【悪魔の十字架】 - 第七章;神の炎

居間に置かれた、来客用の大きなベッド。
亮太はアロンに言われた通りに行動していた。
濡れて汚れた服を全部脱がせ、
とりあえず布団を被せる。

「はあ……疲れましたあ〜」

ニックの意識はまったくない。
回復の兆しも見えず、
死人のように冷たい皮膚はやや青ざめていた。

「え、と。あとは〜。お香〜でしたっけ」

少し休んだ亮太が立ち上がる。
その耳に、救急車のサイレン音が聞こえた。

「来ましたね」

主のいないキッチンを探し回り、
見つけたオイルをポットに垂らす。

スイッチを入れれば、
あとは勝手にユリの香が室内に漂った。

ほとんど毎日通っていた隣人宅、
亮太は慣れた様子で珈琲を沸かし始める。

「さて。どうやって、説明しましょう〜」

小さな白い丸テーブル。
二脚しかない椅子の一つに腰を降ろし、
優子を待つ。

「うう〜ん。あんまり美味しくない」

自分で淹れた珈琲は、
ニックの腕前を思い知らされるだけで。

「お疲れ様です〜」

ようやく部屋に入ってきた優子の顔は、
号泣した後のように疲労しきっていた。

「ニックは」

労う亮太が出した珈琲に手をつける前に、
優子は室内を見回す。

「そちらに寝かせました〜。意識のない人間は〜、重かったです」

無言でベッドに近付く優子の背中に、
亮太が声を投げる。

「ああ。全裸なんで〜、取り扱いには注意ですよ〜」
「え。あ。そうなの。分ったわ」

膝をつき、ベッドの淵に手をかけて、
乱れた彼の前髪を指先でそっと直す優子。

「冷た……」

青ざめた頬に触れ、
優子は怯えたように振り返ると、
亮太を呼ぶ。

「本当に、このままでいいの」
「はい。でも」
「でも、何」
「片岡さんが〜納得できる説明を〜。僕はまだ考え中でして〜」

長い沈黙が部屋の空気を重たくしていった。

「さっきの」

先に口を開いたのは、優子だった。

「夢の話なんだけど」
「はい」

時刻は既に深夜。
息苦しく感じるほどの静けさに、
室温までが低く思えた。

「アロン。って、聞いたことがあるわ」

互いの夢の共通点を確認した所で、優子が言った。

「この前、亮太さんの表彰式で事故があったでしょ」
「ああ〜、はい。ありましたね〜」
「あの時、ニックが呟いてたの」
「そうですね〜」

考え深く、亮太が思い出す。

「結果的に〜。僕達はアロンに護られたことになりますからね〜」
「悪魔、なんでしょ」

白雪姫やシンデレラ、といった
御伽噺の感覚で優子が言う。

「悪魔というのは人間に悪さをする存在の総称なのに、助けてくれるなんて変な話ね」
「彼は〜」

ゆっくりと、
亮太がもう冷めてしまった珈琲の残りを飲んだ。

「好きなんだと思います。ニックのことが」
「好き……?」

頷く亮太が、常識を話すように続けた。

本来、悪魔には『好き』という感情自体が存在しない。
悪魔は、人間を利用するための契約しか結ばない。

しかしアロンは、
ニックとかなり同調した状態で成長したせいか、
普通の悪魔族にはない思考回路、
行動原則が存在していて……。

「ちょ、ちょっと待って」

優子が困った顔で、
お堅い自分の頭を軽く小突いている。

「亮太さんが言う、その、アロンっていうのは、もうずっと昔からニックの側にいた、と考えていいの?」
「そう聞いていますが〜」

……あの時も、この時も。

「ニックが、悪魔祓いなんて怪しい副業をしていたのも、そのせいだったのかしら」

優子の独り言に、
亮太は心配そうな表情を向けた。

「片岡さ〜ん?無理は〜、しないでくださいね〜」
「ううん。大丈夫」

ぱっと顔を上げ、
優子はベッドのニックをそっと見た。

「仮死状態、なのよね?」
「アロンの話を〜、信じるなら」

悟ったような顔で頷く亮太。

「奪われた魂を〜。取り返しに行く、と言っていました」
「アロンが?」
「はい〜」

優子はもう一度、ニックを見た。

「片岡さんに、お願いがあるとも言っていました」

彼女の横顔に、
亮太は決心したような声を出した。

間延びするいつもの話し方をやめた亮太に、
優子は圧倒されながらも頷き返す。

「ここからが本題なのです」
「う、うん……」

背筋を伸ばし、
優子は小さな椅子にきちんと座り直した。

静かな空間に、
ユリの香が当然のように漂っている。

やがて亮太が隣室へ帰り、
優子は一人になっていた。

正確には、ニックと二人きりだ。

東の空が、うっすらと明るくなってきている。

「朝に、なっちゃった」

ため息を落とし、
優子はようやく立ち上がると、
カーテンのない大きな窓の側へ寄った。

この数時間で、
脳みそを一生分使った気がする。

「一旦、帰るね」

冷たく青ざめたニックの顔は、
それでも端整で美しかった。

預かった部屋の鍵を握り締めて、
優子が出て行く。


『……暑い』

ニックはスーツの上着を脱いだ。
ワイシャツの袖で、額の汗を拭う。

見回す周囲は噴火口近くなのか、
真っ赤に焼けた岩肌の裂け目から、
どろどろの溶岩が黒っぽく揺らめいて見えていた。

『ボクは、何でこんな所にいるんだろう』

訊ねたいが、人の姿がない。

誰かを呼ぼうにも、
息をするだけで気道から肺の中まで熱くなる。

焼け爛れた道の起伏が激しく、
岩は尖っていて歩き難い。

道の両側がマグマの川に挟まれていて、
ニックは真っ直ぐ進むしかなかった。

立ち昇る陽炎に歪む景色。

顔を上げて確かめた遠くに、氷山が見えた。

『あそこまで行けば、涼しいかな』

痛む足を励まして再び歩き始めるニックの努力は、
直後に無駄となる。

『もうすぐなのに』

突然現れた大きな川が、
ニックの行く先を阻んでいた。

真後ろは溶岩で赤く焼けた道。
戻ることも迂回路も叶わない。

乳白色の濃い霧が川面に立ち込め、
大きな川は正確な幅も深さも判らなかった。

『おや、珍しい』

初めて、人の言葉を聞いた気がした。

『こんな所にお客さんだ』

櫂を操るきしんだ音と一緒に、
霧の中から姿を現したのは、
小さな木の舟とその船頭だった。

舳先に下げたカンテラが、
白く濁る水面を揺れながら照らす。

『あなたは、渡し守さんですか』

ニックは身を屈め、
小さな船頭に向かって丁寧に聞いた。

背中はまだ焼ける熱さに追われている。

『いやあ。そういうわけじゃないんだけど』

小さな人は、少し困ったように言った。

『まあ。一人くらい乗せても沈んだりはしないと思うよ』

火傷の痛みから逃げたい一心で、ニックが懇願する。

『お願いできますか』

小さな人は、ニックの様子をじっと見てから言った。

『じゃあ。その上着をくれるかい』
『え。これですか』

驚き、手にしたスーツの上着を見直す。

『こんな物でよければ』

ニックが頷いた瞬間、
小さな手が見えない速度で動き、
上着はひったくられるように船頭の手元に渡った。

『さあさあ。乗んなさい』

急に親切になった船頭は、
小さな舟を川岸に寄せ、ニックを乗せる。

櫂の一突きで、
小舟は赤く焼けた岸を離れ、川面を進み始めた。

『おまえさん、名前は』

どのくらい進んだのか、
小さな船頭が語りかけてきた。

『ニックです。ニコライ・コバヤシ』

櫂を落としそうになる船頭。

『じ、じゃあ……悪魔祓いのニック』
『そうなのですか』
『違うの』

拍子抜けした。

『分らないんです。ボクは何なのか、何故ここにいるのか』
『ふうん』

何かを考える船頭の頭上で、霧が晴れてきた。

『晴れてきましたね』

微笑むニックが空を見上げる。

『あ。しまった』

慌てた船頭がニックの上着を頭から被るが、
遅かった。

『あれ、あなたは』

白く大きなカブ頭。
舳先にはランタン。

『私が誰だかご存知で』

上着を被ったままの声が、
怯えて震えている。

『いえ。それも、分りません』

申し訳なさそうにニックが首を振った。

『なんだ。慌てて損したよ』
『ごめんなさい』
『まあ、いいや』

船頭は上着を肩に掛け、
わざとゆっくり櫂を操りながら、
ニックの全身を盗み見た。

悪魔祓いのニックといえば、
その世界じゃかなりの有名人だ。

しかし彼からは、
その名を広めた原因でもある破邪と浄化の力というのを、
まるで感じない。

『ところで、何故おまえさんは川を渡りたいんだい』

訊かれたニックは首を傾ける。

『それも、よく判らないんです』
『じゃあ、この先が何処に繋がっているのかも、知らないんだね』
『はい』

船頭は深いため息を漏らした。

『上着だけじゃ、割に合わないなあ』
『どういう意味ですか』
『労働の割に賃金が少ない、って言ってるの』

ニックはズボンのポケットを探る。

『ごめんなさい。お財布を、落としちゃったみたいです』
『まあ、金が一番だけれども』

カブの頭をした小さい船頭は、
おとなしく膝を揃えて小舟に座るニックを眺めた。

『人間の持ち物であれば、何でもいいんだよ』
『そうなのですか』
『大なり小なり、欲に塗(まみ)れているからね』

カブをくり抜いた顔では表情が全く見えないが、
語る口調は楽しそうだった。

『着るもの食べもの住むところ、これらすべてに欲が付く。欲望は私らのご馳走だ。そして汚れているほど、上級な味がする』

頷きかねて、ニックは黙っていた。

船頭が、舟を漕ぐのを止めた。

『さあ。どうするんだい』
『ボクは……』

どうしたらいいのか、ニックはカブ頭に尋ね、
次の瞬間、彼は身包みを剥がれる、という言葉の実体験をした。

『この先はおっかなくてね、一緒に行けるのはここまでですわ』

ニックの衣装一式を小脇に抱えた船頭は、
空いた片手でカンテラを外すと、
それも持ってひょいと舟から飛び出した。

『あ、危ない』

思わず伸ばした手は空を掴み、
小舟が強く左右に揺れた。

縁に掴まり、揺れがおさまるのを待ち、
ニックは櫂を手に取る。

カンテラの灯りを失った舟は、
またもや立ち込めてきた乳白色の濃い霧に翻弄されながらも、
対岸目指して進み始めた、はずだった。

『何だろう』

違和感の正体に気付いた時はもう遅い。

座っていたお尻が冷たい。
足先も濡れてきている。

『沈んでる』

木製の舟はいつの間にか泥舟に変わり、
ぐずぐずと溶け出して原型を失い始めていた。

霧の濃い、大きな川のど真ん中。

深さも分らない、ただ、氷のように冷たい水が
ニックを飲み込もうと待っている。

『どうしよう』

櫂を握りしめたまま、
ニックはだんだん沈んでいく舟の中で素裸だった。


『本当に悪魔祓いのニックだったのかよ』

小鬼が数匹、
大きな釜の前で仕事をサボっている。

ニックのスーツ一式を着込んだカブ頭が、
偉そうに胸を張っていた。

『あれは本物だ。三途の川のど真ん中で、自分の名前を覚えていやがったからな』

感心したように唸り、一匹が手を伸ばした。

『ちょっと、触らせろよ』

とたんに身を翻し、距離をとるカブ頭。
大切そうに生地を撫で回し、声だけでにやにや笑う。

『タダじゃ駄目だ』
『じゃ、これやるよ。お宝だぞ』

一匹が何かを手のひらに載せて差し出した。

『何だそれは』

遠巻きに覗き込むカブ頭。

『男爵の眼球』
『よし、三秒な』

見えない速度でお宝をむしり取り、
カブ頭が言う。

『相変わらずケチだな、ジャックは……あれ。いない』

離れた岩の上から、
一部始終を見ていた悪魔達が
腹を抱えて大笑いしていた。

『ぎゃはは。騙されてやんの』
『馬鹿だなおまえ、お宝盗られ損じゃないか』
『あんにゃろ!』
『相手はカブ頭だぞ、気を許すな』

真っ赤になって怒っているのだろうが、
どうせ赤鬼だ。

『くっそおおお』

金棒で地面を突き、そこへ中鬼がやってくる。

『こら、仕事しろ。サボるな』
『でもリーダー』
『おまえがアホすぎ。サボるとオレが折檻だから諦めて仕事しろ』
『見てたのかよ』

岩の上ではまだ悪魔達が、
気が違ったように笑い続け、
小鬼は腹いせに釜をめちゃくちゃに掻き回す。

釜から溢れる濁った悲鳴が絶叫になって、
赤い空間にこだましていた。


『おい。ニックはどこだ』

溶岩区域から深い森へ逃走したカブ頭のジャックに、
また誰かが声をかけた。

『タダじゃ、触らせないよ』

返事をしない大きな黒い影は、
足元を照らすランタンの光を覆い隠すほどだったが、
ジャックは怯えることなく頭を上げる。

『ニックはどこだ、って訊いてんだよ』

苛々した声は深く重たく、
ジャックは返事をする暇も与えられずに首を掴まれ、
宙に浮いた。

『く、苦しい。放して……』

弱い声を出しながら、
相手を確かめたジャックの思考が停まる。

『アロン?どうして』
『悪魔が地獄に居て悪いかよ』

不機嫌この上ない調子で、
真っ黒な大悪魔が毒づく。

『あ、いや。普通です、ゴメンナサイ』

愛想笑いを浮かべるジャックは、
この状況からの脱出方法を素早く考え始めていた。


『ボクは騙されたのか』

すっかり溶けてしまった泥の舟。

素裸のニックが川の真ん中で対岸を見ていた。

温い水は弱く、
彼の膝辺りを柔らかくなだめながら流れていく。

最後まで手にしていた木の櫂を放り、
ニックはざぶざぶと歩きだした。

『でも、寒くなくてよかった』

見えていた氷山はまだずっと遠くで、
岸に上がった足元は、
苔のような植物がびっしりと生えて生温かい。

『行かなきゃ』

妙な使命感に駆られ、ニックは進んだ。

自分が裸でいる事に対する、
羞恥のような感情が薄れている。

白い霧がかかる草原の中を、
ニックは淡々と歩き続けた。

『不思議な山だ』

徐々に近付いてきた山の白さが、
雪や氷ではなく、光に包まれているのだと気付いた。

どうやら自分は、そこを目指しているようだった。

『ちょっと、きみ』

声がした。
久しぶりに聞く、人の言葉だった。

『はい。何でしょう』

立ち止まり、顔を上げるニック。

白い布を羽織った、金髪の男性に見えた。

『もしかしてきみは、あの山に向かっているのかな』

落ち着いて静かな中に、厳格な雰囲気がある。

『多分、そうだと思います』

ニックは正直に答えた。

『目的は』
『わかりません』
『そうか』

俯くニックを見つめて、その人は更に訊いた。

『きみ、名前は』
『……なまえ?』

それは何だろう。

知らない単語に彼は困惑した表情になる。

『それも、わからない?』
『はい』
『でも、あそこには行きたいんだね』
『ええ』

ぼんやりとした頭で、彼は頷く。

『それじゃ、私が案内するよ』

白い人が差し出した手を、彼はそっと掴んだ。

『ありがとうございます』

子供のように手を繋ぎ、
緩やかな上り坂を並んで昇っていく。

『私はソテル。神の火を燃やす者だよ』

ソテルは穏やかに話し続けた。

『きみが神の前に行ってもいい人物なのか、判断する係なんだ』
『かみ、ですか』

意思の消えかかった表情で曖昧に頷く彼を促し、
ソテルは光る山を指で示した。

『そう。きみが行きたいあれは山じゃなくて、ウリエル様だよ』
『ウリエル』

一瞬だった。

真っ黒な渦が裸の背中から沸きあがり、
確かめる間もなく消えた。

『きみ。ニックだよね』

警戒を隠して、ソテルが慎重に確かめる。

『そう、なのかな』

ぼんやりとした瞳を向ける彼。

『コバヤシ・ニコライ。聖職者でありながらゴブリンを一匹飼い慣らし、非常に危険で凶悪な大悪魔に育ててしまった。しかも、アロンなどという名前まで付けて』

ソテルの顔が厳しいものに変わっていた。

『ふさわしくない、と判断するよ。きみを神の前には行かせない』


その後どんな会話がなされたのか、
裸の彼は独りで、
光り輝く山の頂上を目指し、
淡々と上り坂を歩いていた。

『ニック』

坂の途中で、また誰かの声がした。

『きみは何をしに来たのだ』

山が、声を発しているようだった。

威厳のある重厚な声。

『総てを、破壊に』

虚ろな瞳のニックが、静かに呟く。

『やはり、異端だったか』

光る山が動いた。

いや、山だと思って登っていた場所が、
大天使ウリエルの足元だったのだ。

『ニック。きみは一体、誰の魂を宿しているのだ』

立ち上がったウリエルの上半身が、
雲の上に隠れる。

開いた掌の上で、神の炎が燃え盛っていた。

『きみをここから還すわけにはいかない』
『そうはいかねんダヨ』

ウリエルの耳元でしわがれた声がした。

『ニックは俺様が連れて帰る』

艶のある黒い翼を音もなく羽ばたかせ、
アロンの牙が剥き出しになる。

『アロン』

ウリエルの厳しい声に怯まず、
大悪魔は嬉しそうに口を真横に広げた。

『おーおー。俺様の名前を大天使様が覚えてくださるとはね』
『とうとう、こんな所にまで来られるようになってしまったのか』

神の炎が、アロンに向けられた。

『還りなさい。元の姿に』
『おっと』

投げつけられた炎を避け、
素早く身を翻した黒い塊が、
大天使の脇を急降下していく。

『俺様は、もう少しこのままで居たいんだよ』

裸のニックが、ぼんやりとアロンを見上げていた。

『その為にはニックが必要なんだ』
『逃がしません』

次の火球が、
アロンとニックの間に飛び込んでくる。

『うお。アブねえ』

アロンがニックの身体を突き飛ばし、
火球は苔の大地を焦がした。

『ニック。手を出せ』

よろけたニックの正面に回り、
宙に浮いたままのアロンが命令する。

『手、を……』

意味が解らないまま、
ニックが両手を差し出す。

『ほらよ。忘れ物だ』

それは、
わざと見せつけた隙だったのかもしれない。

大天使を無視して裸の人間を構う、
悪魔の無防備な黒い背中に、
神の炎が雨のように降り注いだ。

空が唸り、地面が鳴った。

真っ赤な炎が、一瞬で大地を焦がし、
苔が燃え始める。

『私に背中を向けるか、アロン』

怒りに満ちたウリエルの声が響いた。

『燃え尽きなさい』
『大丈夫、アロン』

巻き上がる煙に隠れて、小さな声がした。

『ダイジョブなもんか。羽根が焦げたぜ』

銀の指輪を嵌めたニックが、
盾になってアロンを庇っていた。

『行くぞ、ニック』

小さな人間の身体を三本の鍵爪が掴み、
黒い翼が力強く羽ばたく。

『逃げられると、本気で思っているのか』

雷鳴のようなウリエルの怒号。

噴火を思わせる火の球と真っ赤に溶けた岩の攻撃。

『クッソ』

舌打ちしたアロンが、ニックを降ろした。

『俺様が引き裂いてやる』

大天使を見上げ、
顔の高さまで飛んでいくアロン。

『無理だよアロン!戻ってきて!』

光り輝くウリエルの大きな手が、
飛び回る蝿のような存在を握り潰した。

『おまえも同罪だ。ニック』

目を開けていられないほどの強い光が
ニックの視界を奪った。

次の瞬間、
雷が通り過ぎたような衝撃を全身で喰らう。

意識が遠のき、
硬直した身体は真後ろに倒れていった。



『……ここは』

真っ暗な場所だった。

やや冷えた空気が佇んでいる。

『あれ』

考えようとした思考が停まった。

『なんだっけ。俺?私?えーと』

何もない場所。

現世の人々が『無』と呼ぶ空虚な場所で、
己の容姿も忘れた存在が漂っていた。




後書き

本当に怖いのは、地獄?それとも『無』?

この小説について

タイトル 第七章;神の炎
初版 2016年8月20日
改訂 2016年8月20日
小説ID 4807
閲覧数 385
合計★ 0
アクアビットの写真
ぬし
作家名 ★アクアビット
作家ID 666
投稿数 27
★の数 63
活動度 8017
長期休暇を貰っても𠮟られなかったのは、ぱろしょだけでしたね〜。ありがとう、またいつか、どこかで・・・

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