は自分が押したことが急に現実味を帯びてきて怖くなってその場を離れた。で、風ちゃんのところに何もなかったように行ったのさ。あとは知っての通り。それがあの日の真相だよ。かくしていて、ごめんね。」
「聞きたくなかったよ。そんなこと今聞いてもどうにもならない。あの時聞いてもどうにもならない。それなら聞かなかったほうがましだった。でも、もう私は死ぬことに決めた。早く私をこの罪悪感と後悔から逃げさせて。」

 蓮君はうなずいて私の首に刃を当てた。冷たくて委縮したがそのままじっとする。一瞬の痛みが走る。首の血管が切れたらしい。赤い鮮血が私の足元に見える。
 蓮君が喚き声をあげて後ろに後さずった。何かにぶつかった音がして何かが落ちる音がする。どうやら落ちたものはラジオだったらしい。大音量でニュースが流れる。

「……先ほど起こった交通事故ですが、被害者の小学生は頭部にけがを負いながらも命に別条がないようです。繰り返します。先ほど起こった交通事故の被害者の小学生は命に別状はありません。ああ、今情報が入りました。被害者の名は、潤、潤君。苗字はわかりません。繰りかえ……」

 潤くんが生きている!それなら今私が未来に戻っても私は潤君に会える!私が声をかけたことによって当たり所がずれたんだ。ああ、だけど私はもう死ぬんだった。血がどんどん流れていく。興奮した気持ちも強制的に冷めていく。だが、今までに感じたことのないそのやるせなさは私に断末魔の叫びをさせた。

「あああああああああああああああああっ!」

 私の意識はぷっつりと途切れた。

 

 目の前に恋人が倒れている。それとも、元恋人とでもいうべきだろうか。今は人でなくなってしまった、人の形をしたたんぱく質の塊に喪失感と悲しみを覚えている。
 自分で手を下した。自分の罪から逃れるために。本当は自分が償わないといけない罪なのに。これだけのことをなしえても一向に現代に帰る予兆は見受けられない。第六感とでもいうのだろうか。直感的にもう自分は現代に帰ることはないだろう。否。できないだろうと感じていた。

 かといってすることもできることもない。こういう時に限ってたいていはすることがあるというのが世間一般のこの状態なのだが自分がここまで現実から目をそらしてしまうと自分が存在するこの世界が現実でなくいわゆるパラレルワールドみたいに思えてきてするべきこともしたいこともないという虚言がこれまた真実に思えてくる。というか真実そのものに代わるのである。

 自分は自身がパラレルワールドにいるような状態をこの八年間ずっと味わい続けてきた。自分が幼馴染を殺したその瞬間から僕はずっと現実にいなかった。もう一人の幼馴染まで殺した今も現実に変えることはできないみたいだ。

 するとあたりが闇に包まれたような感覚がした。自分は何のために存在しているのだろう。僕はいったい何なんだろう。すると暗闇の中に一つの答えが見いだせた。その光は考えてみれば当然でずっと自分でも考えていたことだった。だけれどそれを実行することはできなかった僕はこの光によって背中を押されたような気がした。この八年間で初めてやるべきことが見つかったような気がした。

そして僕は外に向かって歩き始めた。外に出るとそこは現実だった。

 久しぶりに直視する現実は別に今まで自分が見ていた世界と何ら変わることはなく痛ましい事故がつい先ほど起こっていたにもかかわらず通常運転だった。歩いている群衆の一人一人がそれぞれの目的地を持つのと変わりなく今しがた人を殺めた自分もその群衆に紛れこみ己の目的地に向かって歩を進めた。

 やはりこの季節は寒い。この意識とは別に本能的に感じる感覚もなんとなく、どことなく、自分には新鮮に感じられた。はっきりとした目的が自分にはある。それだけで人間は人間としてやっていけるかをひしひしと感じていた。といっても、自分が人を二人も殺めてしまった事実は変わりようがない動きようがない。とめることはもうできない。

 だからその事実をすべてひっくり返すために最初で最後の自分の目的に向かっている。その目的地はそれほど遠くない。すぐについた。病院である。一時間ほど前に潤君が運ばれた病院だ。かつての記憶をたどり幼き幼馴染の寝ている病室まで足早にかける。実際には病室に用はない。同じ階にあるベンチに用があるのだ。

 見えた。そこには子供二人が腰かけている。親は別のところになんだか教えてくれなかったが何かをしに行っていない。
そのうちの男の子のほうに声をかける。そして車いすとかの人が使う病院ならではのやたら広いトイレまで何とか連れ込んだ。ポケットからさっきからずっと持っていた汗でびしょびしょのナイフを出す。

「ばいばい。ぼく。」

僕は幼い男の子、幼き頃の僕を先刻幼馴染を殺したように首を切った。男の子は何もわからないはずなのに、何かを悟ったような顔をした。そして声を出さずに僕の手を握った。

「お兄さん、僕は悪いことをしたよ。これから幸せになることなんてできないようなことを。お兄さん、僕のしたことは間違いだけどお兄さんがいましたことは正解だと僕は思うよ。」
「君はもう疲れただろうからここでお休み。僕は君のしたことをずっと忘れないように。君のしたことの責任を全部受け止めて君の後から行くからさ。」

 幼き僕は僕の腕の中で息絶えた。息絶えたのと同時に自分の腕もだんだん消えていっているのがわかった。あたりまえのことだろうとも思ったがいざとなってみると不思議な心地もした。幼き僕が言った僕のやったことは正解という言葉はなんだかわからないが僕に暖かなものを感じさせた。僕がこんなものを感じる資格がないということはわかっていながらも僕はそれを感じながら現実から姿を消した。



「潤君!早くしないと学校遅れちゃうよ!今日は高校の初の登校日だよ!」
「わかってるって風ちゃん。もう少し待って。」
「登校する前に蓮君家よらないと。」
「そうだね。いろいろ報告しなきゃね。僕らが晴れてカップルになったこととか!」
「もう!でもそれもそうだね。蓮君も一緒に高校生になれればよかったのにな。」
「それはもう行っても仕方ないことだろ。でも蓮君を殺したやつをぼくは今でも許してないよ。」
「それはそうだけどね。でも、蓮君は本当に幸せそうな顔だったんだよ。あのとき私が見つけた蓮君の顔はさ。」

Fin

後書き

いかがでしたでしょうか?
感想、批評受け付けております。ぜひください。
ほめられるのがうれしいですけど。

この小説について

タイトル 転がる世界が止まるとき 後編
初版 2016年5月29日
改訂 2016年5月29日
小説ID 4794
閲覧数 185
合計★ 0
福山直哉の写真
駆け出し
作家名 ★福山直哉
作家ID 1020
投稿数 3
★の数 3
活動度 301
物書き初心者です。
ほめてください。叩いてください。
率直な感想をお聞かせください。

できれば、僕の作品を楽しんでください。
それが一番ですから。

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