飛行船αの上空紀行 - 宗Σ国

「ナンパ?もういいやぁ、俺流石に懲りたもん」
「そうか。それが何度となく言っている言葉でなければ、信用できたのにな」
 ギルドαの一行は、王国瑤硫ε圓頬れていた。今は丁度、城に向かって伸びる大通りを歩いているところだ。王都と言うだけあって、今までの街とは比べ物にならない程賑わっているし、潤っている。女の子たちにも、華がある。だけど、俺、リック・ウェリデは本当に懲りたんだ。だって、この間なんか可愛い女の子にホイホイ騙されて、終いに剣呑なお兄さんのところに連れていかれたんだから。……意味不明な“依頼”も受けてしまったし。俺のナンパ癖で飛行船の皆を危険に晒すような真似は出来ない。
 少しもったいない気もするけど。
「くくく、俺には可愛いスターノがいるもんねぇ」
「ふざけるな。暑苦しいし、近寄るんじゃない。さっさとあっちに行け、変態」
「へっ、変態!?俺それ初めて言われたんですけど!?」
「いつものことだろう。なぁ、フェリー」
 スターノ・セレステが隣を歩くフェリー・クローロンに話を振る。
「そうですね、リックさんは、少なくともスターノさんに関しては変態です」
「フェリー君まで……」
 俺がじっと彼を見つめ返すと、素晴らしく清々しい笑顔で疑問符を返された。最近俺の扱いが皆雑になってきていると思うのは、気のせいなんだろうか?いや、きっと気のせいじゃないよね、ライラちゃんもこんなんだし。
「なぁ、フェリー。どうして俺たちは王国瑤僕茲討襪鵑澄塵の都で十分、食料と金とセムは仕入れただろ」
「何言ってるのレジ……ほんとに君は興味あることしか興味無いよね」
 彼は後ろをキョロキョロとついてくるレジ・アスファルを振り返って、呆れた顔でそう言い放った。
 それに合わせて俺も笑っているけど……実のところ、自分もいまいち分かっていない。“依頼”が瑤砲弔い討里海箸世ら、有難い事であるのは違いないが、まだこのことは誰にも言っていないのだ。なのにどうして……と言ったところである。
「あのね、空域って言って、空にも国みたいに分かれ目があるの」
 フェリー君の説明は何とも分かり易いものだった。こんなのは彼の傍らでこくこくと頷いている男には無理だ。

 空域。それは、この広い空を自らの統治下に置かんとする者達が、勝手に作り上げたルールである。空域は国によって分けられており、丁度国境に位置する塵の都あたりまでが、王国βの支配する“β空域”で、二日前まではそこを飛んでいた。
 しかし、そこを超えればもう王国瑤痢鉢空域”なのである。
 そう言えば、空域境を通過している時に、レジが
「俺今、βと瑤隆屬砲い襦!変な感じだぜ!!!!」
とか何とか騒いでいたような気がする。今思えば、意味も分からずにはしゃいでいたみたいだけど。本当に、全然変わらないな。俺が“見つけてやった”時に比べれば、それは違うんだろうけど。
 大事なのはそこではなくて、空域の主が違う、ということだ。俺達がこれから空域を旅するためには、“飛行許可証”が必要なのである。勿論、βの飛行許可証も持っている。
 王都に来るまでの間は、交通手段が飛行船しかないので、国境の関所で発行してもらった、臨時の飛行許可証を使っていた。それも三日しか持たないらしくて、俺達は今王城に向かっているのだそうな。正しくは、王城の隣にある、役所である。









王国 王都役所


「そ、そうなんですか、飛行船で旅を……」
「えぇ、そうなんです。最初は3人だったのに、今ではこんなに人が増えました」
 綺麗な顔で受付嬢ににっこりと微笑むスターノ。あっ、可愛い。今の角度、超良い。収めたい。アルバムに収めたい。
「アルバムに収めたい」
 本当に神様、こんな可愛い人間を作り出すなんて、貴方もなかなか粋な計らいをした。
「本当に神様、こんな可愛い人間を作り出すなんて、貴方もなかなか粋な計らいをした」
「……ちょっと、フェリー君!?」
「はい、何ですか?」
 またその清々しい笑顔……
「俺の考えてること口に出さないでよ、て言うか、どうして分かるの?エスパーだったっけ!?」
 俺のその言葉にまたにっこりと微笑むフェリー。何だその笑顔は。
「リックさんの思ってることを読むなんて、エスパーなんか使わなくても簡単ですよ」
 な、何!?やっぱり、ひどかった。俺が一体何をしたっていうんだ……
「日頃の行いですね」
「心読むのやめて!!」
 と、その時、俺は見覚えのある人物を見た。
 目隠しのような黒い布を目の周りに巻いて、着物を羽織った奇怪な服装の青年。
 知り合いではない。では、どこで見たか?そう、塵の都だ。スターノを支えながら歩いた時、一瞬だけすれ違った、異文化の香りの。
 何故、ここにいるのだろうか。
 飛行船は上空には障害物がないので、他の飛行船以外特に気にすることもなくまっすぐ突っ切って、今回のように三日弱で王都につくことが出来るが、常人は違う。
 飛行船なんてそんな無駄に大きくてコストのかかるもの、普通に生きていたら買えるものではないし、彼のように___恐らくだが___一人旅ならば、邪魔以外の何者でもない。
 では、地上を使ってここまでやってきた彼は、何故、今、ここにいることが可能なのか?
 考えれば考えるほど、二度見かけただけの彼が不審に思えてくる。
「!」
 突然、目隠しの彼がこちらを向いた。と思えば、どんどんこちらに歩いてくる。何、何、何なの!?視線がいけなかったの!?もう見ませんから、面倒なことには……!!
「ギルドα様、ですね?」
 彼がスターノに声をかけたところで、俺はようやくはっとした。
「……?そうだが、君は」
 スターノもどうやら気づいたらしい。彼が、塵の都で見かけた奇怪な格好の男だということに。

「貴方方に用があるのは、私では御座いません。王が、ギルドα様を呼んでおられます」

 彼は少しだけ頭を下げてそう言った。
 この時、視界のないこの男が何を感じていたのか、何を思い出したか、何を見つけたのか。
 王国瑤貌国して三日目。ギルドαの一行は、国王に謁見する。

 彼は、17歳の青年だ。数年前から瑤慮醜餡Δ忙鼎┐討い襪里世箸いΑ
 騎士や用心棒をしているのかと思えば、武術はそれなりに心得ているものの、普段は王の身の回りの世話をしているらしい。まだ若いのに、大変なことだ。
 して、その目隠しの中身は。
「あぁ、これはよく分かりません」
 え?と全員が声を揃えて言った。その様子に彼は口許を緩ませて
「ある日突然、目が覚めたら付いていました。暗示がかけられているのか、どうにも必要な時以外、外すことは出来ないのです」
と、目隠しをさすったのだった。
 しばらく歩いて。一行は、裏口に通された。「すみません」と青年は言う。
「くれぐれも、貴方方が王の客人である事は内密にお願いします」
「何故だ?国王なのだろう、客人など、誰に構う必要があるんだ」
 スターノが、疑うような目つきで目隠しの彼を見た。
「だからこそです、ギルドマスター殿。あの方にも、事情というものがある」
 彼はそう言いながら振り返り、後ろの扉を叩いた。すると、タンタンと駆けてくるような音が反対側から聞こえて、まもなくその扉は開いた。
「パペル……お帰り」
「お約束通り、旅人達を連れて参りました、カレン様」
 皆さん、と青年は再び口を開く。この方が。




「___この方が、第95代王国シグマ国王、カレン・シーニー・ノーゼン様です」


 紺の髪、紅の瞳。切なげに輝く。
 右に泣きぼくろをたたえた“カレン王”は、弱々しい笑みを浮かべ、よろしく、と俺達に言った。
 王国瑤痢伐ν諭匹、目の前に、あっさりと、現れた瞬間だった。
 王は酷く窶れていて、その自信のなさ気な笑みからは、王であるという威厳は微塵も感じられなかった。
「……とにかく、入って」
 王がふと体を後ろに引くと、そこには城内の広大な廊下が広がっていた。
 廊下の両端には、何だかよく分からないけれど高そうな壺が等間隔に置かれ、高い天井にも大きなシャンデリアが同じように下がっていた。ここは城であるとようやく実感する。
「すまない、客人だというのに、こんな狭い入口から…」
 王は俺たちを先導しながら、ふと、先程入ってきた入口を振り返った。確かに、大きさでは大体レジがぎりぎり通るくらい。俺は頭をかなり屈めないと潜れなかった。
 でも、この人は王様なんでしょ?どうしてこそこそ隠れるみたいに歩いているんだろう。ほら、今だって。時々訪れる曲がり角で頭を出してキョロキョロしてから歩き出している。王様、なんだよね。本当に?
 キョロキョロと歩きながら、ようやく王の間に着いた俺たちは、ゆっくりと王座に腰掛けるカレン王の向かいに横並びに立った。カレン王は、ふぅ、と息をついて肘掛に手を置き、青年はその隣に騎士のように佇んでいる。
「突然連れてきて、申し訳ない。そなた達には、訊ねたいことがあるのだ」
 王はゆっくりと口を開いた。
「……私を、見たことがあるか?」
 当然だけど、意味が分からない。何、この王様は自分がとった行動も覚えていないのかな。まぁ、そんな訳ないよね。きっと意味がある。
「はは…そんな不審そうな目で見るでない。順序建てて話さなかった私が悪い」
 不審そうな目なんてしなかったと思うけど、と隣を見ると眉間にシワを寄せたレジが。おい。

「私には双子の兄がいる…らしいのだ」

 らしい。その物言いが気になる。

「しかし私は、その兄の顔さえ覚えていない。二卵生でな、瞳以外、私とは思うほど似ていないそうだ」

あぁ、なるほど、そういうこと。

「そなたたちには、その兄を探してほしいのだ。もう分かっているかもしれないが……私はあまり城で自由に振る舞うことが出来ん。城の者達を使って探すことも出来ぬ……ギルドα。話は聞いておる。腕の立つ者の集団だそうじゃないか」

 王は青年の方を見てにこりと笑った。はい、と言う青年。
 …まさか、俺たち《ギルドα》のことを調べるために彼は塵の都にいたのかもしれない。わざわざ?
 もしかすると、もっと前から見られていたのかもしれない。
 ……俺が攫われるところも?呑気に美女に現を抜かし、最終的に怖そうな人に捕まるところも?それは、それは何とも___恥ずかしい。
「というわけでだ」
 依頼をどうか受けてほしい、とカレン王は言った。
 こういう時は当然ギルドマスターのスターノが決めるわけだけど。
 スターノは優しいからなぁ、この依頼を受けてしまいそうだ。いや、『受けてしまいそう』なんて言ったけど、別に受けて都合の悪いことなんて何一つないんだよ。むしろ俺には都合がいい。
 『王国瑤瞭眈陲鯏舛┐襦
それが怖いお兄さんからの依頼だからね。
「大変申し訳ないのですが」
 スターノはしばらく黙ってから口を開いた。
「私たちは依頼を受けることはできません」
 意外だった。お人好しなスターノが憐れな王様の依頼を断るなんて。
「組合間の協定により、特定の人物を探し出し、現状ならまだしも、居場所を教えることはできません」
 我らがギルドマスターのその言葉を聞いてがっくりと肩を落とすカレン王。
 まぁ、それはそうだよね。城の中に味方も少ない弱そうな王様が、唯一の頼みの綱だと思って縋りついたギルドに断られたわけだから。うちの子に文句を言うわけじゃない。ルールはルールだ。それは分かっているんだけどね…
「ですが」
「?」
 スターノは口を開いてこう言った。
「セレステ家の現当主として、王の『お願い』を聞くことは出来るはずです」
「……そなた、セレステ家の」
「セレステ家現当主、スターノ・セレステと申します」
 何やら、王は懐かしそうな笑みを浮かべていた。
「そうか…先王が世話になったな」
 そうしてまたすぐに顔を歪めて、
「確か、そなたの父上は」
 スターノは王に頭を垂れたまま
「はい」
とだけ言った。スターノが悲しんでる。思い出してる。
 許せない。
 辛いことは忘れて、今を生きているのに。
 そう思って傍らから王の方を見ると。
 驚いたことに、王の方が今にも泣きそうに顔を歪めていた。
 ぎょっとした。何でだ。


 ___これがこの王の、優しさなのか。







王国 王都中央通り

 結局俺たちは依頼を受けなかった。王は、庶民に頼み事をした。
 王の間で起こったのは、たったそれだけ。おかしいことは何も無い。
「リック」
 スターノが薄桃の唇をすこし開けた。
「俺の選択が気に入らないか」
 あまりに唐突で理解が追い付かず、硬直してしまった俺の目を、青が覗いた。それから目が離せなくなって、仕方なく、ぐっ、と見返す。
「どうなんだ」
「どうって…俺、何も言ってないよ。スターノに思うところがあるんでしょ」
「……金に」
 スターノはぷいと顔を外に向けて
「金にならんだろう」
と。うん。可愛い。いつもだけど。
 スターノはもともと王家に使えるような良家の子息なので、小さい頃金に困るとか、金の話をされるとか、そういうことがなかったんだろうと思う。金が無いなんて言うのは恥ずかしい事なんだと思っているんだろう。
 俺は、有り余った金に溺れているよりも、ギリギリでやりくりしていた方が余程健全だと思うけど。考え方の違いってやつかな。難しい話はよく分からない。
「別にさ、スターノがそうしたいと思ったなら、いいんじゃないの。このギルトは、お前のものだよ」
 好きなようにしたらいい、俺はそう言った。
 するとスターノはそうか、とだけ言って、俺たちはまた沈黙の中を歩き続けた。
 後ろの方で、走り回るレジをフェリーが宥めている。モントはもっと後ろから眠そうな顔でついてきていた。見なくてもわかる。いつもの光景だ。
 もしかしたら、と思ってしまう。
 もしかしたら、あんな男に脅されて、意味不明な“依頼”を受けたりしたのは全部夢で、そんなことなんて全く無かったのかもしれない。
 不穏な予感がするとか、そういうのは全部俺の妄想で、ただ、今は、幸せな日々の真ん中にいるのかもしれない。
 あの時首筋に覚えた感覚も、全部____


 ___全部夢だったら、どんなに良かったことだろう。


ドンッ


 ふと、前から歩いてきた黒いフードの人物と肩が衝突した。広いとはいえ、賑やかな王都の大通りだ。人とぶつかることもよくあるのだろう。
「おっと、すみませ……」
「…いえ」
 ぞわァァ、と背筋に鳥肌が立っていくのを感じた。
 知っている。

 一瞬の少し心地のいい黒い魔力。
そして。
 ___不穏な“紅”の光。

 すれ違うその一瞬、黒フードを目で追った。フードから覗く一筋の真っ白な髪。

「___リック?」
「………」
「おい、どこに行こうとしてる。飛行船はこっちだ」
「スターノ」
「何だ」
 いつの間にか手に握らされた紙屑を見ながら、心の内で深いため息をつく。
紙屑には、
“花屋ノ路地裏ニテ待ツ”
とだけ。
「もう少し、王都を見て行こうよ。折角なんだからさ」
 そう言うと、スターノは呆れた、と言わんばかりの顔をして、お前な、と言った。
「王都でナンパをしたいなら、そう言え。誰もお前を止めないし、止めたくても止まらないだろう」
 困ったものだ。スターノと来たら、俺が何か言おうものなら全部ナンパだと思っている。
 たまには真面目な時だってあるのに。たまには。
「……何でもいいが、お願いだから約束した時間に帰ってきてくれ」
「なぁに、スターノ。俺のことが、心配なの?」
「ふざけるな、当たり前だ」
 特に照れるような様子もなく、さらりと言ってのける彼に、こちらが面食らってしまった。
「……まぁ、いいよ。ナンパしに行く気なんて更々ないしね」
「じゃあ、何だ。美人店員のいる店でも見つけたか」
「スターノは一体俺を何だと思ってるの……違うよ。スターノ、俺とデートをしよう」
「………は?」





『何も言わないで。いいから。デートに必要な贈り物を買おう。……そうだな、花がいいね。ここで待ってて、買ってくるから』
 そう言って俺は、スターノの呼び掛けでバラバラになっていくαの列を抜けた。向かうのは花屋___

___の後ろの小路。

「ちょっと」
「遅かったな」
「勝手に呼びつけておいてそれはないでしょ、フロウ様」
 路地裏には先客がいた。
 さっきすれ違って、紙を握らせた黒フード。つまり、フロウ・カルマン。
「……で、何なの。あぁ、俺たちが王様にあってきたこと、知ってるんだね」
「当たり前だ」
「王様の身辺、ね」
 そうだなぁ、と俺は少し焦らしながら言う。
 ちらちらフロウの様子を伺いながら、瞳の中身を観察した。
 紅。仄暗く輝く。
 実に綺麗だが、暗い。底知れぬ嫌悪、憎悪。
 でも。
「おい」
「……はいはいっ、身辺でしょ」
 全部全部全部全部。
「収穫はそんなになかったよ。分かったのは、王城での王様の肩身が物凄く狭いってことと従者」
 消して。
「彼の近くには、出来る従者がいるよ。名前はパペル。苗字までは聞かなかったけどね」
「ふん」
 何かを考えている顔。
『瞳以外、私とは思うほど似ていないそうだ』
 紅、紅。
 似ている、色と形だ。
 考え過ぎだろうか。いや、でも…
「貴様」
「………」
「先刻から、俺の目を見てどうした。何か言いたいことがあるようだな?」
「ま、あるといえばあるよ」
「ほう?何だ。一つだけだ、答えてやってもいいだろう」
 どうしたんだろう。今日は機嫌がいいんだろうか。
「じゃあ遠慮なく……フロウ様は、家族はいないの?」
「ふん……それを聞いてどうする」
「どうもしないよ。興味」
「……家族は一人、血の繋がった者がいる。が、幼い頃に別れたきりだ。今は勝手に自分も家族だと言ってくる者、家族のように一緒にいる者……それくらいだ」
「ふぅん…」
 俺がフロウの瞳から目を離さずにそう言うと、急にその瞳の色が変わった。
「ぐッ、ぁ、やめ、ッフロ、ゥ、ぐるじ、、ァがっ」
 路地裏の壁に叩きつけられて、痛む後頭部をさする間もなく、腕で喉笛を押し付けられる。苦しい。
 フロウの顔が息を感じるほどすぐ近くにあった。
 苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい。
 視線が中に忍び込んでくる不快感。
 やめて。
「っ、……ッ、ぁっ、っふ、……がッ、っッ!」
 路地の奥側に殴り捨てられるように放られる。既視感を覚える。
「はっ、…ゲホッ、がッ、ハァッ」
 身体中が酸素を求めて、喉がヒューヒュー悲鳴を上げる。
 口角を少し上げて、地面に倒れ込んだ俺を見下ろすフロウ。
「ふん」
「なっ、で、こっなこと…っおれ、なにもしてない、じゃ」
「何故だろうな」
「……さいっあく」
 それしか言えないよ、全く。苦しかったけど、あの時ほどじゃない。胸の傷を包帯の上からさする。
「思い出すか」
「何を」
 唐突に、フロウが俺の脇に手を差し込んで無理矢理立たせ、再び壁に押し付けた。
 また首を締め付けられるのかと思って、出来る限り身をよじる。が。
 ふわっと俺の首筋に寄せられたのは、腕でも指でも掌でも刃物でもなく、顔だ。すんすん首筋を嗅いで、終いには食む。この意味の分からない気色悪い行動___こいつ、フロウじゃない。
「んふふ……甘い。相変わらずだね」
 肩を掴んだまま顔を上げて、正面から顔が見える位置になった。
___!?
 思わず勢い良く目の前の人物を突き飛ばす。
 紅、蒼。曇った光。悪魔。人物じゃない。
 頭の先から爪の先まで、瞳以外の見た目はフロウなのに、中身が代わっている。
 真っ黒くて、黒くて黒くて、少し心地のいいセム。
 お前が何故ここにいる。フロウは、フロウは何だ。一体どんな関係があるっていうんだ。…まさか

《この間物凄い憎悪を持った少年に出会ったのだけれど、彼が僕の力を必要としているんだ》

 まさか。

「あれ、もしかしてリックさんですか?」
 まだ少しあどけないその声に、はっと意識を取り戻す。
「フ、フェリー君」
 彼は結構な量の荷物を持っていた。食料とかは全部塵の都で足りていたはずだけど、多分、その辺で余分に買ったのだろう。
「こんなところで何やってるんですか、噴水前でスターノさんが顔を顰めて待ってましたよ」
 そっか、スターノ待っててくれてるんだ。嬉しいなぁ。
「う、ん」
「まさか…浮気ですか」
「俺スターノに関しては一途だから」
「そうですか?」
「そうだよ」
「変態でなくて?」
「変態じゃあないよ」
「そうですか?」
「そうだよ」
 フェリーが路地裏の奥に目をやる。当たり前だけど、そこにはフロウの形をした者がいる。
「………」
「……やぁ、小さな航海士さん」
「!!!」
 俺は何も言っていないのに、目の前の奴はフェリーのことを言い当てた。気持ち悪いな。
「大丈夫ですか、うちの者が口説いてきたりしていないでしょうか」
 フェリーは一体俺を何だと思ってるんだ。
「うちの者、ねぇ……んふふ、大丈夫さ。口説いたのは僕だよ」
 この口調、喋り方、気味の悪い笑い方。やっぱりこいつはフロウじゃない。

“黒血の悪魔”シュヴァルツ。

 クソジジイだ。俺の嫌いな、大嫌いなクソジジイ。
 それにしても、フェリーのことはどこで知ったのだ。悪魔ならなんでもありなのだろうか。
「では、また。さようなら」
 悪魔は俺たちに深々と頭を下げ、フェリーの横を掠めるように路地裏を抜けた。
 ふぅ、と彼に息を吹きかけて。
「……フェリー君、大丈夫?」
「え、あ、あぁ、はい。いえ。大丈夫です」
「なら良いんだけどさ…スターノが待ってるから行くね。何かあったら頑張って見つけ出して」
「え、あ、待ってください!」
 路地裏を出ようとしたフェリーが慌てたように呼び止める。俺、急いでるんだけどなぁ。可愛い弟分のいうことだもん、聞くけどね。
「…今の人…誰ですか」
 そっか。聞かない方がおかしいよね?こんなに気持ち悪いのに。
「……悪魔と、悪魔見習いってところ」
 我ながら、なかなかの例えだ。片方は例えなんかじゃないけれど。
 シュヴァルツのことは不思議なことに誰も知らないようだったし(例の夢には含まれていなかったらしい)、フロウの事なんか誰にも言っていない。これから言う気もないけれど。
 不審がるフェリーを置いて、俺はスターノの待つ明るい街へと繰り出した。
 隣の店で花を買って。


 スターノは中広場の噴水に腰掛けて俺を待っていた。当たり前だけど、可愛い。
 あちこちでボールを追いかけ回す子供や、重そうな野菜を運ぶ農夫、話に花を咲かせる女たち。さすが中央広場ってだけあって、かなり騒がしい。これだけ人がいれば、俺たちの話にわざわざ耳を傾ける人なんかいないだろう。いても聞こえないんじゃないだろうか。
 俺がスターノの隣に腰掛けると、ハッとしてスターノは顔を上げた。
「お待たせ♡」
「あ、あぁ…」
 最近スターノは俺が地味につけるハートにつっこんでくれない。いいけどさ。
「はい、お花」
「贈り物が花なのは…まぁ、構わないが、お前にしては少し古風じゃないか」
「いいから、花を見てよ」
 俺は少しだけ彼を急かした。ついつい、焦ってしまう。
「こ、れは……」
 新聞紙に包まれた白い小さな花を見て、ピタ、と停止したスターノ。それを見て俺は安堵の息を漏らした。
 覚えていてくれたんなら、よかった。
「“コトツゲ”……手法も随分と古いな。お前が覚えていたことが一番驚きだ」
 “コトツゲ”を渡すことは、事を告げるという2人の間の暗号みたいなもの。何か照れくさいけどね。黒いセム狩りの前、小屋でそんな遊びをしていたっけ。
「そう?……隠していたことの罪滅ぼしとでも思ってよ」
「花がか?」
「言ったでしょ、贈り物だって」
 ただの暗号じゃないんだよ、と俺は笑う。
 噴水の淵をさっさと立ち上がって、彼の花を持っていない方の手に手を差し伸べた。
「さぁ、デートを始めよう。スターノ」
 2人揃って真剣な顔をした、可笑しな男のデートである。


「馬鹿かお前は」
「仕方ないでしょ、本当にあいつ、危ない目だったんだから」
「それで意味不明な依頼を受けたのか」
「……ギルドの年長者として、ギルドにとっての危険な芽は摘んでおきたかったんだよ!」
「奴が諦める可能性は考えなかったのか?」
「首に刃物突き付けられて、断れると思う?」
 それに、と続ける。
「フロウ、俺も欲しがってた……」

『俺が貴様を組織に迎え入れよう』

 確かにそうだった。本気だったんだろうか。
 ちょっとぞわぞわしてきた。
 スターノにフロウのことと依頼のことは言ったけれど、何故かフロウのそばにいたあいつのことは言わなかった。皆、俺の半身が悪魔だってことは知っているのに、シュヴァルツのことは知らないんだよね。変なの。
「……まぁ、このことはあいつらには言わなくていいだろう」
「そうかなぁ、皆を巻き込んじゃうかもしれないのに?」
「その時はその時だ」
「良いなら良いよ」
 ギルドマスターの仰せのままに、と膝に置いた肘に体重をかけて、自分の影を見る。そのまま、ぐん、と体制を低く。
 すると低くした俺の頭を掠めて何かが飛んでいき、丁度通り過ぎたあたりで勢いをなくして足元に落ちた。
「針…?」
「麻酔かな。城門から付いて来ちゃったみたいだねぇ」
「撒くか?」
「撒く?こんな誰もいない広場でどうやって撒くって言うのさ」
 顔を上げてぐるりと広場を見渡すスターノ。どれだけ探しても、あれだけいた人々はいない。ない…訳じゃないか。2?いや、3人だ。刺客ってやつだ。狙われたことなんてないからね。俺たちってば人気者!照れちゃうなぁ。
 城門近くから背後に気配は感じていた。フロウかと思っていたけど、違ったみたいだ。あれだけの人数を悲鳴もあげさせずに移動させるなんて、都民たちの見知った顔であり、言うことを聞かせる威厳、力のあるものに違いない___となると、城の人間か。
 あまり動じず、冷静に刺客の配置や理由を考える中、くいくいと服の裾を引っ張る手に、一番動揺することになるとは。
「ねぇねぇ」
 あどけない声が呼ぶ。
「何、……えっ!?」
「な、何でここに……」
「わかんない。みんないっちゃったの」
 フェリーよりも、ライラよりも、ずっとずっと小さな少女が、2人を見上げるように立っていた。
「あのね、へんなひとたちが、おかあさんたちを、あぶないからって、いちばんひろいとおりまでつれていっちゃったんだよ。それでね」
 あのね、と少女は続ける。
「そのひとたちね、おじちゃんたちのこと、あぶないひとだっていってたの。こわぁいひとっていってたんだけどね、ほんとなの?」
 ほんとに、こわいひとなの?と少女はじっと見つめてきた。
 思わず笑いが零れる。
「くっくっ…、君、俺たちが怖い人に見える?」
 首を傾げる少女。
「分かんないか〜そりゃあ大変だ。これから、俺たちは怖くないって教えてあげるよ。スターノ!!」
「あぁ」
 スターノのはいつものすまし顔で少女に杖を構えると
「シェルティア」
 すると石畳の隙間から青白いセムが染み出して、少女を丸く包んだ。
「それは広場で踏まれ、話し声を吸収し、より強固になったこの土地のセムで形成したシールドだ。多少の衝撃では壊れまい」
「好きなだけ暴れていいってこと?」
「お前、そんなに暴れるのは好きじゃないだろう」
 ちゃらけて言った言葉を真面目に返されて少し面食らってしまったが、笑って返す。
「俺はいつだって狩人であり騎士だもん。ところでスターノ、久しぶりに共闘しようよ」
 共闘、という言葉に疑問符を浮かべるスターノ。初めてじゃないはずなんだけど。
「共闘と言ってもな……」
「ルヴニールの鐘。あれがいいよ、綺麗で」
「簡単に言うなお前」
 スターノは文句を言いながらも杖を広場にかざす。刺客が動き出した。時間が無い。
円形広場の中心に立派な噴水。広場を囲むように建ついくつもの家や店、露店。こんなところで暴れたら、俺達が本当に“こわいひと”になっちゃうよ。
 “ルヴニールの鐘”は、強制移動魔法と幻影魔法の混合体だ。対象を傷付けずに移動させる時に使う。今回は傷つける必要が無いし……俺たちを狙ってたっていうのは許せないけど、広場に血の痕跡なんて残せないでしょ。
 帰る場所は操作できない。でも“ルヴニールの鐘”を使う時の行き先は、対称の“家”だと決まっている。
 やり方は簡単。
 まず、術者が実行者に術をかける。

「___プレパラツィオ」

 足の感覚が軽くなる。手には光の糸が巻きついていた。俺の番だ。

「0」

 俺が一歩進めば、踏んだ傍から煉瓦のようなものが発生する。
 ぐっと膝に体重をかけて、1人目の刺客めがけて光の糸を投げながら高く、高く跳躍。
 得体の知れない物を投げかけられた刺客は、咄嗟に刃物で対抗するが、光である糸は切れずに奴に張り付いた。

「1」

 俺が高く飛べば飛ぶほど、煉瓦は高く積み上げられる。積み上がった煉瓦を伝って2人目の元へ勢い良く駆ける。麻酔の吹き矢を構えるそいつの隣をすり抜けて、糸を手首に巻き付けた。ついでに吹き矢を奪取する。

「2」

 3人目の背後にまわって胴体に糸を巻き付けたとき、そいつが懐に忍ばせていた短剣で切りつけようとしてきた。くるりと宙に舞って避け、噴水のてっぺんを踏み台に、再び煉瓦の上へと戻る。

「3」

 高く飛び、俺がもう一度煉瓦の頂点にたどり着く頃には、広場に噴水を中心とした巨大な煉瓦造りの塔が出来上がった。
 スターノがそれを見計らって最後の呪文を唱える。

「ルヴニール・クロッシュ___」

 塔は中に3人の刺客を入れたまま閉じ、土台を構築して、俺の手に余った光の糸を巻き込んで鐘を形成して行く。そうして完成した、ルヴニールの鐘台。

「___エンデ」

 呪文が唱え終わられた瞬間。鐘が大きく鳴り響いた。聞く人の内臓の隅々まで響き渡ってその場に縛り付けるような重音。この世界中の誰もに聞こえてしまうような通る音。
 鐘が3回鳴り終わろうとした時、ごう、と激しい風が広場を揺らした。それに反応したのか、天辺から鐘台が崩れていく。ざら、ざら。音を立てながら光の砂に変わっていった。
 まだ、ざあざあ音を立てる風に砂は巻き上げられ
、一つ残らず同じ方向へと流される。刺客はきっと今頃光の砂のまま“家”に帰って、もう一度“人間”を構築していることだろう。
 塔の中にあっても残ったのは、噴水、ただ一つだった。
「おじちゃんたち…」
 いつの間にシールドが解けたのか、あの少女が服を引いていた。
「きれいだったね、きらきら」
「そうだねぇ」
「あたし、わかんなかった」
 おじちゃんたちが良い人か分かんなかったけど、と少女は満面の笑みを浮かべた。
「きれいだった!!」
「鐘?うん、綺麗だったねぇ」
「ちがうよ、おじちゃんたちがたたかってるの、かっこよくてきれいだったの!!」
 少女の思わぬ言葉に、後ろで立っていたスターノと目を見合わせる。
「ありがとう!!ばいばい!!」
 小さな手で俺の服のポケットに何かを入れて、少女は走って去っていった。
透明な、ガラスの破片のようなものだった。
「それは…シールドだな」
 シールドの破片らしい。確かに綺麗だ。
「綺麗だったって。良かったね、スターノ」
「戦っていたのは主にお前だろうが」
「もしかして、スターノも俺が綺麗だと思った?」
「そんなわけあるか」
「くっくっ、帰ろっか!」
 久々のいつも通りの会話に、にやにやと綻ぶ口許。
 本当に、全部夢だったら良かったのにね。
 目覚めたら、飛行船のあの船室で、はだけた服で寝転がったりしててさ。
「あーあ!!」
「どうした」
 きっとそういう悪い夢を見た日に限ってさ。
「あの子に、最後まで言えなかったと思ってさぁ」

 いつかの朝みたいな、


「俺たちはおじちゃんじゃなくて、おにいちゃんだよ、って」


 些細なことで文句を延々と言い合う、くだらない大切な朝を迎えたりするんだよ。

後書き

データ紛失など色々なことがありまして、間の空いた投稿となってしまいました。すみません。
飛行船αの上空紀行9話でした。
コメント、アドバイス、評価お待ちしております。

この小説について

タイトル 宗Σ国
初版 2017年1月2日
改訂 2017年1月2日
小説ID 4861
閲覧数 189
合計★ 3
七宮 睦月の写真
常連
作家名 ★七宮 睦月
作家ID 981
投稿数 9
★の数 51
活動度 994
拙い文章ですが、楽しんでいただけると嬉しいです!

コメント (2)

匿名 2017年2月14日 0時44分20秒
★七宮 睦月 コメントのみ 2017年2月20日 2時15分52秒
評価ありがとうございます。
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