RED ARROW - 〜紅の護り人〜8

「あれですね」

直ぐに目標物が見えた。

比較的高いビル群の隙間に、
青い電飾で発光する看板があった。

「あの下か」
「ビルの屋上に降ります。許可を取るので少しお待ちください」

無線で連絡を取り始めた操縦士の後ろで、
白珠が背筋を伸ばして鎮座している。

面白く感じながら、紅矢が訊いた。

「何を考えてる、白珠」
「窮屈な乗り物だ。座が硬い。音も煩い」

声を上げて笑う紅矢に、操縦士が伝えた。

「許可が下りました。ただ、長時間の待機が」
「ああ、いいよ。帰りは歩くから」

ありがとう、と操縦士の肩を叩き、
刀を持った侍と和弓を背負う少年が降りていく。

時代錯誤な違和感を胸に、
ヘリコプターは皇宮へと戻っていった。


「で、相手は何。首を取るなんて、侍か」
「笑い般若だ。女子(おなご)の姿をしているはずだ」

ビルの隙間に冷たい夜風が強く吹き込む。

道行く人が見当たらず、地上は暗く静かだった。

「赤子の首を好むと聞いていたが」
「あれか」

ビルとビルの隙間。

黒い陰になった地面に、
こんもりと白っぽい塊がうつ伏せていた。

「気を付けろ、紅矢」
「わかってる」

こういう狭い場所で弓は不利だ。
至近距離から襲われたら紅矢に闘うすべはない。

警戒しながら細い路地に入っていく。

「間違いなく、皇宮仕えの陰陽師だな」

白珠が立ったまま呟いた。

黒い袴、白の狩衣、
その上にあるべき頭部が無い。

「迎えを寄越さなきゃいけないな」

気持ち悪さに耐える紅矢が周囲を見回したその先に、
一人の女性が立っていた。

こんな近くなのに、
姿を認めるまで気配すら感じなかった。

長い髪は手入れをしないまま荒れ放題、
乱れた服装の肩口がずり落ちて見える肌が
夜目にも青白い。

狂気を含んで顔に張り付いた笑顔。

何よりも、
その手が抱える、血に塗れた人間の頭部。

「やべえ」

呟いた紅矢が
思い切り跳ねて距離を取った。

弓を手に跳び、
足が地に着くと同時に矢を番えたが、
音もなく接近してくる速度が尋常ではなかった。

「紅矢」

白珠が、斬るように短く叫んだ。

「放て」

金縛りを解く白珠の声。

反射的に放たれた矢は、
金色の光に包まれて、
風の唸りを上げながら真っ直ぐ飛んでいく。

獣の咆哮に似た叫び声が、
ビルの谷に吸い込まれた。

嫌な重たい音がして、
人間の頭部が地面に転がる。


「こ……の国を……護……」


笑い続ける般若の顔が、
霧状に変化して消えていく。

放心して弓を構えたままの紅矢に、
白珠が近付き肩に触れた。

「やはり、人型は心臓に悪いか」

頷く紅矢が、
白珠の淡い微笑を見て全身の力を抜いた。

「人型なんて初めて見たよ。人の言葉を喋ったし」
「そうだな」

物の怪が消えた場所を見つめながら、
白珠が口を閉じる。

「どうかしたのか」
「いや」

首を振り、
細面の侍は抜いていた刀を鞘に収めた。

「ただ、少し気になった」

遺体はその後、
皇宮関係者が処理したようで、
噂にもならなかった。

しかし、
陰陽師が狙われる事件はなくなるどころか、
そこから一気に回数を増やす。


紅矢は連日ミヤコを飛び回り、
白珠と共に次々沸き出る物の怪を退治し続けた。




「紅矢様」

昼寝で連戦の疲れを癒していた紅矢の元へ、
また陰陽師が駆け込んでくる。

「今度は何だ」

皇宮に寝所を持たない彼は、
ミヤコの一角に小さな部屋を借りていた。

「道治さんが襲われました」
「まじか」

飛び起きる紅矢。

「最高位だろ、あの人」

言いながら身支度を整える。

「もう、どうして良いのか」

混乱して泣き出す彼を叱咤して、
弓を背中に部屋を飛び出た。

「相手は」
「蜘蛛のようですが、私達には姿すら見えなくて」

今では常に傍に居る白珠が呟いた。

「大蜘蛛だ、紅矢。奴は姿を消して移動するぞ」
「面倒だな」

舌打ちをした紅矢に、白珠が鋭い声をかける。

「紅矢、急ぎ陰陽寮へ向かえ。真琴が危ない」

人工的な森に囲まれた
60階建ての皇宮へ向けて紅矢が走る。

背中の弓が激しく揺れた。



「真琴!」

力強い大声が室内に響き渡った。

「紅矢!道治さんが」

真琴を護るように抱え込んでいた
道治さんの意識は、もうない。

耳に届く彼女の泣き声に、
紅矢の頭でかちりと
何かが外れる音がした。

研ぎ澄ませた紅矢の聴覚が、
壁を這う足音を捉える。


「この野郎!」

視覚的には何の反応も無い壁に向かって、
紅矢が矢を放った。

白珠が嬉々として乗り込むのが見えた。

竹林を強風が揺するような轟音がして、
大蜘蛛が姿を現す。


「出たな、クソ妖怪が」

音を立てて壁から落ちた大蜘蛛の頭胸部に、
しっかりと矢が刺さっていた。

二列に並んだ八つの目の総てに、
弓を構える紅矢が映る。

「もう一度頭部を狙え」

囁くように言った白珠が刀を抜き、
音のしない摺り足で紅矢の前に出た。

「ちょ、それじゃ、邪魔だって」

矢を向けた紅矢が焦った声を出した。

大蜘蛛と紅矢の間に、白珠が立つ恰好になる。

「紅矢。私は右へ薙ぎ払うぞ」
「は。おい、ちょ」

刃が煌めいた。

僅か左へ傾く白珠の、
肩口すれすれを掠めるように矢を放つ紅矢。

また、木々を揺さぶる音がした。

八つの目が刀で刻まれ、
頭胸部からは大蜘蛛の脳が飛び出す。

もの凄い切れ味と速度を見せて、
次々と八本の足を切り落としていく
白珠の剣術。

それらが総て霧になり、
禍々しい空気が浄化されていく。


「無事か、真琴」

駆け寄った紅矢の足元に、
変わり果てた道治さんが倒れ込んだ。

全身の血が吸われ、
ところどころ皮膚が剥げ落ちている。

「道治さん」

思わず抱き止める紅矢。

「見るな、真琴」

羽織の袖が真琴の視界を遮り、
白珠はそのままふわりと彼女を包みこむ。

「しらたまちゃん……」

白珠の羽織から、
山で嗅ぐ西風の匂いがした。

懐かしさと同時に
春日さんの笑顔が浮かび、
真琴は袖にしがみつくと強く目を閉じる。

「お母さん、恐いよ……助けて」

焔翠玉が、
真琴の胸元で何かの光を反射した。

暖かい空気が白珠と真琴を包み込み、
周囲を巻き込んでいく。


「……うう」
「生きてる。道治さん!」




支える紅矢の腕の中で一命を取り止め、
緊急入院した道治さんは、
数日後には陰陽寮に戻っていた。

「普通では考えられないと、お医者様に言われました」

真っ白な包帯でぐるぐる巻きにされながらも、
道治さんは開いている方の目で笑う。

「全てが、あなたのお陰です。有難う御座います」

一瞬真顔になった道治さんは、
車椅子に座った姿勢で深く頭を下げた。

「いや、違うよ。それは、俺じゃなくて」

耳を染めて照れる紅矢の隣で、
涙を浮かべる真琴。

「ごめんなさい、道治さん。私を庇ったからそんな目に」

膝をつく彼女の頭に、
道治さんは慈悲深い手のひらをそっと載せた。

「あなたが無事で、本当に良かったですよ。真琴さん」

少し離れた場所でその光景を見ていた白珠が、
紅矢を呼んだ。

「紅矢。少し話がしたい」
「何だよ改まって」

細面で色白な青年剣士は、
背筋を真っ直ぐ伸ばしたまま視線だけを向けた。

「真琴」
「はいっ」

急に呼ばれて顔を染め、
真琴は急いで傍へ走り寄る。

「そなたの寝所(しんじょ)を借りるがよろしいか」

意味が解らず戸惑う真琴に、紅矢が説明した。

「内緒話がしたいんだってさ。一緒に来いよ」
「うん。わかった」

連れ立って陰陽寮を出て行く
紅矢と真琴を見送りながら、
陰陽師達が会話していた。

「また、誰かと話している様子でしたね」
「私には見えませんが、白珠神がいらっしゃるのでしょう」

「病室にも、いらっしゃったんですよ」

道治さんが穏やかに微笑んだ。

「本当ですか」
「はい。温かな風に包まれた感じがしました」

包帯だらけの腕を擦りながら、
道治さんは嬉しそうだった。

「これでミヤコは安泰です。白珠神の加護が受けられるのですから」

安心のため息が、
数ヶ月ぶりに陰陽寮を満たしていた。





「で。何だよ、白珠」

広すぎる真琴の部屋で、
紅矢は一番大きなソファを選んだ。

その向かい側に真琴を座らせ、
白珠は窓際に立つ。

「先日の女子(おなご)が遺した言葉を覚えているか、紅矢」
「何か言ってたっけ」

寛ぐ姿勢の紅矢。

「やはり聞こえてはいなかったか」

無表情に見える白珠の端整な横顔を、
黙って見守る真琴。

感情が読めないのは淡河と似ているが、
決定的に違う何かがある。

「この国を護ると呟いていた。あるいは、護りたい、と」
「だって、襲ってきてるのは奴らじゃねえか」

呆れた、と言いたい仕草で、
紅矢はソファの上でひっくり返る。

「人間を滅ぼして、物の怪だけの国を造りたいのか」

天井を見上げて大きく伸びをする
紅矢の瞳が光った。

「そうはいくか、っての」
「いや。そうではないらしい」

窓から見渡せるミヤコは霧にうっすらと煙っている。

「何か知ってる言い方だな、白珠」

それには応えず、
白珠は二人の幼い人間を振り返った。

「確かめたい事があるのだが、紅矢」
「何だよ」

身体を起こす紅矢が厳しい顔つきになっていた。

真琴は黙って二人の会話を聞いている。

「真琴を連れ出すことは出来ないだろうか」
「……おまえが直接淡河に頼んだら」



白珠はカミサマだ。

神に人間の常識や善悪なんかが、
通用するわけがない。

今、
白珠がやろうとしていることが、
人間の為なのかは解らないのだ。



「淡河に逢うことは適わぬ」

きっぱりと言い放つ白珠。

「何で」

喧嘩を売るときの勢いそのままに、
紅矢が窓辺の白珠に近寄った。

「今、わたしが縛られるわけにはいかないだろう」
「縛られる?そんなこと出来るのか、淡河って」
「彼は真の天皇継承者。神器により八百万の神々と契約し、使役できる力を持っている」

固めた拳から力を抜いて、
紅矢は半分納得していた。

柔和に見える微笑みの裏から見え隠れする、
本物の威圧感、
氷山のように冷たく強い力。

「だったら。淡河がミヤコを護ればいいじゃないか」
「彼が護るのはこの島国の行く先だ」

白珠が語る。

「一時の闘いで血の継承を失うわけにはいくまいよ」
「で、俺達が噛ませ犬ってわけか」

苛々と吐き捨てる紅矢。

「じゃ何で、白珠はオレ達と一緒にいるんだよ」

悔しさに歪んだ表情で、紅矢が白珠に噛み付く。

「捨て駒を助けたって意味ないじゃないか」
「わたしは」

白珠は言いかけて一旦言葉を切り、
真琴の方をちらりと見た。

「この島国そのものに興味はない。過去も未来も、どうでも良いことだ」
「そうだよな。オレ達の一生だって、あんたには一瞬なんだろ」

胸の奥が苦しかった。

ちっぽけな自分、
どうにも出来ない強大な相手。

圧し掛かる見えない何か。

「しかし、真琴は」

急に名前を呼ばれて、
真琴の背中がぴんと張った。

「わ、私?」

緊張した両手が無意識に
胸元の焔翠玉に触れる。

「真琴はわたしの声を拾ってくれた」

無表情に見えていた白珠の瞳に感情が灯り、
直ぐに消えた。

「言葉を交わせる人間は数少ない。言葉が通じれば、大切に扱おうという気にもなろう」

紅矢の脳裏に、
笑い般若の恐ろしくも儚い形相が浮かんだ。

あの時番えた矢を放てなかったのは、
彼女が人語を操ったからだ。


物の怪ではなく、
人として認識したから。


「少し、解る」

深く吸った息を長く吐いて、
紅矢は踵を返すとソファに戻った。

今度は寝転がらずに、
姿勢を正して白珠を見ながら紅矢が言った。

「……真琴と一緒に行く先は?」
「王御嶽(おんみたけ)」

後書き

笑い般若も大蜘蛛も、日本の有名な妖怪ですね。
物語も終盤です、次は何が出てくるのかなあ〜。

この小説について

タイトル 〜紅の護り人〜8
初版 2017年3月27日
改訂 2017年4月21日
小説ID 4906
閲覧数 47
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アクアビットの写真
ぬし
作家名 ★アクアビット
作家ID 666
投稿数 29
★の数 65
活動度 7642
継続の大切さと恐ろしさを実感する今日この頃

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