RED ARROW - 〜紅の護り人〜3

『第二章〜ミヤコからの使者〜』

まだ青い朝もやの中を、
畑仕事や植林作業に向かう村人が挨拶を交わす。

「お早う。今日はいい仕事が出来そうだねえ」
「嵐で壊れた箇所も、やっと直しに行けるよ」
「そりゃご苦労さん、あとで差し入れ持って行くわ」
「ありがとう。楽しみにしてるよ」

人が入れないほど深い森に囲まれた
小さな集落の真上を、
飛行機が銀色の腹を見せて滑空していく。

あの、巨大な機械の轟音と
振動に慣れることはきっと不可能だ。

「んん。何だ、ありゃ」
「ヘリだ。珍しいな」

砂塵を巻き上げ、
役場のHマークに着陸したヘリコプターから、
一人の男性が降りてくる。

太って丸いお腹を突き出して、
ふうふう汗を拭い、
薄い頭髪はプロペラの風にかき乱されていた。

「お早うございます。どうしました、何か緊急の用事でも」

窓から見ていた若い村長さんは、
アポなしの訪問に
多少表情を曇らせて外へ出てくる。

二階の村長宅で洗濯物を干していた、
奥さんも不審顔だ。

「私も、こんな朝早くから仕事なんかしたくないんですけどねえ」

黒っぽいスーツの襟に、
ミヤコの偉い人であるバッヂを光らせて、
男性はいきなり愚痴った。

「上からの命令なんですよ」

ヘリが静かになり、鳥の声が戻る。

「そうですか。まあ、中へどうぞ」

村長さんが役場へ戻っていき、
興味半分で見ていた村人も
それぞれの仕事場へ散った。



まだ誰も来ていない
閑散とした建物の中で、
村長さんの驚いた声が大きく響く。

お茶を用意していた奥さんも、
その声にびっくりして
給湯室から急ぎ足で出ていった。

「いったい誰から聞いたんですか」
「この村の人でしょう。ミヤコで偉そうに吹聴して回っていたそうですよ」

来客用のソファーに座る
ミヤコからの使者は、
太った身体を窮屈に曲げて、
息が漏れる話し方をした。

「お茶です。どうぞ」

奥さんが横からそっと茶托を置くと、
客人は顔も向けず手を伸ばし
茶をすすった。

「どうかなさったのですか」

心配する奥さんに、
村長さんは深く頷きながら、
椅子を勧める。

いつも通り、
彼のすぐ隣に座る若い奥さんを見て、
ミヤコの使者は一瞬、
下卑た笑いをその顔に浮かべた。

「この村に伝わる守護者の話を、詳しく聞きたいそうなんだ」
「まあ」

奥さんが軽く笑った。

「子どもを寝かせるための御伽噺ですよ、あれは」
「しかしですねえ」

侮蔑されたと気付いたのか、
ミヤコの使者は声色を変えた。

「これは、淡河(おうご)様からの勅命です。簡単には断れないでしょう」

村の代表である若い夫婦は、
押し黙ると顔を見合わせた。

「春日さんに」

困惑を隠して、
奥さんが小さく言う。

頷いた村長さんが、
早々に切り札を突きつけた
ミヤコの使者に向き直った。

「昔話に詳しい人がいますので、呼びに行かせます。少しお待ち願えますか」
「分かりました」

なぜか、意地の悪い微笑を
口の端に浮かべるミヤコの使者。



朝霧が残る、
夏でも涼しい山の朝。

息を乱して
土間に飛び込んできた村長の奥さんを、
春日さんは驚いて迎えた。

「ただ事じゃありませんね。どうしたんですか」
「淡河様の使者が」
「え」

息を整え、
奥さんは細かい説明を始める。

次第に曇る春日さんの表情。

「真琴ちゃんは、今どこに」
「今朝は、紅矢と一緒に上の畑へ行ったのよ」

ものすごく嫌な感覚が、
真琴の母親である彼女の胸に渦を巻いた。

「奥さん、お願いがあります」

いつもは開けっ広げで
元気な笑顔しか見せない春日さんが、
真剣な眼差しで奥さんを見ていた。

「私が先に畑へ行きます。奥さんは戻って、その方が役場から出ないよう配慮していただけますか」
「そ、それだけで」

背筋が寒くなり、
奥さんは泣きそうな表情になっていた。

「笑顔でね。お願いします」

おそらく同年代の彼女の肩を軽く叩き、
春日さんはしっかり靴を履くと
山に向かって走り出す。

その、妙に似合うもんぺ姿を見送って、
奥さんは自分を励ますように首を強く振った。



「何だ、お前ら」

紅矢の細い目が
見知らぬ相手を睨みつける。

「ひとんちの畑、勝手に踏み込んで荒らすんじゃねえよ」

背後に真琴を庇い、
頭の中で逃走経路を探し、
少年は吹いてくる風に誰かの足音を聞いた。

「真琴!紅矢……逃げて!」

草深い畑の中で、
こう着状態だった大人達と紅矢が、
ほとんど同時に反応した。

「来い、真琴」

紅矢の手が
真琴の手をしっかりと掴んで走り出す。

慌てて追いかける大人達の隊列が乱れた。

「あっ、痛っ!」

足元はタラの畝。

幹から垂直に伸びる鋭い棘が、
土で出来た大地を知らない革靴を貫く。

「うわっ!何だこれは」

縦横無尽に這い回る、
赤紫色をした薩摩芋の弦が足首を掴む。

その間に林の中へ消えていった
二人の子どもを確かめて、
春日さんはほっと息をついた。



「何、あの人達」

足場が悪く、
方向感覚を失う山の奥までは、
誰もついて来れなかったようだった。

走るのをやめた真琴が、
肩で息をしながら聞く。

「知らねえ」

手を繋いだまま、
紅矢は厳しい表情だった。

「お母さんの声がしたよね。大丈夫かな」
「それは、大丈夫だ」

前を向き、
歩き続ける紅矢の額にも、
汗がうっすら光っていた。

「不審者なのに、何で大丈夫って分かるの」

不安が真琴の声を荒げる。

「乱暴なことが出来る人種じゃない、そんなのは見て判る」

歩調を緩め、
紅矢が真琴を見下ろした。

「それに、奴らの狙いはおまえだし」
「私?」
「ああ。そうだよ」

頷く紅矢の足が止まった。

いつもの隠れ家が見えていた。

「ちょっと待ってろ。中を確かめてくる」

紅矢の手が離れる。

意識していなかった温もりに気付き、
真琴は木の陰で、
祈るように両手を握り締めて待った。

「誰もいない。しばらく隠れよう」

極太のしめ縄が巻かれた丸い大岩と、
一体化したような小さな祠。

何世代も修繕された壁や扉、
屋根は苔生して深緑色になっている。

「そういえば、紅矢」

聞こえるのは山鳥の鳴き声、
梢を揺らす風の音。

「どうした」

深い深い山の奥、
電気も水道も、
ここまでは届かない。

ただ、定期的に、
車輪を出した飛行機が、
銀色の腹を傲慢に突き出して滑空していく。

振動と轟音が鳥のさえずりを掻き消し、
枝葉で戯れていたそよ風を吹き飛ばして。

「もうすぐ望月(ぼうげつ)だったね」

真琴の呟きに、
紅矢は顔色を変えた。

「そうか。そういうことか」

小さな舌打ちと同時に、
固めた拳が土壁を撃つ。

「だから、今、来たのか」
「紅矢?どうしたの」

勢いをつけて振り返り、
慣れた様子で祠の中央に座る真琴を
見下ろす紅矢。

「おまえ、焔翠玉(えんすいぎょく)は」
「持ってるよ」

服の上から大切な御守りを握り締める真琴。

「いつだっけ、満月」
「明後日だけど」

落ち着かない様子の紅矢に首をひねりながら、
真琴は心配事を口にする。

「ねえ、紅矢。あの人達の狙いが私ってどういうこと」
「おまえをどっかに連れて行こうとしてた。どっか、じゃねえな。ミヤコだ」
「どうして」
「理由まではわかんねえよ」
「私はどうしたらいいの」

そこで初めて、
紅矢がうろうろするのをやめた。

きちんと正座する彼女の前に
片膝をつく形でしゃがみ、
紅矢は強く言った。

「おまえはここに居ればいい。いつも通り満月をやり過ごして、焔翠玉を元気にすればいいんだ」

何か言いたそうに動いた唇から
言葉は出なかった。

静かに頷き、
御守りを握り締め、
真琴は一日早い祠篭りを開始したのだった。

後書き

満月からは不思議な力を感じます。
石とか水とか、浄化してくれるし。
その調子で、ヒトの心も、
綺麗にしてくれたらいいのになあ

この小説について

タイトル 〜紅の護り人〜3
初版 2016年12月13日
改訂 2016年12月13日
小説ID 4851
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アクアビットの写真
ぬし
作家名 ★アクアビット
作家ID 666
投稿数 29
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活動度 7802
継続の大切さと恐ろしさを実感する今日この頃

コメント (2)

そら てんご 2017年4月20日 1時08分01秒
紅矢か真琴の一つの視点で語るほうが話の内容が伝わりやすいように思う。実は以前の私も視点の乱れを指摘されたことがあります。
視点の乱れを解決すればスッキリとした文章になるように思います。頑張ってください。(^_-)-☆
★アクアビット コメントのみ 2017年4月21日 10時41分55秒
そらさん>>
読んでくださって、ありがとうございます!

この物語のコンセプトが、
『書きたいことを書きたいように
縛りなしで自由に』でした。

ご指摘の部分について、
実際、読み手がどう感じるのか?
という実験だったので・・・。
貴重なご意見、本当にありがとうございます!!

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