RED ARROW - 〜紅の護り人〜4

『第三章〜望月ーぼうげつー』

村の守護者、なんて
尊敬して呼ばれ、
大切にしてもらってはいるが。

真琴自身に何か
特別な能力があるわけではない。

この山を守り育むのは、
白珠神の名前を持つ西風が運ぶ、
季節と天候だ。

村の人々を昔から守っているのは、
焔翠玉と呼ばれる
きれいで不思議な石だった。


真琴は
立って歩くようになってすぐに、
白珠神の言葉を拾ったので、
焔翠玉を持つ資格者として選ばれた。

それだけだ。

「明日雨が降るよ」
「向こうから強い風が来るよ」
「夜は雪になるね」

真琴の言葉は
天気予報と同じだった。

ただし、
山の生活でのそれは、
時に生死を分ける
非常に大切な情報だった。

彼女のおかげで山の畑は豊作で、
木こりも猟師も遭難しなくなった。

本当に、
それだけだったのに。


「真琴に言っておくことがあるの」

娘に焔翠玉を託したその日、
春日さんは真面目な顔で
小さな彼女の前に座った。

「この御守りはね、時々元気がなくなっちゃうのよ」
「へえ、そうなの」

その時、
真琴はまだ十歳だった。

その石はつるつるした手触りで、
ぴかぴかと光っていた。

新しいおもちゃを手に入れた嬉しさで、
真琴は何度も
手の中で石をひっくり返す。

「その時だけは、お山へ行って、あなたが御守りを守ってあげなくちゃならないの」
「私が、守るの?この石を?」
「そう。あなたにしか、出来ないのよ」

真琴の手から石が離れた。

「何か面倒くさいなあ」

座卓の上に
無造作に置かれたそのきれいな石を、
後ろから誰かがひょいと掴んだ。

「珍しいね。二色の勾玉が組み合わさってる」

立ったまま光に透かし、
石の隙間から空を眺める少年。

「え。あなた誰。お母さん、この人何」

慌てて石を取り返して、
真琴は自分より少し背の高い彼から
距離を取った。

「今日から真琴のお友達よ。紅矢って言うの」
「よろしく」

少年は空いた手を振り、
涼しい顔で挨拶する。

社交的というよりは、
ふてぶてしい感じがした。

きれいな顔立ちなのに、
性格悪そう。

「嫌よ、お母さん。私、男の子苦手だし、お友達とか無理」

全身で拒否する真琴を無視して、
紅矢はさっさと座ると
春日さんを見上げた。

「おばさん。昨日の握り飯、美味かったです。また、食いたいな」
「そうね。そろそろ夕飯だし、一緒に食べましょう」
「ええ!私は嫌って言ったのに」


野良犬みたいな紅矢は、
みんなの畑作業を手伝い、
役場のお使いに走り、
すぐにこの村に定着した。

働き者で、
明るく元気な紅矢を、
村の人々はすぐに受け入れた。

しかし真琴は、
彼の細い目尻が恐かったし、
実は背中で
他人を拒否している感じがして、
なかなか打ち解けられなかった。

そして、その日は
毎月必ずやって来るのだ。


ぼうげつ。
満月の前後三日間。


焔翠玉は力を失い、
人智を超えた現象が、
村を森に戻そうと動き出す。

見えるものにしか見えない、
信じるものにしか理解できない、

実体のない何かは、
焔翠玉を持つ人間を襲った。

真琴は
石を守るために祠に篭り、
その祠を、紅矢が守った。


彼はそのために
この村に来たのだと、
春日さんが説明した、事を、
真琴は後日人づてに聞くのだが。


「また来たのかよ。滅びねえな、コレ系は」

祠の、閉じた扉の前に立ち、
紅矢は蒼白い月光を真上から浴びる。

彼の武器は和弓だった。

漆で紅く染めた
長い弓の下方を持ち矢を番える、
と、必ず聞こえるこの声。


「戦(いくさ)か、紅矢」


目線は闇から逸らさず、
紅矢は待っていたように
口角を上げて笑う。

「そうだよ、白珠(はくじゅ)」

西風が渦を巻き、
紅矢の身体に纏わりついた。

「今宵も、楽しめそうだな」
「ああ。頼むよ」

白珠神は彼の放つ矢尻に
嬉々として乗ると、
暗闇を楽しげに切り裂いていく。

破魔の威力を増した矢は、
ミヤコの方角から湧き出てくる
何か黒いものに当たり、
白く砕け散った。

この時、中の真琴は、
まったくの無になる。

何も聞こえない、
何も見えない、
空腹も感じない。

冷たい石を両手で持ち、
祠の真ん中で、
眠っているような呼吸を続ける。


今夜も、
紅矢は祠とその中身を守り抜き、
夜明けの空に安堵した。


月が沈み、
太陽が力強い光を届けると、
湧き出る黒いものは
徐々に力を失い消えていく。

野鳥が目を覚まし、
優しく歌い始め、
決まった時刻に
飛行機が煩く降りていった。


「助かったよ、白珠」

疲れた身体を岩に預けて紅矢が呟くが、
返事はない。

「ホント、何なんだろな。白珠って」

日が昇り、
紅矢は祠を開けて真琴を外へ出す。

荒行に近い事をしている
彼女の足元はふらふらと覚束ない。

そんな真琴の肘を支え、
日当たりの良い場所に座らせて、
簡素な食事の支度をする紅矢。

「でも、声は聞こえるんでしょう」

温かいお茶を少しずつ胃に入れながら、
真琴が微笑んだ。

「私が聞く声と、紅矢が聞いている声って、同じなのかな」
「うーん。どうだろう」

飯ごうで炊いた白飯に大きな梅干、
山菜の味噌汁と
春日さん手作りの黄色い沢庵。

「思い出そうとすると、風の唸り声みたいになるんだよ」
「まあ、ただの風だしね」
「おまえくらいだろうな、白珠神をただの風呼ばわり出来るの」
「ええ、そうなの?」

太陽は暖かく地面を照らし、
真琴は座ったまま大きく伸びをする。

割れない素材の食器類を
背負い籠に放り込み、
紅矢が誘った。

「明るいうちに、明日の食材でも拾いに行くか」
「うん、お散歩。行きたい」

無邪気な真琴の笑顔に、
紅矢も思わず笑みを返す。

たった十五歳の子どもには
厳し過ぎる三日間をやり遂げるための、
束の間の休息だった。




「申し訳ありません」
「山歩きというものを、した事がありませんでしたので」

血統も能力も、
おそらく次期天皇で間違いのないその少年は、
椅子に深く座ったまま
大人達を見上げていた。

ゆったりと優雅な動きをする上半身は、
柔らかな素材を使った
フリル付のシャツに包まれている。

投げ出した長い足のラインをなぞる
黒のスラックスは、
少し光って見えた。

女性かと見間違えるほど
細く優しい輪郭と、
日焼けを知らない肌に
赤く染まって見える唇。

「それで。山奥に逃げられてしまいました、と」

その美しい唇から、
辛らつな言葉が漏れる。

「それだけをわたくしに言いにきたわけですね。こんな大勢で」

青くなり、
冷や汗をかきながら、
大人達が平伏する。

「足跡を追ったのですが、道自体が途切れてしまいまして」
「村人は口が堅くて、誰も居場所を言いません」
「もういいです」

少年は叩きつけるように言い放った。

「そんな子どものような言い訳など、誰か一人で来れば充分でしょうに」

細いあごが上がり、
少年は瞳の奥を凍らせる。

「責任を負うのが、そんなに嫌なのですね。あなた達大人は」

もう誰も、
何も言えなかった。

しばらく黙って宙を見据えていた彼が、
ふと立ち上がる。

その動作には
音と重さが感じられなかった。

「わたくしが行きましょう」
「ええっ!」
「淡河(おうご)様がお一人で、でございますか」

様々な思惑に翻弄され、
慌てはじめる大人達。

「そうですよ」

薄く笑い、淡河少年は
テーブルの上にあった呼び鈴を
上品に鳴らした。

「外に出ます。着替えを持ってきてください」

まるで幽霊のように現れた侍従に言い放ち、
あとは振り向きもせず自室へ戻る淡河。

後を追うことも出来ずに、
大人達は顔を見合わせていた。

後書き

17歳は「少年」なのか「青年」なのか
毎回悩むんです

この小説について

タイトル 〜紅の護り人〜4
初版 2016年12月18日
改訂 2016年12月18日
小説ID 4857
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アクアビットの写真
ぬし
作家名 ★アクアビット
作家ID 666
投稿数 27
★の数 63
活動度 8017
長期休暇を貰っても𠮟られなかったのは、ぱろしょだけでしたね〜。ありがとう、またいつか、どこかで・・・

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