人工妻

川崎大輝
 研究室に一人の男性が試験管を眺めながら、ひたすらメモをとっている。彼の名前は坂本優希という。薬品の開発を専門に活動している。
 彼の研究室に一人の男がやって来た。
「博士、頼まれたもの買ってきました。疲れましたよー。外暑すぎます」
意気揚々と話す彼の名前は宮田正樹という。坂本の助手として働いている。
 「もしかして、その試験管の液体は完成品ですか」
彼は、坂本が見ていた試験管を指差しながら質問した。
「一応完成した。しかし成長が遅すぎる。もっと早く成長するようなものを作らなければならない」
 彼らが研究している物は、体の一部から体全体を復元させる液体だ。
 坂本がこれを作ろうとしている理由がある。彼には坂本歩という名前の妻がいた。彼女は五年前に死んだ。彼女が死んだその日、他愛ないことで喧嘩した。仲直りができないなまま彼女は事故に遭って死んでしまった。彼女に会いたいと強く思っていた。それである日、彼女を蘇らせようと決めた。だから彼はこの研究をしている。
 宮田は試験管を見ていた。
「電気を流してみたらどうでしょう」
彼の意見に半信半疑ながらも実行してみた。ネズミの毛を一本用意してその液体の中に入れる。
 一週間経つと毛はネズミの産まれたばかりくらいの状態になった。
「もう取り出していい頃だろ」
「そんなに早くならなかったですね」
二人の気分が冷めている。
「普通のネズミの成長よりは早いよ」
軽く坂本が宮田を励ました。
「とりあえずネズミを取り出しましょう」
そう言いながらアルミ製のトングで取り出そうとすると叫んだ。
「ウワッ!」
「どうした」
宮田が悶絶して話せそうにないので坂本が取り出そうとした。
「ウワッ!」
坂本も同じ反応をして床に転げ落ちた。
 二人で悶絶していたら五分たった。
「坂本博士、大丈夫ですか」
声がかすれている。
「ダメだ、死ぬほど痛い」
「坂本博士弱すぎです」
「すまん」
 また五分たった。十分痛がった後に調べてみると、このネズミは電気を自在に発する事ができることが分かった。普通のネズミなら即死するレベルの電圧だ。
 二人は難しい顔をしている。
「どうしましょう。このネズミを学会に発表しますか」
「倫理的な問題を問われそうじゃないか」
「そうですよね」
一日中話し合った結果坂本が飼うことになった。
 宮田が帰った後、研究室に坂本が一人だけ残っていた。
「歩、もう少しで会えるからな。今日はおもしろい一日だったよ。生き返った時ペットがいるから驚くだろうな」
博士は歩の一部に話しかけながら、涙を流していた。坂本も帰り、彼女の一部だけが残っていた。
 次の日、宮田が研究室に入ると坂本と大きな円柱状の水槽があった。
「どうしたんですか」
「そんな事は君が一番分かっているだろ。妻を生き返らせるぞ」
「でも、研究は未完成なんじゃないんですか」
「実は昨日あのネズミを見ていら分かったんだ。電気を流したりして成長を早めたりすると体の負担が大すぎるようなんだ」
「ネズミは大丈夫なんですか」
坂本はニヤッと笑いながら言った。
「また調べたら知能が上がって人並みになったことが発覚したよ。」
宮田は大声で笑っていた。
 「質問なんですけど」
珍しく宮田が真面目な表情で聞いてきた。
「なんだ」
「もしも歩さんを体の一部から作ったとして、その歩さんには記憶がないと思うんですけど」
「そんな事か。お前に歩の一部を見せた事無かったよな。今見せてやる、心の準備は良いか」
「はい」
彼が持ってきたものは脳だった。宮田は吐きかけて口をおさえてなんとかこらえるとこができた。
「しょうがなかったんだ。記憶を引き継ぐためには脳が必要だったんだ」
宮田は坂本に対して初めて恐怖を感じた。
「すいません。今日は帰らせてもらいます」
「待ってくれ宮田君」
彼を引き止めたが呼びかけを無視して研究室を帰って行った。坂本は追いかけようと思ったが、最初から理解してもらえるとは思っていなかったので追いかけるのを止めた。
 研究室に一人だけ残った坂本は、脳を水槽の中に入れた。四時間ほど経つと脳は毛細血管のようなものに包まれ始めていた。
 成長を観察している最中にメールが届いた。電気のネズミからだ。人並みの知能を手に入れたネズミには携帯を渡してメールで会話をしていた。
「ケンカしたのか?」
「ケンカはしていない。でも嫌われてしまったかもしれない」
その後もメールは来たが彼は読まずに水槽を見続けた。
 何日か経ったある朝、宮田が研究室に入ってきた。
「おはようございます。坂本博士、昨日はすいませんでした」
「宮田君か。君の昨日の反応は正しいよ。あやまらないでくれ」
 二人の関係が以前より悪化している事は間違いなかった。その事は二人とも分かっていた。両者ともい口には出さないが一緒にいたくないというのが本音だった。
「成長は順調ですか」
「安全だし順調だよ」
「そうですか、それは良かったですね」
「そうだな」
 この会話を最後に二人共一切喋らなくなった。
「予定があるので帰らせてもらいます」
「待ってくれ」
坂本の言葉など聞こえないとアピールするように大きな音を立ててドアを閉めて出て行った。坂本は一人で水槽に背を向けて泣いていた。
 その日から三日間、宮田は来なかった。しかし四日目に彼は研究室に訪れた。三日間も出勤しなかったので恐る恐る中に入ると状況が大きく変わっていた。水槽の中の彼女が無くなっていて液体だけになっていた。
「歩さんはどうしたんですか」
「ここにいるよ」
坂本の足元にはタオルに包まれて体育座りの体勢をしている人がいた。
「女の子じゃないですか」
坂本の足元にいた人は十歳前後女の子だった。
「これ以上続けけると君との関係が崩れてしまうと思ったんだ。止めたから罪が消えるわけではない事は分かるが、これが俺の誠意だと思って許してくれ」
「分かりました。坂本博士を許します」
関係を戻す事ができた。坂本は安心して作業に戻っていく。
 一方、宮田は作業に夢中なっている博士に気づかれないように近づいていく。彼は白衣の下に隠されている銃を取り出した。その銃を博士に向けようとした時、博士の携帯の着信音が鳴った。銃を白衣の下に隠し、坂本に話しかけた。
「誰からですか」
「友人からだ」
「坂本博士に友人がいたとは驚きですね」
宮田はいつもの宮田の様に振る舞い怪しまれないようにした。
「驚きだろ」
坂本は宮田の方を向いてニヤッと笑った。そして作業に戻る。ばれる事はなかったようだ。
 次は邪魔が入る事もなく坂本の頭に銃を突きつける事ができた。
「坂本博士、あなたを殺したくはありません。液体の製造法を教えてください」
淡々と話している。博士は冗談だと思い振り返って見ると本当に銃があったので一瞬、息が止まった。
「液体で何をするつもりだ」
「あの液体を売るんです」
「あの液体は世の中に出回って良い物じゃない。あれが悪用されたらどうなるか君にも分かるだろう」
坂本の心も痛くなる説得だった。彼は歩を生き返らせるために作った。私欲のためだけ作ったのだから傲慢な話である。宮田も同じ事を思い、大きなため息をついた。
「あなたはそんな事は言ってはいけない人間だ。傲慢すぎる」
引き金に指をかける。
「聞きたい事がある。誰に雇われた」
「そんなこと聞いてどうする」
「誰に渡すのかを知っておきたい」
宮田は少し考えてから答えた。
「まだ決まってない。競売にかけて決める」
坂本は彼がそんな危険なことをしようしていることに驚いた。彼は決意した。
「お前には絶対に教えない」
「それなら死ね」
引き金を引いた時、研究室が大きく揺れた。そのおかげで坂本に弾が当たることはなかった。
「なんだ」
宮田には理解できなかった。それは坂本も同じだが、彼は急いで歩の上に覆いかぶさり彼女を守った。宮田は体勢を崩し、そのまま倒れてきた水槽に潰されてしまった。
 揺れが落ち着いて宮田の元へ行くと彼は水槽の割れた破片が体に刺さり死んでいた。
 死体を弔うために破片を取り除いた。体の中に無数の破片が残ってしまっている。取り除けないと思った彼はそれ以上の作業はやめた。着信が鳴った。さっきの友人からだ。
「大丈夫か?」
「君のおかげで無傷だ」
「それは良かった。感謝しろ。俺がいなかったら死んでた」
「ありがとう。ネズミに助けられるとは情けない話だがね」
 揺れたのはネズミが建物に細工をしたからだった。銃を向けられた時に来たメールもネズミからだ。坂本はネズミの指示に従ったから無事にすんだ。
 「ん・・ん」
歩の声だ。起きたらしい。その部屋にいるネズミも気付いた。
「今、声がしたよな」
「歩!歩!聞こえるか!」
メールを無視して歩に声をかけ続けた。
「うるさいなぁ。起きたから。大声出さないで」
「起きたか」
歩は状況が分からず、坂本を見ていた。
「疲れてるの。顔が老けてるわよ」
坂本は笑いながら涙を流している。ネズミは、ケースの中でチューチュー鳴いている。
「そうだね、疲れたよ。今日は家に帰って休もう」
 家に帰った。ネズミも一緒に連れてきた。家では今までのことを話した。歩が事故にあって死んだこと、頭の良いネズミが生まれたこと、もちろん宮田のことも話した。
 坂本は話し疲れて寝てしまったが、歩はずっと眠っていたので眠れない。歩は眠くなるまで、なぜか懐かしい夫の坂本を見つめ続けた。次第に眠くなった歩も坂本の隣で寝た。

この小説について

タイトル 人工妻
初版 2017年1月25日
改訂 2017年1月28日
小説ID 4877
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