Remain 2

 そう言い残して家へ帰ろうとする彼、その後ろを少女は付いて歩く。
 彼は失敗したことに気付いた。
 ――しまった、懐かれてしまっただろうか。
 白猫の仮面の少女がおそらく人でないと感じ取って彼は離れようとした。
 それでも少女は仮面を付けたまま、彼の後ろに付いて離れようとしない。まるで親の後ろを付いて歩く子供のようだ。彼は「何故に俺はこんな不気味な奴に声をかけた」と少し後悔していたがもう遅い。
 早歩きしても少し駆けながら彼女は付いて来る。
 狭い道に入っても、曲がり角を幾つ曲がろうと暗闇でも彼女は彼の後ろから一向に離れようとしない。だから彼は振り向いて聞いてみた。
「おい、さっきから何故に俺の後ろを付いてくる」
 彼女の表情は見えないまでも声色には悪びれた様子はない。
「何故と言われても特に理由もないです。言うなら似ていると思ったから」
「……誰が誰に似ていると言う。俺がお前にか」
 彼はその言葉を否定しようとしたけれど少女が先出しの言葉を。
「二葉亭さんは大御所なのでしょう。それならばこんな「夢食い」の少女の一人くらい許容しても良いと思います、もしも妖しについて文字を書く予定があるなら尚更。私の自己紹介がまだでした。私は夢食いの「魅魔」と言います」
 どうやら彼女の何かが彼を好いた様子だった。
 彼が「夢食いとは何か」を聞くと「夢より生まれ夢を食らう存在」だと。その言葉だけを聞けば笑ってしまいそうだけれど、影の中を物言わぬ仮面で歩く彼女はどうやら本当に人にあらずと思える。

「不味いな。だけど害をなすようには見えないのが救いか」
 そして無理に引き離す勇気もなかった彼は、とうとうこの夢食いを自宅まで連れて帰ってしまった。魅魔は部屋の中に入ると最初こそ少し居心地が悪そうだったけれど、ほんの数分で馴染み部屋の隅で丸くなって眠った。
 何処か「ぬらり」としてひょんと部屋の中に上がり込まれた。
 今の世の妖しとはこういう存在かと、彼は途方に暮れていた。
「こうして無防備に寝ている隙に、仮面の下を確認するべきか」
 そう言いながら仮面に触れようとして思い止まった。
 魅魔の素顔が気になってはいたけれど、それでもまだ妖しは不気味に思え彼は何も出来なかった「やぶへび」になるような気がしたからだ。明日になれば気まぐれに何処かへ去るかもしれないと彼はしばらく様子見をすることに決めた。

 ・・・・・・・・・・

 次の日もその次の日も魅魔は何処へも行かなかった。
「起きてください二葉亭さん。もうすぐに夕刻になりますよ」
 そう言って休みの日に彼を起こしたりもする。
 彼はこうして夢食いに懐かれ、三流作家と妖しの奇妙な関係が始まった。
 最初に感じていた怖さも、彼が常日頃探し求めている「小説の材料」になるかと思えば不思議と平気に感じて彼も彼女を許容することにした。そして魅魔に付いて気付いたことは端書きをしていくことにした。
 先に言った「夢を食らう」とはどういうことかを知りたかった。
 彼はとても「知りたがり」の性質を持ち合わせている、もっとも作家を目指すものとは本来そのようなものだろう。何処かに何かに本質を見つけ文字を書こうとする。その行為を善行と取るか愚行と取るかは出来上がった作品次第だろう。

「出掛け先には目的地はないようだ。俺が観察する限りでは」
 彼女は本当に妖しのようで夜行性だった。
 夜になると動き出して街中を仮面を付けて歩く。その姿は闇に溶けるようで、それを少し離れた後ろから彼が付いて回る。すると彼女が振り向く。
「女の子の後ろを付いて回るのですか、大御所の先生様が」
「……先日にお前は俺の後ろを付いて歩いただろう、これでお相子だ」
 その言葉に魅魔は少しだけ肩を動かした。
 ――今、彼女は笑ったのだろうか。
「私には別に隠すようなことはないので、後ろではなく一緒に横を歩きませんか」

 明治の東京は急激な近代化の悪影響が街の至るところで目に止まる。
 大金をかけて造られるビルの傍には住む場所を追われた浮浪者たちの姿。地上げ屋が古い民家から人々を立ち退かせ、その土地に大きな建物を建てるからだ。行く宛のない人々はこうして路上生活者になってしまう。
 彼はなるべくそう言う存在を見ないように努めた。
「それにしても何処へ向かっている。こんな寂れた街中に夢があるのか」
「はい、街の中には誰かの夢がありますよ。それは道に捨てられた新聞紙の文字だったり造りかけで放置された建物の空気。名も無き作家の書いた書物、安売りされた着物。私が食べるのはこう言った物に残った「夢の欠片」ですよ」
 そう言いながら捨てられた新聞紙にそっと手を伸ばした。
 彼女がその指先で触れると、まるで止まっていた蝶がひらりと離れるように瑠璃色の葉が宙を舞った。彼女はその瑠璃色の夢の欠片をそっと掴み仮面をずらして口にする。彼女はこのようにして人の夢を僅かに齧って息を繋ぐ。
「これが夢を食らうと言うことです」
 彼女のその習性を知った時に彼は苦言を呈した。
「あまり褒められた習性じゃないな、人の夢を食い物にするなんてことは」
「どうして一体どうしてですか二葉亭さん」
「何故なら新聞紙の記事を書いた人間はどんな想いで、建物を造ろうとした人はどれだけの情熱を向けていたのか。あの着物だって元はとても上物で誰かへ贈られた物の可能性も否定出来ない。それを食べると言うのか、お前は」
 それでも魅魔はこれが自分という存在だと言う。
「それに私が齧るものはほんの少し。誰も気付かれない程度です」
「それだって様々な人が想いを馳せたものだろう、例え今は無効の夢だろうが食い物にされるのは不本意だろうと言わせてもらおう」

 そして魅魔は少食で僅かに食べると「もう帰りましょう」と言った。帰り道で横に並ぶ足並み。魅魔が彼に歩調を合わせていたようだ。彼は彼女の仮面の下の素顔が気になると伝えた。そして白猫の仮面を付けている意味とその素顔を知りたいと。
「仮面など誰だって付けているじゃないですか」
 彼女は不思議そうに言う、そして彼女はそう簡単にこの仮面は取れないとも。
「私が素顔を見せる相手は「私の仲間」の前だけです、私は東京に来てからずっと仲間を探しています。この街なら何処かに居ると信じて」

後書き

「月と缶チューハイ」より転載。
http://moon-can-zhuhai.info/

この小説について

タイトル Remain 2
初版 2017年4月6日
改訂 2017年4月6日
小説ID 4914
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作家名 ★青樹 凛音
作家ID 1080
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