RED ARROW - 〜紅の護り人〜4

『第三章〜淡河ーおうごー』

「誰か来る」

西から吹いてきた風に真琴が反応した。

麓の町の水源でもある小さな湧き水で、
食器を濯いでいる時だった。

近くをぶらつき、
食べられる野草を吟味していた紅矢が顔を上げる。

「まあ、そうだろうな」
「驚かないの」
「今夜で祠篭りはお終いだからな。来るなら今日しかないんだ」
「誰が来るの」
「さあ。そこまでは分からないよ」

風の塊が、真琴の頭を撫でていく。

「何か、嫌だな。恐い」

過ぎ去った風を目で追い、真琴が小さく呟いた。

「大丈夫だ」

紅矢は、背負い籠を肩に担ぎながら
真琴の手も引いて立たせる。

「石もおまえも、白珠とオレが守るから」

彼女の顔を見ないように話す紅矢の耳の先が、
少し赤くなっていた。

気付かない真琴はそれでも、
安心したように彼の手を握り返し、
祠のある場所まで戻るのだった。



「あれ。またヘリだ」
「このところ、毎日だね」
「何処へ行くのかなあ」

畑仕事をしていた村人が音に気付いて空を見上げる。

真昼の太陽に照らされた機体は黒っぽく、
直ぐには所属が判らない。

珍しく疲労した表情の春日さんが、
洗濯物を取り込んでいる。


この三日間、彼女にも監視が付いていて、
子ども達と連絡が取れないでいた。

機動性を重視した小型のヘリコプターは、
樹齢何百年という木々の
梢すれすれに飛行していく。

春日さんと監視人が、
同時に空を見上げてその機体を確認した。


「あっ、いけないっ」

思わず声が出た春日さんは、
洗濯物を放り投げて走り出す。

「動いた」
「追いかけろ」

小さな声がしたが、構ってはいられない。


寂れた山村が一瞬騒がしくなった。

低空飛行をするヘリコプターのエンジン音と、
人々が走り回る足音と、
それらに掻き乱される澄んだ山の空気。



「嘘だろ」

不意打ちに驚く紅矢の初動が遅れた。

プロペラの風圧に、繋いでいた手が離れてしまう。

祠の真上で停止飛行する黒っぽい機体から、
機動隊員のような格好をした人物が
誰かを抱えて降下していた。

「真琴、山に逃げろ」
「うん」

素直に走り去る気配を背中に感じながら、
紅矢は叩きつける小石や
巻き上がる土煙から呼吸と目を庇い、
降りてくる人物を待った。

「……ガキじゃねえか」

腕の隙間から確かめ、思わず呟く紅矢。


せっかく被っていた帽子を吹き飛ばされ、
束ねた長い髪を揉みくちゃにされながらも、
淡河少年は優雅に降り立った。

絵に描いたような新品の登山靴、
トレッキングパンツにグローブ、
ポケットの多いダウンジャケットは白で。

彼が手の甲をちょっと動かすと、
機動隊員を収容したヘリコプターはすぐに飛び去った。


静かになった山の中で、紅矢と向き合う淡河。

「こんにちは」

落ちた帽子を拾い、淡河は丁寧に挨拶した。

「少々お尋ねします。この辺りに春日真琴さんという女性がいらっしゃいませんか」
「あんた、誰だ」

牙をむいた野犬を擬人化したら、
今の紅矢になるのではないだろうか。

「これは失礼」

淡河は、臆することなく帽子を被り直すと姿勢を正した。

「わたくしは、淡河と申します。名前くらいはご存知でしょう」

驚愕を隠して頷く紅矢。

「ああ。良く知ってるよ」

彼は敵意と警戒を正面からぶつけた。

「本人かどうかは確かめようがないけどな。そんなお方が真琴に何の用だよ」
「そのご様子ですと」

淡河が薄く笑った。

色が白くすらりとした指先で、笑うその口元をそっと隠す。

「あなたは、真琴さんとかなり親しいお友達でいらっしゃるのですね」
「答える義理はねえ」

勝手に萎縮する心を奮い立たせ、紅矢は強く言った。

「ここに真琴は居ない。帰ってくれ」
「今はいらっしゃらなくても」

淡河の話し方はひどくゆっくりで、こちらのペースを奪う。

「日暮れには戻ってこられますよね、ここに」

しめ縄が巻かれた巨大な丸岩を見上げ、
淡河は全てを知るような表情で囁いた。

「……必ず」

祠を眺める淡河の横顔に、紅矢の背筋が寒くなる。

「村に、帰ったんじゃないかな」

紅をさしたような淡河の赤い唇を見ながら、
言ってみる紅矢。

淡河は視線を紅矢に戻すと、
癖のように指先で口元を隠す。

しばらくそのままの姿勢で、
彼は黙って紅矢を見つめていた。

「あなたは、嘘がつけない人ですね」

笑う瞳の奥が凍っている。

応えられない紅矢の肩越しに、
淡河は何かを見つけたようだった。

「誰かが来たようです」

慌てて振り向いたが遅い。

苔で緑色になった幹の陰から、
心配そうな真琴の顔が見えていた。

「真琴さん、ですね」

優雅な仕草と優しい微笑み。

「必ずお会いできると信じておりました」

両腕を広げた淡河が、先に真琴へ向かって歩き出す。

「待て。真琴、そいつは」

一歩遅れた紅矢が大きな声で呼び、走り出す。

どうやって隠れていたのか、
背後から突然ヘリコプターの音がした。

意外に素早い淡河の腕が真琴の身体を抱えあげ、
二人の身体はあっという間に宙に浮く。

「真琴!……畜生!」

彼女の悲鳴がプロペラの音に消され、
駆け出した紅矢は爆風に転がされた。

土を掴んだ拳が地面に叩きつけられる。

吹き飛ばされた時にできた擦り傷から、
血が滲んでいた。


「紅矢」

やっと辿り着いた春日さんが、
荒い呼吸を整えようとしていた。

「おばさん」

彼女の顔を見たとたん、紅矢の目尻に涙が浮かぶ。

「ごめんなさい……オレ、真琴を守れなかった」

遠のくエンジン音、
立ち上がった少年がうな垂れる。

春日さんは腕を伸ばすと、
自分の目線より上にある、
土まみれの頭をくしゃくしゃと撫でた。

「平気よ。紅矢は元気じゃない。取り返しに行くでしょう」

春日さんは努めて明るく言いながら、
少年の顔を覗き込んだ。

「それとも、これきりで諦めちゃう?」
「誰が!」

思わず声を荒げた紅矢は、
一度言葉を切り、唇を強く噛みしめた。

「行きます。オレ絶対、真琴を連れて帰ってきます」



その頃、
熟練した操縦士が操る小型のヘリコプターは、
順調にミヤコに向かっていた。

真琴は、
淡河に抱えられたままおとなしく目を伏せている。

三日間の祠篭りで削られた体力で、
しかもここは空中、抗うのは無駄だ。

焔翠玉は祠に置いてきてしまった。

これでは白珠神の声も聞こえない。

「おっ、と、危ない」

操縦士の呟きを拾う淡河。

「何か不具合ですか」

気を引き締めながら、操縦士が答える。

「突風です。ミヤコの周囲に時々起こる現象なのですが、予測が不可能で」

悪戯な西風が、真琴を乗せたヘリを揺らす。

伏せていた真琴の目が外を見た。

「右に行って」
「え」
「ヘリを、右の方へ逃がして」

戸惑う操縦士が淡河の顔色を窺う。

「彼女の言うとおりにしてください」
「了解」

最小半径の輪を描いて、
黒っぽい機体が旋回する。

その尻を掠めるように、
殴りつけるような風の塊が通り過ぎていった。

余波で強く揺れる機体の中で、
しばらく無言の時間が流れた。


操縦士も機動隊員も言いたい事は沢山あったが、
淡河の前で勝手な発言は許されていない。

同じように無言で真琴を抱える淡河の口元が、
薄く笑っていた。



「到着しました」
「そうですね。ありがとう、二人共ご苦労様でした」

真琴の手を引き、優しく立たせる淡河。

「さあ。行きましょう、お姫様」

こんな薄汚れたお姫様が居るものか。

嫌味に聞こえた真琴が淡河を睨むが、
動じない彼の柔らかい笑みに、
何か逆らえない威厳を感じたのも事実だ。


林立する高層ビルの屋上に降り立った真琴は、
遠く周囲を見回す。

「紅矢」

まだ新しい都市ミヤコを囲むように連なる尾根、
深い森に見えるあの一箇所が、彼女の故郷だ。

助けを求める呟きは風が運び去り、
背中を押されるようにして彼女は建物の中へ消える。


「いいですか、直に村の子が来ます。彼は非常に大切な物を持っていますので、丁重にお迎えしてください」

迎え出た侍従に言い残して、淡河も建物の中へ入っていった。

後書き

赤と白の勾玉が紅矢と淡河のイメージです。
でも、
想像している真っ赤な石は現実には無くて。
『鉄石英・勾玉』で検索してHITした中で
アイビッツコレクションの赤い蛇紋岩、
これが最も近い『紅矢色の勾玉』かなあ

この小説について

タイトル 〜紅の護り人〜4
初版 2016年12月27日
改訂 2017年4月21日
小説ID 4860
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アクアビットの写真
ぬし
作家名 ★アクアビット
作家ID 666
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活動度 7901
継続の大切さと恐ろしさを実感する今日この頃

コメント (1)

そら てんご 2017年5月1日 5時45分26秒
蛇紋岩,鉄石英・勾玉・・・自然界にはとても不思議な石や岩があるものですね。その石たちの持つ呪術的な物語でしょうか?
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