ぐだぐだららら - 3 失恋の傷は癒えつつある気がするけれど、あるときふとまた痛むかもしれません

彼女は、「腑に落ちない」ことが気持ち悪い人間だ。
逆に言えば、「腑に落ちた」と、そのときの自分が思い込めていればそれでいいというところもあった。

彼女はよく、興味の対象が変わった。
気づいたら変わっているのだ。
一つのことを深く考え出すと、違う要素が連想される。すると、その違う要素も気になり始める。それが繰り返された結果だ。

ある日の作曲のレッスン、「私は『染みる』をテーマに曲が書きたいんです。」と目を輝かせながら、堂々と話す。

しかしその次の週には、「もう今はあれにはあまり興味がなくて、今は『押し引き』に興味があって」

とまた、堂々と話す。

先生には、「移り気だなぁ」と、あきれられる。
しかし彼女は、その日も、次の日も、ちゃんと腑に落ちている。つもりだ。

彼女は、彼女の中で矛盾がない仮説を立てる。
しかし、それはよく、あとから上書きされる。
彼女自身によって。

それでもそのときだけでも、彼女は矛盾のない、「腑に落ちる」仮説を立てたがる。



彼女は「自分が腑に落ちる音楽」=「自分が心から愛せる音楽」を作るために、自分が好きなものと、自分がそれを好きな理由を考えることを始めた。

〈自分が本当に好きなものを知る〉=
〈それ(自分が本当に好きなもの)を落とし込んだ音楽を作れば、自分が心から愛せる音楽になる〉

というのが、彼女が「腑に落ちる音楽」を作るために考えた方程式だった。


しかし本当にこの方程式を信じ続けていいのかどうかは、改めて考え直してみる必要があると、彼女の冷静な部分は思っている。





気になる男性ができると、彼女はその人の何を好きなのかを考える。

アルバイト先で出会った、黒高真が気になりだしたとき、彼を気になる理由を考えた。そのときの結論はこうだ。
私は彼の、「決してひけらかさないのににじみ出る人の良さ。気づかないうちに働いている、さりげなさ」が好きだ。

その前に「なんて素敵な人なんだ!」と憧れていた高校の用務員さんも、そういう人だった。

「うんうん。私はこういう人がすきなんだ。つまり、私は隠しているのににじみ出てしまう本質のようなものが好きなんだ。日本文化の、決して派手ではない、素朴さの中にある趣のような。これを曲に生かしたい!」


しかし、次に好きになった櫻井大輔は、全然違う男だった。
どちらかといえば少しバカというか、何も考えていないように見えるタイプ。深く考えず、思ったことを口に出す人間。
素朴さの中にある趣とは、相容れない感じだ。

少し長く付き合った人間ならば、彼を知っているから、彼が多少の問題発言をしても、さして問題にはならない。むしろ「天然だなぁ〜」と、可愛がられる上澄みになる。

ただし、彼は、少し離れたところから見ていると、とてもしっかりした人間に見えたのがトラップだった。

いつもきびきびと働き、顔立ちも端正で、声もよく響くバリトン。口調もしっかりとしていた。


だからそんな彼の、「君のぶり大根が食べたいな」という言葉は、
彼をまだよく知らなかった彼女には、とても意味深に聞こえてしまった。

今考えれば、彼はただ、ぶり大根が食べたかっただけなのだろう。そのとき彼女がぶり大根を作るのにハマっていた話をしていたから。きっと、食べたくなったのだろう。純粋にそう思ったから、特に他意なく、思った通り喋っただけ。

しかし彼女には彼の言葉が、意を決して息を小さく吸い直してから、少しの勇気を持って発されたように聞こえた。
「よかったら家に来て作ってよ」という意味をはらんでいるように聞こえた。


その勘違いも、彼の率直さと、彼女が彼をよく知らなかったこと、そして彼の持つ、魅力的な低い声によって起きてしまったことだ。と、彼女は分析し終えている。


今彼女は、彼に、「天然の人たらし」という称号を与えたい。

「あの人は、悪意がまるでなくて、でも少しバカな人なんだな。」と思い始めてからしばらくの間、彼女は彼を好きだとは思わなかった。

だが紆余曲折あって、彼女は彼のことを「好きだ」と認めることになる。


そのときも彼女は考える。
「私はバカが好きなのか?」
「今まで好きになった人から導いた、自分の好みと違う。」
「私が本当に好きなものは何だ?」

彼女は、自分が「バカが好きだ」とは、なかなか受け入れられなかった。

結果的に彼女は、彼の好きなところを分析するのを半ば諦めた。


「櫻井大輔は分析不能。」
でも、分析できないものがあることは、彼女を少なからず喜ばせた。


しかしとりあえず「わからないところ」に惹かれたという苦しい結論を出しておいた。まぁ腑に落ちた。


彼女は声優も好きだ。
声優のラジオやイベントを見聞きしていると、時々とんでもない、「失言」と取れる発言をしたりする。また、無茶振りをされて、すごくバカっぽいことをしたりもする。

彼女はそれらが大好きだった。
「バカじゃないの〜!」といって、大爆笑する。
それが楽しくて仕方がなかった。

そしてふと気付いた。
「自分はバカが好きかもしれない。というか、バカな人に自分は愛を抱いている。」

「今私が言っているバカというのは、頭が悪いということを指しているのではなく、決して賢明な判断とは言えない行動をすること。その行動をしたあとに、自分のイメージが悪くなってしまうとか、偉い人に怒られるとか、そういうリスクがあっても、面白さや自分のやりたいことを優先すること。

そこには、勇気や、純粋さがある。」



そういえば、落ち込んでいたときにギャグアニメを見て大笑いした時、「バカは世界を救う!」と、本気で思ったことがあったな。


彼女の好きなもののリストに、「愛すべきバカ」という項目が追加された。

バカが好きということが認められたことによって、分析を一度諦めた櫻井大輔も、彼女の分析の対象に戻ってきた。

自転車で坂道を登りながら、(彼女は、自転車に乗りながら考え事をすることが多い)本当の自分の、”好きなタイプ”について考えた。



確かにバカは好き。でも、頭が悪い人が好きというわけではない。
と、過去に出会った人を思い出したり、想像してみて思った。

かわいいなとは思うけど、きっと、”好きなタイプ”ではない。

きっと私は、「尊敬できる部分と、愛すべきバカな部分を、バランスよくもった人」が好きなんだ!

その日の、そして今の彼女が腑に落ちる、”自分の好きなタイプ”の結論はこれだ。

きっと、また変わるだろう。

それもわかっている。

でも、そのときだけでも、納得していたいのだった。

この小説について

タイトル 3 失恋の傷は癒えつつある気がするけれど、あるときふとまた痛むかもしれません
初版 2016年9月25日
改訂 2016年9月25日
小説ID 4818
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常連
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コメント (1)

弓射り 2016年9月27日 8時48分27秒
心情の説明は上手です、この文章は3人称で客観的なキャラクター説明として書かれていますね、ヒロインの理屈っぽさに裏付けをする明確な目的をもっているのでしょう。

ただ、もう少し五感すかわち視覚/聴覚/嗅覚/触覚/味覚を生かした表現を見たかったですね。事実と思考が淡々と連なってるかんじの文章なので。
一話目の生活感を感じさせる生々しい表現ともう少しリンクさせてほしいです。話の流れは繋がってるのですが、、、

自転車で坂道を上がるとき、ぐんと重くなったペダルが足裏に食い込んだり、額に汗がふきでたり、背中にキャミソールがべたっとはりついたり、ハンドルがふらついたり。その季節の道端の花が香ったり、空の青さが眼に沁みたり。いやー、並べると陳腐ですね(笑

あとぶり大根のところ、ここってすごく傷ついた部分なはずだけど、この文章のなかではあまり差別化が図られていませんね? 例えば、ここだけ妙に冗長だったり、すごく言い訳がましかったりしたら、説明せずとも傷ついたことがわかりやすいでしょう。

まぁ例は全然参考にならないと思いますが、一話のなかに見せ場になる部分が欲しいかも、という言い方で伝わるでしょうか。展開的な話ではなく、表現のほうで。
惜しいな。きっともっと伝わるように書けると思います。あの一話目、とってもステキでしたから。
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