RED ARROW - 〜紅の護り人〜5

『第四章〜六十階建ての皇宮』

屋上のヘリポートから
高層ビルの中に入ると、
真琴の足が止まった。

「どうかなさいましたか」

前を歩いていた
案内役の女官が気付いて振り向く。

「あの」

真琴は正直に感想を述べる。

「外側と違って中はすごく和風だなあ、って思って」

女官はにっこり笑った。

「外見は変わっても皇宮ですから」
「こうぐう、って」
「天皇の御所です」
「じゃあ、さっきの白い上着の人は」
「次期天皇の淡河様です」
「天皇?そんな人が私に何の用なんだろう」
「それについては説明があると思いますので、先にお召し物を変えましょう」

女官は真琴を
豪華なエレベーターに乗せ、
数階下にある一室へと導いた。

大きく重たい扉の中は、
真琴が生まれて初めて見る物で
埋め尽くされていた。

来賓用のベッドルームらしいが、
完全な洋風で、
自分の家くらい広い。

女官は壁際に置かれた
巨大な振り子時計を示して、
気後れしている真琴に言った。

「一時間後にお迎えに参ります。それまではごゆっくりなさってください」
「あ、ありがとうございます」

丁寧なお辞儀にお礼を返して見送ると、
入れ違いに別の女官がやってきた。

「お風呂にご案内します。どうぞこちらへ」

美しく配置された調度品に目を奪われながら、
真琴は広すぎる部屋を横切る。

風呂場の作法を聞きながら、
壁一面の鏡に映る自分は
ドブネズミみたいに薄汚れていた。

祠篭りの三日間は風呂に入らない。
食事もろくに取らなかった顔は疲れ果て、
やつれている。

「紅矢。早く来て」

悲しい思いになりながら真琴は、
絢爛豪華な風呂を汚さないように
片隅でシャワーだけを使った。


脱衣所で待ち構えていたのがまた別の女官で、
濃紺のワンピースを真琴に着せる。

世の中には
こんな手触りの布があるのか、と
驚く真琴の手のひらが、
無意識に何度も、
服の上を滑っていた。


椅子に座らされ、
髪をセットされるのは、
七五三の行事以来だ。

「きれいな髪ですね」

今までで一番
気さくな感じがするその女官は、
真琴の髪を梳きながら誉めた。

「そうですか?ありがとうございます」

真琴は素直に礼を言う。

「痛みがなくて、艶があって。きれいな空気とお食事のおかげかしら」

彼女は楽しそうだった。

「食事って関係あるんですか?」

母親手製の漬物を思い出しながら
聞き返す真琴。

「髪に良いと言われる食べ物はありますよ」
「へええ」

真琴にも、
髪を整えるその時間が一番楽しかった。

気さくな女官が退室して、
真琴は少しの間、
ひとりぼっちになる。


広い部屋の隅っこに
身を寄せるように窓際の椅子を選び、
彼女は開かない窓を見上げていた。

その手が胸元へ伸び、
何かを握ろうとしてワンピースの襟を掴む。

「そうだ。焔翠玉、置いてきちゃったんだっけ」

あのきれいな石が
力を取り戻すのは明日の朝だ。

「大丈夫かな。村の人達」

あと、一晩。
守らなければならなかったのに。



そんな真琴の気持ちなどお構いなしに、
事は進んでいく。


「紫の間でございます」

そう言って通された宴会用のフロアは、
思ったよりたくさんの大人達で
埋め尽くされていた。

怯えて立ち止まった彼女に、
淡河が近付く。

「さあ、こちらへどうぞ。真琴さん」

差し出された手に
どう対応してよいか分からない真琴は、
黙って淡河の顔を見上げた。

掴まれると意外に骨っぽい、
淡河の白くてほっそりとした指。

導かれるまま真琴が
フロアの中心へ歩いていくと、
周囲の大人達は話をやめて
じっと彼女を見つめた。

「こちらへお掛けください」

いつの間にか傍へ来ていた侍従が、
絶妙なタイミングで椅子を引き、
真琴を座らせる。


長大な机の上に、
絵本でしか見たことのないような
食べ物らしき品々が
色も鮮やかに並んでいた。


美味しそうな匂いに、
真琴の腹が正直に反応する。

「大丈夫です。誰にも聞こえてはいません」

恥ずかしさに真っ赤になった真琴の耳元で、
淡河の囁き声がした。

はっとして隣を見ると、
淡河はすました顔で
侍従に何か言いつけている。

「お料理は温かいうちに頂きましょう。お話はその後で構いませんね」

全体を見回した淡河がグラスを掲げてそう言い、
彼は返事など待たずに一口飲んだ。
それが合図のように、穏やかな会食が始まる。

「こちらをお使いください」

戸惑う真琴に、
侍従が黒塗りの和箸をそっと渡した。

「ありがとうございます」

どれを使ったら良いのか分からなかった
沢山の銀食器。

目の前にあった純白の皿は、
いつの間にか
前菜が美しく盛られたものに変わっている。

喉がカラカラで、
ほとんど一気に飲み干した水のグラスも、
魔法みたいに満杯だ。

「真琴様。先ず、こちらをどうぞ」

彼女だけに用意されたお粥が
朱塗りの椀に入っていた。

この数日、
ほとんど絶食状態だった彼女の為に、
淡河が用意させたのだ。

「あの」

お礼を言おうと横を見て、
真琴は言葉に詰まる。

「淡河と、呼んでください」
「ありがとう。淡河さん……様?」

首をかしげた真琴に、
淡河は緩慢な笑顔を向けた。

「どちらでも、お好きな呼び方で構いませんよ」

これがただのお粥かと驚く美味しさで、
弱った身体が癒される。

「淡河さんって、優しい人だったんですね」
「そう思っていただいて光栄です」


春の景色が降りてきたような
デザートを食べながら、
ようやく笑顔になる真琴。

穏やかに微笑み、淡河は紅茶を勧めた。

「お食事が済んだら、少しお散歩をしませんか」
「お散歩?」
「なぜ真琴さんをここへ連れてきたのか、その理由を知っていただくために」
「聞きたいです」

つられて敬語になっている自分を
面白く思いながら、
真琴は素直に頷いていた。

「では、行きましょう」

真琴の手を引き、淡河は室内を見渡した。

「皆さんはもう少し、ごゆっくりなさっていてください」

ゆったりとした動きで、
淡河が少し前を歩いていく。

真琴の後ろからは侍従が一人、
影のように付いてきていた。




「ここは松の階といって、皇宮内で最も格式の高い部屋があります。新年祝賀の儀、勲章親授式、朝見の儀、即位礼正殿の儀など重要儀式に使います」
「へ、へえ……そうなんですか」

何を言われているのかさっぱり解らないまま、
次のフロアへ。



「ここは竹の階。わたくしの父や母が外国の国家元首・外国政府要人と会見する時に使います」
「外国の……だから洋風なんですね」

そろそろ
大きく豪華なエレベーターにも慣れてきた。



「この梅の階では、皇后関係の儀式・行事……母の誕生日をお祝いする時などに使います」
「それだけのために?」
「そうですよ」



その他、
本来一般人は絶対に入れない
天皇・皇后の寝室、居間、書斎などの
フロアも案内された。



「これで三分の一程度の紹介が終わりました」

歩き疲れた真琴の手を取って、
淡河が顔を覗き込む。

「どうでしょう。わたくしの住まいはお気に召したでしょうか」
「広すぎて、よく分からないんですけど」

握られた手に戸惑いながら、真琴が返す。

「けど?」

優しく首を傾ける淡河。

「何だか、とても大切な物がいっぱいある場所なのかなあって」
「そうなのです」

淡河は穏やかに微笑んだ。

「それが伝わったのなら充分です」
「でも、私を連れてきた理由がまだ」
「それは、次のフロアで説明します」


これまでと同じように、
エレベーターの扉が音もなく開く。

しかし、
そのフロアに足を踏み入れた瞬間、
真琴の動きが停まった。

「なに、ここ」



異質な空間だった。



真っ赤に彩られた鳥居が、
合わせ鏡に映したように
奥へ奥へと林立している。


広いフロアにわざわざ作られた
迷路のような細い通路は、
侵入者を惑わせる為なのか。


左右から迫る壁は墨色に塗られ、
足元に置かれた行燈には
何か記号のような印が墨で描かれている。



「ここが、真琴さんに一番関係の深い場所なのです」

立ち止まった真琴を励ますように、
淡河が言った。

「私に関係が?」

手を引かれ、
おそるおそる足を進める真琴。

確かな足取りで奥へと彼女を導く淡河。

頼りない蝋燭の揺らぎは、
彼の横顔にも
神秘的な陰影を浮かび上がらせていた。


「淡河さん、ここは」
「陰陽寮です」
「おん……?」

「真琴さん、あなたは白珠神の声を聞くことが出来るそうですね」


薄暗闇の中で、
淡河の声色が変わった気がした。


「あなたの力を貸していただきたいのです。わたくしの大切なミヤコと、この国を護るために」

後書き

==謹賀新年==
今年もまったり頑張ります
よろしくお願いいたしm

この小説について

タイトル 〜紅の護り人〜5
初版 2017年1月7日
改訂 2017年4月21日
小説ID 4862
閲覧数 184
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アクアビットの写真
ぬし
作家名 ★アクアビット
作家ID 666
投稿数 29
★の数 67
活動度 7901
継続の大切さと恐ろしさを実感する今日この頃

コメント (2)

そら てんご コメントのみ 2017年5月6日 23時59分13秒
話が神話の世界を連想させるし、優しい淡河の秘密めいた話の展開が謎解きのように進んでいきますね。
★アクアビット コメントのみ 2017年5月9日 9時18分52秒
そらさん>>
お忙しいのに、ありがとうございます!
出版が決まったら連絡くださいね、応援しています^^♪
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