Retry - 五話 ある一日の中で

夢と書いて非現実と読む。
幼い頃に抱いていた将来の夢をずっと願い続けた人間がどれほどいるだろうか。
小さい頃の将来の夢はこんなだった、などと簡単に流せてしまうのがほとんどだ。

結局は現実に生きている。
結局は現実に生きていく。



一着、また一着と身につける衣類が減っていく、こうなるともうじき夏がやってくると実感する。
午前十時、働き先の喫茶店<リトライ>でのピークを終え、またいつもの退屈な時間がやってきた。
そこらに飾られた自然の写真、心を落ち着かせてくれる音楽、これらは全て店長の趣味だ。
そうそう、店長とは。
のんびり、天然という言葉がよく似合う女性で、塾の講師もしていて忙しい時期である今はほとんど店にいない。
よくもまぁこんな自分、東田浩樹をこの店に雇ったもんだ、といつも思う。


浩樹「いってっ」
などと無駄なことを考えながら伝票整理していたせいで指を薄く切ってしまう。
切れた傷口からゆっくりと血が外へと出ようとしている。

絆創膏?何それ。
自分の場合その場所に集中する、それだけ。
徐々に傷は塞がっていき、血がまた元の場所へと戻っていく。

二ヶ月くらい前、多くの人からは出会いの季節と言われている4月、自分は事故で死んだ。
そこで、まぁあれやこれやで死人なのに存在している。
その重要部分は省略しておこう。


整理し終えた伝票を仕舞い、カウンター席に座って身体を伸ばす。
この暇な時間がまたいいものなのだ。
と、だらけていたら店の扉が開く。

浩樹「いらっしゃ…」
大志「よーっす」
浩樹「ありがとうございましたぁ」
大志「開けて3秒で帰らせるなや」
また暇人がここへやってきた。
人見知りで、人との交流を嫌う自分の唯一の友人、大志。
中学高校と同じで、今は大学生をしている。

大志「相変わらず暇そうだな、死人」
そして唯一自分の秘密を知っている。

浩樹「死人言うな、誰かに聞かれたらどうする」
大志「すまんな、遊びに来たぜ主任」
浩樹「微妙に昇格してんじゃねぇか」
自分が喫茶店で働いていることをいいことに、こうして授業がない日や、サボりたい時にこうして店へと足を運んでくる。

大志「で、例の物は見つかったのか」
浩樹「お前はどこの取り引き先よ」
大志「そろそろ、手に入れたくてな」
浩樹「何をだ」
大志「人気グラビアアイドル30人のプライベートに迫る、特別編DVD」
浩樹「…あほだ」
こんなバカでも実は彼女がいる、しかもとびっきりの彼女。
大志の通う学校は美人揃いの大学で有名、その中でもトップ3にランクインしたほどの女が恋人なのだから本当に驚く。

大志「もしもブツが見つかった時の合言葉を決めておこう」
浩樹「電話でそれを言えばいいのか」
大志「そうだ、しかも大声で叫ぶこと」
浩樹「その合言葉とはなんだ」
大志「…そうだな」
口元に手を当ててわざとらしく悩む姿を見せる大志。

大志「合言葉は、ロリ巨乳にしよう」
浩樹「電話越しで叫べる合言葉じゃねぇ!」
大志「まだまだ青いな、チェリー」
浩樹「うるせぇ、しかもチェリー言うな」
いつもどおりのやりとり、そして先が見えてきた気がする。

大志「ロリ巨乳!!こうやって叫ぶんだ」
浩樹「もっと詳しくした合言葉で言ってみてくれ」
大志「え?その体系で巨乳?それがロリ巨乳!」

夏美「へぇ、んでアンタの彼女は?」
大志「ド貧にゅ…ぇ?」
浩樹「ほれみろ」
大志「夏美、俺はお前のささやかな胸も好…へべはっ」
周りをちゃんと確認してないからいつも通りのことが起きるのだ。
実際こっち側からは店に入ってきたのは見えていたのだが。


遥「来たよ、浩樹」
浩樹「ホント…暇ですよね」
先ほど言っていた夏美というのが大志の彼女、そして遥というのは。

遥「暇じゃなくても会いにくるよ」
最近の自分の悩みであるこの女。
あの日以来ストーカーばりに付きまとわれている。
遥もまた例のトップ3の中の一人で、周りからすれば自分の悩みなんて贅沢すぎると思うだろう。

自分が他人恐怖症じゃなければね?


夏美「この時間帯はお客さんいない、って遥が言ってたのよね」
遥「伊達に毎日来てないわ」
もう帰ってしまえ。

夏美「愛だねぇ、ね、ヒロ君っ」
浩樹「…哀ですねぇ」
遥「振り向かせるのに必死よ」

はっきり言えばいいのだが、人との会話が苦手な自分には決して言えるはずもなく。
いつもこうしてため息をついて諦めモードに入るしかないのだ。

大志「そう落ち込むな、夏美のブラジャーあげるから元気出せよ」
夏美「なんでよっ!」
浩樹「いらねぇよ」
夏美「なんでよっ!」
―――――なんでよ…。

遥「本当に飽きないわねぇ」
大志「ちっ、しょうがないからハルちゃんに浩樹のパンツでもあげるよ」
遥「ばっ、何言ってんのよ!いらないわよ!」
怒って皆から背を向ける遥。

遥「…」
大志「…」
遥「……」
夏美「…」
浩樹「…」
遥「……ふぅ、ふぅ」
――――どうしよう、ちょっと変態さんがいる。

彼らが来て一時間が経過。
一応は仕事中、まぁ客がいないので何もしなくても別にいいのだが。

「あら、今日は賑やかね」
そこへ現れた一人のポニーテールの女性。

浩樹「お疲れッス、雪さん今日は早いんスね」
雪「ええ、今日は予定表を配って説明するだけだったから」
野々村 雪、この店の店長にして塾の講師をしている。

大志「こんちゃっす店長」
雪「大志君こんにちは、あとのお二人はもしかして…」
浩樹「顔見知りです」
夏美「友達以下なのね、私達」
夏美と遥は初対面だが、遥と出会う前からよく来ている大志とは面識がある。


夏美「でも驚いた、こんな若くて綺麗な人が店長だなんて」
雪「ありがとう、まぁもとは亡くなった主人の店なんだけどね」
そう、雪の旦那は事故で亡くなっている。

遥「…」
夏美「遥…アンタさっきから黙ってどうしたのよ」
遥「…どうしよう」
大志「?」
遥「夏美!どうしよう!」
夏美「な、なにっ?」
急に狂いだした遥は勢いよく夏美の肩を掴んで揺らす。

遥「店の上司、美人、優しい、大人の色気、未亡人、強敵出現だわ!」
大志「しかも下の名前で呼んでるしな」
遥「んほっ」
夏美「いや、驚き方がもう女としてどうよ」
雪「ふふふ、愛されてるみたいね、ヒロキ君」
浩樹「…はぁ」
本日もう何度ついたからわからないため息。
遥は一人で妄想して一人で悶えていた。

浩樹「雪さん、俺ちょっと裏行って飲み物取ってきます」
大志「悪いな」
浩樹「テメェのじゃねぇよ!お客用だよ!」
雪「ええ、お願いね」
別に取りに行く必要もなかったのだが、少しでもこの場から離れたいが為に理由を付けた。

浩樹「…」
夏美「?何、ヒロ君?」
浩樹「江田さん、雪さんに変な質問とかしないでくださいね」
夏美「しないわよ」
自分はそういい捨てて裏へと足を運んでいった。






夏美「で、どういった経緯でヒロ君を雇ったんですか?」
いきなり夏美は約束を破っていた。

大志「あ、それ俺も聞きたいな」
遥「私も」
夏美「だって、あのヒロ君だしね…」
大志「あんなのを面接で雇おうと思った理由が知りたいな」
遥「だって、浩樹だしね…」
めちゃくちゃな言われ方である。

雪「そうね」
信頼。
この三人になら話してもいい、そう思えた。
雪はかつてのことを思い出すかのように天井を見上げる。

雪「あれは去年、あなた達が大学に入ったばかりの春のことよ」


 桜がまだ舞っていた季節。
 新しい学校、新しい職場、出会いの春。
 色々な思いに期待を膨らませた若者達が街を歩いていた。
 そんな中で私は先日夫を亡くした。
 夫が大切にしてきた店を継いで夢だった教師を諦めようとしていた。
 明るすぎるこの場所で下を向いているのは自分だけだと思った。
 しかし、ある広場の噴水前に彼はいた。
 大きな封筒を持って、下を向いている。
 若者の中で一人だけ空気が違っていた。
 <職業安定所>
 その封筒にはそう書かれている。
 それを見てすぐ理解できた。
 彼はまだスタートラインにも立ててないんだ、と。

 雪「…あの」
 浩樹「…はい?」
 目つきが悪くて近寄りがたい、確かに面接向けではない。

 雪「もしよかったら、うちで働きませんか?」
 浩樹「…は?」

 夢を諦めるな、と夫が彼とめぐり合わせてくれた気がした。
 彼と共にスタートラインに立とう、そう決めた。



雪「それが出会いかな、だから面接とかしてないのよ」
大志「パッと見で最悪のアレを勧誘するとか」
夏美「チャレンジャーね」
雪「でもなんとなく、彼はいい人だって思えたのよ」
遥「わかるわ」
大志「わかるのかよ」



浩樹「よっと」
大きめのダンボールをカウンターに置くと、一同がこちらに視線を向ける。
一瞬何事かと思ったが、やはり嫌な予感は的中していた。

浩樹「雪さん、何か言ったっすね」
雪「私の話よ」
浩樹「具体的には?」
雪「私とヒロキ君が出会った時のことよ」
――――言ってんじゃねぇか。

遥「大丈夫よ浩樹、より愛が深まったわ」
浩樹「公園の砂で埋めてもいいですかね、それ」


自分はただ相槌を打つだけだったが、他の連中は雪としばらく話し込んでいた。
これは彼、彼女達にここに来る理由がまた一つ増えてしまった気がした。

遥「あ、いけない!」
突然携帯を取り出して声を上げる遥。
おそらく時間を見たのだろう、店に飾られている時計に目をやるとすでに3時になっていた。

遥「早く行かないと!」
大志「授業が!」
夏美「終わる!」
いや、すでに始まってんのかよ。

打ち合わせしたかのようなコントを見せた三人は自分と雪に別れを告げて急いで店を出て行く。

雪「あ、ヒロキ君、私もこれから用事があるんだけど…」
浩樹「いいッスよ、適当にやって適当に閉めときます」
はっきり言って店長に言う台詞ではない。

雪「ごめんね、生徒が一人休んでて家まで予定表届けなきゃなの」
浩樹「構いませよ、そのまま直帰して下さい」
雪「ありがとう」

こちらに両手を合わせて謝罪し、彼女も店を出て行った。
恐らく時間ができたから一度店に来たのだろう。

浩樹「…アホみたいに疲れた」
どっと今日の疲れが出てきた。
まだ一日中満員状態の方が楽だったかもしれない。
そっとしていてほしいのに、
そっとしていてほしいことがわかっているのに、
連中はそうさせない。

浩樹「はっきり言えない俺も悪いんだがな…」
そう言いながらすでに綺麗なテーブルを拭いて回った。


「こんにちは、営業されていますか?」
浩樹「あ、いらっしゃいませ、お好きな席へどうぞ」
「ありがとう」
時間帯的には珍しくお客がやってきた。

あんなに綺麗に染まるのか、と思えるほどの金髪美女。
ハーフっぽい感じの顔立ちからすると地毛かもしれない。
ブランドには詳しくはないが、明らかに金持ちの匂いを漂わせるお嬢様風の格好で歳は同じくらい。


「このお店のおすすめは何でしょうか?」
浩樹「雰囲気です」
「…」
――――嘘は付いてないよ?

「これがよろしいですわ」
あぁ、間違いない、どっかのご令嬢ですわ。

浩樹「アイスティのストレートですね、かしこまりました」
頭を下げ、カウンターへ向かう。
これでも一応接客はできるようにはなっている。

冷凍庫を開け、グラスに氷を入れていると、


大志「よーっす」
浩樹「ありがとうございました」
大志「今朝より1秒早く帰らせようとしてんじゃねぇよ」
夏美「電車が遅れてて結局間に合わないから戻ってきたよー」
遥「ただいま」
この連中は一体この店を何扱いしているのだろうか。

自分は無言で合図を送り、今仕事中ということを目で伝えた。

「…」
遥「…」
「鈴野…遥 」
お客の女性が遥のを見て彼女の名前を口にした。

遥もまたどっかの金持ちの娘、彼女達に因縁とかそういったものがあるとでもいうのか。

遥「誰?」
なかったようだ。

夏美「あ、アンタ…なんでこんなとこにいるのよっ」
金髪女性を見て驚く夏美。
女性は遥の事を知っていて、そして夏美も女性を知っている。

大志「マジかよ…」
そしてアホも知っているということは。

―――――あれだ。
これはきっと、
いい予感は外れるくせに、悪い予感は当たる、そういったやつだ。

この小説について

タイトル 五話 ある一日の中で
初版 2016年6月4日
改訂 2016年6月4日
小説ID 4796
閲覧数 397
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HIROの写真
ぬし
作家名 ★HIRO
作家ID 199
投稿数 32
★の数 52
活動度 3905

コメント (1)

mahckey コメントのみ 2018年8月10日 18時24分05秒
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