RED ARROW - 〜紅の護り人〜7

『第六章;ミヤコを護る者』

広く豪華な客間のど真ん中で、
紅矢の怒声が響き渡る。

「焔翠玉を置いていけ、だと」

さらりと受け流す淡河が、
細く美しい指先を優雅に動かした。

「現在このミヤコは、歴史にも記されていない程の危機に晒されているのです」
「何言ってるかわかんねえよ」

苛々と歩き回り、
困った顔で椅子に座る真琴の傍に戻る紅矢。

「更に困ったことに」

相手の話を聞かない術に長けているのか、
淡河は紅矢の怒りを物ともせず話を続ける。

「焔翠玉は、真琴さんの手元にないとその力を発揮しないのです」
「そんなこた、オレの方が良く知ってるよ」

真琴の傍で呆れた声を出す紅矢。

肩を落とし、
淡河は小さなため息を床に落とした。

神秘的な、
感情が見えない淡河の瞳に見つめられ、
真琴は頬を染めて俯くしかない。

「昨夜は大活躍だったようですね、紅矢さんは」

淡河は話す相手を真琴に変えた。

「そう、ですね」

肘掛に載せられた真琴の小さな手が心細くて、
紅矢は黙って自分の手を重ねる。

淡河の視線がそこで留まっていることに、
気付かない紅矢ではない。

口の端だけで意地悪な笑みを浮かべ、
野良犬は唯一の主人に付き従う。

「真琴さん」

噛みつかれない距離感を保ったまま、
淡河は真剣な眼差しを真琴に向けた。

「あなたに、ミヤコの守護をお願いしたいのですが」
「私に、ですか」

戸惑いを隠さずに、
真琴は紅矢を見上げる。

「正しく言うとな、焔翠玉の力が欲しいんだよコイツは」

唇を歪めた紅矢が唸る。

「でもこの石には、そんな凄い力なんてないのに」

重なった紅矢の親指を握りしめるようにしながら、
真琴が淡河を見上げた。

「知っています」

表情を変えず、淡河は静かに話し続ける。

「焔翠玉はあくまでも媒体です。その聖石を通して繋がるのが、白珠神の名を持つ西風ですね」
「随分と詳しいじゃねえか」

白珠神の名前が出た瞬間、紅矢の警戒心が増した。

「白珠神は山村を護る風神、のように言われていますが、わたくしは少し違う見解を持っております」

重なる手に力が入るのを感じた真琴が、
不安な表情で紅矢の横顔を見上げる。

「単なる風神などではなく、戦神。スサノオ様なのではないか、と、わたくしは考えているのです」

淡河は、内緒話のように声を潜めた。

鼻で笑い、あごを上げた紅矢が真琴から離れた。

「あいつはそんな凄い神さんじゃねえよ。喧嘩は大好きだけどな」
「お友達のように仰りますね」

淡河の眉が上がる。

「しかし、喧嘩がお好きなら尚更。このミヤコも護っていただけるでしょう」
「どうだかな」

笑った顔のまま、大げさに肩をすくめる紅矢。

「あいつは気紛れだからな」
「紅矢。何か来るよ」

真琴の囁きに、紅矢が身を翻した。

「ここに、か」
「ううん。わかんない」

真琴の声に自信はない。

淡河の瞳が一瞬鋭く細められた。

誰かが何か言う前に、
あの侍従が淡河の傍らへ擦り寄っていた。

「忍者みてえ」

興味深く見守る紅矢。

「お入りなさい」

侍従の耳打ちに頷いた淡河が、
大きく重厚な扉に視線を向けた。

「淡河様」
「また、顕れました」

昨晩の陰陽師達が数人、
真っ青な顔で飛び込んできた。

「まだ昼間ではないですか。とうとう、太陽の位置も関係なくなってしまいましたか」

さすがに厳しい顔つきになった淡河が、
真琴に視線を向けた。

「真琴さん。どうか。ご決断ください」
「ああ。私達からもお願いいたします」
「また犠牲者が出てしまう前に」

縋るような、困り果てた声に真琴が固まる。

「何が来たんだよ」

紅矢がその会話に割り込んだ。

「か、カモウゾの類でございます」

覇気に圧されながらも一人が応える。

「じゃ、オレで充分じゃねえか」

振り向いた紅矢は、
椅子に座ったままの真琴の頭をわしっと掴んだ。

「ちょっとここで待ってろ。オレが行ってくるから」
「大丈夫なの?」
「どってことねえよ」

元気に笑って見せ、
窓辺に立て掛けておいた和弓を掴む。

「ほら。行くぞ」
「は、はい」
「よろしくお願いいたします」

立派な大人達をぞろぞろ引き連れて、
少年が部屋を出て行く。

その後ろ姿に、
満足そうな微笑みをそっと浮かべる淡河。

「大丈夫ですよ、真琴さん」

番犬が居なくなったお姫様に
ようやく近付くことができた。

「紅矢くんを困らせるような輩ではありません。カモウゾごとき、彼なら一捻りです」
「そうなんですか?」

微笑む淡河を見上げ、曖昧に返す真琴。

「紅矢くんは鵺を一閃する程の方です。わたくしは今、万人の兵を得たような安心感を覚えておりますよ」

初めて、
淡河が緊張を解したように見えた。

「彼は最高の戦士です。そして真琴さん」
「はい」
「あなたの感知能力。この二つがあればミヤコは安泰です」

肩の力を抜き、
心底、安心したように表情を崩している。

淡河の本当の顔が見えた気がして、
真琴もまた、知らずに微笑んでいた。




「ああ。紅矢様」
「だあから。様なんか付けても嬉しくねえって」
「あれです、あれ」
「雑魚じゃねえか」

白珠を待つまでもない。
紅矢は、破魔の力を込めて弦を弾く。

「おお。素晴らしい」
「浄化されていきますよ」
「流石です。紅矢様」
「おっさんにモテてもなあ」




すぐに村へ帰るのは無理そうだ、と、
真琴から手紙が届いたのはその数日後だ。

春日さんは手紙を握りしめ、
山の頂から、
霞に煙るミヤコを眺め降ろしていた。






『第七章;西からの侵入者』

重要な来賓、という肩書きで皇宮に入ってから、
一週間が経った。

最高級に快適な暮らしに慣れ始めた真琴の表情にも、
余裕が生まれていた。

「どうぞ」

ノックの音に返事をしながら、
顔を室内に向ける真琴。

環境が人を変え、
育てるというのは本当のようだ。

窓辺に佇む彼女から、
山村の子というイメージが消え始めている。

「失礼いたします。真琴様」

淡河の侍従が、
扉を開けた位置でお辞儀をした。

「淡河様より、夕餉(ゆうげ)をご一緒したいとのお誘いでございます」

窓から見える景色が、夕闇に染まる時刻。

「わかりました」
「では、一時間後にお迎えに参ります」

再び丁寧なお辞儀の後、
去りかけた侍従を真琴が呼び止めた。

「あの」
「はい。何でございましょう」
「紅矢は。まだ帰ってこないの、ですか」

顔を真っ赤に染めて、
両手をお腹の辺りでもじもじする。

無表情だった侍従が、ふっと頬を緩めた。

「今なら、陰陽寮にいらっしゃいますよ」

花が咲いたような、と表現したい。

沈んでいた瞳が輝き、
顔を上げると同時に背筋まで伸びて、
真琴は侍従を見た。

「行ってもいい、のかな」

躊躇いがちな呟き。

「ご案内しましょう」

淡河の前では見せない柔らかさと言葉遣い。

「わあい!」

と、ここが村だったら万歳して叫んでいそうだ。

跳ねるようについてくる真琴を従え、
足音を吸収する分厚い絨毯の上を進む。

大きなエレベーターに乗って階下へ。



「だあからあ!そんな甘い考えじゃ駄目なんだって」

連なる鳥居を抜け、
最後の暗幕を開けたとたんに聞こえた紅矢の声。

「紅矢」

侍従が入室の挨拶をする前に、
走り出す真琴。

机の上に座って講義?をしていた紅矢が
振り向いて笑顔になった。

「おう。真琴」

それだけで泣きそうになる。

両手を差し出すと、
机から降りて迎えてくれた。

安心する腕に飛び込みながら、
紅矢の匂いを胸いっぱいに吸い込む真琴。

「カビ臭い、紅矢」

良く干された布団みたいな、
いつもの匂いがしない。

腕を伸ばして身体を離し、
真琴は唇を尖らせた。

「失礼だな。そりゃ、物の怪の返り血だ」

Tシャツの肩辺りを自分の鼻で確かめながら
紅矢が言い返す。

「自分じゃ感じないけど」
「今日も喧嘩してきたの」

咎めるような言い方に、
おじ様達が紅矢を庇い始めた。

「あれは、喧嘩などと軽々しく呼べるものではありませんよ、真琴さん」
「そうですとも。紅矢様がいなかったら私は」
「そうそう。この方なんか、腕を喰われそうになって」

すごく仲良しになっている
紅矢と陰陽師達を見比べる真琴。

ふと、
彼が村に来た日のことを思い返した。

野良犬みたいな紅矢は、
いつの間にか村人に馴染んでいた。

「だから。オレはおっさんにモテても嬉しかねえって」

真琴を抱えて立つ紅矢が、
耳の先を染めていた。

「でも、望月でもないのに物の怪が襲ってくるの」
「そうなんだよ」

紅矢が首を曲げた。

「村では望月に真琴を護ってりゃ、それだけで良かったんだけど」
「こちらに来て座りませんか」

陰陽師の最高位にいる、
道治(みちはる)さんが声をかけた。

「お茶でも出しましょう」
「あ、はい」

呼ばれて離れた真琴の体温がちょっと淋しい紅矢。

「奴らの狙いが真琴じゃないんだよな」

彼女の隣を陣取り、先に紅矢がお茶をすする。

「私じゃない?」
「うん」
「狙われているのは、初めから、私達。陰陽師なのです」

向かい側に座って、
道治さんは真琴にもお茶を勧めた。

「お二人がこちらにいらっしゃる前から、その現象はありました」

語り始める道治さん。

「初めは精神攻撃でしたが、徐々に肉体への攻撃が増えまして」

湯飲みを見つめ、ため息がこぼれる。

「つい先日です。死者が出たのは」

沈む気持ちを切り替え、道治さんが顔を上げた。

「淡河様は、紅矢様がミヤコの守護神だと仰っていました」
「オレが」

驚く紅矢。

「真琴じゃないのかよ」
「はい」

行儀良く座る普段着の陰陽師。

他の人は室内に散らばり、日課をこなしている。

「紅矢様の破魔矢が、私達には必要なのです」
「だったら、最初からオレだけ呼べばよかったんじゃないのか」

淡河が軍用ヘリまで飛ばして
真琴を攫った理由にはならない。

「それは真琴さんが」
「紅矢」

湯飲みを置いた真琴が顔色を変えた。

「どうした、真琴」

忠実な番犬は、主人の次の言葉を待つ。

「何か、来るよ」

小さく震えた真琴を、
紅矢が包むように抱き寄せた。

「ここに向かってるのか」
「うん」

大きく分厚いガラス窓から見えるのは、
暮れたばかりの薄闇。

僅かに残った夕陽の残り香が、
空の端に追いやられる。

「まだ、遠いけど」
「どうすっかな」

迎撃に出たいが、ここを離れたくもない。

机上に寝かせた和弓を横目に、紅矢が唸った。

「狙いはここの陰陽師達なんだよな」

確かめるように言うと、
道治さんが青い顔で頷いた。

「一人、遣いに出ている者がおります」
「何しに」

噛み付くような紅矢の言い方に、
道治さんが身を縮めた。

「形代(かたしろ)用の木や藁を集めに、朝から出ておりまして」
「もう逢魔時じゃないか。何で一人で外にいるんだよ、護りきれねえよ」

唸る紅矢に、道治さんは不安な声で続けた。

「昼過ぎには戻ってくる予定でしたので、もしかすると」
「ああ」

拳を固めた紅矢が真琴から離れて立ち上がった。

「もう襲われてっかもしれないな」

他の人達にも聞こえていたようで、
広いはずの室内に重たい空気が充満する。

「失礼します」

重厚な扉が開いて、空気が動いた。

部外者の声で我に返る陰陽師達。

淡河の侍従が、真琴を迎えに来る時刻だった。

「真琴様。お支度はよろしいでしょうか」
「あ。えっと」

困惑顔の真琴が紅矢を見上げる。

「どうしよう」
「緊急事態だ。今すぐは無理だと淡河に言っとけ」

侍従を追い返した紅矢が和弓を掴んだ。

「真琴。ついて来い」

射るような瞳に縛られる。

「は、はい」
「待ってください」

真琴の手首を掴んだ紅矢を、
椅子から腰を浮かせた道治さんが引き止めた。

「真琴さんまで連れ出すのですか」
「だって、相手がどこにいるかオレじゃ判んねえもん」
「しかし、危険ではありませんか」

少し上から、紅矢が強気に笑った。

「オレの傍が、真琴には一番安全な場所だろ」

後は振り向かない二人の背中を隠すように、
重厚な扉が閉まる。




「上に行くの」

エレベーターの中で
真琴が不思議そうな顔をした。

「外に出るのに」
「ヘリが一番速いだろ」

真琴の手を握ったままの紅矢が返した。

「でも、淡河様いないよ」
「あいつは関係ねえよ」

屋上へ出ると、
外気の感覚に真琴の全身が驚いていた。

「そういえば、外に出るの久しぶり」
「そうだな」

淡河ーアイツーが閉じ込めるから、と
舌打ちをする紅矢。

ヘリポートに常駐する操縦士を捕まえて、
紅矢が真琴を振り返った。

「ここからだったら、どの辺か判るか」
「えっとね。ちょっと待ってて」

真琴が焔翠玉を手のひらに包む。

同時に風向きが変わり、
旗が音を立てて強く揺さぶられた。

目を閉じた真琴の横顔が、
美しく引き締まって見える。

紅矢は少しの間、
いろんなことを忘れて見入っていた。

「あっち」

やがて呟き、指で示す真琴。

「何か目印は」

紅矢が訊ねる。

操縦士は不思議なものを見る目で待っていた。

「高いビルの隙間。青い光」

目を閉じたままの真琴の眉間にしわが寄る。

「ダメ、紅矢」

急に目を開けた真琴が、
怯えた顔で紅矢にしがみついた。

「何が、見えた」

そう訊ねる紅矢の喉がカラカラに渇いて、
声が擦れる。

彼女の表情から、大体の事情が見えていた。

「もう間に合わないよ。首が」
「首が、ないのか」

震える身体で頷く真琴。

「全く。酷なことをさせるな、紅矢は」

不意に響いた声に、紅矢と真琴が同時に顔を上げた。

「白珠」
「真琴、そのような穢れた物など、見んで良い」
「え。誰」

渋柿色の小袖に黒っぽい裃(かみしも)、
その手に携える白木の刀。

猫か狐を思わせる細面の、高貴で色白な風貌。

「あ、そっか。真琴は初めて見るんだな。白珠だよ、真琴」
「え。え。しらたまちゃん!」

焔翠玉が真琴の手の中でふわりと温かくなる。

その石と同じ色をした瞳が、
真琴の視線と静かに絡み合った。

「行くぞ、紅矢」

目が合ったのは一瞬だった。
逸らされた視線。
高貴な横顔に淡い微笑みが浮かんでいる。

「私も、一緒に」

健気な真琴の足と声は震えていた。
紅矢と白珠が黙って顔を見合わせる。

「真琴はここで待っておれ」

こちらを見ずに白珠が言った。

「何のかんのと言いながら、ここには強力な結界が張ってある」
「そうなのか」

ばかにしたような紅矢に、
頷く白珠も薄く笑い返した。

「私が入れる程度だが」

突然現れた侍風の人間は、
操縦士にも見えているらしい。

受け入れがたい出来事に
心拍数がかなり上昇している様子だった。

「大丈夫か、渡辺さん。ヘリ飛ばせる」
「だ、大丈夫です。でも、何処へ」

紅矢と話しながら、
怯えた目線をそっと白珠に送る操縦士。

「青い光って、何だろう。空から見て青いもの、あっち方向にある?」
「青、ですね。飛んでみましょう」

操縦士が支度をする間に、
紅矢は真琴の傍に戻った。

「すぐ戻るから。真琴は陰陽のおっさん達のところで待ってろ」
「うん。わかった」

建物の中へ戻った真琴を見届けて、ヘリが飛び立つ。

後書き

徐々に近付く、物の怪達との距離。
紅矢の力は判ったけど、真琴は?
ってところで、また次回。

この小説について

タイトル 〜紅の護り人〜7
初版 2017年3月27日
改訂 2017年4月21日
小説ID 4905
閲覧数 45
合計★ 1
アクアビットの写真
ぬし
作家名 ★アクアビット
作家ID 666
投稿数 29
★の数 65
活動度 7642
継続の大切さと恐ろしさを実感する今日この頃

コメント (2)

★そら てんご 2017年5月17日 5時57分40秒
知らない物の怪達の素性を調べるのに結構時間を取ります。
アクアビットさんの精神世界を知るには時間がかかりそうです。(笑)
★アクアビット コメントのみ 2017年5月19日 12時43分19秒
そらさん>>
物の怪の身辺調査!?
凄いですね、そらさん・・・・
嬉しいです、作者冥利に尽きます。
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